第21話 心配するおっさんたち

「今、戻ったぞ」


「あなた、お客様が……」


「誰だ?」


「私ですよ」


「おおっ、シュタイン男爵様ではないですか」


「軍を退役してハンターになったら、随分とお行儀よくなったな。普通は逆じゃないか?」


「平民は、貴族様にへいこらするものなのでね」


「そうされるのが当然だと思っている貴族が多いのは確かだがね。話があります」




 タロウがウォーターシティーに向かってから数日後。

 予定どおり、俺は軍を退役した。

 平民で少佐になれたので、上出来というところだな。

 普通は士官学校を出ていても大尉が限界で、退役時にお情けで少佐にしてくれるだけだ。

 少佐で現役を終えると、退役時には中佐にしてくれる。

 退職金と年金の額が上がるので、老後は安心というわけだな。


 とはいえ、俺はまだ四十代前半。

 まだ働けるので、ハンター業を始めることにした。

 早速仲間を探し始めたのだが、一緒に俺の部下たちも退役してしまったので、彼らを仲間にして終わりだった。

 別に俺につき合って軍を退役する必要はないと思ったのだが、俺の代わりに軍に入った貴族のバカ息子がどうしようもない奴らしい。


 自分で砂獣と戦う度胸は無いが、レベルは上げてほしい。

 『それも急ぎで!』という無茶な要求を、俺の部下だった連中に出したそうだ。 

 それをヤバイと感じた俺が特に目をかけていた五人……タロウの訓練にも参加していた連中だ……も急ぎ退役してしまい、代わりに配属された兵士たちがすでに五名も死んだそうだ。


 レベリングのため、その新米コネ少佐が無茶をさせたそうだ。

 それなのに、彼は貴族の子弟なのでなんのお咎めもなし。

 そりゃあ、退役して当然か。


 本当に、レベルを一つでも高くして同類のバカたちに対しマウンティングを取りたい貴族の子弟には困ったものだ。


 幸い、彼らも加わったのでハンター業は順調だった。

 給料固定の軍人よりも稼ぎもよく、このところ毎日が充実していたが、唯一落ち込んだのはタロウの死亡だな。

 ウォーターシティーへの船便が出ている港へと砂流船で移動していたら、サンドウォームの群れに襲われて船は沈没というか、破壊されてしまった。

 生き残りは船長と数名の船員たちのみ。


 ちょっと怪しい臭いがプンプンするが、それを追及すれば俺も殺されてしまうであろう。

 俺が独り者ならいいのだが、家族がいるので無茶はできない。

 タロウには悪いが、結局ハンター業に精を出すしかないというわけだ。


 そしてそんな中での、意外な人物の来訪。

 いったいなにがあったというのであろうか?


「すまないが、二人だけで大切な話があるんだ」


「わかりました」


 それだけで妻は察してくれた。

 俺とシュタイン男爵を奥の部屋に案内し、お茶だけ出すとすぐに部屋を出ていってくれた。


「いい奥方だな」


「つき合いが長いのでね。察してくれるのさ」


「配慮ができる女性は素晴らしい」


 容姿は平凡だが、俺は妻がいい女だと思っているよ。

 男性に受けるため、肥え太り続ける貴族の子女よりはね。


「それで、どうかしたのか?」


「タロウ殿だが、生きていると思うか? 死んでいると思うか?」


「正直なところわからないな」


 乗っていた砂流船がサンドウォームの大群に襲われ、船は完全に破壊されてしまった。

 乗客は全滅し、生き残ったのは船長と数名の船員たちのみ。

 船の最高責任者である船長が、船員と乗客たちを置いて逃げ出したこと自体があり得ないのだが、どういうわけか彼らは罰せられもせず、すぐに元の職に復帰している。

 普通なら『船長としての適性に問題あり』と評価され、二度と船には乗せてもらえないはずだ。


 それなのに、特に批判もされず仕事に復帰しているということは……そうなんだろうなと思うわけだ。

 そりゃあ、俺も貴族嫌いになるわけだ。

 シュタイン男爵は別だが、これは恥ずかしいから言ってやらないがね。


「状況から見て、タロウは駄目なのでは?」


 そうは思いたくないが、船長たちに見捨てられた時点でタロウは生き残れまいと思ってしまうのだ。


「ところがだ。彼は生きている可能性がなくもないんだ」


「そうなのか?」


「形式上だけだが、非公開で船長たちの聴取はしている。ツテでその時の記録を入手したんだが……」


「おいおい、危ないことをしているな」


「私みたいな木っ端男爵の行動なんて、王国上層部にいる大貴族様や王族様たちは気にしていないのでね……彼らが逃げ出した時、まだタロウ殿は船の上で戦っていたそうだ。とはいえ、サンドウォームの大群は一向に減らず、一緒に戦っていたハンターたちも全滅状態。他の乗客も生き残っている人はいなかったそうだ」


「それは事実なのか?」


 船長たちが嘘をついている可能性だってあるのだから。

 もしかしたら、すでにタロウは死んでいたのに……でもそれは変だな。

 そんな嘘をつく必然性はないからな。


「陛下は、今から魔力を蓄えて五年後に再召喚を行えるよう、タロウ殿を謀殺しようとした。彼の最期の詳しい状況は知りたいところだな。本来貴族には公開されるはずの聴取が非公式になっているところからして、船長たちは嘘をついていないと思う」


 そもそも平民である船長たちが、貴族たち相手に嘘などつけるわけがないか。


「タロウ殿が死んだところを実際に見た者はいない。だから生きてる可能性はある」


「でも、それは確認できないだろう」


 どういうわけか、船が遭難したポイントはサンドウォームの巣として有名な場所である。

 どうして船のプロである船長たちが、本来の航行ルートを外れてそこに向かってしまったのか……は言うまでもなく、遺体を探しにはいけないので、結局タロウの生死は確認できないとうわけだ。


「確認する術がないわけではない。教会に問い質せばいいのだから」


「教会? そうか!」


 タロウは、召喚時に着ていた紫色の服を貴族に売って金を得ている。

 それを、教会の口座に入金していたのだった。

 俺もつき合ったので覚えていたのだ。

 だが……。


「教会は、教えてくれないだろうに」


 教会は、世界中に広がる教会網を利用して銀行業を営んでいる。

 その力は侮れず、国家が預金者の情報を得ようとしても、預金者情報の保護を名目に拒否してしまうからだ。


「どういう仕組みかは知らんが、タロウが死んでいれば口座は凍結されるんだったかな」


「そして、相続できる遺族がいた場合、その国の法律に従って遺産を分配してくれる」


 ただ預金者情報の保護という名目で国家からの照会すら断っているわけではなく、遺産相続に関わる面倒事も引き受けるからこそ、どの国も教会を排除しようとは思わないわけだ。


「タロウは別の世界から召喚され、遺産を相続できる遺族など一人もいない。こういう場合、口座の金は教会が得てしまう」


 そういう役得もなければ、教会も面倒な遺産相続の手助けなどしないというわけだ。

 神官も、金がないと生活できないからな。


「つまり、タロウの口座がまだ残っていればあいつは死んでいないことになるな。教会がすんなり教えてくれるとは思わないが……」


 教会の預金システムは、預金者が死ぬとすぐにわかる仕組みらしい。

 陛下からすれば、彼の口座が残っているのかいないのかで、彼の生死が確認できる。

 是非とも知りたいわけだ。


「教会が応じるかな?」


「間違いなく、今頃陛下と教会で水面下の交渉が行われているはずだ。教会は拒否するだろうが、神官にはバート王国貴族の子弟も多数いる。教会は情報漏れを防げまい」


 なるほど。

 もう少し経てば、それがわかるわけか。


「生きていてほしいものだがな」


「そうだな」


 だが、いくら遭難した船から逃げ延びたとしても、周囲はサンドウォームの巣だからな。

 最悪の事態も考慮しなければいけないか。





「陛下、口座の情報を確認して参りました」


「そうか、よくやったな」


「教会の連中、バート王国人の口座情報を、バート王国出身者の神官には見せないようにしていましたので、大いに苦労しました」


「バート王国内の教会で、同国内の預金者情報に触れられるのは他国出身者の神官のみと聞くな」


「そうすることで、情報漏れを防いでいるわけです。神官が、出身国と教会の板挟みになって情報を漏らすことを防いでるわけですな」


「教会が世界的規模だからこそ可能な手法というわけだ。では、どうやって情報を得たのだ?」


「そこは蛇の道は蛇といいますか……他国でも、そういう情報がほしいところがあるので、その国出身の神官と情報を交換したわけです。おかげで時間がかりましたが……」


「なるほどな」




 出来損ないの『変革者』カトウ・タロウは、状況から見れば死んだと見て間違いないが、逃げてきた船長たちは実際に奴が死ぬところを見たわけではない。

 確実に死んだ証拠がほしかったのだが、そういえば奴は自分の紫色の服を貴族のバカ息子に売り、その売却代金を口座に入れていたのだった。


 教会の口座は金があれば誰にでも作れ、特殊な水晶玉に手をかざせば個人確認も容易だ。

 由来不明の高度な技術力を持つ教会に対し、各国は配慮せざるを得ない状況にあるため、どんな人物が口座を持ち、いくら預金しているのかを知る術はないとされていた。


 国が強硬に情報の提示を求めても、教会が拒否してしまうのだ。

 カトウ・タロウの口座がそのまま残っていれば、奴は生きていることになる。

 預金口座を持つ人間が死ぬと、謎の技術で教会はすぐに気がついてしまうからだ。

 死んだ預金者の相続を円満に行い、それが教会の強みにもなっているので、各国の税務関係者で教会を疎ましく思っている者は多いはず。


 教会は平民出身者の幹部も多いので、それもあるのだろうが。


 それゆえ、カトウ・タロウの口座が残っているのか確認できないでいたが、寝返らせた我が国出身の神官が、他国の同じことを考えていた神官と情報交換をして入手してくれたそうだ。


 あの船長たちよりも使えるじゃないか。

 あいつらはそのうち処分するが、こいつはもう少し利用価値があるかな。


「カトウ・タロウの口座はなくなっていました。リストにもありません」


「つまり死んだわけだな」


 教会に金を預けていた者が死ぬと口座が消え、その金は教会扱いになると聞く。

 つまり、あの出来損ないの『変革者』は死んだわけだ。


「もう一つ、金をすべて下ろして残高がゼロになれば口座も消えますが、念のため預金の引き出し情報も探らせました。預金は下ろされていないので、預金者死亡で教会が没収したのでしょう」


「なるほど。よく理解できた」


 ここまで証拠が出れば、あの役立たずの『変革者』は死んだであろう。

 アレが死ねば、あと五年で次の『変革者』を呼ぶことができる。


 今度は、私の役に立つ『変革者』だといいが……。


「ご苦労だった。あとで褒美を取らせよう」


「ありがたき幸せ」


 私は、神官に褒美を約束するとそのまま下がらせた。

 あいつがいれば、どの国もなかなか情報が掴めないで苦慮している教会の情報も入ってくるはず。


 若くして王となり、私を侮る貴族たちも多いが、今は雌伏の時だ。

 力を蓄え、いつか大物貴族や王族たちに気を使い、なかなか改革ができないこの国を立て直せるはずなのだから。


「そう、私は改革王になるのだ」


 優秀な兄の死でいきなり回ってきた王位だが、ならば私は好きにやらせてもらう。

 この国を、強固な権力を持つ王である私が適切に差配し、いつかこのグレートデザートを完全に支配してやる。

 王が素早く適切に判断を下すのであれば、この世界の八割を占める砂漠の緑化も可能となるであろう。


「そのために、強い『変革者』が必要なのだ!」


 カトウ・タロウ。

 運がなかったな。

 お前はわけもわからず『変革者』として召喚され、誰も知り合いのいない世界で私に役立たずだと評価され処分された。

 酷い話だと思うが、これも新しいバート王国のためである。

 私はこの国を統べる者。

 時に、大のために小を犠牲にする必要があるのだ。


 それに、これから処分されるのはお前だけではない。

 兄が急死した時、この私が王位を継ぐと知って急に態度を変えた者たちに、私が王なら上手く傀儡にしてこの国の実権を握れると思っている者たちも。


 必ずお前たちは始末してやる。

 そうなれば、あの世もすぐに寂しくなくなるさ。

 それまでもう少し待つがいい、カトウ・タロウよ。 

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