第75話 謁見

「マリリン、イセエビってエビが美味しいですね」


「そうなの。タロちゃんが買ってくれる食べ物は美味しいの」


「あのぅ……海の精霊が海産物を食べていいのですか?」




 マリリンとウリリンは大分お城での生活に慣れたようで、今日は私が『ネットショッピング』で購入した海の幸セットを堪能していた。

 高級な魚介類のお刺身セットなのだが、それを二人は何食わぬ顔で食べており、それは海の精霊としてどうなのと、思わず聞いてしまったのだ。


「別に問題ないの」


「すべての生き物は他の生き物の糧となり、世界を循環するのです。食べてはいけないということはないです」


「でも、二人は精霊ですよね?」


 我々は他の生物を食べなければ生きていけないが、二人は精霊だ。

 別に飲み食いしなくても生きていけるし、これまではなにも食べていなかったはずだ。


「私たちは永遠の時を生きるから、こうでもしないと暇なの」


「それに、我々もこの世界の海の生き物は食べません。ぶっちゃけ、タロウさんの購入した品って、他の世界の生物で、私たちの管轄じゃないので」


「タロちゃん、細かいことは気にしないの」


 自分たちの管轄ではないから、知ったことではない。

 そう言い放つ二人の精霊たちに対し、私はある種の清々しさを感じてしまった。




「カトゥー大族長、新しい部族も続々と集結し、『南西諸部族連合』はますます勢いを増していますぞ」


「カトゥー大族長、これはご挨拶の品です」


「世界樹周辺の開発も順調だそうで、我らも移住者を出すことになりました。これは、ご挨拶の品です」




 私は、『南西諸部族連合』という国モドキのトップである。

 完全なお飾りではあるのだが、このところ極南海とその周辺領域こそが砂漠エルフ安住の地という情報が彼らの間を飛び交ったようで、世界中の砂漠を移動都市で放浪していた部族も、続々と集まっていた。

 彼らは海岸地帯に移動都市を置き、世界樹周辺の開拓地に余った人を送っている。

 それでよく挨拶に来るのだが、彼らへの対応が私の数少ない仕事であった。


「そういえば、砂漠エルフってどれくらいの部族があるのですか?」


「そうですねぇ……他国にいる移動都市の把握が難しいので、多分五百くらいだと。現時点で八十七部族が集まりました」


 挨拶に来た人たちを引率してきたビジュール氏が、私の質問に答えた。

 最初が四十八部族だったので、短期間で一気に増えたな。

 しかも、まだまだ集まってくるようだ。


「全部が集まるということもないと思います。中には孤高を貫く部族もいるので」


 他には、人間のオアシスと良好な関係を結んでいて、ここまで移動都市を移動させるメリットを感じないケースも。


「とにかくも、我ら砂漠エルフは『南西諸部族連合』というホームを得ることができたのです。もし困った同胞がいても受け入れられるので、問題はないでしょう」


 むしろ、今の領地の広さだと五百部族全部は受け入れられないかもしれない。

 生存域を広げる必要があるのかな?


「実は、他にも世界樹の苗を保存している部族がありまして、今は植える場所を選定しています。世界樹を植えると、周辺の土地が肥えて地下水も集まりますので井戸が掘りやすいのですよ」


「それほどの力がある世界樹でも、古代文明が崩壊した時には枯れたのですか」


「いかに、当時の人たちが水を使いすぎたかの大きな証拠ですね。八千年以上もかけて、ようやくここまで回復したというわけです」


「この砂漠だけの状態でも回復したんですか……」


 昔は、今よりももっと酷かったというわけか。


「移動都市の動力である完全常温核融合では、水が他の物質に転換してしまうはず。古代文明は初期の非効率な常温核融合のせいで水を取りすぎ、世界中を砂漠化させて滅んだと推察されます。消えたはずの水が地下水経由で復活しつつあるのは不思議ですね」


「我々は、精霊様が水を徐々に復活させているのだと聞いていますよ」


「そうなの」


「タロウさんは、古代文明の華にして、崩壊の原因にもなった現象にも詳しいのですね」


「おおっ! 精霊様ではないですか!」


「カトゥー大族長は、本当に精霊様と交信できるのか!」


「ハイエルフの再来だ!」


 ここでマリリンとウリリンが姿を見せるが、これは新参者が挨拶に来ると必ず行われる儀式のようなものである。

 砂漠エルフとて、人間と同じだ。

 中には、『南西諸部族連合』の実効支配を目論むような部族もある。

 内乱になると面倒なので、最初に大族長である私の力を見せつける儀式というわけだ。

 私の力と言われても、ただ冷静に声を掛けられるだけなので、あまり実感はないけど。


「古の人間が消した水の回復には時間がかかるの」


「あと軽く一万年以上はかかるでしょうね」


 古代文明において、完全常温核融合がエネルギー源として活躍したのはわずか二百年ほどだったそうだ。

 二百年間で消えてしまった水を回復させるのに、およそ百倍の時間がかかるとは、環境を元に戻すのは大変なのだと実感した瞬間であった。


「ハイエルフは、我ら砂漠エルフよりも遥かに優れた力を持っていました。ですが、数が少ないのと、長寿ではあるものの繁殖力が低く、古代文明の崩壊と共に滅んだとされています。我ら砂漠エルフは、古代文明崩壊後のグレートデザートに対応した種であると。ハイエルフから進化したと言えますが、とてもそうは思えないのも事実ですね」


 ハイスペックで長寿だが、なかなか子供が生まれないハイエルフ。

 魔法や技術力で人間を上回り繁殖力は人間と同じだが、華奢で身体の頑健さでは人間に劣る砂漠エルフ。

 一概にどっちが優れているのかは判断しにくかった。


「世界樹を植える場所を選定中なので、その際には是非ご協力をお願いします」


「わかりました」


 そのままだと、世界樹は成長するのに莫大な時間がかかる。

 だが、膨大な肥料や水を与えると早く育つので、私の『ネットショッピング』で購入した肥料などが必要というわけだ。


「それでは失礼します」


 謁見を終えると、今日の大族長としての仕事は終わりだ。

 だが私には商人としての顔もある。

 今度はララベルたちと、『拠点移動』でシップランドへと飛ぶのであった。

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