第68話 カトゥー大族長
「前方に、砂大トカゲの群れを発見! 駆逐せよ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
「行くぞ!」
「ララベル様、またすぐ先頭に出ちゃうんですねって、アイシャさんも」
「はははっ! 今日は負けないぞ! ララベル!」
「私もまだ負けてやるわけにいかないな」
「タロウ様、ララベル様もアイシャさんも元気ですね」
「そうだなぁ。若いんだろうなぁ……」
「タロウ様も、老け込むような年ではないと思いますよ」
「それもそうか! 私たちも行くぞ!」
「はいっ!」
廃墟と化した古の遺産である多くの移動都市の残骸を吸収したゴリさんタウンは、直径が十キロを超えた。
住民は千人とちょっとなのでスペースは余りまくりだが、今は海の精霊であるマリリンに頼まれ、復活させた極南海の様子を監視しているので、人口はそんなに増えないだろう。
周囲から移民してくるわけがないからだ。
今は、元々マリリンが祀られていた神殿の傍の海岸で、毎日『ネットショッピング』で購入した海藻や小生物、バクテリア、プランクトン、小魚などを大量に放流している。
すべて鑑賞用の海藻や生物なので、海を復活させるために毎日大金を使っているのだ。
そこで私たちは、元砂賊の男性で戦闘力が高い連中と共に船で出かけ、近辺の砂獣を積極的に狩ることにした。
倒した砂獣の死体の処理が面倒なので、全員私のパーティに入れて、狩られた砂獣がイードルクに換算されるようにしている。
誰がどれだけの砂獣を狩っていくら手に入れたか。
判別が難しいと思われたが、それを解決する手段がいた。
「みんな、よく働くゴリね」
「奥さんが妊娠中で子供が生まれる人も多いから」
「お父さんは大変ゴリ。今から嫁さんの尻に敷かれているゴリ」
「可哀想じゃないから! 責任感が強いんだ!」
「そうなのか、ゴリ。ゴリにはよくわからんゴリよ」
またも有機スーパーコンピューターを大幅にパワーアップさせたゴリマッチョが分身できるようになり、彼が砂獣狩りに参加した全員の成績を計算していたのだ。
狩りが終わると、ゴリマッチョがその日の成果と今までに倒して得たイードルクの金額を教えてくれるという仕組みだ。
イードルクなので『ネットショッピング』でしか使えず、さらに彼らには閲覧ができなかった。
そこで、移動都市に何店舗かお店を開かせた。
基本的な食料や生活用品などが販売されており、これを購入すると、やはりゴリマッチョが残高いくらとか、これは今の所持金では購入できませんと教えてくれる。
カードやスマホ決済ではなく、『ゴリマッチョ決済』というのが、異世界風でいいと思う。
戦闘に向いていない人たちは、店員になって私から給料を貰って生活したり、農業や職人をしている者もいた。
ただ、これらは成果が出るのに時間がかかるので、三年間は一定額の給料を出すことにしていた。
いわば俺は町長になったのだが、戸籍の管理や税金の徴収は完全にゴリマッチョ任せだ。
住民たちも、イードルクという情報だけのお金の残高管理はゴリマッチョ任せであるけど。
それにしても、そうせざるを得なかったとはいえ。
日本でもいまだ現金派と電子マネー派が大きく争っているというのに、このファンタジー風異世界では、このゴリさんタウンだけとはいえ電子マネーが普及している。
不思議な話ではあるな。
「オッサン、もうすぐレベル四百だと聞くゴリ。次はなにを覚えるゴリか?」
「そう都合よくなにか覚えるのかね?」
「法則どおりなら覚えるゴリ」
そういえば、私はレベル百で『異次元倉庫』を、レベル二百で『ネットショッピング』を、レベル三百で『ネットショッピング』にゴミ箱の機能がついた。
ゴミが捨てられ、わずかだが金が戻ってくることを確認している。
ゴミも素材という考えなのであろう。
「そして、レベル四百か……きた!」
ララベルとアイシャが競うように砂獣を虐殺し、ミュウの魔法がうなり、フラウはまるで那須与一のように正確に矢を放ち続けている。
さらに、元砂族でハンターとしても優秀な者たちが二百名以上も砂獣狩りに参加しているのだ。
元々『変革者』はレベルが上りやすく、それが助長された形だ。
「で、なにを覚えたゴリ?」
「『拠点移動』。一度行ったところに魔法で飛べる。これは便利だな」
「便利ゴリね」
あっ、でも。
移動できるのは、術者である私を含めて五名までである。
当然移動都市は移動できなかった。
重たいからな。
「つまり、海を復活させる資金を稼げると、海の精霊様に言われるゴリ」
「金かかるからなぁ……」
海の復活については、マリリンの加護があるので無駄は少ないが、この世界の二割の広さまで広がった海に生物を復活させるべく、『ネットショッピング』で購入したバクテリア、海藻、サンゴ、エビやカニ、ヒトデなどの小生物に、小魚などを毎日大量に放っていた。
幸いイードルクは大量に稼げているからいいが、収入が右から左に流れていくだけという感じなのだ。
広い海の生態系を構築しようとすれば、手間はともかく、金(購入しないと手に入らないので……)がかかって当然だから仕方がない。
「『拠点移動』があれば、他の移動都市やオアシスと交易できるよね? 極南に海が復活すれば、海の精霊としてタロちゃんの功績を認めて忖度してあげるからファイトなの」
またも突然姿を現し、私に声をかけてくるマリリン。
すでに慣れたので、あまり驚かなくなっていた。
「頼むね、タロちゃん」
「はあ……」
断固拒否していいのだが、数千年もボッチだったマリリンを思うと、見た目も美少女なので悲哀を誘い、つい言うことを聞いてしまうのだ。
ララベルたちもこのところマリリンと仲良くしているし、海を復活させることに反対もしていない。
今のところは続けるという方針だな。
「とはいえ、このままだと色々と問題なの。だからマリリンが対策したの」
「対策?」
「マリリンは知ってるの。人間たちは大義名分があると色々とやりやすい生き物なの」
「大義名分ねぇ……」
海の精霊が考える大義名分ってなんなんだろうと考え込んでしまう私であったが、それが判明したのは数日後のことであった。
「精霊様との交信に成功したゴリさん族のカトゥー族長こそ、極南海を中心とする領域を支配する大族長に相応しいと私は思う」
「そうだな。我ら砂漠エルフは、精霊様と交信する能力を失ってしまった。精霊様との交信は、我らの偉大な祖先ハイエルフの秘儀。カトゥー族長は人間なれど、海の精霊様と交信している」
「海の精霊様であるマリリン様を祀る神殿は、ゴリさんタウンに移転した」
「カトゥー族長を大族長に推すことは正しい」
「本日ここに集結した砂漠エルフ全部族は、全員の賛成を以ってカトゥー族長の大族長就任に賛成することとする」
「いやあ、めでたいな」
「我らには、核となる存在がいなかったのでな」
「今にして思えば、団結力がない我らが人間たちによってオアシスを追われたのは、各部族ごとにバラバラに動いていたからだ」
「今代のバート王国の若き新王は国内の完全掌握を目指し、自称自領である南部、南西部への介入を続けている」
「シップランドなどには、かなり露骨に野心を向けていると聞くな」
「ゆえに、我らも有事に備えて動く必要があるのだ」
「復活した極南海と、その周辺の領域を押さえる必要があるな」
「今日集まった砂漠エルフ四十八部族とカトゥー大族長により、領有する海岸と領域を決めよう」
「そうだな。移動都市は海沿いに置いて、これからは有事以外には動かさないようにするのだ」
「一応国っぽい形態にはなったな」
「各部族が住居を固定すれば、お互いに連絡を取り合いやすい。バート王国がなにかを企んだ時は、全部族が協力して事に当たれる」
「交易はこれまでどおり砂流船を用い、海があって移動都市が海岸に固定となれば、海上船を用いてもいいな」
「水は、海の水をろ過すればいい」
「塩も手に入りやすくなるな」
「いいことずくめで、反対する理由はないな」
「ゴリさんタウンも神殿跡に固定されるから、これからは果物や果汁酒が買いやすくなるな」
「それが一番のメリットよ」
「というわけなので、私、キリンさん族の族長ビタールがゴリさんタウンに隣接しているエリアを領有し、不慣れなカトゥー大族長の補佐をしよう」
「まあ、最初は仕方がないかな」
「あまり露骨なキリンさん族贔屓はまかりならんぞ」
「それは勿論だとも。という結論に至りました」
「ええ……」
海の精霊の忖度ってなんなんだろうと思っていたら、三日後に砂漠エルフたちの移動都市が大量に集まり、極南海とその周辺の領域を領有することを宣言。
私を大族長にすることが、満場一致で決まってしまった。
私は人間なのだが、砂漠エルフたちはまったく気にしていなかった。
なぜなら、私は彼らの先祖ハイエルフが行なっていた精霊との交信を……交信って書くと大仰だが、ただ普通に話しているだけのような……成功させたからだ。
この世界の二割を占める極南海を復活させ、その海の精霊の住処である神殿は、ゴリさんタウンに移築された。
ゴリさんタウンに赴いて私を介すれば、誰でも精霊と会える。
これ以上の権威は、少なくとも砂漠エルフたちにはないわけで、満場一致で私が大族長にされたわけだ。
私の意志は……関係ないんだろうな……。
今日集まった砂漠エルフ四十八部族は、極南海の海岸に均等に配置され、不完全ながら国家となったわけだ。
日本のような中央集権国家のようにはいかないであろうが、後世でどうするか考えることなのだと思う……ことにする。
自称領土の完全掌握を目指すバート王国に対し、それに対抗する必要が砂漠エルフたちにはあり、ちょうど私がいたので祭り上げられた形になったのだと思う。
「なるほど。精霊様々なのですね」
「今のエルフたちは、マリリンたち精霊との交信ができなくなったの。だから、タロちゃんを凄いと思うの」
「でも、どうしてタロウさんはマリリンさんとこうやって話せるのですか? 私たちもですけど」
「他の世界の人間だからだと思うけど、タロちゃんは話しやすいの。ミュウたちは、タロちゃんが無意識に認めているから、マリリンと話せるの」
「砂漠エルフたちも同じなのか」
「そうなの。砂漠エルフは、もう全然ハイエルフとは違うから、タロちゃんが認めなければ話せないの」
「そういえば砂漠エルフたち。感動して涙を流しながら、マリリンに挨拶してたよな」
「私たちは普通に話せるから、そこまでありがたがるとは思いませんでした」
私も、アイシャやフラウと同じ風に考えていたけど。
マリリンは、極南海の周辺にいた族長たちの夢枕に立ち、ゴリさんタウンに来れば自分と話ができると言ったらしい。
精霊との交信能力を失って長い年月が経った砂漠エルフたちは、失われたものを取り戻すため、慌てて集結したわけだ。
事前報告がないのは……マリリンは精霊だから仕方がないのか。
そして、私が認めた人しか自分と話ができないと聞き、私が大族長に推戴されたわけだ。
現実問題として、あの困った王様の存在もあったのだが、砂漠エルフたちはこれまで各部族ごとに勝手に生活していた。
どの部族が一番偉いとか強いとか、そういう考えすらなく、それは平等でとてもいいことなのだが、有事には指揮を執る者がなく各個撃破されてしまう危険もある。
それが原因で、過去に人間によりオアシスから追い出されたというのもあって、だから精霊と交信できる私が都合のいい存在であったというわけだ。
「しかし、これは目立つな……」
一応バート王国領内とされる南西部に、数か国で分割領有している中央海の倍の広さの海が誕生し、さらにそこは私たちと砂漠エルフたちに占拠され、別の国家ができたようなものなのだから。
あの王様のことだから、戦争で併合すると言い出しかねなかった。
「とはいえ、こうなってしまった以上は仕方がないし、考えてみたら五年後には発覚することだからな」
確かにララベルの言うとおりで、五年後、王様が無理して集めた魔力で再召喚を行えば、必ず召喚は失敗するはずだ。
なぜなら私が死んでいないのに、バート王国にある魔法道具でもう一人『変革者』を召喚できないからだ。
『変革者』は、魔法道具一台につき一人。
もしくは、決められた周期でしか召喚できないのだから。
「あの兄のことだ。ブチキレてタロウ殿の暗殺を命じるはず。それを防ぐには、気ままな旅人よりは今の立場の方がいい」
「そうですね。いくらタロウさんが特別でも、戦闘力はさほどでもないので、組織で守る方がいいでしょう」
ララベルとミュウの正論を、私は受け入れるしかなかった。
「ゴリに任せるゴリ。移動都市の管理はお手のもの。オッサンは今の生活を続けるゴリ」
「マリリンがいれば、砂漠エルフたちも協力的なの。タロちゃんが死んだら不都合も多いから大丈夫なの」
なるほど。
精霊と交信できるがゆえに、私は砂漠エルフたちに守られるわけだ。
「それにしても、『変革者』ってのはやっぱり特殊なんだな」
「さすがはタロウ様ですよ」
なるほど。
言われてみればそのとおり。
『変革者』は、この世界を変える存在というわけだ。
しかし、私が具体的になにか自分でやったというわけではなく……召喚も突然だったので、それも『変革者』ゆえというわけだな。
「それで、この国の名をどうするゴリ?」
「国名かぁ……」
実情は、私を軽い神輿に添えた、砂漠エルフ諸部族連合みたいな感じだけど。
「今のところは『南西諸部族連合』でいいと思うな」
国と言われると、まだそうでない気もするので、極南海を領有する集まりだとわかればいいはず。
これもそのうち正式な国名がつくだろう。
なんでも最初に決めなくていいはずだ。
「で、オレたちはなにをすればいいんだ?」
「海を取り戻すの!」
「つまり、今までと同じゴリ」
新しく生まれた海を囲うようにして移動都市が配置された国みたいなものができたが、考えてみたら他の移動都市の統治はこれまでと同じで各族長のまま。
ゴリさんタウンもゴリマッチョが管理しているため、私たちは砂獣狩りを続け、その合間に『ネットショッピング』で購入した品で夫婦生活を楽しむ生活になんら変わりはないらしい。
無駄な仕事が増えないのはいいんだけどね。
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