第65話 ウォータードラゴン
「大きいな」
「大きいですね」
「首の数が数えきれませんね」
「でも、動かないんだな」
「動くんだったら、近寄るのも危険だろうからね。マリリンの情報どおりでよかった」
「タロちゃん、私は嘘なんてつかないの」
神殿の移転というか、海の精霊であるマリリンがゴリさんタウンに引っ越しただけだが、それからすぐにウォータードラゴンを倒すべく動くことになった。
いきなり戦っても勝てないので、まずは偵察ということで、私たちはゴリさんタウンを出て枯れた海の中心部にいるウォータードラゴンを遠くから偵察していた。
全員、『ネットショッピング』で購入した双眼鏡で、ウォータードラゴンの姿を見ている。
「水でできているのか……」
「ほぼ塩水だね。あの巨体のどこかにコアがあって、それがああやって水を集めて体を形成するの」
「本来なら海を形成する海水を体の一部にしているのか?」
それだと、倒すのは非常に困難なような……。
なにしろウォータードラゴンは、大量の水が湧き出すポイントに蓋をするように鎮座しているのだから。
動けないのは弱点かもしれないが、無限の回復力があるといっても過言ではないのだから。
しかもその不利な点を補うべく、ウォータードラゴンには数えきれないほどの首が生えていた。
足はなく、胴体は首のプラットフォームのような形状で、ドラゴンとは言ってもかなり特殊な形状をしていた。
ほぼ水でできているのに、砂獣とはこれいかに。
といった感じなのだ。
「なるほど。私やアイシャではダメージを与えられないのか」
「そうだろうな。水は剣では斬れないし、突いてもダメージはゼロだからな」
ウォータードラゴンは、コアが自在にコントロールできる海水でできている。
多数ある首を斬り落としても、すぐに胴体部分から新しい首が生えてしまうのだ。
「コアを破壊しないと駄目なのか」
しかもそのコアは、首の材料である海水を供給する胴体の一番奥にある。
当然コアを破壊しようと思えば首たちが邪魔をするわけで、首を斬り落としても巨大で重厚な胴体からすぐに首が生えてしまう。
無限の回復力を持っているようなものだな。
「タロウさん、無理ですよね?」
「無駄だね」
では、解散ということで。
私は同じく『ネットショッピング』で購入した、枯れた海の底という悪路を偵察するために購入した多目的トラックウニモグを移動都市の方に向けようとする。
「やり方はあるの!」
「無理だよ、さすがに」
無限に生えてくる首に、無限に供給される地下から湧き出す海水。
どうやってコアを破壊するというのだ。
不可能に決まっている。
「ウォータードラゴンには限界があるの! 無限の回復力は嘘なの!」
「どういうこと?」
「ララベル、アイシャ。ちょっと攻撃して何本か首を斬り落としてなの!」
「そのくらいならいいが……」
「意味ないんだろう? それ。まあいいけど」
マリリンから、試しにウォータードラゴンと戦ってきてくれと頼まれたララベルとアイシャは、ウニモグから降りると、そのまま全速力で目標に向けて走り出した。
さすがは、レベル六百超えと四百超え。
二人はまるで疾風のような速度でウォータードラゴンに斬りかかった。
私たちは、双眼鏡でその様子を観察する。
「いくぞ!」
「おりゃあ!」
ララベルはまるで踊るかのように、ウォータードラゴンの首からの攻撃をかわしながら剣で斬り落としていく。
アイシャも、首の部分に精密な連続突きを繰り返して、ウォータードラゴンの首を次々と斬り落としていった。
「落とされた首は、地面に落ちたら沁みてなくなり、すぐに新しい首が生えてくるんですね」
「マリリン様、やっぱり無理だと思いますよ。胴体の部分ですが、確かに首を回復させた分小さくなりましたけど、すぐに地下から吸い上げて回復しているじゃないですか。タロウ様も、そう思いますよね?」
「そうだね」
確かにフラウの分析は正しいのだけど、私は一つだけ気になったことがあった。
そこで、マリリンにそれを問い質してみる。
「ウォータードラゴンは、これ以上大きくならないのか? それともなれないのか?」
地下から水を吸い上げることができるのであれば、ウォータードラゴンは永遠に大きくなれるはず。
なのにそれをしないということは、ウォータードラゴンはこれ以上は大きくなれないという可能性もあるわけだ。
「正解なの。ウォータードラゴンは海水でできた砂獣という、とても矛盾した存在で、でも砂獣としての性質もちゃんと持ち合わせているの。砂獣は基本的に水が苦手なの」
「水でできた砂獣なのに、水が苦手なのですか?」
ミュウが、マリリンの発言に異を唱えた。
「砂獣は生き物ではあるから、最低限の水は必須なの。でも砂獣にとって、必要以上の水は害なの。だから、ウォータードラゴンは水が湧き出すあの場所を塞いでいるの」
だから砂獣は、このグレートデザートにおいて一番繁栄しているというわけか。
マリリンによると、ウォータードラゴンは今の大きさが限界らしい。
これ以上大きくなれないどころか、生物としては死んでしまうので、海の復活を阻止しているそうだ。
「もう一つ、ウォータードラゴンは塩がないと生きていけないの」
ウォータードラゴンは、水ではなく塩水で構成されている。
その塩分濃度はほぼ海水と同じで、塩分濃度が薄くなるとやはり死んでしまうそうだ。
「ということは、大量の水をぶつければ倒せますかね?」
「さすがにウォータードラゴンもバカではないの。当然安全係数はとっているの」
今の体積の三倍を超えないと、水分過多、塩分濃度低下で死ぬということはないらしい。
「ウォータードラゴンの体が塩分過多になったらどうなんです? 生きていけなくなるのであれば、塩をぶつける方法もありますよね?」
なるほど。
その手もあったな。
さすがはミュウ、私たちが気がつくよりも新しい考えを述べるのが早い。
「塩だと、体外に排出してしまうから無理なの」
「駄目ですか……では、無理なのでは? ララベル様とアイシャさんを撤退させましょうよ。ねえ、タロウさん」
今もララベルとアイシャはウォータードラゴンと戦っているが、いくら首を斬り落としても駄目だな。
首の部分を構成していた塩水が地面に染みて、足場が悪くなってきた。
二人を撤退させた方がいいだろう。
私は、『ネットショッピング』で購入したロケット花火を打ち上げて、撤退の指示を出した。
「タロウさん、なにか思いつきましたか?」
「うーーーん」
ウォータードラゴンは、海水と同じ濃度の塩水で構成されている。
塩水を纏めているのは、胴体部分の奥深くにあるコアだ。
コアを破壊すれば、ウォータードラゴンは体を維持できなくなって死ぬ。
コアが抱え込める塩水の量には限度があり、これを超えるとやはりウォータードラゴンは崩壊してしまう。
これは、水でできていてもウォータードラゴンは砂獣で、必要量以上の水が毒だからだ。
今もララベルとアイシャがウォータードラゴンの首を次々と落としているが、落ちた首が岩に染みると、ウォータードラゴンはすぐに地下から水を吸い上げて自分の体の大きさを維持していた。
「マリリン、ウォータードラゴンが地下から吸い上げている水って海水か?」
「違うの。普通の水なの」
「あれ? じゃあ、どうやって体を構成している水の塩分濃度を保っているんだ?」
失った塩水を取り戻すために真水を吸い上げていたら、じきに塩分濃度が下がって、これもウォータードラゴンにとっては致命傷になるはず。
「この辺の岩は、表面が岩塩なの。海水が蒸発した時、塩分が残ったの」
古代文明の人たちは、完全常温核融合炉に必要な水を採取したが、邪魔な塩は採取しなかった。
海水が減るに従って、死海のように海水の塩分濃度が上がっていき、ついには水分が蒸発してその場に岩塩として残った。
ウォータードラゴンは、それを利用して塩分も確保しているわけだ。
「隙がないなぁ……」
なにかヒントがないかと双眼鏡で見ていたら、ちょうどララベルたちが私の指示どおりに撤退を開始するところであった。
その様子を双眼鏡で見ていたら、一つあることに気がついた。
斬り落とされて地面に落下した首が水溜りになっていたのだが、その中で一番大きな水溜りから再び首が復活してララベルに襲いかかったのだ。
「ララベル!」
予想外の奇襲だったので私はつい声をあげてしまったが、私が心配しなくてもララベルはそれを予想して攻撃を回避し、再び剣で斬って水を撒き散らして倒していた。
「マリリン、斬り落とされて分割した海水は、暫く生きているのか?」
「コアの拘束効果がある範囲内なら、水は暫く生きているの。地面に染みてしまうとなにもできないけどなの」
なるほど。
だから大きな水溜りから、再びウォータードラゴンの首が生えてきたのか。
地面に染みてしまえば水は死ぬが、水溜りとして残っていると、可能な限り活動しようとする。
まだ死んでいない状態というわけか。
「斬り落とされて分離された量程度の水なら、それほど脅威ではないですよね。ララベル様は余裕で対処していました。しかも、その分離された水塊も、コアが抱え込める水量に入っていると考えれば、私の氷魔法でなんとかできるかもしれません」
ウォータードラゴンの首をミュウの魔法で凍らせ、ララベルなりアイシャが斬り飛ばす。
氷は生きたままなので、コアが抱え込める水量の内訳に入るが、凍って分離しているので戦力にはならない。
氷だから本体への合流も難しいか。
「次第に本体が痩せ衰えて、コアを破壊できるかもしれません」
「あっ、それは駄目だ」
「どうしてですか?」
「海水は凍らないから。正確に言うと、凍る時に塩分が排出されてしまうんだ」
水に塩分が入ると凍らなくなる。
いや、かなり温度を下げれば凍るが、その際に塩分をイオンとして排出してしまうので、真水が凍るだけになってしまうのだ。
「マリリン、塩が抜けた水は死ぬよね?」
「当然なの」
つまり、水だけ凍らせても、ウォータードラゴンはすぐに地下から水を汲み上げてすぐに回復してしまう。
氷ができる時に排出される塩分も有効に再利用され、ウォータードラゴンはノーダメージということだ。
「知りませんでした。さすがはタロウさん」
大昔に、理科の授業で先生がそう言っていたのを思い出せてよかった。
「考え方は悪くない。生きている独立した水の塊を沢山作って、本体を痩せ衰えさせれば……」
どうやらコアは、塩水の塊が生存条件を満たしていると、斬り捨てることができないようだ。
抱え込める水の量に限度があるのなら、生きてはいるが、私たちの攻撃を阻止するのに役に立たない塩水塊を沢山作れば、本体が弱くなるはず。
「でも、凍らせるのは無理ですよね? 水を凍らせる以外で独立した塊にできるのですか?」
「……できる。アレを使えば大丈夫だ」
「『虚無』を倒した時みたいに、また『ネットショッピング』で購入したものを使うんですね」
「そういうことだ」
そこまで話したところでララベルとアイシャが戻ってきたので、私は彼女たちも交え、ウォータードラゴンを倒す作戦をみんなに提案するのであった。
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