第11話 ララベルとミュウ
「こういう船は、砂漠の砂地から地面へと上げた方がいいのかな?」
「当たり前だ。砂地に置いたままだと、夜のうちに流砂で持っていかれるぞ」
「あっ、第一村人発見って……あの……暑くないですか?」
「昔、顔に大きな火傷を負ったのでな。驚く者もいるので、普段はこうして仮面をつけている」
「それは失礼しました(なんか、女性〇闘士っぽいな……)。ところで、ここは?」
「『追放者のオアシス』と、私は呼んでいる。ここには、私の他にもう一人……「ララベル様ぁーーー! あっ、本当に遭難者がいますね」」
船を、砂地からオアシスの上に引き上げるべきか。
悩んでいたら、オアシスの住民から『そうしないと、流砂で船が流されてしまう』と声をかけられた。
私が最初に出会ったオアシスの第一住民は、若い女性であった。
仮面をしているので素顔は見えないが、声が若いので若い女性のはず。
この環境にもめげず、キラキラと輝く長い金髪を背中の後ろで無造作に束ねている。
彼女はハンターというよりも騎士といういでたちで、この世界では滅多にいないと聞いていた金属製の鎧を装備していた。
多分これが、砂漠の暑さをしのげる特別な金属鎧なのであろう。
そういう装備ならば、仮面をつけても問題ないわけだな。
腰に差している剣も、かなりの業物のはず。
ちなみに、自分が仮面をつけている件に対し、彼女は顔に酷い火傷があるので素顔を晒すのは勘弁してほしいと言ってきた。
この暑さで仮面をつけるのは大変だと思うけど、若い女性が顔にある火傷を隠したい気持ちは理解できたので、私はなにも言わないことにしたのだ。
「男の方ですか? どちらから?」
もう一人の女性は、やはりこの暑さなのにローブ姿の美少女であった。
いや、日差しを防ぐ意味では間違っていないのか?
魔法使いという線もあるか。
紫色のショートカットが特徴で、活発的に見える子だ。
「バート王国の王都からです。本当は砂流船でウォーターシティーを目指していたのですが……」
私は、乗っていた砂流船がサンドウォームに襲われて破壊されてしまい、私はどうにか小型船で逃げ出してきたのだと事情を説明した。
「砂流船がサンドウォームに襲われただと? 破壊されたということは多数……定期便が、サンドウォームの縄張りに飛び込んだのか?」
「ちょっと不自然ですね、そのお話は。砂流船の船長はベテランしかなれないので、そんな場所に入り込むなんておかしいですよ」
「そういえば、船長と一部の船員たちは先に逃げ出したんですよね。普通なら、避難するにしても最後ですよね?」
少なくとも、地球の船乗りの常識ではそうだった。
この世界の船乗りたちが、必ずしもそうという保証はなかったけど。
「そうですね。乗客たちよりも先に逃げ出す船乗りなんて、本来なら厳罰ものです。特に船長は船の最高責任者なのですから、船員たちよりもあとに船を脱出しなければ」
それでも逃げ出したということは、つまり船長は、逃げ出しても問題がない、庇ってくれる存在がいること知っていた。
あの事故は、船長たちがわざサンドウォームの大量生息地に入り込んでやった可能性が高いわけだ。
しかしどうして?
今の私はそれを調べる術もないのか……。
頭にくるが、今は生き残ることが最優先だな。
「あの、あなたのお名前は?」
ローブ姿の美少女に名を聞かれた。
「加藤太郎です」
「変わったお名前ですね。あっ、私はミュウと申します」
ミュウちゃんか。
その容姿に合う、可愛らしい名前だな。
「貴殿、もしかして『変革者』か?」
えっ?
この仮面のお姉さん、どうしてこんななにも外部の情報が入ってこないオアシスにいて、私の正体を知っているんだ?
「ええ、私は『変革者』です。もっとも、王様からいらないと言われて国を出るところだったのですが……」
残念ながら私は、王様から出来損ないの『変革者』だと言われ、王都を出ていけと言われたので、砂流船に乗って他国に向かうところだったのだと、仮面の女性に説明した。
「近々……と言っても数年前のことだが、その頃からバート王国が『変革者』を呼び出すことは、私は知っていた」
このララベルという人。
ミュウさんから『様』づけで呼ばれているところを見ると、バート王国でも身分の高い人なのか?
「ララベル様は……「タロウ殿、私を様づけで呼ぶ必要などないぞ。なにしろ私は、『化け物王女』なのだからな」」
「はあ……」
やはりこの人、かなり偉い人のようだ。
バート王国の王女様なのだから当然か。
それにしても、どうして一国の王女様がこんな砂漠の真ん中のオアシスでテント暮らしなんだ?
「ララベルさんは王女様なんですよね?」
「一応な。兄からは嫌われ、この様だがな」
「お兄さんですか?」
「タロウさん、ララベル様の兄君は、バート王国の王様なんですよ」
ララベルさんは、あの王様の妹なのか。
だとしたら、それなのにこんなオアシスで暮らしているのは……。
「御家騒動かなにかでしょうか?」
「それもまったくないとは言わないが、私は王女なので王位継承権などなく、兄の地位を脅かせるような存在ではない。ただ単に、私がこのようにとても醜いからなのだ」
先ほど顔に酷い火傷を負ったと聞いたので、それが原因で政略結婚の駒にも使えなくなった?
でも変だな。
この世界には治癒魔法があり、高度な治癒薬も存在していると聞く。
王女様ならそれらを用いて、簡単に元どおりに治せそうなのだが。
「私は兄からいらないと判断され、表向きは、砂獣の討伐において功績が大であり、その褒美として無人のオアシスを領地に与えられ、そこに向かったとされている」
しかし実情は、島流しに近いというわけか。
お供はミュウさんだけで、二人以外誰もいないオアシスでテント暮らしなのだから。
「このオアシスは、バート王国が把握している唯一の無人オアシスなのだ。どうして無人のままかといえば、ここはサンドウォームの巣に囲まれているのでな」
「それでは、他のオアシスなり人間の住む場所に移動するのは困難ですね」
ここは、サンドウォームの巣に囲まれたオアシスなのか。
ということは、私が乗っていた砂流船は、サンドウォームの巣を突っ切ってこのオアシスがあるエリアに入り込んだわけか。
それをした船長と船員たちは、用意していた小型の砂流船で逃げ出している。
つまり……。
「完全に仕組まれたのか……」
あの王様は、元々私をウォーターシティーに向かわせるつもりはなかった。
サンドウォームに食われて殺されることを願っていたのだ。
「タロウさん?」
「私も、お二人と同類というわけです」
私はいらない『変革者』だから、このオアシスに追放?
いや、あの砂流船がサンドウォームの大群に襲われた様子から見て、私はそこで死ぬ予定だったのだろう。
でも、それならどうして一ヵ月も訓練させてわざわざ私のレベルを上げたのか?
「あの兄らしい。いつもやり口は陰湿なのに、どういうわけか外の目を異常に気にするのだから」
「ララベルさん、どういうことでしょうか?」
「『変革者』は、この砂漠だらけで砂獣相手に不利を強いられている人間の切り札なのです。ですが、五十年に一度しか召喚できず、さらに当たり外れもあると古い資料で読んだことがあります」
「裏技として、短い間隔で『変革者』を呼び出す方法があるのですが、それには前回以上の膨大な魔力と、先に呼び出した『変革者』の死亡が必須条件なのです」
つまり、すぐに新しい『変革者』を呼び出すため、私はいらないので処分しようとしたわけか。
「とはいえ、これは本当に裏技。本来、五十年間隔よりも短い期間で『変革者』を呼び出すことはタブーとされています。それに、今から準備してもあと五年はかかりますしね」
「五年って、長いですね」
それでも、五十年よりは圧倒的に短いのだろうけど。
「この世の定理に逆らって、別の世界から『変革者』を呼び寄せるのですから、当然膨大な魔力を召喚装置に貯める必要があるのです。無理をしても五年はかかります」
なるほど。
ただ今回の『変革者』はハズレだから、すぐに新しい『変革者』を、という風にはいかないのか。
召喚に使用する装置に、膨大な魔力を貯める必要があると。
「人を召喚する装置があるんですね」
「地下遺跡からの発掘品です。このグレートデザートが砂漠だらけの世界になる前、大いに栄えた統一世界帝国があったとか。今よりも圧倒的に技術力に優れ、別の世界から様々な人や物を呼び寄せていたそうです。装置はその遺産ですね。現在、バート王国を含めて三ヵ国が装置を所有していると言われています」
「そんな装置が三台もですか……」
私のような犠牲者が、これからも出るというわけか。
「ですが、この装置。膨大な魔力を集めるのと、同時期に稼働させると装置が共振してこの世界に悪影響があるので、三台は使用する時期をズラしています」
同時期に、二台以上稼動させると駄目なのか。
「ですが、バート王国が再び五年で装置を稼働させると影響があるのでは?」
「それが、三台の装置なんですけど、元の性能が大分違うそうで、残り二台の装置は数百年に一度しか動かせないそうです。ちょっと壊れているようなのですが、今の技術では直せないですからね」
「お詳しいですね」
古代にあった超文明の遺産なので、少し壊れているのを騙し騙し使っている感じか。
それにしても、ミュウさんは自分と召喚に詳しいんだな。
ローブ姿だから、魔法使いってことでいいのかな?
「私、父がバート王国の宮廷魔法使いなので。私も魔法使いです」
「へえ、そうなんですか。魔法が使えるとは凄い」
私は一か月の訓練で、魔法を習得できなかった……特技として手のひらに表示されないってことは、この世界では魔法が使えないってことだとサンダー少佐から聞いたので、魔法は使えないと思っていいはずだ。
『異次元倉庫』はサンドウォーム戦でレベルが上がって会得した特技なので、これが魔法なのかどうかは判断がつかないけど。
「そうですか? 私は魔法使いなので魔力に敏感なんですけど、タロウさんからはちょっとあり得ない量の魔力を感じますよ」
私には魔力があったのか……。
でも、王都にいた頃にはそんなことは一回も言われなかったな。
王都にいた間、ほぼ兵舎と外の往復だったのでそれほど多くの人たちと接したわけではないけど、あそこに魔法使いが一人もいないなんてあり得ないはず。
もしかして、『異次元倉庫』を会得した瞬間、一気に魔力が上がったとか?
砂流船には魔法使いは乗っていなかったはずで……もしいても、あの戦闘の最中で私にそれを指摘するどころではなかったのか。
「タロウさん、なにか魔法を使えますか? ちなみに私は、水の魔法が使えますけど」
水かぁ……。
水を生み出せるのであれば、この世界だと便利な魔法かもしれない。
そういえば、サンダー少佐が魔法の系統は『火』、『水』、『土』、『風』、『癒』、『魔』の六種類だって言っていたな。
彼は魔法を使えないと言っていたけど、魔力は魔法使い並にあって身体能力は桁違いだと言っていた。
魔法が使えない魔力持ちは、レベルアップの恩恵と合わせ、常人を遥かに超える身体能力を発揮することができるそうだ。
ちなみに私は、レベルアップ補正のみの身体能力アップしかしていないようだけど。
「『異次元倉庫』を、レベルが上がったら覚えました」
隠すという手も考えたのだが、せっかく出会った彼女たちに不信感を持たれてもなと思い、私は正直に話した。
これからは、彼女たちと協力して生きていかなければならない可能性が高いからだ。
現時点で無理をしてウォーターシティーに行こうとしても、王様に消される危険が出てきたというのもある。
あの王様のことなので、ウォーターシティーに到着した途端、暗殺者が待ち構えていても不思議はないからだ。
「おおっ! レアですね! 『異次元倉庫』は、なぜか『癒』の系統に入りますけど。『癒』は本来治癒魔法の系統ですからね」
中に物を入れても劣化しない、食べ物が腐らないのは治癒魔法の影響だからか?
あくまでも推論だけど。
「そんなに貴重なのですか?」
「そうだな。魔法が使える人の中で百万人に一人といえば、その希少性もわかるというもの」
「へえ、そうなんですか。王都にいる時に会得しないでよかったですよ」
あの王様に、利用だけされそうだからな。
早くに『異次元倉庫』を会得していたら待遇を変わったかもしれないが、あの王様の本質が変わるわけではない。
極力関わり合いにならない方が、私にとっては幸せだろう。
「兄が嫌いなようですね」
「大変なのはわかるんですけどね……」
王位継承権はあったが、その可能性はないと思われて臣下たちから無視されていたのに、突然兄の急死で王位を継いだのだから。
若さもあり、どうにか家臣たちに舐められないようあの言動なんだと思うが、被害を受ける方からすれば堪ったものではない。
彼のある種の完璧主義、理想主義的な思考と、それなりの陰湿で手段を選ばない矛盾的な部分が、私には絶望的に合わなかった。
「私も嫌われていたのでわかる。なにしろ、私に『化け物王女』と名づけたのは兄なのだから。上がりやすいレベル、それに準じて増していく身体能力に、膨大な魔力でさらにそれを数十倍にもできる。男ならともかく、女の身でそうなのだから。『お前を嫁に出し、将来の夫君を殺されでもしたら困る』と言われ、このオアシスを貰って降家したと言われれば聞こえはいいが、実質島流しなのだ。お供はミュウのみで、彼女にも悪いことをしたと思っている」
「私は別に不満もないですけどね。私も父や兄たち、姉たちから嫌われていまして。なにしろ、この顔と成りなので……」
ララベルさんは、顔に酷い火傷があり、化け物のように強いから兄に疎まれた。
ミュウさんは……『この顔と形(なり)』だから家族にも嫌われた?
どういう意味なのだろう?
政略結婚の駒としては、体の発育に問題があって子供が産めないと思われた?
でも、そこまで彼女の体が未発達だとは思えない。
ララベル王女は身長が百七十センチ近くあり、スタイルもいいが肉感的なので、彼女と比べれば体が貧弱かもしれないけど。
「どうかしましたか? タロウさん。そういえば、あなたは私を見ても、顔を背けたり、『そのブサイクな顔を見ると気分が悪くなる」って言いませんね?」
「えっ?」
正直、意味がわからなかった。
ミュウさんは、日本基準ならかなりの美少女なんだが、バート王国にはとても厳しい美女、美少女の基準とかあるのであろうか?
例えば、ミュウさんが九十点の美少女だとして、九十五点以下は全部ブサイク扱いとか?
町中を歩く人たちは千差万別で、平均すると普通だったと思う。
医者に注意されそうなレベルで太っている女性たちが多かったけど、それは王都在住なので食料が豊富だからだと思っていた。
「ああっ! そういうことか!」
地球でも、女性は太っていた方が魅力的だとされる国や地方もあった。
このグレートデザートでもそうなのか。
「そんなに無理して太らなくていいのでは? せっかく綺麗な顔で生まれたのだから?」
「えっ? 本気で言っていますか? それ」
突然、ミュウさんの機嫌が悪くなった。
私にバカにされたと思っているようだ。
「どうして怒るのですか? 私は正直に言っていますけど……」
今にして思うと、私は最初の召喚時と、一ヵ月後に他国に向かえという命令を受けた時のみしか城内に入れなかったが、城内のメイドはみんな太っていたな。
それも、ちょっと健康によくなさそうな太り方をしている人が多かった。
あと、綺麗な女性が一人もいなかった。
こういうと失礼かもしれないが、どちらかというとブス、ブサイク。
いや、それすら言い方が軽く感じられてしまうレベルの人たちが多かったのを思い出した。
「もしかして、バート王国って国家財政が危ういのですか?」
「タロウ殿、それはどういう意味なのだ?」
日本の江戸時代でも、八代将軍吉宗が大奥のリストラをした時、綺麗な女性はいくらでも嫁ぎ先があるので、そうでない人を残したなんて逸話が……。
『バート王国も、経費削減のためそうしたのかな?』と思ったわけだ。
「あの兄が、そんなことをするほど情に厚いとは思えないな」
「ですよねぇ……」
それに関しては、ララベル王女と意見が一致した。
ただ無作為に人を切るだけだと思う。
「タロウさん、一ついいですか?」
「はい?」
「しゃがんで、そのまま動かないでください」
「はい」
ちょっと機嫌が悪かったミュウさんであったが、突然私に、しゃがんでから動くなと言ってみたので、私は素直にそれに応じた。
彼女はなにをするつもりなのであろうか?
そう思っていたら、ミュウさんは私に顔を近づけてきた。
それにしても、近くで見ると余計綺麗な顔をしているな。
あと数年したら、かなりの美女になるはずだ。
「どうですか? 『飢饉の中で過ごした、痩せ腐れ小鹿』と呼ばれていたこの私に顔を近づけられ、タロウさんは顔をそらさずにいられるか……あれ? そらさない」
ミュウさんのあだ名が、『飢饉の中で過ごした、痩せ腐れ小鹿』って……。
確かに彼女は目がつぶらで大きいから子鹿というのはわかるけど、この世界だと可愛らしいという意味が付属しないのか?
私は、愛らしい美少女だと思うのだが……。
あと、腐れはつける意味あるのだろうか?
なんの事情があってそんなあだ名をつけられたのか知らないが、私はとてもそんな風には思えなかった。
彼女と目を合わせていると、さらにその顔が近づき、ついにはほぼ距離がなくなっていた。
「ミュウさん、近づきすぎると逆に顔が見えないのでは?」
「そうでした! では、これが最後の試練です!」
「試練ですか……」
この身はおっさんで、そういえば加奈の死以降、あまり女性とも縁がなかったが、一人の男としてこれほどの美少女と顔を近づけたのは何年ぶりか?
そんなことを考えていたら、突然彼女が目を瞑り、私の唇に自分の唇を合わせてきた。
「(えっ? どうしてキスを?)」
私は、ミュウさんからいきなりキスをされてしまった。
私は美少女とキスできてラッキーとしか思わないが、未婚の女性が初対面でそんなことしていいのかと、心配になってしまった。
そんなところは、やっぱり私はおっさんなのだ。
「(しかし役得ではある。唇が柔らかいな。キスなんて、加奈としたキリか)」
一瞬、天国の加奈に『浮気者!』と叱られる光景が脳裏に浮かんでしまったが、私も年を取って狡くなった。
ミュウさんが唇を合わせたままなので、私はこの時間を大いに楽しむことにしたのだ。
それに、私が無理やりキスしたのなら問題であろうが、先にキスしてきたのはミュウさんの方だから。
「ええいっ! もういいでしょうが!」
私は暫く、ミュウさんからの最後の試練だというキスを堪能していたが、それを見ていたララベルさんが、強引に私たちを二つに分けたので終わってしまった。
ちょっと……かなり残念な気分であった。
「ララベル様、タロウさんは凄いですよ! 私が他の魔法使いの卵たちと魔法を習っていた時、女子からは『男性とキスをしたい? あんたとキスした男性は死ぬから。身も心も』って散々バカにされ、男子からも『一億ドルク貰っても無理! なぜなら、お前とキスなんてしたら死ぬから』って言われた、壮絶ドブスの私とキスしてなんともないんですから」
「……」
ミュウさんの告白を聞き、私は言葉が出なかった。
この世界に来てから一ヵ月と少し。
私は、いまだこの世界のことをまったく理解していなかったことを知った。
そういえば、サンダー少佐とよく話をしたのは、この世界の地理、文化、砂獣などのことばかりで、女性の美醜の基準について話をしていなかったのだから。
まあ普通に考えて、そんな話をするような状況下にはなかったのだけど。
「ララベル様、私ついに男性とキスしましたよ。いやあ、いいものですね。今度はもっとロマンチックにいきたいです……あたっ!」
こんなオッサン相手なのにもかかわらず、キスできてよほど嬉しかったのか。
ミュウさんがドヤ顔でララベルさんに自慢していたら、彼女の堪忍袋の緒が切れたのであろう。
ララベルさんの拳骨が、ミュウさんの頭上に落下する。
もの凄い音と共に、よほど痛かったようでミュウさんが涙目を浮かべていた。
「ララベル様、痛いですよ」
「ミュウ、私たちは嫁入り前の清らかな体。そのように、女性自ら男性と唇を合わせるなど下品な!」
さすがは王女様というべきか、ララベルさんは自分からキスをしたミュウさんを淑女ではないと叱りつけた。
なるほど。
いかに『化け物王女』と呼ばれていても、彼女は淑女であろうとしているのか。
その姿勢には好感が持てるな。
「仰っていることは理解できるんですけど、そんなものを守っていたら、ララベル様なんて一生男性と手も繋げないまま生涯を終えてしまいますよ。だって、前に『お前と手なんて繋いだら、ドブスが伝染(うつ)る』って、貴族のドラ息子から言われていたじゃないですか」
「えっ? それって不敬罪じゃあ……」
王女様に貴族の子供がそんな物言いをして、王様が……。
「なにも言わない?」
「はい。陛下は、ララベル様なんていくら罵ってもいいって言いますから。『目を逸らせば不敬罪、目を合わせれば脳が腐るドブス』ってフレーズが王城内で流行するくらいなので。別にララベル様と目を逸らしても、不敬罪にはならないんですけどね」
王様はララベルさんの兄なのに、随分と酷い扱いなんだな。
あと、ミュウさんはもう少し言い方を抑えた方が……。
ララベルさんが、見てわかるほど落ち込んでいるじゃないか。
「でも、ララベルさんは強いんだろう?」
「ええ、バート王国でも一、二を争う強いハンターです。これまで、どれだけの砂獣を屠ってきたか」
「つまり、ララベルさんはバート王国の王都が砂獣に蹂躙されるのを防ぐのに貢献してきたわけだ。命をかけて守ってくれていた人に対して言っていい言葉ではないな。ララベルさんは、いくら容姿で罵られても、王様に追放されるまで懸命にバート王国を守ってきた。きっと心が美しいのだと思うよ」
多分私なら、王様に追放される前に逃げていたと思う。
いくら王様や貴族たちにドブスだと罵られても、追放されるまで民たちを砂獣から守ってきた。
高貴なる者の義務と思ったのかもしれないが、それにしてもそう簡単にできることではない。
ララベルさんは、優しい人なのであろう。
「えっ! どうして泣いているのですか?」
ふとララベルさんを見ると、彼女がしている仮面の間から涙が零れていた。
若い女性を泣かせてしまうなんて、私はなにか失礼なことでも言ってしまったのだろうか?
「私は人からこんなに褒められたことがないので、ただ嬉しかったのだ」
この人、もの凄く尊敬されて当然な功績を挙げているんだが……。
「あの王様、どうしようもない奴だな」
若いとか、そういう問題以前に人間性に難があるのか。
関わらずに済んでよかった。
「実は……ララベル様と亡くなられた大兄王子様は、大兄王子様急死のあとに同じく亡くなられた先代陛下の正妻の子。今の陛下は第二夫人の子なので……」
異母兄妹なのか。
それなら、仲が悪くても仕方がないのか。
「ララベル様、タロウさんなら大丈夫ですよ。その仮面を外しましょう」
「しかしだな……」
「えっ? 火傷が酷いのでは?」
「いえ、ララベル様の素顔を見ると、気分が悪くなると陛下が……貴族たちも同じようなことを」
いくら異母妹でも、それは言ってはいけないだろう。
いや、身内なら余計に言ってはいけないだろうに。
本当にどうしようもない王様だな。
「大丈夫ですよ。バート王国における『ドブスの双璧』と呼ばれた私でも大丈夫なのですから」
『ドブスの双璧』って……。
ミュウさんの他は、間違いなくララベルさんなんだろうなと思う。
ということは、ララベルさんも私のいた世界基準では美人というわけか……。
日本でも、昔はお多福みたいな人が美人と言われていたようだし、世界が変われば美人の基準も大きく変わるというやつなのであろうか?
それにしても、変過ぎるというか……。
この年になって驚きの経験だ。
「(もし王様に気に入られて美女を与えると言われていたら……)」
私からすれば、かなり悲惨なことになっていたというわけか?
王様から嫌われていてよかった。
「さあ、ララベル様。勇気を出して」
「わかった」
ミュウさんに促され、ララベルさんは恐る恐る仮面を外した。
すると、こんな美女、地球では滅多にお目にかかれないというほどの美しい顔が現れた。
「凄い美人だな……」
「えっ? 本気で言っていますか?」
当然お世辞ではない。
ただ自然に、私はララベルさんの美しさを褒めていた。
ミュウさんが驚いているけど、彼女からすればララベルさんは壮絶ドブスなのか。
「美しいって、そんな嘘を言わなくても……」
ララベルさんは私の発言をお世辞だと思ったようで、どうやら気分を悪くしてしまったようだ。
これまでずっとドブス扱いだったので、私から美人だと褒められても、やはり疑ってしまうのであろう。
「私は別の世界から来た『変革者』なので、綺麗な女性の判断基準がこの世界のそれとまったく違うのですが……」
どうして王城で働く女性たちに、残念な人が多いのか理解できた。
つまりこの世界の人間は、バート王国の王城で働くのに相応しい美女ばかりを集めていると思っていたわけだ。
「タロウ殿、それは本心なのか?」
「ここで嘘を言っても意味がないので。私の基準では、ララベルさんはもの凄い美人ですよ。私が元の世界であなたに出会っても、相手にされないのと違いますか? 私は普通のおじさんなので」
商売に成功して大金持ちになった、とかならわからないけど……。
「ねっ、大丈夫でしょう? ララベル様」
「いやしかし……このララベル・レスター・バート。生を受けてより二十二年。常に『ドブス!』、『バート王国の恥』、『他の国の者の前に顔を出すな!』などと言われてきたのだ。そう簡単には信じられないな」
「その気持ちはわかります」
からかわれていると思っているから、気分が悪いのだと思う。
しかし、この誤解をどう解くべきか……。
「私のようにすればいいのでは?」
それはつまり、ララベルさんも私をキスをしてみればいいということか?
ミュウさんらしい大胆な発案だが、彼女がそれを受け入れるかな?
「ミュウ、なにをバカなことを」
ああ、やっぱりそうなるか。
「みっ、未婚の女子が、そっ、そんな初対面の殿方とだな……てっ、手を繋ぐというのはどうかな? ううっ……」
そこまで言うと、ララベルさんは顔を真っ赤にさせながら俯いてしまった。
彼女、自分の年齢は二十二歳だと言っていたが、残念ながら男性にまったく免疫がないようで、キスは恥ずかしいので手を繋いでほしいと言ってきた。
まるで少女のように恥ずかしがるララベルさんを見ると、私はララベルさんのことを可愛らしいと思ってしまった。
「可愛いですね、ララベルさん」
「わっ、私が可愛い……嬉しい……」
「ララベル様! ここは勇気を出しましょうよ! このままだと、一生キスもできないで死にますよ!」
多分、ミュウさんの方がかなり年下のはずなんだが、彼女は年齢に似合わず大胆なところがあった。
この二人、一緒に島流しにされるくらいなので、いいコンビなのだと思う。
「でも、恥ずかしいから!」
「二十歳すぎた嫁き遅れが、ここで踏ん張らないでどうするんです?」
「誰が嫁き遅れかぁーーー!」
「ララベル様、ネックハンギングは駄目ですよ!」
このように中身はとても可愛らしいララベルさんであったが、唯一年齢のことだけは言ってはいけないらしい。
私への証明とやらは中止となり、ララベルさんにネックハンギングで吊るされたミュウさんを救出する羽目になったのであった。
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