第66話 ウォータードラゴン討伐
「この粉で水が固まるのか。不思議なものだな」
「オレにはどういう仕組みかわからないけど、多過ぎる塩みたいに異物として排除されないのか?」
「これなら大丈夫なはずだ。排除できないはず。試しに沢山撒いてやってくれ」
「わかった。『虚無』との戦いの時もだが、タロウ殿の作戦は外れなかったからな。なにより妻は、夫の言うことを信じるものだ」
「オレも頑張るぜ!」
「私もそんなに風の魔法は得意じゃないですけど、この粉を遠くのウォータードラゴンに飛ばすくらいならできますよ」
「私も粉を撒いてウォータードラゴンにぶつけるくらいなら……」
「タロウ殿は、後方で指揮を執るのがよかろう」
「粉が足りなくなった時、用意できるのはタロウだけだから下がっていなって」
「そうですとも。作戦とは余力がないと駄目ですからね」
「タロウ様は私の横で待機していてください」
「はい」
またも戦闘力のなさと、嫁たちの過保護のせいで後方に回されてしまったが、ウォータードラゴンを倒す作戦はスタートした。
まずは、ララベルとアイシャが大きな袋を抱えながら全速力でウォータードラゴンに接近し、その中身を容赦なくぶつけた。
彼女たちはウォータードラゴンの首からの攻撃をかわしながら、粉がなくなると後方に下がって袋を取りに戻り、また粉を撒いていく。
ミュウは、風の魔法を用いて大量の粉を飛ばし、ウォータードラゴンの体にぶつけるのを繰り返した。
「タロちゃん、あの粉はなんなの?」
「高分子ポリマーだよ」
「こうぶんしぽりまー?」
「水を吸着してゲル状になる物質のことさ」
私は実際に、コップに入った水に少量の高分子ポリマーを入れて、水がゲル状になるのをマリリンに見せた。
「本当だ。凄いの」
「なるほど。ウォータードラゴンの体を構成する水をゲル状にしてしまうのですね」
「そういうこと。海水だと吸着が悪いそうなので、もう少し用意するかな」
追加で用意した高分子ポリマーも次々とばら撒かれ、その結果ウォータードラゴンの動きはかなり鈍くなってきた。
全身水から、全身ゲル状になったので、粘度の関係で反応速度が大幅に下がったのであろう。
「成功だな。ララベル! アイシャ!」
「「任せてくれ!」」
高分子ポリマーをウォータードラゴンに撒く作業を続けていたララベルとアイシャは、それぞれの得物を抜いて攻撃を開始する。
「いくぞ!」
「おらぁーーー!」
ララベルの剣による一撃でウォータードラゴンの首が飛ぶが、ゲル状のままなので、地面に落下しても水分があまり沁みず、そのまま放置されることになった。
アイシャも、次々とエストックによる突きでウォータードラゴンの首を落としていく。
「タロウ様、首の動きが鈍いですね」
「ゲルだからね」
「あっ! でも危ない!」
「大丈夫」
それでもなんとか動き出してララベルに攻撃しようとするが、動きは遅いし、その前にミュウが動いていた。
風魔法で、本体近くから地面に落ちた首を吹き飛ばしてしまったのだ。
「思っていたよりも、コアは遠方の水塊を抱え込めるんだな。だが、分離した水を自由に切り捨てる能力はないようだ。ただコアからの距離のみが、分離した水の生き死にを決めている。それが致命傷だな」
ゲル状のウォータードラゴンの首たちは、ララベルとアイシャに対してなにもできず、ただ地面の上でウネウネと動くことしかできなかった。
ドラゴンの首の形を保てるほどの固さもなく、かといって水ほど流動性がない。
それでも水分と塩分は残っているので、生きてはいる。
本体を守ったりララベルたちに攻撃もできないが、コアはこの首を殺すことができない。
もっとコアから距離が離れないと死なず、ウォータードラゴンにとってデッドストックになってしまったのだ。
ミュウは、切り飛ばされた首が死なない程度のコアとの距離を掴んでおり、風魔法でララベルとアイシャに影響がない場所に吹き飛ばしていた。
「あっ! また本体が水状になった!」
こうなることを予想して、ウォータードラゴンは通常時の三倍ほどの水を抱え込める。
すぐに水を吸い上げたが、それこそがウォータードラゴンに余裕がない証拠であった。
「ララベル! アイシャ!」
「「わかった!」」
二人は、また水に近い状態に戻ったウォータードラゴンに対し、大量の高分子ポリマーを撒き始める。
暫くするとウォータードラゴンの本体は再びゲル状になってしまい、またララベルとアイシャが首を斬り飛ばし、ミュウがそれを外側に吹き飛ばしてしまう。
再び、生きているだけでウォータードラゴンの余裕を奪うデッドストックの量が増えた。
「なるほど。あの外側に飛ばされたゲル状の水は生きてはいるけど、逆にそれがウォータードラゴンのコアの足を引っ張っているのですね」
「そういうこと」
もうそろそろ、コアが抱え込める水の量が限界になるはずだ。
それ以上水を抱え込むと、ウォータードラゴンは死んでしまう。
だが、外側に弾き飛ばされたゲル状の水は生きたままで、しかもゲル状だから地面に染みて死ぬこともない。
本体に合流もできず、ウォータードラゴンの足を引っ張るだけの存在なのだ。
「もう一息だ!」
「そうだな!」
ウォータードラゴンは、コアを守るためにぶ厚くしていた胴体を削ってまで、首を多数生やしてララベルとアイシャを攻撃し始めた。
どうやら相当追い詰められたようだ。
「もう一度行きますよ!」
ミュウが風魔法で高分子ポリマーの粉を飛ばし、それを吸収してしまったウォータードラゴンはますます粘度が増して動きが鈍くなっていく。
動きが遅くなったウォータードラゴンは、さらに二人の剣によって首を斬り落とされ、その首はミュウの風魔法によって本体から吹き飛ばされ、ついにコアが私たちにもわかるほど露出してきた。
「フラウ、頼むぞ」
「あの、どうして最後は私なのですか? 別にララベルさんたちでもいいような気がします」
「そんなに難しい理由ではないさ。ウォータードラゴンの油断を誘っているだけ」
胴体が薄くなってきたので、ララベルとアイシャの剣、ミュウの魔法でケリをつけてもいいのだが、ウォータードラゴンがそれを予想していないわけがない。
思わぬ反撃手段に出るかもしれないので、ここは予想外の遠距離攻撃の方が敵の意表をつけると思ったからだ。
私はフラウに対し、弓での狙撃を頼んだ。
「失敗しても、それこそララベルたちがいるからな。リラックスしていこう」
「わかりました」
フラウは弓に矢を番えて狙いを定めてから、数秒で矢を放った。
思っていたよりも思い切りがいいようだ。
フラウが放った矢は正確にウォータードラゴンのコアに命中し、ウォータードラゴンを構成していた塩水は、すべて崩れて地面にまるでスライムのように広がっていた。
コントロールしていたコアの機能が停止し、無事にウォータードラゴンの息の根を止めることに成功したのだ。
「やったな、フラウ」
「はい」
「やったなの。これで海も復活するの」
私の考えた作戦が上手くいってよかった。
怪我人も犠牲者も出さず、私たちは無事に二匹目の名付き『ウォータードラゴン』の討伐に成功し……それは別に旅の目的ではないような……終わったことなのでいいのかな?
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