第77話 中央海の落日
『どうして突然海の生物がすべて消えたのだ? こんなことがあっていいはずがない』
『どこかの国が各国間の決まりを破り、密漁でもしたのか?』
『さすがにそれはないだろう。人の手だけで、小さな虫やカニや貝まで、一匹も残らずに生物が消えてしまうなどあり得ない』
『となると、海の精霊様のせいなのか?』
『そうとしか考えられない!』
『我らがなにかしたというのか?』
『そんなことはないだろう。逆に、酷いドブスで誰も崇拝しなくなる危機を、鎧兜を被せた銅像を各地に建てることで救ったのだ。いくら精霊様でも感謝してほしいくらいだ』
『そうだよな。銅像だって無料じゃないんだ!』
『ちゃんと教会にお祈りして、寄付だって一杯しているんだ!』
『精霊様の怠慢だぞ! これは!』
『そうだ! 精霊様が悪い!』
『こうなれば、新しい精霊様を中央海の守護神にして崇拝しよう』
『今度は美人の精霊がいいな』
『それがいいが、どんな美人にすればいいか教会に聞いてみよう』
『では、今の海の精霊はクビ! 新しい精霊様を拝むということで』
『『『『『賛成!』』』』』
「……オッサン、その手紙、楽しいことが書いてあるゴリ?」
「ある意味楽しいかな? 斬新な意見が聞けたというか……国の指導者たちがこんなのって……」
「ゴリにも見せてほしいゴリ。……歴史を紐解けば、こういうのもいるゴリ。後世の人たちが『なんでこんなバカが為政者だったんだ?』というのがゴリ。打つ手がないとこんなものゴリ」
「雨不足を雨乞いでなんとかするようなものか」
「そんなものゴリ」
私が『南西諸部族連合』の大族長であると知ったタラントさんから、定期的に手紙が来るようになった。
彼は優秀で目敏い商人なので、辺境にあって情報収集速度が遅い私に配慮しているのであろう。
色々な商品を安く卸ろしているお礼も兼ねてだと思う。
手紙の内容は、すべての生物が消えて枯れゆく中央海をどうするか、各国の指導者が集まって話し合った結果であった。
その結論が、『海の精霊の怠慢』、『ドブスなのを隠してやったのに恩知らずな奴だ』、『もうお前はクビ!』、『教会に頼んで新しい精霊様を祀ることにするから』というものであった。
為政者としてそれはどうなのと思わなくもないが、考えてみたら虫一匹、海藻一本まで生物が消え、枯れゆく海を、王様だからどうこうできるわけがない。
責任を問われると支持基盤が揺らぐので、海の精霊……ウリリンが悪い。
ドブスなのを隠し、大金をかけてあちこちに鎧兜姿の銅像を建てて崇拝してやったのに、恩知らずなお前はクビだ!
新しい精霊様を教会に用意してもらおうという結論に至ったそうだ。
手紙を読み終わった私は、ただ開いた口が塞がらなかった。
「これ、ウリリンに報告するのか?」
「しないと駄目ゴリよ」
「ですよねぇ……」
ウリリンが怒るのは当然として、あんまりな言い分なので、私はまたも居た堪れなくなってしまったのだ。
実際、手紙の内容をリビングでアイスクリームを食べていた彼女に伝えると、その手が止まって体がプルプルと震えていた。
「八千年以上もあの海を保ってきた私にこの仕打ち! 他の精霊? そんなのいねえよ!」
普段は決して口にしない汚い言葉で、ウリリンは人間たちを罵った。
「新しい精霊を教会でってのが理解できない」
教会が新しい精霊に『海を保って。消えた生物を戻して』と頼むと願いが叶うものなのか。
そもそも教会は精霊と交信……私以外はできないはずだよなぁ……。
私は教会が銀行業務をしていることしか知らないので、わからなかったのだ。
「タロウ殿、教会は我らに神貨を与えてくださる神に感謝し、祈るのが使命なのだ」
「精霊は? もしかして関係ないの?」
「最初はそうだったんですけど、海沿いに教会がある宗派が、海の精霊様も合わせて信仰し始めてしまったんです。海沿いの各地に銅像を置いて、これの維持費や新設のためと称して寄付金を集めて……ぶっちゃけ商売です」
教会の規模拡大のため、勝手に精霊も信仰し始めたわけか。
「ミュウ様、他の精霊を海の守りにするって、そんなことできるのですか?」
「できると言えばできますね」
「あのさぁ……それって……」
勝手に精霊をデッチあげて、それを新しい中央海の守り神ということにしてしまう。
ウリリンはクビで、銅像もチェンジってことだよね?
「ウリリンって、人事権というか精霊事権を教会に握られているの?」
「そんなわけないの。神貨を人間に授けている神を崇拝する連中が勝手に言ってるの」
ウリリンもマリリンも、自分の意志で海を守っているのであって、教会に任じられたなんてあるわけないか。
「じゃあ、新しい精霊って非実在? 空想の産物?」
「あいつらの妄想なの!」
「勝手にデザインしたんでしょうね」
教会が勝手にいることにしたのか……。
しかし、そんな精霊にご利益はあるのか?
「そんなものを拝んでも、海は復活しないだろう?」
「するわけないの。ウリリンがいなくなった時点で、中央海はもう終わり、店仕舞なの」
「ひでえ! 詐欺だ!」
アイシャの言うとおりで、この決定で儲かるのは教会だけだよな。
新しい銅像を作る資金を寄付で賄えるのだから。
「要するに、なんの意味もないんですね」
「そうとは言い切れないかも」
銅像の新設で、少しは経済が回る?
なにもしないよりは、海がなくなるダメージを減らせるかもしれない。
信じる者は救われる……わけないか。
問題の先送りどころか、誤魔化しでしかないのだから。
「もう愛想が尽きました! タロウさん!」
「はい!」
ウリリンは、いつもとは違う強い口調で私を指名した。
「極南海ですが、まだ広げられる余地があります! 南岸の移動都市に移動命令を出し、タロウさんは砂を除去してください」
「はい……」
精霊の願いなので断るわけにもいかず、私は次の日から地図を見ながら、砂に埋まった海の底を露出させる作業に集中した。
砂を『ゴミ箱』に入れ、わずかなイードルクを得ていく。
私一人でもできるので、ララベルたちは砂獣狩りの方に回ってもらった。
「『ゴミ箱』に入った砂、本当になにに使うんだろう?」
どこか別の世界で建設ラッシュでもあるのかなと思いながら、私はひたすら砂をどけていく。
確かに、極南海の南側には海の跡が存在した。
砂をどかす予定がある場所に停止していた移動都市には、ゴリマッチョ名義で移動命令を出しつつ 私はただひたすら砂を『ゴミ箱』に入れる作業を繰り返した。
「そういえば、広げた海に入れる水ってどうするんです?」
「私は海の精霊。多くの砂漠エルフたちに信仰された結果、その力を取り戻しました。海の水なら移動も容易です」
「そうですか……」
つまり中央海は、あと何日かでただの少ししょっぱい荒野と化すことが決定した。
蒸発でほとんどなくなる予定だった海の水がここに移動してきて、中央海の跡は岩塩も採れず、塩害で農業もままならない、岩砂漠と化してしまうのだ。
私にそれを止める術はなく、というか精霊を怒らせてしまった中央海沿岸に住む人たちの失態なのでどうしようもなかった。
精霊様を敵に回してしまった以上は、その報いを受けるしかないという。
本当に無知とは怖いものだ。
「終わりました」
「明日には、ここも極南海になります。タロウさん、海が広がってよかったですね」
「はい」
静かに人間に対しキレているウリリンに対し私はなにも言えず、翌日には極南海はグレートデザートの三割を占める巨大なものへと広がっていた。
「一つわかったのは、極点は大きな島でしかないというわけか」
極南海の広がりにより、極点がある場所は少し大きな島でしかないということが判明した。
地球の南極みたいに極寒ではなく、とても暑いわけだが、海のおかげで夜の寒さと共に少し緩和したような気がする。
「海は偉大なの!」
「海は、すべての生物の母なのです」
「「「「「「「「「「おおっ! 精霊様万歳!」」」」」」」」」」
海が広がったことを砂漠エルフたちは喜び、マリリンとウリリンの二大精霊を祀ったゴリさんタウンにある神殿には多くの砂漠エルフたちが巡礼に訪れるようになっていく。
ゴリさんタウンの産業に観光が加わり、次第に大きなウェイトを占めるようになっていくのであった。
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