第20話 赤い『名付き』(三倍の速度で動かない)

「デカッ!」


「タロウ殿、有名な『名付き』に比べればまだまだだぞ」


「強さもそれほどではないですからね」




 翌日、私たちは巨大なサンドスコーピオンを視界に入れていた。

 通常の三倍、全長三十メートルはあると思われる真っ赤なサンドスコーピオンであったが、ララベルさんとミュウさんに言わせると、『名付き』の中では全然大したことはないそうだ。

 普通のサンドスコーピオンのように保護色ではなく、あえて目立つ赤なので強さに自信があるのかと思ったが……。


「ララベルさん、このサンドスコーピオンは普通のサンドスコーピオンの三倍の速度で動きますか?」


 私は、アラフォー世代。

 真っ赤なものを見ると、通常の三倍で動くのかどうか気になってしまうのだ。


「いや、大きな分、かえって遅いと思うが……」


「その分、パワーは桁違いですねどね。ハサミで攻撃されたら、すぐに真っ二つにされてしまいます。尻尾の毒で攻撃されたら、一時間と経たずに死にますね」


 残念っ!

 『名付き』の真っ赤な巨大サンドスコーピオンは、速度よりもパワー重視みたいだ。

 毒の威力も三倍って感じかな。

 その点のみは、赤いだけのことはある。


「じゃあ、危険ですね」


「そうでしょうか? 動きは遅いし、冷静に戦力計算をしても私たちには到底敵わないので。油断しないように心がけることは大切ですかね」


 ミュウさんは、まだ遠く離れた真っ赤なサンドスコーピオンに対し魔法を使った。

 氷の柱が真っ赤なサンドスコーピオンを包み込んでしまう。

 まだ生きてるようだが、氷に覆われていない脚の一部をバタバタと動かすのみであった。


「実はサンドスコーピオンは、基本的に水にも氷にも弱いのです。他にもっと強い『名付き』が沢山いる以上、そちらを警戒した方が合理的ですね」


 残念ながら、真っ赤なサンドスコーピオンはミュウさんの脅威とはならなかったようだ。


「このまま死ぬまで放置ですか?」


「いえ、さすがに『名付き』なので、この程度では死にませんよ。氷が溶けると元通りなので、ララベル様の出番です」


「動けぬ獲物なので、歯ごたえがないが……タロウ殿にお見せしよう! 我が必殺の『斬断剣(ざんだんけん)』を! ミュウ!」


「わかってますよ」


 続けて、ミュウさんは魔法を使った。

 今度は水系統の魔法ではなく、一気にララベルさんを数十メートル上空まで浮かび上がらせる魔法であった。

 彼女が凍りついた真っ赤なサンドスコーピオンを見下ろす形となった瞬間、ミュウさんの浮遊魔法の効果が切れ、抜剣して剣を上段に構えていたララベルさんは一気に落下していく。

 落下の勢いも利用した強烈な一撃により、真っ赤なサンドスコーピオンは氷ごと縦に真っ二つにされ、これがトドメとなって真っ赤なサンドスコーピオンは消滅した。


「すげえ」


 あれだけの巨体を一本の剣で真っ二つにしたのもそうだが、あの高さから落下してちゃんと砂地に着地し、なんらダメージを受けていないのも凄い。

 上位のハンターほど人間離れしている証拠であろう。


「綺麗だな」


 中にはそういうハンターを怖がる人も多いそうだが、私は素直に彼女の剣技と強さを見て美しいと感じてしまった。


「きっ、綺麗? 私が?」


「美人はなにをしても様になりますね。私はそう思ったわけです」


「そうだったな……タロウ殿は美醜の基準が逆なのだった」


 今度は、ララベルさんも怒らなかった。 

 もう慣れてくれたようでよかった。


「あの、タロウさん」


「なんですか? ミュウさん」


「私も華麗に魔法を使いましたよ。どうでした?」


「さすがは凄腕の魔法使い。あの大きさの砂獣を一発で氷漬けにするなんて凄い」


「もっとないですか?」


「私ももっとレベルが上がったら、ああいう魔法が使えるようになればいいなって思います」


 性格的に、ララベルさんが見せたようなアクティブな戦闘には慣れないかもしれないが、魔法とかを覚えられたらいいと思う。

 でも、『異次元倉庫』と『ネットショッピング』で限界かな? 

 特技が二つある人は貴重で、三つある人は奇跡と言われる世界だそうだから。


「他にないですか?」


「ミュウ、タロウ殿が迷惑しているだろうが」


「ララベル様、自分だけ綺麗だって褒められてズルイですよ!」


「仕方があるまい。戦闘スタイルの差なのだ。それよりも、『名付き』で得られた報酬を確認しなければ」


「ううっ……次はもっと華麗な魔法を見せますよ」


「それで動作に隙ができたら意味がないではないか。タロウ殿、どうだ?」


「あっ、はい。確認しますね」


 私は、『ネットショッピング』の画面を開き、所有するイードルクの額を確認した。

 画面は目の前の空中に出ているのだが、残念ながらララベルさんとミュウさんには見えないようだ。


「うん? 新機能のお知らせ?」


 残高の確認の前に、新しい機能の通知が出てきた。

 開くと、そこには『フレンドリーサービス』と書かれていた。

 これをクリックすると、脳裏にその機能の内容が浮かんでくる。


「画面を他人に見えるようにする機能か……まずは五名まで。じゃあ、二人にも」


 残高は三人のものなので見てもらった方がいいであろう。

 私は、二人にも画面が見えるように設定した。


「おおっ! 空中に四角い絵が浮かんでいるぞ!」


「あれ? 私たちの言語で記載されていますね」


 ララベルさんは『ネットショッピング』のページを見て驚いていたが、研究者気質もあるミュウさんは、画面に表示された文字がこの世界の言葉であることに驚いていた。

 彼女は私がこの世界の文字を理解できないのを知っているから、私には日本語で表示されているのに気がついていたのであろう。

 ところが、自分たちにはこの世界の言語で画面が表示されており、人によって言語表示が変わるという事実に驚いたわけだ。


「自然に翻訳してくれるのか……」


 私には日本語で表示され、ララベルさんたちにはこの世界の言葉で表示されているのか。

 さすがは『ネットショッピング』。

 お客さんへの配慮は忘れないわけだ。


「『変革者』は、召喚された直後からこの世界の言葉を話せます。これは、『変革者』がこの世界で効率よく活動できるようにするためだそうです」


 言葉が通じないと、お互いの意思疎通にも苦戦するから当然か。

 文字の読み書きは……そこまですると面倒だと思ったのか、難易度が高すぎるかのどちらかだな。


「ええと、残高は、7億9893万1245イードルクか……素材と神貨で1億2000万イードルクという計算だな」


 弱い『名付き』で1億イードルク超えなので、『名付き』の討伐は効率がいいのか。


「でも、あと2億ちょっと必要ですね」


 しかも、期限は一ヵ月しかない。

 だが、素材の売却分も合わせれれば、一ヵ月で間に合うかな?


「他に『名付き』は?」


「いませんね。放浪するタイプの『名付き』は、ここの外縁がサンドウォームの巣なので近寄らないです」


 それは、数の多いサンドウォームが脅威だからか?


「いえ。『名付き』からしても、サンドウォームは不味いからでしょう」


 そんな理由で、徘徊タイプの『名付き』が近寄ってこないのか……。


「サンドスコーピオンを沢山倒せばいい」


「効率重視でいけば大丈夫そうですね」


「そうだな。なので、タロウ殿は戦闘に参加しないように」


「効率が落ちますからね。戦闘力はあとで検証しましょう」


「はい」


 二人の正論に対し私はなにも言えず、以降は暫く二人の戦闘を見守るだけの日々が続いたのであった。

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