第78話 極点
「マリリンは甘口がいいの」
「私は中辛ですね」
「タロウ殿、カレーは辛口がいいと思うぞ」
「そうですか? 中辛くらいが一番バランスがいいですよ」
「私は辛すぎるのが苦手なので、甘口でお願いします」
「辛口一択だろう。暑い中で砂獣を倒し、汗をかいたオレたちには辛口の方がいいと思うぜ。なあ、タロウ」
「鍋を三つにします」
海が広がった記念というわけではないが、今日の夕食のメニューはシーフードカレーであった。
まだ海の生物が増えきっていないからという理由で具材は『ネットショッピング』で購入したのだが、カレーの味を巡ってこうも意見が割れてしまうとは……。
マリリンとフラウは甘口で。
ミュウとウリリンは中辛で。
ララベルとアイシャは辛口と。
それぞれに辛さの好みが違うため、私たちは鍋を三つ用意してカレーを作った。
私は辛口が好みかな。
「……カトゥー大族長、このとても香ばしくて美味しそうな匂いは……色が〇ンコか……」
「それは禁句だ!」
世界樹を中心とした開拓地の責任者となっているビジュール氏がお城を訪ねてきたのだが、カレーが入った鍋を見た途端、これからカレーを食べる者に対し言ってはいけないことを口にしてしまう。
私は慌ててそれを止めた。
「しかしこれは、とてもいい匂いで美味しそうだな」
「食べますか?」
「ご相伴に与りましょう。この時間を狙って来てよかった」
「えっ? 今なんて?」
「さあ、この料理を食べましょう! それでこの料理はなんと?」
「カレーです」
「香辛料をふんだんに使うとは贅沢な料理ですな。あっでも。私は甘口で」
ビジュール氏はカレーを気に入ってお替りをしていたが、果物好きの砂漠エルフだからなのか、辛すぎるのは苦手なようで、少しお子様寄りのマリリンとフラウと同じく甘口を食べていた。
のちに、砂漠エルフにカレールーもよく売れるようになったが、やはり売れたのは圧倒的に甘口であった。
「デザートまですみません。このフルーツのシャーベットは冷たくて美味しいですな」
夕食後、私たちはフルーツシャーベットを食べながら、ビジュール氏の報告を聞いた。
「全部族が保管していると思われていた世界樹の苗ですが、やはり長い年月のうちに失われたものが多いですね。確認したところ、五本のみ残っていました。これを候補地を選定して植えようと思います」
「世界樹が沢山の苗を残したという伝承は正しかったのですね」
「そうですね。ですが砂漠エルフは、人間からオアシスを追われ、移動都市に逃げ込むまで放浪の日々でした。失ったものも多いと思いますが、奪われた可能性も否定できません」
枯らしてしまったのではなく、放棄せざるを得なかった。
人間に奪われた可能性もあるわけか。
「とはいえ、今の人間はおろか、我ら砂漠エルフでも、世界樹を成長させるなど難しい。苗木のままでしょうな」
世界樹は成長さえしてくれれば、植えられた土地を豊かにし、沢山の地下水を引き寄せてくれる。
ところが、成長させるのがとにかく大変なのだ。
膨大な量の肥料と水が必要となる。
成長しきってしまえば、それほど水も肥料も必要なく、ぶっちゃけなにも世話をしなくても、放置しても枯れないそうだが、成長しきるまでが大変なのだ。
『ネットショッピング』で購入した肥料と水の金額を考えると、一大国家プロジェクトだと思う。
完全に成長させることができれば、使った肥料や水以上の恩恵があるのだが、あれだけの肥料と水があれば、普通の国やオアシスは農業に使ってしまうかなと思う。
砂漠エルフたちでも世界樹を成長させることができなかったのだ。
人間にはもっと難しいであろう。
「世界樹の苗木は時間があれば探すとして、今はその五本の世界樹をどこに植えるかだな」
「極南海の北、東、西側でしょうね。あまり海から離れていない場所がいいです」
広がった極南海を囲うように世界樹を植え、『南西諸部族連合』の緑地を増やして開発を進める。
これが一番だと思う。
「海が広がった影響で南側は陸地が減ったため、島となった極点に世界樹を植えるのはどうでしょうか?」
「極点ねぇ……」
地球でもそうだが、普通惑星の極点は寒いはずなので、本当なら世界樹を植えるのに向いていない。
だが、この世界の極点は暑いので、植えても問題はないのであろうか?
植えてから駄目でしたってのは困るからだ。
「そういえば、極点って砂漠なのかな?」
「岩や礫が広がる砂漠で、我ら砂漠エルフに伝わっている伝承によると、極点には『なにかがある』とだけ伝わっています」
「『なにかがあるって、ちょっと曖昧な表現だなぁ……』
「私もそう思うのですが、なにしろそうとしか伝わっておりませんので」
実は、極点には極点があるで終わりかもしれないな。
「調査隊を出しましょうか?」
「いや、ビジュールさんには、残り五本の世界樹を植えて育てる作業を頼みます」
事前に必要な肥料と水を置いていけば、あとはビジュールさんが作業してくれるはずだ。
極点の探索は、私たちがやった方がいいであろう。
私はともかく、ララベルたちがいるから強い砂獣が出ても安心なのだから。
「ゴリさんタウンはゴリマッチョに任せればいいし、マリリンとウリリンは海の面倒を見なければいけないから、私たちで探索をしてみます」
「わかりました。ですが、もう少し待っていただきたく」
「どうしてです?」
「実は、これから『南西諸部族連合』に合流する部族の中に、水上船を扱う連中がいるのです。現在の極点は、海に囲まれた状態なので」
砂流船は使えず、水上船を扱える砂漠エルフたちに送ってもらえというわけか。
「いるんだ。水上船を扱える砂漠エルフって」
「いますが、中央海は人間の国が分割支配しており、あそこで海の民として暮らすのはとても大変だそうで、こちらに合流すると言ってきました。砂流船でも水上で使えるのですが、砂流船は平底なので、広がった極南海を突っ切るのは危険です」
「その部族は、竜骨を使った船を使用していると?」
「よくわかりますね」
私は船乗りではないので、それくらいしかわからないけど。
航行技術も砂漠と海では違いがあるだろうし、ビジュール氏たちが水上船に慣れるには時間がかかる。
彼らを待つ方が早いし安全だな。
「わかりました。彼らに送ってもらいましょう」
「では、兄にもそう伝えておきます」
私たちは、『なにかがある』とされる極点を探索すべく、水上船を運用できる砂漠エルフたちに船で送ってもらうことになったのであった。
世界樹用の水や肥料を大量購入しておくか。
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