第14話 三人での生活の始まり
「これが竈ですか。燃料は薪でしょうか?」
「いえ。薪を拾うのは面倒なので、この円形の板に魔力を流すんです。すると高熱が出て煮炊きが可能になります」
「便利ですね」
「魔力がある人か、そういう人を雇えないと『魔力加熱器』は使えませんけどね。これ自体も、実は結構高価なので」
寝る場所が決まり、夕方になったので夕食を作ることにした。
二人に任せてもいいのだが、そうするとまた茹でたサンドスコーピオンの脚の身しか出てこないので、私が調理を担当することにする。
テントの傍に石で竈が組まれていて、薪を燃やすのではなく、灰色の円形板の上に鍋を置くと電熱調理器のように調理可能なのには驚かされた。
兵舎に居た頃は調理された食事をとるだけだったし、たまにサンダー少佐から外食をご馳走になったくらいなので、この世界の調理器具に詳しくなかったのだ。
魔力を篭める必要があるそうだが、電熱調理器みたいなものなので、薪を燃やすよりは効率的でいいと思う。
「火力の調整は難しいですね」
「そういう機能もつくと高いですね。鍋を持ち上げて加熱具合を調整するわけです。私はしませんけど」
ミュウさんの場合、サンドスコーピオンの脚を茹でるだけなので、火力に気を使う必要なんてないのか。
言ってみれば、ただ沸騰させた湯で茹でるだけだからな。
そして、ララベルさんはそれすらしていないという……。
王女様だから仕方がないのかな?
「タロウさんは、料理ができるのですか?」
「元いた世界の基準で人並みには。この世界に来てからは、まったく料理をしていませんでしたけど」
加奈の死後、一人暮らしだった私は自炊して生活してきた。
それほど上手とはいえないが、日々の生活に困らないくらいは料理ができたのだ。
「今日は私に任せてください」
これからお世話になるので、今夜の夕食は私が作ることにした。
とはいえ、そんなに凝った料理はしない。
船から持ち出したパンに、野菜でサラダを作り、砂大トカゲの肉があったので切り分け、塩や香辛料をまぶしてステーキ風に焼く。
付け合わせの野菜を炒め、ジャガイモに似たイモを蒸かし、スープはサンドスコーピオンの脚の身に、砂大トカゲの卵を溶いたものを入れてカニかき玉風スープも作った。
この世界は調味料が少ないので、私の腕だとこの辺が限界かな。
「うわぁ、美味しそうですね。久々に、二品以上料理がありますよ」
「本当だな。しかも、サンドスコーピオンに茹でる以外の調理方法があったとは驚きだ」
「ララベル様、焼くという調理方法もありますよ。そんなに味は違わないですけど」
「それもそうだったな」
「……」
私の料理の腕前など凡人レベルなので、ミュウさんに褒められると気恥ずかしい気分になってしまった。
品数は、これまで二人はサンドスコーピオンの脚の身を茹でたものしか食べていなかったから、それと比べるのはどうかと思ってしまったが。
「タロウ殿は料理も上手なのだな」
そんなことはないと思うのだけど、美女から褒められると悪い気分がしないのは確かであった。
「では、いただきましょうか」
三人で夕食を食べ始めるが、さすがは育ちのいいお嬢様たち。
上品に食べていた。
王女であったララベルさんは勿論、ミュウさんも貴族の生まれなので、マナー教育をちゃんと受けているようだ。
むしろ、先祖がなんちゃって武士だった私の方が、食事のマナーは怪しいかもしれない。
「久々に品数が多く、この砂大トカゲのお肉も久しぶりだな」
「ええ、砂大トカゲのお肉はさっぱりしていていいですね」
砂大トカゲは、砂獣の中で一番弱いが数も多い。
その肉は、王族から庶民にまで広く親しまれていた。
私も毎日食べていたが、鶏肉の味そっくりだと思う。
多分、鶏肉だと言われて出されたら誰も疑わないであろう。
「久々に生のお野菜を食べましたね、ララベル様」
「そうだな」
このオアシスに畑はなく、食べられる野草は……探さなかったのであろうか?
「私たち、食べられる野草とかよくわからないのですよ」
「そうだな。ここで変なものを食べてお腹を壊すと危ないのでな」
その言い分はわかるけど、毎日サンドスコーピオンの脚の身だけでは栄養のバランスが悪いと思う。
その前に、私なら飽きるであろう。
自分で料理をすれば……この二人、よくも悪くもお嬢様育ちなので、そういう発想に至らなかったようだ。
「スープも美味しいですね」
「サンドスコーピオンの脚の身をこのように料理できるとは。タロウ殿は凄いな」
そうかな?
サンドスコーピオンの脚の身がカニに似ていたから、カニかき玉スープ風にしてみただけなんだが。
出汁がないので、サンドスコーピオンの脚の身頼りだから旨味は薄いけど、まともな料理が久しぶりの二人は、美味しそうにスープを飲んでいた。
「久々のご馳走、堪能させてもらった」
「美味しかったですね」
「料理は普通だと言っていたが、上手ではないか」
どこに基準を置くかなのだが、この三人の中では私は料理が上手な方なのか。
「褒めていただいて光栄です。ところで、私はここにお世話になる身なので、食事の支度は私がしましょうか?」
それもあるけど、この二人に任せると、毎食サンドスコーピオンの脚の身を茹でたものになってしまうからだ。
それなら、自分で料理した方がまともな食事をとれるというものだ。
「是非お願いしたいな」
「大歓迎です。食事はいつも私が用意するんですけど、いつもサンドスコーピオンの脚の身を茹でたものになってしまうのです」
これまで、食事の支度はミュウさんのみがやっていたということか。
ララベルさんは王女だから、そんなことはできないのか。
「ララベルさんは王女様ですからね」
「元ですけどね。今のララベル様は降家したので伯爵ですから」
そういえば、このオアシスを領地に貰う代わりに王家から籍を抜いた、抜かれたのだった。
それでも伯爵様だから、自分で料理なんてしないと思うけど。
「前に、ララベル様が自分でやると言ったのでお任せしたのですが、生煮えだったり、茹ですぎてパサパサになったり。そんなわけで、私がやっています」
「不器用ですまんな」
とても美しいララベルさんだが、残念ながらメシマズのようであった。
「では、寝ましょうか」
「ここにはなんの娯楽もないので、夜になったら寝るに限りますよ」
夕食が終わって夜になると、すぐに就寝の時間となった。
当然このオアシスに街灯などなく、魔力で光る『魔力ランプ』はあるが、もしもに備えて魔力は節約したいところ。
自然と、暗くなったら就寝するようになったようだ。
その代わり、日が昇ったのと同時に活動を開始する。
早寝早起きで、日本にいたらあり得ないほど健康的な生活だな。
砂獣が襲ってくるかもしれないという点を除けばだけど。
「誰か、見張りに立たなくていいのですか?」
「心配ないですから」
確か砂獣は、人が少ないオアシスを襲撃する可能性が低いだったか?
「サンドスコーピオンは夜も活動するんですけど、サンドウォームは夜目が利かないので夜はあまり動かないのです」
つまり夜は、サンドスコーピオンがサンドウォームを襲いに行く時間なので、逆に安全というわけか……。
私たち三人の肉なんて大した量でもないので、夜動けないサンドウォームの方が栄養効率はいいのだろうな。
「でも、万が一ってこともあるので、それに備えないのですか?」
「それについては抜かりなく。私が、侵入者を探知する装置をこのオアシスの外縁に張り巡らせていますよ」
そんな便利な装置があるのか。
ミュウさんが張り巡らせたということは、魔力で動く装置なのであろうが。
「これも念のためですね」
「実はここに来たばかりの頃、毎晩少数ながらサンドスコーピオンの襲撃はあったのだ。よほど私たちが美味しそうに見えたらしい。だが、一週間ほど毎晩攻め寄せるサンドスコーピオンたちを殺し続けていたら、奴ら警戒して来なくなってしまったな」
「この辺のサンドスコーピオンたちは学習してしまったようですね。サンドウォームの方が安全に食べられるって」
それでも最初は襲撃されたのか。
サンドスコーピオンたちが怖れて来ないとは、私はこの二人の実力に驚くしかなかった。
「タロウさん、テントの中は暖かいでしょう?」
「そうですね」
テントの真ん中に置かれた温熱機だが、直径は五十センチほど、半円形でボール状の石らしきものでできたものであった。
魔力を補充すると時間をかけてゆっくりと熱を出すそうで、テントの中は思った以上に温かかった。
「稼働時間はどの程度なのですか?」
「半日ってところですね」
「停止させる機能などはあるのですか?」
「いえ、そこまで複雑な機能はないです。魔力を満タンに入れて半日くらいなので、稼働時間を減らすには、込める魔力の量を調整しないといけないのです」
日中の砂漠は暑いので、魔力量の調整にしくじると悲惨だな。
そうか、だから朝が早いってのもあるのか。
暑くなるから、テントの外に出るしかないと。
「私も気をつけているのですが、魔力量の微調整は難しいのですよ」
「なるほど」
これも、明日からは私がやった方がいいのかな?
魔力は多いと言われたし、込める魔力量の調整とか、そういう難しいことをやっていれば私も魔法を覚えるかもしれない。
「明日から本格的に動くということで、今日はもう寝ましょうか」
「そうだな。明日もまた暑い」
「ララベル様、早いの間違いでは?」
「同じことではないか。ここは暑い」
「王都も暑かったですけどね」
幸い、テントの中は思った以上に広く、三人でひしめいて寝ないで済んだのはよかった。
寝具は、敷き布団代わりの毛布と掛布団代わりの毛布で……毛布二枚だけど、これは船から失敬してきたものだ。
ララベルさんとミュウさんは人数分以上の寝具を持っていなかったので、ちゃんと船から拝借してきてよかった。
当然、枕もである。
私たち三人は、なぜか私が真ん中に入って川の字になって寝ることになった。
ここの領主であるララベルさんが真ん中ではないようだ。
「寝具も持ち出していたんですか」
「ええ、気がついてよかったですよ」
「寝具がなかったとしても、同じ毛布にくるまって寝ればいいのですよ」
「いやあ、さすがにそれは……」
今日出会ったばかりの男女が、同じ毛布にくるまって寝るってどうなんだろう?
私たち以外誰もいないので、別に批判などされないけど。
それにしても、ミュウさんの方が図太いというか、積極的な性格をしているようだな。
「砂漠の夜を舐めてはいけませんからね。寒かったらいつでもどうぞ」
「はい」
しかし、人並みに性欲があるオッサンを誘惑するとは。
少女なのでそういうことに無防備なのであろうが、もしそういう関係になるにしても、もう少し流れを考えてほしいと思うのは、私が年を取った証拠なのであろうか?
「ミュウ、そういうはしたない女性は男性に嫌われるぞ」
とここで、ララベルさんがミュウさんに釘を刺してくれた。
さすがは大人の女性……。
「どのみちタロウ殿はここから逃げ出せないのだ。焦る必要はない」
「それもそうですね」
「……」
拝啓、天国にいる加奈。
この世界に来て、初めて貞操の危機を感じました。
今はなにも考えず、明日に備えて寝ることにします。
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