第62話 枯れた海
「ミュウよ。あまりすることがないな」
「とか言いつつ、ララベル様は砂獣狩りをかなりしていますよね? アイシャもですけど」
「レベルが足りないと、ララベルに勝てねえ。お前らはマジでレベル上げばかりしてたんだな」
「他にすることがなかったからな」
「聞いてて悲しくなってきた」
どちらかというとアイシャは、己の強さによって手下たちを従えていた砂賊の長であった。
それが、現時点でララベルに勝てないと悟ってしまったため、今は懸命にレベルを上げていた。
私が思うに、斬る剣の名人であるララベルと、突くエストックの名人であるアイシャ。
戦闘方法の差だけで才能に差はないと思うのだが、やはりレベル差が大きいのであろう。
だからアイシャは、ララベルに押されてしまったのだ。
そこで彼女は、私との新婚生活の合間に砂獣狩りを行なっていた。
ただ、私たちのパーティに入っているので、経験値は均等割りになってしまう。
それでも、レベル四百代と六百代では次のレベルに上がるのに必要な経験値がまったく違う。
長い目で見れば、必ず追いつけるはずだ。
「砂獣を倒しても、死体の処理をしなくていいから効率いいぜ」
突き攻撃の連続で大砂トカゲを虐殺レベルで倒しながら、アイシャはイードルクの残高を増やしていた。
これまでは手下たちの統制で忙しかったようで、今の生活に満足しているようだ。
今朝も軽く砂獣を討伐してイードルクを稼ぎ、お城の巨大な風呂にみんなで入っていた。
砂獣狩りには私たちも参加したので、みんな汗をかいている。
この世界では贅沢なお風呂だが、ゴリさんタウンではそう珍しいものでもなかった。
上下水道のタンクと、使った下水のろ過装置をゴリマッチョが動かしているので、住民たちも狭いながらもお風呂に入れたのだ。
「故郷のオアシスは小さくて水は貴重だったし、故郷を出てからずっと砂漠か船の上だったから、風呂なんてここに住むようになってから初めて入ったぜ。風呂はいいよなぁ」
「王族でも、風呂は週に二~三回も入れればいいくらいだからな」
「うちの実家の場合、お風呂は週に一度で、あとは水浴びが精々でしたね。暑いから、それでも問題はないんですけど、広い浴槽はいいですね」
「私も、タロウ様と出会うまで、浴槽なるものに入ったことがないですね。ましてやこんなに広い浴槽、贅沢過ぎて『水が勿体ないのでは?』って思わず思ってしまいます」
妻たちと風呂に入る。
夫婦なので問題ないんだが、なぜかフラウも一緒に入るようになっていた。
家族だからいい?
でも、フラウはもう十二歳だ。
結構成長しているわけで……将来私の奥さんになると明言し、私以外誰もその事実に違和感を覚えていないので、ウヤムヤのうちにこうなっていた。
よくよく考えてみたら、将来フラウには自由に人生を選ばせたいと言っても、彼女の容姿だとこの世界では結婚も大変なはず。
責任を取るという言い方もおこがましいが、本人はむしろそれを望んでいる風なのでいいのかな?
三年後、私は四十四歳で、フラウは十五歳。
地球では滅多にない年齢差だ。
この世界だと、特に上流階級ならそんなに珍しくもないのだけど。
「タロウ様、私最近胸が大きくなったんですよ。見てください」
「こら、嫁入り前の娘がはしたないぞ」
無邪気に胸を見せてくるフラウ。
でも、ちゃんと見てしまうのは男性の悲しい性だな。
「あっでも。私は痩せ過ぎですよね」
「それはない」
頼むから、この世界の美女の常識に従わないでほしい。
顔はともかく、バスト、ウエスト、ヒップの数値が近ければ近いほどいい。
つまり、かなりふくよかな女性が美女の証って……どうなんだろう?
王都でも、シップランドでも、オールドタウンでも。
裕福な家の女性ほど沢山食べて太ろうとするので、健康によくないような気がする。
地球でも、太っている女性の方がモテるなんて国もあるそうだけど、私はその国の人間ではないので、今のフラウの方がいいと思う。
「そうだぞ、フラウ。我らは外の常識に囚われる必要などないのだ」
「タロウさんは、体型が『凸凹大イボ砂カエル』のように凸凹している方が興奮するんですよ」
ようするにメリハリあるスタイルのことなんだけど、例え方が変わるとまったく興奮しないから不思議だな。
「タロウが元々いた世界の常識かぁ……。オレも故郷を出る前は、元婚約者の好みに合わせて太ろうと努力したんだぜ。なぜか全然太れなかったけどな」
それは、アイシャがハンターとして毎日激しく動き回っていたからだと思う。
摂取カロリー以上に消費してしまえば、人間は太れないからな。
とはいえ、地球ではなかなか痩せられないという女性が多かったので、アイシャの言い分を聞いたら怒る人がいるかもしれないけど。
「風呂上りはフルーツ牛乳がいいな」
「私は、コーヒー牛乳が一番好きですね」
「私は飲むヨーグルトです」
「オレはラムネがいい」
風呂からあがると、みんなで『ネットショッピング』で購入した冷たい飲み物を飲み始めた。
ララベルはフルーツ牛乳、ミュウはコーヒー牛乳、フラウは飲むヨーグルト、アイシャはラムネが好みだった。
私は、冷たい麦茶を飲んでいる。
オッサンだから、サッパリしたものがいいのだ。
「タロウさん、これからどうなるんでしょうか?」
「どうもこうも、そのまま?」
結局、町の運営はゴリマッチョに丸投げだからな。
あいつは人の住む移動都市が望ましかったからこそ私たちを翻弄していたんだが、今ではその目的も叶い、元砂族たちの中で使えそうな人たちを補佐にして、オートで町を運営するようになった。
私たちの役割は、住民の反乱を抑える抑止力にして、移動都市を動かす完全常温核融合を維持する水と触媒の素材の確保。
あとはゴリさんタウンの顔なので、夫婦で仲良くするのも仕事だそうだ。
できれば早めに後継者を、とも言われていた。
他は定期的に砂獣を倒してイードルクを稼ぎ、夫婦で楽しく暮らしているだけなのだから。
「都市も勝手に大きくなっていますしね」
「ゴリマッチョの奴は、夜中にしか移動都市を吸収しないからな。いきなりで驚く」
この世界には、あちこちに廃墟都市化した移動都市が残っている。
ゴリマッチョは、その廃墟化した移動都市の合体……吸収をやめなかった。
一晩経つと勝手に移動都市が大きくなっているケースが多すぎて、別に不都合もないので、私たちもなにも言わなくなっていたのだ。
すでに諦めたとも言う。
「タロウ、ゴリの奴は、最終的な目標とかあるのかね?」
「さあ?」
「目指せ! 百万人都市ゴリ!」
「おわっ! ビックリした!」
またも、突然ゴリマッチョが後ろから現れたので、私たちは驚きを隠せなかった。
「百万人都市だぁ?」
「夢は大きくゴリ! そんなにすることがなくて暇ゴリか?」
「そうだなぁ」
ただノンビリ過ごせばいいのに、そこは元日本人の悲しさ。
お休みが多すぎると、逆になにをしていいのかわからなくなってしまうのだ。
「私も、砂獣狩り以外になにをするか困ることがあるな」
「私もです」
「なにか適度に用事があった方がいいですね」
「オレもそうだが、みんな趣味とかないものな」
ララベルたちもそうだが、実は私にもそんなものはないけど。
休日に古い家の修繕……最近はDIYというらしけど……あとは下手な男料理くらいだった。
今は、ララベルたちとゲームなどで遊ぶけど、そんなにゲームばかりしていてもしょうがないからな。
ゲームはたまにするからいいものなのだから。
「ララベル様は、砂獣狩りが趣味では?」
「ミュウがなにを言うかと思えば……。我々は王城にいると容姿をバカにされることが多く、元々暇潰しで砂獣狩りを始めたのではないか」
「そういえばそうでしたね」
「オレもそうだぜ。小さい頃は親や兄たちから。大きくなってからは、元婚約者に言われてってのが大きいな。『家に長時間いるな! お前の顔を見る機会が増えて不快だろうが!』と言われてさ」
「「「「……」」」」
アイシャを除く、全員が思った。
どうして彼女は、そんなクズ男と婚約していたんだろうと。
「オレの故郷のオアシスは、成人したのに婚約者もいない奴はバカにされるんだ。両親は、オレの容姿ではろくな奴と結婚できないと理解していたから、元婚約者との婚約を勝手に進めたのさ」
そいつは、『お前みたいなブサイクと婚約してやるだけでもありがたいと思え!』と、働きもせずにアイシャのハンターとしての稼ぎに寄生し、挙句の果てに不倫までしたという。
「もの凄いクズだな」
「もの凄くショックでな。両親に言いに行ったら、『そんな奴でも、独身のままよりはマシだろうが!』って逆に怒られてしまって。元婚約者の両親も『夫の浮気は男の甲斐性! 女のくせに文句を言うな!』って言われて、そこでキレた」
それで故郷を飛び出して、あの規模の砂賊の長に……。
もの凄いエネルギーだなと思う。
「でもさ、今は幸せだからいいんだ」
過去のことにクヨクヨしない。
ララベルたちもそうだけど、アイシャも強い女性だなと思う。
「で、百万人都市の話は本当なのか?」
「将来は目指したいゴリ。ゴリは焦らないけどゴリ」
「だろうな」
電子妖精だから、エネルギーがあればほぼ無限の時を生きるだろうからな。
「その下準備ゴリ。もっと南西……この世界の極南地点に向かうと、そこには枯れた海の跡があるゴリ。そこに廃墟となった移動都市が沢山あるゴリ」
「そうなんだ」
「噂は聞きますね。詳細な地図はないですけど、大まかな地形図はあります」
その枯れた海どころか、南極……この世界だと極南か……もバート王国の領地ということになっているそうだが、当然実効支配が及んでいないので、ろくな地図すらなかった。
数少ない情報だが、極南付近は枯れた海だそうで、そこは砂漠ではなく海底の岩場が露出した状態だそうだ。
「枯れた海の場所は岩場で、砂漠ではないのか」
「そこに、多くの廃墟となった移動都市があるゴリ。海が枯れて、移動都市たちも死んだゴリ」
「『中央海』以外にも海があったんだな」
「五千年前に枯れたゴリが」
それでも、中央海の次に長生きだった海だそうだ。
ちなみに気候は、やはり昼間は暑く、夜は凍えるほど寒いらしい。
南極みたいなところだから、寒くなって当然だけど、海がないので氷はなく、雪も降らないそうだ。
「海がないばかりに、グレートデザートは気候が画一的だな」
「タロウさんのいたニホンみたいに、シキがないんですね」
「そうだね」
フラウは、自分の小遣いを用いて『ネットショッピング』で日本の書籍をよく購入していた。
本を読むために日本語を勉強しており、実は研究者でもあるので頭がいいミュウと同じくらい日本語に堪能だったりする。
私は……この世界の文字は難しいので、まだ全部覚えられていなかった。
加齢による記憶力の衰え……ということにしておくか。
「しかし、そんなところに移動都市を向かわせて大丈夫か?」
「砂獣の生息状況がまったくわからないものな。手下たちの安全もあるからなぁ……」
私のみならず、アイシャも枯れた海への移動に懐疑的だった。
もしそこが、強い砂獣の住処だと危険だからだ。
グレートデザートに住む生き物はすべて砂獣というので、たとえそれが中央海に住む生物も砂獣なわけだが、枯れた海にどんな生物が住んでいるのか、よくわからないのがキツイと思う。
「現実的な方法としては、枯れた海の端で様子を見ることだな」
「際から様子を見るのは、未知なる場所の探査では基本ですよね」
「それでいいゴリ。まずは情報収集が優先ゴリ」
というわけで、ゴリさんタウンは一路極南に近い枯れた海へと進路を変更したのであった。
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