第15話 ネガティブ? ポジティブ?

「明るい、もう朝か……暑くなってきたな……」




 砂漠のオアシスにおいて、美女と美少女との同居生活が始まった。

 明るくなったので目が覚めると、すでに少し暑かった。

 夜は寒かったが、また日が昇っている間は暑い砂漠の生活が始まるのだ。


「朝食でも作るかな」


 残念ながら、同居人二人の家事能力はゼロに近いので、今朝も私が朝食を作ることにする。

 なので寝床から起き上がろうとした瞬間、私は自分の体が重たいことに気がついた。

 

「色々とあったから、疲労が溜まっている? 寒暖の差が激しくて、風邪でも引いたか? いや!」

 

 急ぎ掛布団代わりの毛布を剥がすと、私の胸の上には気持ちよさそうに寝ているミュウさんの顔があった。

 どうやら、昨晩のうちに入り込まれたようだ。


「世界が変わっても、こういう 大胆な少女はいるのだな」


 これが若造なら動揺したかもしれないが、私は少し枯れたオッサン。

 この程度のことで驚きはしない……朝の生理現象がある以外は……。


「ミュウさん? 朝ですよ」


 そっと寝ている彼女に声をかけると、ハンターとしての職業病なのか、彼女はすぐに目を覚ました。


「おはようございます、タロウさん。昨晩は寒かったので、つい潜り込んでしまいました」


「そうですか」


 別に、私がいない時とテントの温度条件は変わっていないような……。

 以前から温熱機があるのだから。

 でも、ミュウさんが寒がりで、実はララベルさんと一緒に寝ていたとか?

 それなら、私がミュウさんの隣になったので、寝ぼけて入り込んだということも……。


「そんなことはありません。ミュウ、どさくさに紛れてなんと羨ましいことを」


 気がついたら、ララベルさんが私たちを見下ろしていた。

 それはいいのだが、とにかく彼女の大きな胸が気になってしょうがない。

 鎧の上からでも大きいと思っていたが、鎧を外すと余計に大きく見えるな。

 しかも、下着も着けずにスケスケの寝間着を着ているので、透けて見えてしまいそうだ。

 

「ララベルさん。その寝間着ですけど、もっとちゃんとしたやつはないんですか?」


「これは、王都でも高級なお店の品だぞ。どうせ似合わないと悪口を言うくせに、兄たちは王女なのだから、こういう高価なものを着ろとうるさいのだ」


 砂漠のオアシスで、スケスケの高級ネグリジェを着ている王女様。

 ちょっとシュールではある。


「あれ? ララベル様は、普段普通のシャツとズボンしか着ないじゃないですか。というか、昨晩寝る前はその格好でしたよね?」


「そうか? ミュウの気のせいだろう」


「いやいやいや、その勝負ネグリジェは、『どうせお前に着る機会など永遠にないが、くれてやる』と陛下より贈られ、ララベル様は嫌がって着なかったではないですか」


 そんなに嫌いなら、妹にネグリジェなんてやらなければいいのに。

 よく理解できない王様だな。

 もしかして、たまに猫を可愛がって意外といい人だと思われる不良的なものを狙っていたとか?


「そんなスケスケのネグリジェで、タロウさんにアピールですか? 前に、ある貴族のバカ息子から『凸凹コブガエルの背中みたい』と言われたそのスタイルで!」


「ううっ! それを『飢え死に寸前の野良犬のお腹』と、同じ貴族のバカ息子から言われたミュウが私に言うのか?」


「ララベル様、それはお互い言いっこなしですよ!」


「ミュウが先に言ったんだろうが!」


 ララベルさんは、出るところが出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいるスーパーメリハリボディーなのだが、王城のメイドたちを思い出すと、バスト100、ウエスト100、ヒップ100みたいな人が多かった。


 今も地球のとある地域で、昔の日本でも、ふくよかな女性がもてはやされた時代があった。

 精神衛生上、それと同じだということにしておこうと思う。

 ちょっと私の好みとは合わないけど……。

 要するにこの世界基準で言うと、ララベルさんのメリハリボディーは、背中が大きなコブで凸凹の、凸凹コブガエルみたいだとバカにされてしまうのだ。


 ミュウさんは年齢相応のスタイルだと思うが、それはあくまでも日本基準でのこと。

 この世界では、痩せすぎで、飢え死に寸前でお腹にアバラ骨が出ている野良犬みたいだと言われたことがあるようだ。


「二人とも、落ち着いてください」


「タロウ殿、貴殿の世界ではどうなのですか?」


「私もそれを聞きたいです」


「ええとですね……」


 ちょっと詳しい内容は恥ずかしくて言えないけど、私は王城にいたふくよかすぎた女性たちは好みではなく、二人のようなスタイルの方が好みだと懸命に説明する羽目になった。

 それも恥ずかしかったが、ミュウさんは勝手に私の毛布に入り込んでこないでほしい。

 なぜなら、この年でまるで若者みたいに朝の生理現象に襲われてしまったのだから。


 この世界に来て体を鍛えた結果、私は体が若返ったのかな?




「では、これからのことですけど」


「おおっ! 急に真面目ですね」


「ミュウ、私は常に真面目なのだ」


「真面目な人は、タロウさんをスケスケネグリジェで誘惑しないと思います」


「真面目に誘惑したんだ」


「……(真面目に誘惑って……)」




 朝食は砂大トカゲの肉と野菜を入れたスープに、まだ残っているパンで簡単に済ませ、そのあとララベルさんからこれからの方針について聞いていた。

 ここに厄介になるのはいいが、働かざる者食うべからずは世界共通。

 この世界に社会保障なんて甘えは存在せず、役立たずは野垂れ死になので、私はなにをすればいいのか聞くことにしたのだ。


 なぜなら、ララベルさんがこのオアシスの領主だからだ。


「タロウさんは、料理をしています」


 家事の類は、一人暮らしが長いので普通にできる。

 二人の腕前が残念なので、料理は私の担当ということに自然と決まり、掃除も交代でテントのゴミを取るくらい。

 洗濯は、私は自分の分は自分で、ララベルさんとミュウさんの分はミュウさんが纏めてするので、あとはなにをするかということだな。


「ちなみに、ララベルさんたちがここに来ていかほどでしょうか?」


「三ヵ月ほどかな」

 

 私がこの世界に召喚される二か月ほど前なのか。


「その間、ここでなにかお仕事でも?」


 その割には、このオアシスは人間が住みやすいように整備されていないというか……。

 テントを張って、竈を組んだくらいか?


「時間は有り余っているのでな。砂獣を、主にサンドスコーピオンを狩っていたな。ミュウと」


「レベルも結構上がりましたよね」


「そうだな」


「はあ……」


 この二人、王様にここに島流しにされて本当は可哀想なんだけど、全然堪えているように見えないんだよな。

 王都のようにドブスと言われないし、二人とも体も頑健で、育ちがいいのにこの実質野宿生活を苦にしていない。

 これもレベルアップの恩恵なのか? 

 素の性格がポジティブ……でも、自分の容姿については随分とネガティブな言い方で……若い人は心が不安定になりやすいのだと思うことにしよう。


「こんな厳しい環境なので、レベルは高い方がいいだろう」


「その意見には賛同します」


「タロウ殿は、まだちょっとレベルが低いかな?」


「あの……わかるのですか?」


 手のひらに表示されるレベルって、自分にしか見えないものだと聞いていたのだが……。


「昨日、タロウ殿は私たちに『異次元倉庫』のことを教えてくれた。普通、レベルだけでなく特技も隠すのが習慣でな。王都で修業していた頃に特技を習得していたら、指導役の軍人から教わっていたはずだ」


 確かに、あのサンダー少佐なら『隠せよ』と教えてくれたはずだ。


「そんな気がしていました」


「貴殿は思慮深いので、言わなくても仕方がないと思っていたが、昨日ちゃんと教えてくれた。それは、私たちとここで生活することを覚悟していたから、仲間に隠し事はよくないと思っていた。違うかな?」


「いえ、ララベルさんの仰るとおりです」


「ならば、私の特技を教えるのが筋というもの。私は、『剣聖』と『レベルサーチ』を覚えている」


「『剣聖』とは、『剣技』よりも上ということでしょうか?」


「そうなるな。『剣技』、『剣聖』、『剣神』の順で上がるそうだが、『剣神』は千年に一人出れば多いくらいらしい。『剣聖』でも、『剣技』持ちの中から、百万人に一人と言われているので貴重ではあるな」


「『剣技』持ちは、武器扱い特技の中で一番多いですね」


 別に『剣技』がなくても剣は使えるが、やはり『剣技』持ちには及ばない。

 『剣聖』ともなれば、とんでもない剣の達人というわけか。

 本当に、どうして王様はララベルさんをここに島流しにしたんだ?


「私はそんなに強くないので、ララベルさんが羨ましいですね」


 華麗に剣を振るう。

 男なら、一度は憧れるシチュエーションだ。

 残念ながら私に剣の才能はなく、だからリーチが長い槍を武器にしていたのだから。

 ちなみに、『槍術』も持っていなかった。


「『レベルサーチ』は、他人のレベルがわかるんですよね?」


「そうだ。タロウ殿は、今レベル百二十三だな」


「当たってます」


 相手のレベルを見抜けるのか。

 知らないよりは、圧倒的に有利だよな。


「レベルがわかれば、少なくとも油断はしませんか」


「それはありがたいことだな。ただ、言うほど便利な特技ではない」


 なぜ相手のレベルがわかるのに、それほど便利ではないのか。

 それは、個々人のレベルの上がり方と、成長度がてんでバラバラだからだ。

 とあるレベル百の人よりも、とあるレベル十の人の方が強いなんてことがザラにあった。


「基本的に、レベルが高い人は手強いですけどね」


「そこまで努力しているからですか」


「ええ、そういう人は油断なりませんよ」


 でも、貴族や金持ちがレベリングだけで高レベルになることもありそうな気がする。


「共に厄介なのは同じです。王族や貴族は、基本的に基礎能力に優れた人が多いですから」


 そういう血筋同士で婚姻を重ねているから当然か。

 その才能に胡坐をかき、安易なレベリングを繰り返して実戦経験皆無の貴族やその子弟は多いそうだけど。


「目安にはなるな。しかし、この世界に来てわずか一ヵ月でレベル百二十三は驚異的だな」


 残念ながら、実戦経験は砂大トカゲと、サンドウォームのみだけど。


「一人で複数のサンドウォームを倒せるハンターは、ハンターの中でも百人に一人くらいですよ。大半は砂大トカゲ専門なので。タロウさんはさすが『変革者』ですね」


 一般ハンターよりは凄いのだろうけど、『変革者』としては才能不足なのだと思う。

 だから王様に殺されかけたのだろう。


「しかし、まだだな」


「そうですか」


 自分でも、そんなに強いとは思っていないのは確かだ。

 なにしろ私は、この世界に来るまで荒事とは無縁な人生を送ってきたのだから。


「私は、サンドスコーピオンと戦えそうですか?」


「どうだろう? レベル的には大丈夫だと思う。が、しかし……」


 私の成長度が悪かった場合、今のレベルだとサンドスコーピオンに勝てない可能性もあるわけか。


「よし! レベリングだ!」


「レベリングですか」


 王都に続き、ここでもレベリングかぁ……。


「試しに、タロウ殿をサンドスコーピオンと戦わせてみるという方法もあるのだが、万が一のことがあると危険だ」


「命は一つですからね」


 少し過保護のような気もしなくもないが……。

 しかも私はいい年のオッサンなので、味噌っかすにされるとモヤモヤするな。


「人間、死ねば終わりなのだ」


「ある程度レベルが上がってから戦ってみた方がいいですよ」


「それはありがたいのですけど……」


 私には、大きな欠点がある。

 それは、私と同じパーティに入ると、倒した砂獣が消えてしまい、素材が獲れなくなってしまうこと。

 次に、砂獣を倒すと得られる神貨も得られないということだ。

 同じパーティにならなければレベリングはできず、同じパーティになると倒した砂獣の素材と得られるはずの神貨がゼロになってしまう。


 ハンターとして、こんな迷惑な奴もいないと思う。

 私は二人に事情を説明した。


「なるほど。砂獣を倒すと消えてしまい、素材も神貨も得られないと」


「資料を見た限り、これまでの『変革者』にいない特性ですね」


 どうやら、あのようなことが起こる『変革者』は私だけのようだ。


「というわけなので、せっかく素材や神貨のために討伐を続けている二人に悪いかなと思う次第で」


 せっかく砂獣を倒しても、報酬がゼロなのは辛いはず。

 特にこんなオアシスに住んでいるのだから、神貨は貯めておいた方がいいはずだ。


「タロウ殿、別に気にする必要はないぞ」


「そうですね。最初の一匹だけ普通に倒してしまえば、あとは別に素材も神貨もいらないですよね? ララベル様」


「そうだな」


「でも、この状況じゃないですか」


 他に誰もいないオアシスでの生活だからこそ、万が一に備えて蓄えを怠らない。

 それが危機管理だと思うのだけど。


「とは言うがな。ここにいると金なんて使わないぞ」


「行商人も来ないですし、私たちがここを出ると陛下がいい顔をしないでしょうから」


「素材もな。タロウ殿みたいに『異次元倉庫』があるわけではないので、たまに一匹持ち帰れば食べるに十分なのだ」


「レベルは上がりますしね。死んだサンドスコーピオンは、他のサンドスコーピオンたちの餌になるので、別に無駄ではないですよ」


「というわけなので気にするな」


「いざ行かん! レベリングへ!」


「(凄いポジティブな二人だなぁ……容姿に関わること以外は……)」


 私は、このオアシスに置かれていたララベルさん所有の小型の砂流船に乗せられ、サンドスコーピオンの大量生息地へと向かうのであった。

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