第67話 海の復活

「町長、水が湧いてきましたぜ」


「こっちもです」


「ようし、道具を回収してゴリさんタウンに撤収だ」




 無事にウォータードラゴンを倒した私たちであったが、それですぐに海が回復するわけがなかった。

 ウォータードラゴンを倒したあとでも、マリリンから水が湧き出てくると聞いていた場所からはわずかな量の水しか湧いてこず、人為的に手を加える必要があったのだ。

 やはり彼女から聞いた岩盤が薄い箇所を、アイシャの元手下で力がある男たちが工事用のドリルで砕いていく。

 ウォータードラゴンが鎮座していた付近の岩場は、少し砕けば地下水が湧き出てくるそうだ。

 みんなに日当を渡したら、喜んで作業をしていた。

 よく道路工事でコンクリートを砕いているあのドリルだが、Wロール低速解砕機とか、コンクリート・アスファルト粉砕機とか言うらしいけど、これはメーカーによって呼び方が違うそうだ。

 『ネットショッピング』で購入できたので、元手下たちに渡して岩盤を砕く作業を任せていた。

 さすがに一日では終わらず、一週間ほど作業が続いたが、あちこちから水が染み出てきたので、私はみんなに撤収を命じた。


「ミュウ、出番だぞ」


「任せてください」


 あちこちの岩盤に罅が入り、徐々に水が湧き出てきたので、あとはミュウに任せることにした。


「我が氷魔法の最高奥義『ギガアイスアタック』をお見せしましょう」


「それって、どんな魔法なのだ? ミュウよ」


「実はララベル様と同じく、レベル六百を超えた時点で覚えた魔法なんですけど、この魔法威力は凄いけど使い道が難しくて……。上空から、巨大な氷の塊を落として目標を潰す魔法です」


「それって、町とか消滅しませんか?」


「するんじゃないですかね。一回で魔力をほぼ使い切ってしまう大魔法なので」


「そうですか……」


 そんな、サラっと答えるような魔法じゃないと思うけど……。

 フラウが素で引いているじゃないか。


「初めて使いますよ。まあ、凡その威力は知っているので、では」


 ミュウが、合流したゴリさんタウンの港で『ギガアイスアタック』の魔法を使うと、遥か上空から巨大な氷の塊が……直径数百メートルはあると思われるものが降ってきた。

 そしてその氷の塊は、岩盤に罅が入り、地下水が湧き出ていた場所に落下。

 質量×高さを考えれば簡単にわかると思うが、罅割れていた岩盤を派手に砕き、これまで染み出る程度だった地下水があふれ出てきた。


「凄いな」


「氷も溶けて、これも海の水の一部になりますよ」


「これで海が復活するの」


 一緒に様子を見ていたマリリンも大喜びだ。

 しかし、水が噴き出す量が急激すぎるような……。


「ゴリマッチョ、大丈夫か?」


「安心するゴリ、移動都市は砂漠も移動できるし、水も走れるゴリ」


「ならいいけど……」


 私たちがウォータードラゴンと戦っている間、ゴリマッチョはこのまま海に沈むのは可哀想だと、枯れた海のあちこちにある移動都市の廃墟と合体を繰り返していた。

 そのせいで、合流を果たした時にはゴリさんタウンの直径が三倍にまで膨れ上がっていた。

 自分の住んでいる移動都市が、朝起きると明らかに大きくなっている。

 元アイシャの手下たちは、その現実にかなりビビっていたようだ。

 すぐにアイシャに報告に来たほどなのだから。


「水が増えれば、徐々にこのゴリさんタウンも浮くゴリ」


「ゴリさんタウンは安心として、地下水は淡水だと聞きました。海になるのですか?」


「枯れた海には、乾燥した塩や岩塩が沢山あるの。人間が掘り出した量なんて微々たるものだから、これが溶ければ海水になるの」


「そんな単純な問題か?」


「そこは、海の精霊たるマリリンの出番なの。こういう時に備えて、マリリンは力を温存していたの。任せるのなの」


 マリリンは断言したが、彼女の言ったことは正しかった。

 ゴリさんタウンは、あのボロい神殿目指して航行していたが、徐々に水が増えていくにしたがって水に浮くようになり、さらに海の水もちゃんとしょっぱくなっていたからだ。


「海が復活すれば、多くの生物が育まれるの」


「でもこの枯れた海って、ウォータードラゴン以外、砂獣すらいなかったですよね?」


「……タロちゃーーーん!」


「どうして私頼み?」


 あなた、海の精霊ではないのか?


「お願いなの。なにか生物をプリーズ」


「『ネットショッピング』で海の生き物って売っているのかな?」


 マリリンから涙目で頼まれてしまったので、私は『ネットショッピング』を開いて海の生物を……そんなもの売っているのであろうか?


「あった!」


 最近は、通販でも海水魚の生体も売っているようだ。

 だが、これらを放流しても餌がなくて死んでしまうので、まずは海水魚水槽の水を綺麗にする複合バクテリア剤を大量に購入して海にばら撒いた。


「いい感じなの。もっと一杯撒くの」


 海の基本は微生物からか。

 マリリンがなにかしきりに、バクテリア溶液を撒いた海に魔法のようなものをかけていた。

 素早く増えるなどの効果があるのであろうか?


「もっと撒くの」


「はあ……」


 結局、海岸沿いの神殿に辿り着くまでに、様々なバクテリア溶液だけで数十億イードルク分は使ったかもしれない。

 そのせいか、海はとても綺麗に見えた。

 あまり生物がいないからかもしれないが、まさにオーシャンビューというやつだ。

 海の精霊であるマリリンが手を加えているからというのもあるのか。


「海藻がほしいの」


 続けて、海水魚水槽に入れる様々な海藻、イソギンチャク、サンゴなどに。

 貝は、食材の活きアサリ、ハマグリ、赤貝、ホンビノス貝、サザエ、ムール貝など。

 エビも、観賞用でも食材でも生きているものを。

 食べた方が美味しいから勿体ないなと思いつつ、放流すると、マリリンはなにか魔法をかけていた。


「その魔法は?」


「早く沢山増えるように加護を与えたの。今の状態だと、魚とかは放流できないの」


 いかに海の精霊の加護があっても、数千年も枯れていた海なので復活は容易ではないか。


「でも、きっとこの海は元通りになるの。マリリンは信じているの」


「そうか……」


 私たちにウォータードラゴンを倒させたり、海を復活させるために大散財をさせたりと。

 人遣いの荒い精霊だけど、海を元通りにしたいという願いは本物なんだな。


「とはいえ、海の回復には時間がかかるの。タロちゃん、今日の夕食は魚がいいの」


「おい……」


 あんた、海の精霊だよな?

 魚なんて食べていいのか?

 そもそも精霊が食べ物を食べるのか?


「食べ物は、人間のものが一番美味しいの。別に食べなくても飢え死にしないけど、食事は楽しみなの。お供えもウエルカムなの。じゃあ、お城に帰るの」


「あれ? 神殿は?」


 あれだけ金と手間をかけて移動都市内で神殿を稼働させたというのに、マリリンは何食わぬ顔で私たちの住処である城に向かっていた。


「海も復活したのだから、これからはずっと神殿に住むんじゃないのか?」


「神殿はお仕事の場だから、普段はタロちゃんやララベルたちと暮らすの。マリリンは、いつも神殿にいるようなワーカーホリックじゃないの。そういうスタンスは嫌いなの」


「はあ……」


 別に部屋は余っているからいいけど。


「タロちゃん、マリリンはカニを食べたいの」


「タロウ殿、まあいいではないか。ウォータードラゴンを倒して海が復活したら、安心してお腹が減ったな」


「私もです。エビもいいですね」


「エビいいですね」


「オレもカニだな」


「どっちも『ネットショッピング』で購入するか」


「ゴリはバナナがいいゴリ」


「ゴリマッチョはそればかりだな。オレもバナナは好きだけどな」


「ゴリは、ゴリラだからゴリ」


「デザートはバナナかな」




 こうして無事に、極南の海は復活した。

 それが私たちにとってなんの意味があるのかはわからないが、この世界の環境が改善して暮らしやすくなったので、これも『変革者』としての宿命なのかもしれない。

 偶然とはいえ巨大な移動都市の主となってしまった件もあるが、あまり先のことを心配しても仕方がないので、今日はみんなでカニとエビを楽しむことにしよう。


 私は、できれば平穏な日々を過ごしたい平和主義のおっさんなのだから。

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