第10話 砂漠に一人

「一面見渡す限りの砂漠だな。当然か……」




 職を得るため、バート王国から砂流船でウォーターシティーを目指していた私であったが、予想もしていなかったサンドウォームの群れから襲撃を受け、一人だけ命からがら逃げだす羽目になってしまった。


 ああ、船の船長と一部の船員たちは逃げ出しているのか……。

 逃げ出した彼らがサンドウォームたちに捕捉されずに、まだ生き残っていたらだけど。


 いきなりの本番で、脱出用の小型砂流船の起動と操船に成功した私は、船から失敬してきた地図を見ながら砂漠を移動していた。

 なお、この世界にはコンパスと羅針盤はないようだ。

 どうせあっても使いこなせない……コンパスは使えるから、あれば方角がわかってよかったのに……。

 正直、ここがどこなのかよくわからい。

 王都の北。中央海の南なのはわかるが、船がサンドウォームに襲われた時に方角を変えていたら完全にお手上げだな。


 夜に天測でも……そんなことしたことがないし、この世界の星座なんてわからないので不可能か。


「どうしようかな?」


 水や食料は大量に失敬してきたので、飢え死に乾き死にはないと思うが、問題はどこでもいいから人間の住んでいる場所に辿り着けるかどうかだ。


「しかし、あまり好き勝手動くと危険かな?」


 沈んだ船のようにサンドウォームの大量生息地に入ってしまえば、飢え死にの前に食われてしまうであろう。

 先ほどの戦闘でレベルが上がったとはいえ、一人でサンドウォームの群れに対抗できると自惚れるほど、私は自分の戦闘力に自信がなかった。


「本当に、どうしたものか」


 とりあえず、再度襲撃を受け船体までサンドウォームたちに食べられ始めた砂流船の方に向かうのは危険だ。

 逆の方向に……果たしてどの方向なのか?

 こういう時に、やはりコンパスがあれば……と思ってしまうな。


「慎重に移動していくしかないか……」


 私は多少操船に慣れてきた小型砂流船を動かし、人間のいる場所を探し始める。

 町でも……最初、砂獣が跳梁跋扈する砂漠に村なんてないと思っていた私だが、サンダー少佐によると砂漠に点在しているオアシスの大半は、貴族が統治しているそうだ。


 砂獣に襲われる危険を冒して砂流船で代官を送り込むのは、バート王国のみならず、グレートデザートにあるすべての国からすれば困難なので、数年に一度貢物を持って本国に挨拶に来ればという条件で、砂漠に点在するオアシスを支配する貴族には、半ば独立国近い自治権が与えられているそうだ。


 国からしても、下手にオアシスの貴族たちを締めつけて反抗でもされると、メンツの問題から討伐はしなければいけないが、砂漠に囲まれた遠いオアシスに軍勢を送り込むのも困難だというのは容易に想像がつく。

 逆に、移動中の軍勢が砂獣たちに嗅ぎつけられ、反抗する貴族の軍勢の前に、砂獣たちと戦わなければならなくなるらしい。


 そんな理由で、各国は砂漠に点在しているオアシスを実質放置していた。

 数年に一度の挨拶というが、それすらしていない貴族が大半だそうだ。


「そんなオアシスに辿り着ければいいけど……」


 私は、『ここだ!』と決めた方向に向かって船を走らせていく。

 オアシスが見つかれば暫く生き残れるだろうが、見つからなければ一人死んでいくしかない。

 地図を見ながら数えると、バート王国で確認されているオアシスの数は百八個だった。

 煩悩の数……他国しか把握していないオアシスも多いそうで、当然わざわざ他国はバート王国に教えてくれないだろうから推定数百ヵ所だと、サンダー少佐が言っていた。


 あと、無人のオアシスもあるそうだ。

 これは本当にいくつあるのかわからないそうだ。

 これが見つかると貴族への恩賞にしてしまうそうで、現在バート王国が確認している無人のオアシスはゼロであった。


「未発見のオアシスでもいい」


 水の在庫があるうちに、オアシスに辿り着ければ生き残れる。

 もし辿りつけなければ、この暑さなので水が切れれば一日で死ねるだろう。


「死んでもいいとか思えないのが、私の生き汚いところかな。加奈との約束もあるからか……」


『あなたは長生きして。できれば新しい女(ひと)と再婚してほしいわ』


 若くに亡くなってしまった彼女との約束があるので、死に急ぐのはやめようと思う。

 それに、平凡なサラリーマン生活からこの一ヵ月ほど。

 なかなかにスリリングな生活を送っているとさえ思えるのだ。


 シュタイン男爵、サンダー少佐のようないい人たちとも出会えた。

 女性が一人もいないところは、加奈に『情けない』と言われてしまうかな?

 そんなことを考えながら船を走らせていたら、なんと探していたオアシスが見えてきた。


「無人なのか? いや、家があるぞ!」


 一軒だけ、大きなテントのような住居が見えるので、無人のオアシスではないことが確認できた。

 だが、こんな砂漠の真ん中のオアシスに家が一軒だけ、しかも強風があれば飛んでいってしまいそうなテントか……。


 もしかすると、私と同じく遭難者なのであろうか?


「とりあえず、あそこに辿り着けば水くらいは確保できるはずだ。テントの中の人から話も聞きたいな」


 私は、船をそのオアシスへと向けたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る