第9話 襲撃
「元気でな、タロウ。ウォーターシティーなら仕事は多い。なんとかやれるはずだ」
「あそこは景気がいいのでな。ゆえに陛下が気に入らず、拝金主義の国とバカにしているのだが……」
訓練とレベリングが終わり、私は王都にある砂流船専用の港で、サンダー少佐とシュタイン男爵の見送りを受けていた。
私は出来損ないの『変革者』だったため、王様に見捨てられた私を見送りに来てくれたのはこの二人だけであった。
「わざわざのお見送り、感謝します」
「一か月教えた弟子の見送りだからな」
「タロウ殿は突然この世界に召喚され、前の生活をすべて失ってしまった。しかも、召喚しておいて陛下はあの態度。ただ申し訳ないし、とはいえ私には家族もある。貴族ゆえに家を絶やすわけにもいかない。この国で我慢して生きていくしかないのさ。タロウ殿のこれからの人生に幸あらんことを」
サンダー少佐も、シュタイン男爵もいい人だな。
いきなりこの世界に召喚されて苦労しているが、この二人と出会えたことだけは救いかもしれない。
もし私に余裕ができたら、この二人には恩返ししたいものだ。
「それと、これは少なくて心苦しいのだが、サンダー少佐と二人からだ」
「そこまでしてもらってすみません。お金はあるのに」
なんと二人は、私に餞別まで渡してくれた。
船賃だけで十分だと、王様はそんなことしてくれなかったのに。
「タロウには服を売った金はあると聞いたが、あれはなるべく使わない方がいい。お前さんは、砂獣を倒しても金にならないからな」
「一日でも早く、ウォーターシティーで働き口を見つけ、生活を安定させるべきだ」
「ご忠告感謝します」
この世界に来て、美女との出会いはいまだないけど……この年齢なので、別にいいけど……シュタイン男爵、サンダー少佐と出会えたのは本当に幸運だったな。
「それにしても、水を走る船とほぼ同じですね。砂流船は」
砂流船というからどんな変わった船かと思ったら、水上帆船とそれほど作りに差はなかった。
平底なくらい……水上船にも平底の船はあるか……。
動力はなんなのであろうか?
「動力は魔力だ」
「補助動力は、帆船なので風だな」
魔力と風力で、砂の上を走る船なのか。
「運賃はかなり高額なので、陛下はよほどタロウ殿をこの国から追い出したいのだろうな」
「そんなに嫌われることをしましたかね?」
「タロウが、自分の思い描く『変革者』でなかったからだろう。向こうの勝手な思い込みだ」
そんなことは、どこの世界でもよくある話か。
とにかく今は、一日でも早くこの世界で自立していくことだ。
「そろそろ時間だぞ、タロウ」
「シュタイン男爵とサンダー少佐には大変お世話になりました。この御恩は一生忘れません」
「タロウ殿、元気で」
「そんなに恩に感じなくてもいいぞ。俺も、効率のいい狩りでレベルが三つも上がったからな」
一ヵ月で三つか。
サンダー少佐は、すでにかなりの高レベルなんだろうな。
「さようならぁーーー」
「元気でなぁーーー」
「ウォーターシティーでも頑張ってくれよぉーーー!」
砂流船の出発時刻となり、私が船に乗り込むと、船は港の岸からゆっくりと離れていく。
私は、サンダー少佐とシュタイン男爵の見送りを受け、この一ヵ月間を過ごした王都を離れたのであった。
「すみません! ハンターか、砂獣を倒せる方はいませんか?」
「私は、砂大トカゲしか倒したことありませんが……」
「それでも構わないどころか、大いに助かります。助けてください!」
王都から離れた砂流船は、順調に北にある中央海を目指していた。
中央海はこのグレートデザートの中心部にある唯一の海で、現在バート王国も含めて三ヵ国と、中央にある島にあるウォーターシティーが分割領有しているそうだ。
グレートデザートにある唯一の海なので、過去にはその領有権を巡って戦争もあったそうだが、今では砂獣のせいで戦争どころではなく、条約で領有権が定められているそうだ。
あと、中央海にも砂獣が出るそうだ。
『海にいるのに、砂獣とはこれ如何に?』だが、基本的にこの世界にいる化け物の類がみんな『砂獣』だそうだ。
海獣とか言って分けると、面倒だからかもしれない。
砂流船の旅は風のおかげで涼しく、広大な砂漠という滅多に見られない景色も観光として楽しめ、非常に快適だったのだが、突然若い船員が叫び始めた。
前方に、沢山の砂獣を発見したという。
そして、それら砂獣退治を戦闘力のある客にも頼んだというわけだ。
これはあれだな。
飛行機の機内でスチュワーデスが、『急病人が出ました。お客様の中にお医者さんはいませんか?』というシチュエーションに似ていると思う。
私はこれまで、そういう現場に遭遇したことはないけど。
「すみません、砂大トカゲしか倒したことないですけど」
船の甲板前方に移動すると、そこには十名ほどのハンターぽい人たちが武装して待機していた。
私も、砂大トカゲの革で作った部分鎧と槍を持ってそこに参加する。
私も含めて全員が革製の軽装であったが、このグレートデザートで普通の金属鎧なんて装備したら砂にのめり込むか、火傷するか、熱射病にかかるので、革装備が基本だったのだ。
「砂獣を倒したことがあるのなら問題ない。サンドウォームの群れがこの船の進路上にいるので、これを排除してくれ」
魔力と風を利用して結構なスピードで走る船を、砂大トカゲが止められるものなのか?
そんな疑問を持った私だが、これから戦う砂獣はサンドウォームという巨大な蛇型の砂虫だそうだ。
ベテランぽい中年男性ハンターによると、サンドウォームは全長五メートル、太さ直径五十センチほど。
先端部分の大半は口で構成されていて、その内側には鋭い歯がビッチリと生えているそうだ。
「その口と歯でなんでも食ってしまうんだ。船は木製なので齧られやすい。船のダメージが限界に達すれば、この船は難破してしまう」
砂の船なので沈没はしないが、確かに砂漠の真ん中で遭難したら、みんな干からびて死んでしまうだろう。
なにがなんでも、サンドウォームの群れを追い払わなければいけないわけだ。
「急所は先端にある脳の部分だ。口の奥でもある。逆に尻尾や胴体なんていくら攻撃しても死なない。頭が無事なら、十分の一になっても再生するからな。繁殖力も非常に強いが、今は関係ないだろう」
前方から襲いかかるサンドウォームの頭部を攻撃して確実に殺していかなければいけないわけだ。
しくじれば船が齧られ、船が動けなくなれば、私たちは遭難して死んでしまう。
安全な船旅だと思ったのに……。
「順番に突いていけ! とにかく先端の部分だ!」
いつの間にか、中年男性ハンターがリーダー役のような存在になり、私たちは彼の命令で船の前方甲板部分に横並びとなった。
「来るぞ!」
早速、砂地から一斉に何匹かのサンドウォームが飛びあがり、俺たちに向かって襲いかかってきた。
「(砂大トカゲ以外の砂獣にも勝てるのか?)」
不安で一杯だったが、一ヵ月間の訓練とレベリングは伊達ではなかったようだ。
その長さと太さをものとせず、甲板にいる私たちに襲いかかってくるサンドウォームの動きがちゃんと見えたので、私は口の奥に槍で一撃入れることに成功していた。
本当に脳が急所だったようで、サンドウォームはそのまま消えてしまう。
「次も来るぞ!」
「(あの人、私のことが気にならないのかな?)」
私が砂獣を倒すと消えてしまうので、中年男性ハンターは気にするかと思ったが、そのまま私にサンドウォーム退治を命令してきた。
「腕がぁーーー!」
「あいつ! 頭がねえぞ!」
私どころではなかったようだ。
どうやらサンドウォームは、砂大トカゲよりも圧倒的に強い砂獣のようだ。
加えて数も多く、次から次へと砂の中から飛び出して襲いかかってくる。
攻撃に失敗し、腕を食い千切られて悲鳴をあげている者。
頭を齧られて死んでしまった者。
この二名の抜けたあとの処置で、中年男性ハンター氏は忙しいようだ。
今、目の前で人が死んでいる。
頭を食い千切られているので、血を噴水のように噴き上げ、前方板甲板を血で染めているのだが、私はそんな光景を見てもなぜか動揺しなかった。
なぜなら、次から次へと襲いかかってくるサンドウォームを殺すのに一回でも失敗すれば、私が体を食い千切られて大怪我をするか死んでしまうので、それどころではなかったからだ。
他のみんなも私と同じ気持ちであろう……それができず、動揺を抑えられない者からサンドウォームに食い殺されていった。
「ミスは許されない……」
私は順調に討伐数を重ねていったが、他のみんなはそうはいかなかった。
わずかな隙を突かれ、次々と負傷、死亡していく。
「リーダーさん、治癒魔法を使える人はいないのですか?」
「残念ながらいない」
この世界には魔法があるんだが、どうやら今の私では使えないようだ。
『変革者』なので期待はしたんだが、使えないものは仕方がない。
この船に治癒魔法使いが乗っているのか、中年男性ハンターに聞いてみたが、残念ながら乗っていないそうだ。
つまり、手足を食い千切られたハンターは、後方に下げるしかないのだ。
段々と戦っているハンターの数が減っていく。
死者も増えており、この人数では支えきれないと、すでに戦闘経験のない船員たちや、砂獣を倒したことがない男性客まで投入されるようになっていた。
ただし、彼らの戦闘力は低い。
足止めにもならず、次々と負傷し、死んでいく。
助けにいこうにも、私は前方甲板から動けなかった。
すでに私が、前方からジャンプして攻撃してくるサンドウォームを阻止する主役になっていたからだ。
「すまん、俺は後ろに行く。後方からもサンドウォームが飛び込んでくるようになった」
船員不足か、すでに船の損傷が激しいからか。
砂流船スピードが落ちたため、後方からもサンドウォームが飛び込んできた。
どうやら、そこにいた船客たちを次々と攻撃しているらしい。
女性や子供の悲鳴も聞こえてきた。
中年男性ハンターは、自分が後方に回ると私に提案してきた。
「そうですね。あなたか私が行かないと」
「すまん。こんな状況だが、あんたがいてくれて助かったよ。だが、あとどれだけ保たせられるか……」
残念ながら、いまだサンドウォームの大量生息地を抜け出せないようだ。
船のスピードも落ちてしまったため、次々とサンドウォームが飛び込んできて、甲板をニュルニュル動いて人を襲っていく。
残念ながら、この船はもう駄目だろう。
これが水上船なら備え付けのボートで逃げるのだが、生憎と砂流船にはそんなものはついていない。
砂流船が沈むなんてあり得ないし、もし脱出してもサンドウォームたちに食い殺されるだけだからだ。
と思っていたら……。
「船長たちが逃げ出したぞ!」
なんと、私たちを置いて船長たちが小型の砂流船で逃げていくのが確認できた。
あのような小型の砂流船をどこに隠していたのか?
船長が先に逃げていいものなのか。
そんなことを考えている場合ではないか。
私は襲いかかる疲労感と戦いながら、次々とサンドウォームを殺していく。
何匹殺したのかなど、まったく覚えていない状況だ。
甲板はすでに血まみれで……いや、私が倒した砂獣は消えてしまうので、これは甲板で殺された人たちの血なのだ。
すでに戦闘可能な人間は、私と中年男性ハンターのみ。
彼は後方で奮闘しているが、いつかは力尽きるであろう。
そしてそれは、私の未来でもあるのだ。
「もうこれは使えないな」
使っていた一般兵士用槍の槍だが、使い過ぎで刃の部分が駄目になってしまった。
私は素早く槍を捨て、近くで死んでいた若いハンターの槍を拝借する。
剣もあったがまったく訓練していないので、使わない方がいいだろう。
「キリがない! いや、来なくなったのか?」
なぜか私のいる前方甲板から、サンドウォームが襲ってこなくなった。
もしかすると、サンドウォームの大量生息地を抜けつつあるのか?
「態勢を整えないと……」
まずは急ぎ手のひらのレベルを確認してみると、サンドウォームとの戦闘で百二十六まで上がっていた。
そして、レベルの下に日本語でこうも書かれていた。
「『異次元倉庫』? あっ!」
手のひらに表示されるようになった特技を口にすると、脳裏にその使い方が浮かんできた。
『異次元倉庫』とは、その名のとおり別の空間に物をしまっておけるものらしい。
収納能力はレベルに応じて上がるが、今のレベルだと巨大倉庫一棟分だそうだ。
その中に物を仕舞っておくと経年劣化しないそうで、食べ物でも永遠に保管できるらしい。
ただし生物は、植物や種子以外は保存できないそうだ。
「いかにもRPGぽくて便利……今はそれほど必要ないじゃないか!」
できれば、戦闘系の特技や治癒魔法がほしかった。
だが、嘆いている場合ではない。
「ナミアムダブツ、すみません」
死人の物を奪うのは日本人としてどうかと思ったが、今はそんなことを言っていられない。
私は一緒に戦って死んだハンターから、所持していた治癒薬、毒消し薬、サイフなどを拝借し、早速『異次元倉庫』へと仕舞った。
確かに、どんな物でも仕舞うと虚空に消えてしまうようだ。
「他の方々もすみません」
使えそうな物を『異次元倉庫』に回収しながら、私は船の後方へと向かった。
すでに死体しかなかったが、後方にはあの中年男性ハンターが戦っているはず。
彼を手助けして、死なせないようにしなければ……。
自分勝手な考えですまないが、私の生存率にもかかわってくる問題なのだから。
それに、彼もきっとそう思っているはずだ。
「大丈夫ですか? そんな……」
急ぎ後方甲板へと向かうが、そこには血まみれで今にも死んでしまいそうな中年男性ハンターが倒れていた。
脇腹を食い千切られており、すでに虫の息で助けられるかどうか。
なお、後方にもサンドウォームの姿は大量の死体しかなかった。
どうやら完全に大量生息地を抜けたようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、あんたか……俺はこの様だ……」
「今すぐ治癒薬を使います」
「やめておけ。もう間に合わない。あんたが使えばいいさ……」
「そんな……」
「先に逃げ出した船長と一部船員たち以外は全滅だろうな……この船から逃げ出した方がいいぞ……」
確かに、この船は損傷が激しくてもう動かせないはずだ。
今は辛うじて動いているが、いつ止まるかわからない状況であった。
それにもし動かせても、私一人ではどうにもならないであろう。
「あんたがこの船から脱出して生き残れるかどうか……とはいえ、この船に残るのはお勧めしない」
私以外が倒したサンドウォームと人間の死体があるので、砂獣が寄ってくるからであろう。
抜けたとはいえ、サンドウォームの大量生息地にも近い。
ここに残れば、そいつらに食われて死んでしまう。
「逃げた方がいい……」
「リーダーさん!」
残念ながら、中年男性冒険者は息絶えてしまった。
できれば埋葬してあげたいが、今は一刻も早くこの船から逃げ出さないと。
しかし、砂漠かぁ……。
「ええいっ! その前に!」
砂漠を移動するとなれば、水や食料がなければ難しい。
私は駆け足で船の船倉へと降り、そこにあった食料や樽に入った水を『異次元倉庫』に回収した。
さらに、使えそうなものや、悪いが船長室などに残っていた神貨や貴金属、予備の下着や服なども回収していく。
「とにかく使えるものは回収だ」
手当たり次第に『異次元倉庫』に放り込んでいくと、とてもいいものを発見してしまった。
船長たちが逃走に使った小型の砂流船と同じ型のものが、反対側の船舷に固定してあったからだ。
「いけるか? 私は船なんて動かしたことないが……」
動かせれば生存率が上がる。
私は無我夢中で小型砂流船を固定していた木枠とロープを外して船に乗り込み、適当に操作して船を動かそうとした。
「とにかくここを離れなければ」
完全に行き当たりばったりだったが、神に願いが通じたのか?
いや、この船は魔力で動くからであろう。
無事に動き出し、私は無事砂流船からの脱出に成功した。
そしてその直後、再び大量のサンドウォームたちが砂地から飛び上がり、船の甲板上にある同胞や人間の死体を貪り始めた。
続けて、船に穴を開けて木材すらも齧り始める。
もしあそこに残っていたら、私もサンドウォームたちに食われていたはずだ。
「逃げ出した船長と船員たち以外、私だけが生き残りか……」
せっかくのウォーターシティー行きだったのに、思わぬアクシデントで遭難してしまった。
一人だけでこの小型船を動かし、砂獣を襲撃をかわしながら人が住む町に辿り着く。
果たして、無事生き残れるのか。
私に試練の時が訪れていた。
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