第73話 世界樹
「ここはえらい塩害で草も生えないですし、水もないですよ」
開拓というとプラスのイメージだが、歴史を紐解けば失敗も多数あるのだ。
土があるからと言って、すぐに開拓や緑地化を目指すのは危険だと思うのだ。
「しかしながら、我らにも切実な事情がありまして……」
多数の砂漠エルフたちを連れてきた、ビタール族長の弟ビジュール氏が私たちに砂漠エルフの実情を説明し始めた。
「移動都市には弱点があるのです」
「キャパ以上の人口を養えませんよね」
「カトゥー大族長は話が早くて助かります。今の我々は、ハイエルフたちと違って長寿を失ってしまいましたが、その代わり人間と同じように増えてしまいます。でなければ、種が滅んでしまうので当然ですが」
余った人口の行き先という問題が発生したのだが、グレートデザートにおいて砂漠と海以外の土地はほぼすべて人間が住んでいる。
増えた人口の移住先がないので、仕方なしに遠方に交易に出したりしているそうだ。
「現地で商売をしたり、往復で砂漠を航行している間は人口としてカウントしなくてもいいからだ」
「それってギリギリですよね?」
「そうなのだ。極南海と極点の間にいくつか無人のオアシスを見つけたのですでに移住させているが、まったく足りていない。なにより……」
「オアシスは、突然枯れることがある」
「ララベル様の言うとおりです。オアシスは、これが怖いのです」
オアシスが枯れると、そこに住んでいた住民は最悪死んでしまう。
そう簡単に他所のオアシスに移住できないからだ。
なにしろ、他のオアシスだって余裕がないところが大半なのだから。
「ゆえに、カトゥー大族長に移住の許可を貰いたい」
「それはいいのですが、問題は塩害対策と、水の確保です」
「塩害については、我らは移動都市を再稼働させ、内部で農業を行う過程でその技術を獲得しているので問題ないのです。カトゥー大族長には、色々と便利な農機具や肥料、種子や苗木を売ってほしいですね」
土地の代金として、開発と緑地化が終わるまでは大量に色々な品物を購入してくれるわけか。
「川に関しては、川の跡があるので、これは山の保水力を回復させれば復活するはずです。山への植林などが必要なので時間がかかりますが、その間は水を買いましょう」
「わかりました。いいでしょう」
今の私たちでは、広大な土地の開発などできない。
土地の売却代金がわりに大商いで稼ぎ、巨大化したゴリさんタウンを発展させる方が先だな。
「なあ、ビジュール族長。あんたたち砂漠エルフは、ゴリさんタウンに移住しないんだな。その方が楽だろうに」
「アイシャ様、我ら目的は同じなれど、やはり人間と砂漠エルフという別種族なのです。仲良くするためにもある程度の距離感は必要だと思います」
「それもそうか。無責任な友好を語ってもかえって害悪だしな」
厳しい世界に住んでいるせいか、ビジュール氏もアイシャも現実的な部分があるんだな。
私は、正直な彼らに好感を持ったけど。
「ゴリさんタウン以外の移動都市は砂漠エルフ、ゴリさんタウンは人間。この地は広いので、人間と砂漠エルフの混在地となるでしょう。それが一番現実的だと思います」
「それがいいでしょうね」
こうして、砂をどけた土地の開発はビジュール氏や他の部族も責任者を送り出してきて、彼らが担当することになった。
「土地を耕す機械ですか。カトゥー殿も同じものを持っているのですね」
「原理や動力は違いますけどね」
砂漠エルフは、さすが移動都市を再稼働させた技術力があるだけのことはあり、魔力で動くショベル、耕運機などを使っていた。
ところが、これらのものは貴重で数が少ないのだという。
そこで、カセットガスで動く小型の耕運機が『ネットショッピング』で確保できたので、これを販売したら大喜びで使っていた。
土地の塩を取り除く魔法薬を撒いてから土を掘り起こし、植林したり、植物を植えたり、畑を作って耕している。
家を建設している間、野営生活なのでテントやキャンプ用品もよく売れた。
園芸用品、農機具などは言うまでもない。
かなり金をかけているようで、砂漠エルフたちの本気度が窺えた。
「随分と大きな木ですね」
「これは大昔、枯れる寸前に抜いて保管していた『世界樹』の苗木ですとも」
「これで苗木なんですか?」
すでに高さは三十メートル以上あるはずだが、ビジュール氏はこれでも苗木なのだと説明した。
「元々世界樹は、ハイエルフたちが慈しみ、その保護をしていたのです。このグレートデザートが砂漠だらけとなり、彼らが姿を消した時、世界樹は種子を残して枯れてしまいました」
それを手に入れた砂漠エルフたちの先祖は、各部族ごとに種を分けて保管し、移動都市を手に入れた時に栽培を始めたそうだ。
「数百年かけて、ここまでしか成長していないのですよ」
「世界樹ともなれば、時間もかかりますか」
世界樹って、ファンタジー風な物語に出てくるもの凄く大きな木で、葉っぱとかに力があったはずだ。
この世界の世界樹も、そうという保証はないけど。
「時間は十分なのですが、いかんせん肥料不足なのですよ。世界樹は軽く数億年は生きる木なのですが、ここまで成長が遅いのは完全に栄養不足だからです。一旦大きくなってしまえば、世界樹はそこまで栄養を必要としません。砂漠でもなければ多少環境が悪くても生き続けるし、世界樹が生えている土地は、世界樹の影響で豊かになります」
この塩害で荒れた土地を回復させるには、ここで世界樹を大きく成長させるのが一番効果的というわけだ。
「栄養ですか」
「各部族で肥料などを持ち寄るしかないですね。薬草や農作物の栽培もあるので、沢山は集まりませんけど」
それでも、世界樹に栄養を与えて育てれば塩害の緩和にはなるのだと、ビジュール氏が教えてくれた。
「では、こちらも肥料を出しましょう」
「よろしいのですか? ゴリさんタウンは、まだ農業が軌道に乗っていないのでは?」
「世界樹を育てきってしまった方が、色々とはかどるでしょうから」
私は、『ネットショッピング』で大量の肥料を購入した。
ララベルたちが世界樹の根元に撒いていき、水なども与えると、これまでの栄養不足を解消するかのように、世界樹はみるみる大きく育っていった。
「いくら肥料と水を与えても、与え過ぎで根腐れもしないんだな」
「必要な栄養なのであろうな」
肥料の種類なんてサッパリわからないので、色々と購入してブレンドして撒いていくことにする。
恐ろしい勢いで肥料を購入して撒いていくが、世界樹はどんどん大きくなっていき、その勢いは留まることを知らなかった。
「もう百メートルは超えたかな?」
肥料だけでもうすでに数十億イードルクは使っているが、これはどこまで撒けばいいのであろうか?
私は、砂漠エルフたちを動員して肥料と水撒きを指揮しているビジュールさんに尋ねた。
「世界樹ですか? 確か、軽く高さは一キロほどと聞きますね。太さもそれ相応だと。カトゥー大族長は知っていますか? 世界樹の枝は大きく、大地震でもビクともしないのでハイエルフたちが、世界樹の上に住んでいたのですよ」
なんか、日本のファンタジー風物語でそんな描写があったような。
「きっと、みんなここに住もうとするはずです。我ら砂漠エルフにとって、ハイエルフは失われた憧れですからね」
世界樹の上に住むのか……。
地球だと、超高層高級マンションに住むみたいな感じなのか?
私は、高いのはちょっと……。
「時間がかかりそうですね。肥料を大量に置いて、我々は一旦帰ります」
「我らにお任せください。カトゥー大族長」
砂をどける作業も終わり、私たちは『拠点移動』でゴリさんタウンへと戻った。
ビジュール氏たちは、私が大量に残した肥料と水を世界樹に撒く作業を三交代制でずっと続け、ようやく世界樹の全高が一キロを超え、ゴリさんタウンのお城からでも見れるようになった頃には一週間が経過していた。
「はははっ、念願の世界樹の復活ですよ……やったぞーーー」
「ビジュールさん、あなたは寝た方がいいと思いますよ。目の下の隈が凄いじゃないですか」
「一週間も徹夜をしてしまいましたからね。すぐにでも寝るとしま……」
「ビジュールさん!」
「タロウ殿、ビジュール殿は寝てしまったな」
「そりゃあ、一週間も寝なければこうなるか…」
よほど、世界樹の復活が待ち遠しかったのであろう。
作業の指揮なんて他の人に任せればいいものを、ビジュール氏は一週間寝ずに監督を続け、世界樹がこれ以上成長しないことを確認した直後、私たちの目の前で崩れ落ちるように寝てしまった。
ビジュール氏は、三日間目を覚まさなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます