第12話 人口二名のオアシス
「おほん、つい取り乱してしまってな。だがミュウも悪いのだ。自分がまだ十六歳だからといって、私を嫁き遅れ扱いするのだから」
「この世界って、二十二歳でも嫁き遅れ扱いなんですか?」
「そうですよ。タロウさんがいた世界ではどうなんです?」
「男女とも、二十二歳で結婚している人の方が少ないです」
「そうなんですか?」
「なるほど。世界が変われば常識も変わるんだな」
広大な砂漠のどこかにあるオアシスに辿り着いた私は、そこで運よく人間と出会うことに成功していた。
なんと、あの王様の妹だという『化け物王女』とあだ名されるララベルさんと、水魔法を使うミュウさんという女性二人で、彼女たちは醜い容姿のため、王様から嫌われてこのオアシスに降家、冊封されたという名目で島流しにされたそうだ。
確かに、王族から降家した貴族とはいえ、テント暮らしはあり得ないからな。
あの王様から嫌われて追放されたというのが真相というわけか。
この二人、かなりの美少女と、超絶美女の二人組だったが、それはあくまでも私がいた世界基準でのこと。
この世界での二人は、超絶ドブス扱いだそうだ。
この一か月ほど。
私はほとんど女性と接していなかったので、まったく気がつかなかった。
なんとこの世界では、美醜の価値観が逆だったのだ。
「ミュウさんは魔法使いなので文献など読んでいるかもしれないと思って聞きますけど、過去の『変革者』は伴侶にどんな人を選んだのですか?」
「そういえば、数百年前に他国で召喚した『変革者』の奥さんたちが、揃いも揃ってドブスばかりだったと古い資料に……ああっ!」
「えっ? どうしました?」
「タロウさん、あなたは奥さんはいますか?」
「いませんけど……」
「やったぁーーー! いただき!」
「ええっ!」
私に過去の『変革者』について説明していたミュウさんであったが、突然私に抱き着いてきた。
なるほど。
昔の『変革者』にも、私と女性の美醜に関する基準は同じ人がいた。
むしろ、私の判断基準の方がメジャーなはずだ。
だから過去の『変革者』たちは、伴侶はこの世界基準でいうとドブスばかりを選んだわけか。
『変革者』本人からすれば美女ばかり伴侶に選んだことになるが、この世界人たちからすれば彼らはブス専ということになるわけだ。
今、改めて思う。
なんだ?
この世界。
「そうですか。奥さんはいないんですか」
ただ、私には一つ気になることがあった。
それは、男性の美醜の基準が、私のいた世界と同じなのではないかということだ。
あの王様は、外見だけはイケメンだったし、王城にいる貴族たちにもイケメンは多かったからだ。
「ララベルさん?」
「ミュウ、なんと羨ましい……「ララベルさん?」」
「なんだ?」
「王様の容姿って、客観的に見てどうですか?」
「私にとっては正直嫌な兄だが、亡くなった大兄様よりも顔はいいので、貴族の子女たちに人気はあるな」
やはり、男性の美醜に関しては、私がいた世界と同じ基準だ。
それなのに、女性の美醜の基準が逆。
ちょっと違和感があるな。
「タロウ殿、どうかしたのか?」
「いえね。私のいた世界では、男性の美醜の基準はこの世界と同じなのです。ちょっと変だなと思いまして」
「確かに、男女で正反対というのも変だな」
そういう風に考えられるララベルさんは、きっとあの王様よりも頭がよく、柔軟な思考を持っているのであろう。
正直なところ、統治者としての資質もあの王様より高いと思う。
「まあ、今はそれを探っている暇はないのですが」
「確かに。これからタロウ殿がどうするか、ちゃんと話をすることにしよう」
私はララベルさんに促され、ちゃんと話し合いをすべく、席に……はないので、地面に腰を下ろした。
真正面にララベルさんも座り、ミュウさんは……私の隣に密着して座り、腕を組んできた。
こういう時の大胆さは、年下にもかかわらず、ミュウさんの方がララベルさんよりも上だな。
「ミュウ?」
「あっ、ララベル様はこのオアシスの領主です。客人を迎えるにあたって、その向かい側に座らないと」
「ミュウは?」
「全力でタロウさんを接待していますよ」
「嘘つけ!」
そのララベルさんのツッコミには同意見だ。
「なんと羨ましい……ではなかった。タロウ殿はこれからどうする?」
「ここに置いてもらえるならありがたいですけど、ご迷惑なら別のオアシスでも探すしかないですね」
ウォーターシティーを目指すのは、やめておいた方がいいだろう。
不自然にサンドウォームの巣に入り込んだ砂流船に、船長たちの脱出。
王様が新しい『変革者』を召喚できるよう、私を殺そうとしていたのだ。
ならば、バート王国の手が及ばない砂漠のオアシスに逃げ込むしかない。
「そういえば、ここはバート王国領扱いでしたね。となると私がここにいるとご迷惑ですか……」
島流し扱いとはいえ、二人の生活の邪魔をするのはよくないか。
ならば一晩だけ泊めてもらって、小型船で新しいオアシスを探すしかない。
「いや、迷惑ではないぞ! ここにいてもらってまったく構わない」
「でも……王様になにか言われませんか?」
「その心配はないんだ。ミュウ」
「あっ、はい。地図ですね」
私と腕を組んでいたミュウさんであったが、ララベルさんに命令されると地図を取り出して私たちの前に広げた。
「ここがバート王国の王都で、ちょうど真北が港です。それで、かなり西にズレてこのオアシスですね」
砂流船は、わざと進路を西に外してサンドウォームの巣に突っ込んだようだ。
「このオアシスがこの位置です。王都からは大分遠いですし、名ばかり伯爵領で陛下は挨拶に来る必要はないと言っていました。だから、タロウさんがここにいても気がつかれないですよ」
「それに、ここは強い砂獣も多いのだ」
ララベルさんの説明によると、このオアシスは二重の砂獣の巣や群生地に囲まれているそうだ。
「外側の輪が、タロウさんが乗った船を襲ったサンドウォームの巣です。こう。このオアシス周辺を円状に覆っています」
つまり、サンドウォームの巣を突っ切らないと、外に出られないわけか。
同時に、バート王国側もこのオアシスに来るには、サンドウォームの巣を抜けなければいけない。
挨拶に来なくてもいいというか、王都に行けない可能性もあるのか。
「私とララベル様なら、簡単に突破できますけど」
「それはそうだ。あの兄が、わざわざ私たちをこのオアシスまで送ってくれるわけがないのだから」
「どうやってここまで来たのです?」
「タロウさんと同じく、小型の砂流船でここまで来たのです。船は、内陸部に上げていますけど」
二人はその気になれば簡単にここから脱出できるけど、あえてそれをしないわけか。
「二重と言ったが、このオアシスを覆うサンドウォームの巣の内側には、『サンドスコーピオン』の群生地もあるのだ」
サンドスコーピオンとは、全長が十メートルを超える巨大なサソリであった。
その概要は、サンダー少佐から聞いている。
サンドウォームよりも強い砂獣で、その数も異常に多いそうだ。
「サンドスコーピオンは、オアシスの外側にいるサンドウォームを狩って餌にし、繁殖している」
ララベルさんが、地図を指差しながら解説してくれた。
このオアシスを中心に、直径十キロほどの円内がサンドスコーピオンの大量生息地だそうだ。
つまり、このオアシスはサンドスコーピオンの大量生息地に囲まれていることになる。
「私、ここに来るまでによくサンドスコーピオンに襲われなかったな……」
運がよかったのであろうか?
「サンドスコーピオンの特性として、砂流船のようにスピードが速いものには手を出さないことが多いのです。私たちもサンドスコーピオン狩りをする時には、小型の砂流船でポイントに移動してから、船を降りますしね」
この二人、よくサンドスコーピオンを狩っているようで、その性質をよく知っていた。
「あっ、でも。サンドスコーピオンの餌は、サンドウォームですよね? アレもかなり速く動きますけど……」
「それはですね。サンドウォームは短期間で増えすぎてしまうので、餌を確保できないサンドウォームたちが同士討ちをしたり、集団でサンドスコーピオンに襲いかかるんです」
同士討ちで出た死骸や、飢えて見境がつかなくなり無謀にもサンドスコーピオンに襲いかかったサンドウォームが、サンドスコーピオンの餌になるわけか。
「無視できない確率で、逆にサンドスコーピオンがサンドウォームの群れに食われることもありますけど」
この砂漠、弱肉強食すぎるだろう。
それに巻き込まれずにここに到着できてよかった。
「ここが襲われるということはないのですか?」
無事にここ到着できたが、そのあとサンドスコーピオンの群れに襲われたら意味がないからなぁ……。
弱い私は、移住も考えなければいけないだろう。
「大丈夫ですよ」
「でも、オアシスは砂獣に襲われるって……」
「砂獣は砂漠ではない場所を襲って、砂漠にしてしまう。と言われていますが、実はそれは正確ではないのです」
砂獣は、人間や家畜などがいる町やオアシスを襲うケースが多いそうだ。
人がいないオアシスなどは襲わず、そこの草木を食べるか、水を飲みに来る程度らしい。
一見オアシスの植物がなくなっても、水はあるのでオアシスに草木は生えてくるわけか。
「ここは、私たち二人しかいないので、たまにサンドスコーピオンが来る程度ですね」
「その程度なら、簡単に倒せるのでな」
ララベルさんとミュウさんほどの実力があれば、このオアシスは安全というわけだな。
「人が多いところは、常に砂獣たちが押し寄せます。だから、軍やハンターがいるんですけどね」
人が大量に住んでいる場所……つまり、王都などは砂獣に狙われやすいわけだ。
だから私も、王都に迫り来る大量の砂大トカゲを倒して訓練できたのだな。
「王都は運がいいといいますか、砂大トカゲの生息地と隣接しているので、ほぼ砂オオトカゲしか襲ってきませんからね。だから、ララベル様と私がお払い箱にされたのですけど……」
砂大トカゲは、最弱の砂獣だ。
ララベルさんとミュウさんがいなくても対応できるので、王様は嫌っている二人を島流しにしたのだと思われる。
「でも、百パーセント砂大トカゲしか来ないってこともありませんよね?」
「年に何度かは、強力な砂獣も来ますね。砂獣は、強い種ほど単独で放浪する癖がありますから」
つまり、砂大トカゲ、サンドウォーム、サンドスコーピオンは、それほど強い砂獣ではないということだ。
弱いから集まって生活しなければ、すぐに強い砂獣に食われてしまうのであろうからだ。
「あのぉ……王都は大丈夫なのですか?」
「多分。私たち以外にも、強いハンターや軍人は多いので。陛下は対応可能だと判断して、私たちを島流しにしたのだと思いますよ」
「そうですよね。それに……」
もし今、王都を強力な砂獣が襲ったところでララベルさんとミュウさんが助けに行くのも不可能だし、砂獣のせいで王都が被害を受けたとしても、それは統治者であるあの王様の責任だからな。
自分たちを島流しにした王様に、手を貸す義理はないってのもあるか。
王都での二人の境遇を考えるに、もし王都が危機に陥ったとしても、助けに行かなければならない理由なんてないのだろう。
「救援の使者は来ないと思いますよ」
このオアシスの外縁部にある、サンドウォームの巣を突破しないと駄目だからなぁ……。
ということは、私も今の時点では脱出は困難なのか。
「どのみち、今の私がサンドウォームの巣を越えられるとは思えないので、ここに置いてもらうしかないです」
「それがいい。タロウ殿は命を大切にしなければな」
「このオアシスには私たち二人しかいないので、遠慮は無用ですよ」
「お世話になります」
こうして私は、このオアシスでララベルさんとミュウさんと共に暮らすことになった。
美女と美少女と同居なので、悪くはないと思えてしまう、まだ男としての本能は残っているオッサンな私なのであった。
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