第72話 緑地化の罠

 わずかではあるがお金も増え……砂漠の砂は、コンクリートや建築資材の材料として使えるとか、そういう事情があるのであろうか?

 金を取られるわけではないし、砂なんていらないので、私はゴミ箱に砂を捨て続ける。


「随分と土の部分が広がりましたね」


 ミュウが、露出した土を見て感心していた。

 滅多に見れないものだからだそうだ。


「でも、本当にほんの一部なんだよね」


 頑張って数百メートル四方の砂をどけてみたが、遠くを見れば地平線まで広がる砂漠。

 この世界の砂漠化が、いかに深刻なのかわかる。


「タロウさん、もう砂で埋まっている部分がありますよ」


「これは……」


 一部分だけ砂をどけても、数十メートルも掘り下げたのですぐに砂が入ってきてしまうのだ。

 風が吹けば、もっと新しい砂が流れ込んでくるはずだ。


「これは、時間がかかるな」


 今の状態で土の部分を小型耕運機で耕し、園芸用の土や肥料を入れ、苗木を植えて緑地化計画を考えていたのだが、すぐに大量の砂が流れ込んでしまうので不可能だな。

 植えた苗木が砂で埋まってしまう。


「ゴリさんタウンと砂漠が繋がっていないと、砂流船が出航できないので、あまり砂をどけるのも考えものですね」


「それもあったな」


 現状、人口が千人ちょっとのゴリさんタウンの主産業は、砂獣退治によるイードルク稼ぎであった。

 ゴリマッチョのおかげで、誰がどれだけの砂獣を狩り、いくら稼いだか詳細にわかるので、彼らは新たに設置されたお店でカタログを見て商品を購入できる。

 砂獣退治で得たイードルクに税金はないのだが、商品の販売益が税金の代わりで、ここから農業区画で農作業をしている人たちや、お店の店員、その他移動都市を支える砂獣との戦闘に向いていない人たちの給料を出していた。

 ゴリマッチョのおかげで統治コストがかからないので、税金はバート王国に比べたらかなり安いと思う。

 唯一ある商店が公営だからというのもあるのか。

 住民たちは『ネットショッピング』の画面が見れないので、私とミュウでパソコンとプリンターを使って商品カタログを作り、それを店に置いて各々残高の範囲内で商品を購入して生活するといった感じだ。


 時おり、他の移動都市から商人がやってくるのだが、うちは『ネットショッピング』で入手できる品以外に売り物がない。

 結局私から『ネットショッピング』経由で購入するしかないので、これも利益になっていた。

 将来農作物が作れるようになっても、これは自分たちで消費することになるだろう。

 砂漠エルフたちも、自分たちで作れる穀物や野菜などを、わざわざゴリさんタウンまで来て買わないよな。

 農業は土造りから始めているので、これは成果が出るのに何年もかかるのだから。

 『ネットショッピング』で購入した農機具や肥料、種子や苗を提供しているけど、時間がかかるのは仕方がない。

 むしろ、彼らが使うこれらの農機具や種子などを見て、こっちを売ってくれという砂漠エルフの方が多かった。

 特に人気なのは、品種改良された果物の苗木だ。

 収量が多く、味がよくなるように品種改良されているからだ。

 ただ肥料なども多めに与えなければならず、害虫対策などで栽培が面倒ではある。

 にもかかわらず、果物の種や苗はとてもよく売れていたけど。


「砂をどけるのはそこまで苦じゃないけど、どかす範囲をちゃんと決めないと駄目か……」


「そうですね。あっ、これはこの近辺の地図です。ゴリマッチョさんから貰いました」


 あのゴリラ、最初はどうかと思う部分もあったけどもの凄く優秀だな。


「我々は、極南海の北東端にいます。これが、マリリンさんの神殿だったところですね」


 ちょうど北、北東部からバート王国の圧力を一番受ける地域だ。

 今はシップランドとオールドタウン他、広大な砂漠が障壁になっているので安全だけど。


「砂漠エルフたちは、極南海の北中央から北西部、もしくは海を挟んで南東から南西部に拠点移動都市を固定しています。さらに南に極点がありますね」


「なるほど」


 極点ってのは、地球だと北極と南極にある、よく冒険家が目指す場所だよな。

 地球の極点は寒いけど、グレートデザートの極点は砂漠で暑いという差があるのか。


「バート王国は要注意だとして、極点の反対側から、他国が侵攻してくる危険はないのかな?」


 グレートデザートが惑星だとすれば、極点を挟んで反対側から海を目指して他国が攻めてくる可能性が高いような気がするのだ。


「『裏大陸』ですか? 無理だと思いますよ」


「『裏大陸』?」


 初めて聞く地名だな。


「グレートデザートは砂漠だらけなので、古のように海を挟んでの大陸という概念はない。中央海周辺にバート王国以下数か国があるが、我々の住んでいる場所の反対側には、国すらなく、あったとしても点在する小さなオアシスにそれぞれ小国や小領主が住んでいる可能性が高いとされているそうだ」


 続けて姿を見せたララベルが、この世界の裏側について教えてくれた。

 自称自領の大半を把握できていなくても、国を名乗れるバート王国以下数カ国はまだマシなのか。

 裏側の砂漠ではさらに、オアシス間の距離が大きく、国すら形成されていない。

 もしくは、オアシス一つだけを領有する小国が乱立している可能性が高いと。


「ララベル、詳しいんだな」


「とはいえ、これは数百年前の調査団が持ち帰った記録なのだ。バート王国以下の国々は、中央海を挟んで少しは交流がある。以前にタロウ殿から聞いた、『タロウ殿がいたチキュウは丸い』という事実はこの世界にも当てはまり、我々もそれは大昔から知っているから、裏大陸が気になって合同調査団を送ったことがあるのだ」


 こちら側の大陸よりもオアシスが少なく、砂獣も多く、調査団は多くの犠牲を出しながら出発から二十年以上の時を経て戻ってきたそうだ。

 その生き残りが記した記録を、ララベルは見たことがあるらしい。


「なにしろ、数百年前の記録なのでな。今では、大国が勃興している可能性も……少ないかな?」


 こちら側の砂漠よりも環境条件が悪いので、よほど進んだ技術が発展しなければ難しいような気がする。


「極南海は、裏大陸側にはまったくない状態だ。裏大陸自体が元々オアシスも少ないので、そう簡単に軍をすすめられるとは思えない。それに、極点側に配置された砂漠エルフたちも警戒はしてるはずだ。どちらかというと、バート王国の方が差し迫った問題だろうな」


 砂漠と距離のせいでバート王国がここまで攻めてくる可能性は少ないはずだが、あの王様は無茶しそうなので怖い。

 警戒はしておいた方がいいだろう。


「ゴリさんタウンは、海沿いにある神殿横に固定されている。北西部の砂漠は、砂流船の出入りがあるのでそのまま。東南部方面の砂漠なら、砂をどけても問題ないかな」


「でも、お水がないといくら苗を植えても枯れてしまいますよ。お水をあげるのも手間です」


「うーーーむ」


 フラウにそう指摘され、私は考え込みながらあらためて地図を見た。


「極南海は、横長の長方形に似た形をしている」


 本当はもっと広範囲で、極点を囲むくらい大きな海だったそうだが、今の水量だとこの大きさが限界だそうだ。

 海の精霊の加護を用いても、海の水が蒸発するのは防げないからだ。


「ゴリさんタウンは対バート王国最前線の北東の端に、そして東南端にはビタール族長のキリンさん族の移動都市があるが、これに並行するかのように海の東側に大きな山脈がある。海と山脈の間の緑地なら可能かな?」


「できなくはないの」


 とここで、マリリンが突然声をかけてきた。


「蒸発した海の水は、雲になって風に流され、この山脈にぶつかるの。だから、これからは山脈の西側から海の間は雨が降るようになるの」


 雨が降るのであれば、砂をどけて植林しても大丈夫そうだ。

 ただし逆に言うなれば、砂をどかさないと雨で砂が海に流れ込んでくるかもしれないのか。


「ちなみに、山脈に保水力は?」


「砂漠の中の山脈だから全然ないの」


「やるしかないのか……」


 私は、広大な面積の砂をどけることになった。

 ただひたすら、海と山脈との間の土地にある砂を『ゴミ箱』に捨てていく。

 これだけの砂、いくら安くても『ネットショッピング』を経営している人は買い取ってどうするのであろうか?

 などと考えながら、砂流船で移動しながら砂を『ゴミ箱』に捨てていく。

 砂がなくなった場所では船が動かないので、該当エリアの端から順番に砂をひたすら捨てていくのだ。

 砂獣狩りはみんなに任せ、私たちは砂を『ゴミ箱』に捨て、土の地面を露出させる作業を行なっていく。

 当然砂獣が出現するが、この辺には砂大トカゲしかおらず、それらはララベルたちが次々と倒していった。


「土は硬いし……しょっぱい」


 念のため露出した土を少し舐めてみるが、砂漠化と同時に塩害も深刻なようだ。

 このままでは、まさしく草も生えないな。


「タロウ、どうするんだ?」


「全部砂をどかしてみてから考える」

 

 アイシャに聞かれたが、それしか答えようがない。

 私は専門家ではないので、塩害を回復させる方法などわからないからだ。

 マリリンになにか対策があると信じて、該当エリアの砂を『ゴミ箱』に捨て続けた。

 そして一週間後。


「おおっ! 砂のない土地が!」


「我ら砂漠エルフの悲願、森の復活を行えるぞ!」


 なにも言っていないのに、砂漠エルフたちが沢山やってきて、私が砂をどけた土地を感慨深げに調べていた。

 彼らは森を復活させるつもりらしいが……。

 はたして成功するものなのか?

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