第19話 当然、本気出す!
アイスを持っていって二人に『ネットショッピング』の詳細と、10億イードルク支払うと送料が永遠に無料になるキャンペーンの話をしたのだが、アイスを食べるのに夢中で話を聞いていないようにしか思えなかった。
先にアイスを出したのは失敗だったか?
六種類の味が四個ずつで、合計二十四個あったのだが、もう一個も残っていない。
食事の時は優雅に食べていたのだが、アイスに限ってはまるでハイエナのように取り合い、自分が一個でも多く食べようと競争になっていたからだ。
というか、私の分……。
『異次元倉庫』に入れれば溶けないので数日は保つと思っていたのだが……。
「勿論話は聞いている。詳細は把握した」
「なるほど。タロウさん及び、同じパーティメンバーの砂獣討伐報酬は、イードルクなる情報のみの貨幣に変換されてしまうのですね。ですが、こういったものを購入できるのであれば、かえって得ではないですか」
「購入金額と同じ送料か……安く感じるが、一ヵ月以内に10億イードルク支払えば、それ以降は永遠に送料無料とは凄い。破格すぎるな」
この世界はその大半が砂漠の覆われた世界のため、人が住んでいる場所同士の距離がかなり開いている。
交易をする際には砂流船が使われるのだが、砂獣のせいで遭難する船も多く、輸入品は恐ろしいほど高いそうだ。
「それに加えて関税もかかるのでな。国によって条件は違うが、バート王国の場合、その商品の価格と同じ金額の関税がかかる」
成功率が低めの輸入に、高額な関税、難易度の高さから多国間交易をしている商人はとても少なく、輸入品は現地の数十倍の値段がつくものも珍しくないと、ララベルさんが説明してくれた。
「これは一日でも早く購入すべきですね」
「そうだな。同じ値段でアイスが倍も買えてしまうのだから」
この二人、この世界の人間にしては思考が柔軟で合理性に富んでいるな。
サンダー少佐もそうだったから、普段の生活に色々と制約がある平民階級のサンダー少佐や、上流階級でもハブられ気味だったララベルさんとミュウさんだからかもしれない。
私は正直なところ、『なにも手に入らないのに、10億イードルクを払うなんて勿体ない』と言われたらどうしようかと思っていた。
教育を受けていない人は当然だが、いくら高度な教育を受けても、『長い目で見たらどちらが得か?』ということが理解できない人は一定数出てしまうのだ。
私のいた会社でも、私よりも遥かにいい大学を出ているのに、こういうことが理解できない人はいた。
勉強ができるというのと、そういうことを理解するというのは別というわけだ。
「タロウさん、私たちは効率的に動かざるを得ないのですよ」
「なにしろ、この容姿なのでな」
「綺麗な子なら、多少おバカなことをしても男性がフォローしてくれますからね」
「そうだな。我々ドブスは『自己責任だ! 砂大トカゲにでも食われろ!』と言われて終わりなのだ」
確かに美人はチヤホヤされるものだが……その美人の基準が……私はこの世界の美人が男性たちにチヤホヤされている様子を脳裏に思い浮かべ、『私にはできないな』と思ってしまった。
『なにかのギャクなのかな?』と思えてしまうからだ。
「ララベル様、とにかく10億イードルク集めましょう」
「つまり、砂獣を沢山倒せばいいのだな」
「砂獣なんて油断しているとすぐに大繁殖するので、沢山倒しても全然問題ないですよ」
と、笑顔で語るララベルさんとミュウさんであったが、二人とも私基準では非常に容姿が整っているため、余計に怖く感じてしまった。
「ふと思ったのだが、神貨は入金できないのかな?」
「できるみたいです」
さっき、銀行振り込みの機能を確認している時、私は手持ちの神貨もイードルクに変換できるのを確認していた。
「タロウさんは、神貨をどのくらい持っているのですか?」
「そんなには持っていないですね」
私は、砂獣を倒しても神貨が手に入らないからだ。
サンダー少佐とシュタイン男爵からの餞別に、あとは砂流船で私以外のハンターが倒したサンドウォームから出た神貨を拾える限り拾ったくらいか。
死んでしまった人からも拝借したが、船の金庫は逃げ出した船長たちが持ち出していたので空だったため、慌てて置いていった彼らのサイフくらい。
合計しても、一千三百万ドルクくらいのはず。
金隗や宝石もあったが、これは換金できないようだ。
「私たちは、それなりに持っているぞ」
「あそこに」
「あのぉ……いいんですか?」
ララベルさんとミュウさんは、大量の神貨をテントの後ろに無造作に積んでいた。
お金なのに、そんな扱いってどうかと思う。
「ここに来てから砂獣を倒した時に回収した分だが、使い道がないのでな」
「こんなところに商人なんて来ないですし、あそこに山積みしていても誰も盗まないですからね」
命がけでサンドウォームの巣を越え、サンドスコーピオンとの遭遇に怯えながら盗みに来る泥棒はいないのか。
「これも課金してみればいい」
「わかりました。私が課金した分と、ララベルさんたちが課金したん分と、ちゃんと明細を取って……「別に必要ない」」
親しき仲に礼儀ありという。
課金口座は一つだが、誰がいくら課金していくら使えるのか、ちゃんと分けて帳簿を作ると言ったらララベルさんから不要だと言われてしまった。
「タロウ殿は、兄に比べると誠実な男性なのだな」
「そうでしょうか? 普通だと思いますよ」
お金とは本当に怖いもので、これで揉めて、殺人事件まで発生してしまう。
恋人、夫婦、友人、親戚。
簡単にこれまで良好だった関係が崩壊することもあった。
『あまり、お金お金言うのはよくない』と言う人は多いが、私はその辺はちゃんとした方がいいと思うのだ。
「兄など、『お前でも、この国に貢献できるのだ。ありがたいと思え』と言って砂獣の素材も神貨もすべて取り上げられていたのだが」
「私も同じくです」
「そうなんですか……」
あいつ、本当に酷いな。
私に対しても似たような態度だったので、別に驚きはしないけど。
「それに、買い物ができるのはタロウ殿だけなのだ。元々平等な関係というのはおかしいだろう」
「そうですね。あのアイスの他にも色々と購入できるのであれば、楽しみしかないですよ。どうせ10億ドルクは払わないといけないですからね。問題ないですよ」
わかりました。
それでは……。
私の持っていた分と、ララベルさんとミュウさんが三ヵ月で獲得した大量の神貨を入金すると念じたら、すべて消え去ってしまった。
急ぎ確認すると、私のイードルクの残高が6億8893万1245イードルクまで増えていた。
三ヵ月で2億ドルク以上を稼ぐ二人……。
どうしてあの王様は、この二人を島流しにしたのであろうか?
「あと3億3000万ドルクか」
「一ヵ月だと難しいでしょうか?」
「タロウさん、私たちの分の神貨には素材分がありません。なんとか間に合うのでは?」
私のパーティに入っていない状態での討伐で、さらに運搬も困難だから素材の大半は放置した結果なのか。
素材もお金に代わっている分、一ヵ月で3億3000万ドルクを稼ぐのは可能だと、ミュウさんは計算していた。
「だが、間に合わなかったでは困る。ここは確実性が必要だな」
「もっと稼働時間を延ばしますか?」
「いや、それを一ヵ月続けるのは難しい。そこで、『名付き』を倒そうと思う。ここにも、サンドスコーピオンの突然変異種がいただろう」
「あれですね。お互い避け合っていますけど」
『名付き』とは、個体で活動し、非常に巨体で強い砂獣のことであった。
ボスモンスターみたいな扱いで、『名付き』という名前のとおり、人間から認識されている個体には名前がついていた。
人間から認識されておらず、まだ命名されていなくても、そういう強い個体を『名付き』と呼ぶのは、どうせいつか名前を付けるかららしい。
王都でサンダー少佐からそういう強い砂獣がいるとは聞いていたが、まさかこの近辺にも存在するとは。
「『名付き』を倒すと、得られる神貨が桁違いなんでしたっけ?」
「その代わり、恐ろしいほど強いがな。サンドスコーピオンの大量生息地をウロウロしているのだ。奴は繁殖を放棄し、年々巨大化している。同種であるはずのサンドスコーピオンも奴からすれば餌でしかない」
「妙に勘がいいのも『名付き』の特徴ですね。奴は私たちを避けているのです」
現時点では二人に勝てるかわからないので、避けているわけか。
「やはりララベルたちさんも、勝てるかどうかわからないので避けているのでしょうか?」
こんななにもないオアシスで暮らしている以上、どちらかが死傷してしまうとリスクであろう。
どうせ素材を有効活用できず、腐るに任せるか、他の砂獣の餌になるのだから放置していた可能性がある。
「別に倒そうと思えばいつでも倒せるが」
「そうですね。『名付き』には、ちゃんと命名されて今も生きている個体が沢山いますから。サンドスコーピオンの親玉は、弱い方の『名付き』です」
「そうなのですか?」
逃げるから、わざわざ倒しに行くのが面倒だと思っていた。
「こんな砂漠で、毎日普通のサンドスコーピオンばかり倒していると暇でな。育ててみようと思ったのだ」
「毎日倒したサンドスコーピオンの死骸を放置して、少しでも早く育つかなって」
「あの……育ててなにか意味でも?」
「ここの生活は、毎日が暇だ」
「同じ生活サイクルですからね。サンドスコーピオン退治で体を動かすくらいなので、『名付き』を育てて、それを倒すイベントで盛り上がろうかなって」
「本当、ここではそのくらいしか楽しそうなことがないのだ。それも無事解決したがな」
「美味しいものや珍しいもののお買い物。楽しみですね。早く送料無料を達成しましょう」
「そうですね……」
私は、暇つぶしのために生かされ、明日には電子マネーのために殺されてしまう『名付き』に対し、ほんの少しだけ同情してしまうのであった。
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