第74話 中央海の精霊

「移動都市での放浪を続ける、我ら砂漠エルフがついに永住の地を得たのだ!」


「カトゥー大族長万歳!」


「世界樹を復活させるとは凄い」


「我らキョン族も、『南西諸部族連合』に参加するぞ!」




 世界樹が復活したのち、極南海を中心とする『南西諸部族連合』には、さらに多くの砂漠エルフたちが集まっていた。

 彼らも極南海の海岸付近に移動都市を固定し、開発中の土地に人を送り出している。

 復活した世界樹を見た彼らは、感動しながら周辺領域の開発に精を出していた。

 私から購入した農機具、肥料、種子や苗木などを用いて農地を開発。

 建設資材を購入して家を建て、道を作り、山脈を源流とする乾いた川を復活させるべく、山にも植樹を行なっていた。


 そんななか、海の精霊であるマリリンが、私に新しいお願いをしてきたのだ。


「もう一つ、ゴリさんタウン内に神殿がほしいの」


「別荘?」


「違うの。神殿はマリリンの職場なの。家はこのお城なの。別荘はいらないの」


 今では私も含めて誰もが、海の精霊が自分たちと一緒にお風呂に入り、食事したり、ゲームで遊んだり、漫画を読んだり、ララベルたちと新しい服を選んだり、オヤツの時間を楽しんでいても不思議に思わなくなっていた。

 人間、慣れとは恐ろしいものである。


「マリリンさん、どうしてもう一つ神殿が必要なのですか?」


「お友達を迎えるの」


「友達ですか?」


 精霊に友達なんていたんだ。

 ミュウのみならず、私たち全員がそう思ったはずだ。


「この世界の人間たちが言う『中央海』の精霊なの」


「えっ? 中央海のか?」


 ララベルが、驚きの表情を浮かべていた。

 中央海の精霊が、中央海から離れてここに来たら、あの海はどうなってしまうのだと心配になったのであろう。

 私も同じ風に思っている。


「ララベル、中央海の精霊って知っているのか?」


「我ら人間は、タロウ殿を介さないとマリリン様が見えない。当然中央海の精霊様も直接見たわけではない。だが、中央海を守る精霊様がいることは古から伝わっている」


「確か、海沿いのあちこちに銅像があるよな。すげえ厳つい鎧姿のやつが」


「そうだ。この世界に唯一残された海を守る、武神のような精霊様だそうだからな。建てられた銅像は、すべて厳つい鎧姿だ」


 大分時が経ってるので、海の精霊と海を守る神がごっちゃになったのであろう。

 それでも、そういう存在がいて中央海が守られているのは事実であり、それを称えて銅像が建てられたわけか。


「その海の精霊様を呼ぶのか。大丈夫?」


「大丈夫じゃないの。今すぐどうこうならないけど、いなくなった途端、海は徐々に枯れると思うの」


 大昔、完全常温核融合のために水を取り過ぎたこの世界では水が不足している。

 雨もほとんど降らず、中央海も新しくできた極南海も、実は湧き出る地下水がないと枯れてしまうのだ。

 精霊様がいなくなると、地下水が湧き出にくくなる。

 どこかから地下水が湧き出なくなっても、また別の場所から地下水が新たに湧き出すなどしてバランスが取れていたのが、駄目になってしまうからだ。


「徐々に蒸発する水量の方が多くなっていくから、徐々に水がなくなるの。オアシスもそうなの」


 なにかしら他の理由がなければ、あれだけの広さの海を保つのは難しいわけか。

 そしてそれが、精霊様であると。


「極南海は、世界樹の復活でもう大丈夫なの。これまでは、マリリンの力だけで海を維持していたの」


 ウォータードラゴンを倒して封印を解いた湧水だけでは、あれだけの広さの海を保てるわけがない。

 これまでそれに力を貸していたのがマリリンで、それも世界樹の復活で不要になったというわけだ。


「世界樹の根は凄いの。世界中の地下から水を引き寄せるの」


 そのおかげで、精霊様がいなくても、極南海の海底から湧き出す水の量のみで海を保てるようになった。

 これからは、海の周辺にはちゃんと雨が降るようになる。

 『南西諸部族連合』の領地は、じきに緑の大地になるそうだ。


「おかげで、マリリンの力も回復してきたの。だから、ウリリンと連絡を取れるようになったの」


 中央海の精霊って、ウリリンって言うのか。

 鎧姿の厳つい武神なのに。


「その件で、ウリリンちゃんは怒っているの。もうあの海は知らないって言っているの。じゃあ、こっちに来たらって、マリリンが誘ったの」


「「「「……」」」」


 私たちは思った。

 そんな理由で、中央海を維持している精霊様をここに呼んでしまうのかと。


「事情を聞けば、タロちゃんも納得するの」


「わかりました。神殿を用意します」


 とはいえ、ゴリさんタウンは建物が余りまくっている。

 新しい神殿の用意はすぐに終わった。

 備品も『ネットショッピング』で買えるしね。


「ウリリンです。よろしく」


「「「「……」」」」


 で、マリリンが呼んできた中央海の精霊ウリリンなのだが、本当に厳つい鎧姿であった。

 それなのに、鎧の中から聞こえる声はあきらかに少女のもの。

 私たちは、違和感しか覚えなかった。


「ウリリン、その鎧はもういらないの」


「そうですね。これ、重たい」


「「「「……」」」」


 私たちは思った。

 なら、どうしてそんな鎧を着けているのだと。


「重たいし、暑いし、こんなのもう着けたくないです」


 そう言いながらすべての鎧を脱いだウリリンは、マリリンと似たような服装をした美少女であった。

 まあ、この世界だとその評価は異常に低いのだけど……。


「ウリリン様、どうして中央海を見限ったのですか?」


「人間たちは自分勝手すぎます! それは仕方がないにしても、私を『ドブス精霊! こんな銅像恥ずかしくて地元に置けるか!』、『鎧を着た姿にしてしまえ! ドブスが隠せてちょうどいい』などと悪口の言い放題。銅像をあんな姿にしてしまうので、私は常にこの格好になってしまって。重たいし、暑いし! もう我慢の限界です!」


 なるほど。

 数百年ほど前までは、美少女精霊であったウリリンは多くの人たちの崇拝を受けていた。

 ところが、例の装置のせいで美醜の価値観が逆転した結果、『どうして中央海を守る神(精霊)はこんなにブサイクなんだ!』、『こんなドブスな精霊を拝めるか!』、『鎧兜でドブスを隠せ!』ということになったわけだ。


「中央海を守る精霊が、ああいう厳つい姿なのだと思われて多数に崇拝された結果、ウリリンはあの海の精霊である限り、常にあの格好なの」


 人間たちによる熱心な崇拝の結果、常に鎧兜姿になってしまったのか。

 彼らの想いが、精霊様の外見を変えてしまったわけだ。


「私は別に武神ではないので。もうこんな生活は嫌なのです」


 武神ではないウリリンが、常に重たくて暑い鎧姿になってしまう。

 精霊の容姿は、崇拝する人たちの影響を大きく受けるため、彼女の意志ではこれを変えられない。

 しかも鎧姿になった理由が、海の精霊が人間基準でドブスなのを隠すためとあっては、ウリリンももう我慢の限界というやつなのであろう。


「何百年も大変でしたね」


「ああ……まともな人間に久々に会いました。そうなのです。だから私は、ここに移転します!」


「マリリンと、ダブル精霊でいくの」


 そんなわけで、中央海は将来枯れることが確定した。

 守護者たる精霊を失ったので当然だ。

 そして、精霊と交信できない人間はそれを知ることもできないのか……。


「海を守る精霊様までバカにしてバチが当たったんだな。同情する気にもならねえ」


「そうとしか言えないよね」


 アイシャの言うとおりなのだが、これも例の『変革者』が作った人間にしか効果がない女性の美醜の判断を正反対にする装置のせいなので、古の人物ではあるが、えらいことをしでかしたなとは思う。

 もっとも、彼はいきなりこの世界に召喚されたにもかかわらず、この世界の発展のために努力したからなぁ……。

 そんな人の奥さんの容姿をバカにするこの世界の人間が悪いとも言えるのか。


「タロウはどう思う?」


「海のことなんて、神様とか精霊の領域なので、人間がどうこうできないから仕方がないと思う」


 私に中央海を保つ方策なんてないし、それをする義理もないからな。


「あと、この世界の環境は回復している。中央海の倍の広さがある極南海の復活に、世界樹と土のある大地も増えたから。中央海の喪失は、『三歩進んで、二歩下がる』ということなのであろう」


 常に前進というわけにはいかず、たまに後退があっても最終的に目標に辿り着けばいいのだ。

 と、思うことにしよう。


「タロちゃん、いいこと言うね」


「そうね、マリリン」


「でも、中央海の生物たちは可哀想ですね」


 フラウは、これから水が枯れていく中央海に住む多くの生物たちが可哀想だと言った。

 確かに、このままだと全滅だな。


「私も海を支える精霊。私をドブス扱いする人間に隔意はあるものの、あの海に住む生物に隔意はありません。責任を持って、今極南海に移しておきました」


「えっ? もう?」


「はい、私もマリリンと同じ力を持つ海の精霊なので」


 もうすでに、中央海の生物たちは極南海に移したそうだ。

 あの海に住むすべての生物が、極南海に……。

 さすがは、海の精霊というべきか。


「沢山の海の生き物たちが死ななくてよかったですね」


「でも、砂獣も混じっていないか?」


 アイシャは、極南海に砂獣がいたら色々と大変なのではないかと、ウリリンに尋ねた。


「海の生物はすべて便宜上砂獣と言っていますけど、実は真の意味での砂獣は少ないですよ。倒しても神貨がドロップしない種の方が多いですし」


「そうなんだ」


 この世界の生物はすべて砂獣と呼ばれているため、海の生物もすべて砂獣と呼ばれてはいる。

 だが、倒してもというか、採取しても神貨がドロップしない種の方が多いそうだ。

 漁師が魚を獲ったら、神貨がドロップしたなんて話は聞かないものな。

 魚介類は別なのであろう。


「砂獣以外の種に、一部砂獣が混じっている感じなのかな?」


「大きいのはほとんど砂獣ですね。シーシャークとか」


 『海のサメ』かぁ……。

 そのまんまだな。

 狂暴らしいので、砂獣扱いなのは納得できた。


「というわけで、中央海の生物はこの極南海に移しておきました。彼らも生息域が広がって嬉しいでしょう」


 その代わり、なにも生物がいなくなった中央海が悲惨だけど。


「ウリリン様、中央海はあとどれほどで枯れるのかな?」


「完全に枯れるってことはないけど、十年もすれば千分の一以下になるし、残った海も塩分濃度が濃くて生物は住めませんよ」


 海の精霊の加護がなくなり、湧き出る水の量も大幅に減ってしまうがゼロにはならないというわけか。

 中央海は、死海みたいになるんだな。


「これからよろしくお願いします」


 こうして、ゴリさんタウンにもう一つ神殿ができ、極南海の精霊様は二人になった。

 突然極南海に生物が湧き、もう一人精霊が増えたこともあり、砂漠エルフたちは休みになると神殿に足を運び、そこでマリリンとウリリンにお供え物をしたり、祈りを捧げるようになるのであった。


「聖地巡礼みたいなものだな」


「ちゃんと信仰されると力が湧いていいですね」


「砂漠エルフたちは、マリリンたちをドブス扱いしないの。タロちゃんもだけど」


「だから、このお城での生活は快適ですね。楽しい物や美味しい物も多いですし」


 マリリンと同じく、ウリリンも神殿は職場というスタンスで、毎日通勤はしたが普段は私たちの住むお城に住み、ララベルたちと普通に食事をしたり、ゲームをしたり、新しい服を選び合ったりして楽しんでいた。


 私のお城に、もう一人新たな住民が増えた。

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