第13話 引くほど自虐な二人
「随分と久しぶりに食べたが、パンとはこんなに美味しいものだったのだな」
「ララベル様、三ヵ月ぶりのパンですよ」
「あのぉ……二人は、普段になにを食べているのですか?」
「決まっている。狩ったサンドスコーピオンの肉だ!」
「お湯で茹でると、脚の中に入っているお肉が美味しいんですよ。お湯に塩を入れなくてもほんのりと身に塩気があるので、貴重な塩を使わなくて済みますし」
「他に料理などはしないのですか?」
「私はそういう教育を受けていないのでな。剣は得意だぞ」
「私もです。水魔法は得意ですよ。火付けくらいなら火魔法も使えますから」
「……」
無事、オアシスに辿り着き、そこに住んでいた王女様とそのお付きの魔法使いの少女と共同生活を始めた私であったが、食事の時にパンを出したらとても感謝されてしまったのには驚きであった。
このパンも私が焼いたわけではなく、サンドウォームに破壊される前に砂流船のキッチンから回収してきたものなので、私も人のことは言えなかったのだが。
『異次元倉庫』のおかげで砂流船から持ち出した食材は腐らないが、このオアシスには農地や牧場はない。
水は豊富だが、食料はサンドスコーピオンのみ。
サンドスコーピオンの大量生息地を抜ければサンドウォームも手に入るが、私もララベルさんたちも、サンドウォームは食べたくないという意見で一致した。
食べられないわけではないそうだが、できれば、これを食べなければいけないというところまで追い込まれたくないものだ。
「茹でたサンドスコーピオンの脚の肉ですよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
早速試食してみるが、味はカニの肉とまったく同じであった。
日本人としては、実質カニが食べ放題なのはいいと思う。
カニしか食材がないと考えると、のちのち飽きてしまいそうだが。
「食事はこんなものだな」
それにしても、あの王様は鬼畜かなにかなのか?
王都防衛に功績があった妹と優秀な魔法使いを、貴族に降家させ、オアシスを領地として与えたという名目でここに島流しにしてしまうのだから。
しかもこのオアシス、まったく生活の拠点が整っていなかった。
幸いというか、ここはオアシスなので水は大量にある。
オアシスの中心部にある泉の水はとても綺麗で、水量も豊富であった。
飲料水には困らず、洗濯も泉があるので問題ない。
もっとも、私もこの二人も、ろくに服を持っていなかったのだが……。
船から持ち出した服が使えるかな?
お風呂は、泉で水浴びをすればいい。
ここは砂漠で暑いので、お湯でなくてもまったく問題なかった。
ただ、砂漠なので夜は異常に寒い。
グレートデザートは海が狭いので、余計に朝晩の寒暖の差が激しいのだ。
夜に水浴びをすると凍えると思うので、それをしなければ問題ないのか。
そして寝る場所だが……。
「私も、二人と同じテントでいいのですか?」
二人の住処は、大きなテントであった。
キャンプで使うようなテントではなく、遊牧民族が使っているような頑丈なテントなのでそこまで酷いということはなかったが、問題なのは私もそこで寝るという現実であった。
「未婚のお嬢さんたちが寝ているテントに、男性である私が入るのはどうかと思うのですよ」
「タロウ殿が紳士的なのには好感が持てるが、外で寝ると寒いぞ」
「凍え死ぬ人もいますからね。砂漠の夜を舐めない方がいいですよ」
そうだった。
ここは砂漠なので、夜が異常に寒いのだった。
湿度が低いので、簡単に温度が下がってしまうんだよな。
地球の砂漠もそうだと聞くが、このグレートデザートは海が狭いのでもっと寒暖の差が激しい。
夜に外で寝ると、私は凍え死にしてしまうかもしれないのだ。
「テントの中には『温熱機』もあるので、温かいですよ」
「へえ、そのような便利なものがあるのですか」
兵舎に、そんな便利な暖房器具はなかったよな。
そのため、夜はかなり寒かった記憶がある。
王様が用意してくれなかったのかって?
そんなことは、私も期待していなかった。
「魔力を篭めると、少しずつ熱に変換して外に放出するんです」
魔力を使う湯たんぽみたいなものかな?
「それに、私たちはバート王国の双璧と言われたドブス二人なので、タロウさんも食指が動かないはずですよ」
「逆に、一緒のテントでタロウ殿が気分を悪くしないか心配なほどだ」
「ですから、私の女性に対する判断基準は逆なのですが……」
さっき説明したんだが、人間とはなかなかこれまでの常識を変えられないものなのだな。
「むしろ、欲情した私が二人を襲わないという保証もないです」
アラフォーで、男性としては枯れている?
いや、現代日本のアラフォーはそんなことはないと思う。
加奈の死以降、女性とのお付き合いはないが、私も普通に男なので若い綺麗な女性に欲情することだってあるのだから。
「なに! この私が男性に襲われるだと! 兄から『そんなことがあったら、歴史に残る偉業だ!』と言われたこの私がか?」
「ええっ! 『お前になんて、我慢させたノラ犬ですら腰を振らない!』って兄たちに言われたのに!」
「……」
私は思うのだが、あなたたちの家族が口が悪すぎると思う。
「おほん! 住居に関しては、のちに改善の余地があるかもしれない。今は緊急事態ということで、一緒でもいいとは思わないか?」
「そうですよ。もしそうなっても、全然アリというか大歓喜なので」
「そうだな、ミュウ。そういうことがあっても、それは運命というものだ」
「ですよね? ララベル様」
「そうだとも。では、同じテントで寝るということで」
「……そうですね……」
「では、それで決まりだな」
「楽しみですね、ララベル様。男性と同じ部屋で寝られるんですよ」
「そうだな。兄から『お前と同じ部屋で寝る男は、死ぬかもしれない拷問を常に受けるのと同じくらいの苦行だな』と言われたこの私が」
「『朝、いきなり顔を見せると、男性がショック死するかもしれないな』と兄たちから言われたこの私がですよ」
「……」
船から持ち出した荷の中にテントはなく、外で寝て凍え死ぬのもどうかと思うので、私は彼女たちのテントで寝泊まりすることになった。
それにしても、この二人。
自虐にも程があるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます