第84話 引っ越し

「サンダー元中佐、やはり王都を出るのか?」


「ああ、この税率じゃあバカらしくてやっていけないからな。暮らせないこともないが、命がけでカツカツな生活なんてあり得ないさ。家族と、パーティメンバーと、他のハンター有志とその家族たちとシップランドに向かう」


「そうか……残念だ……」


「まあしゃあねえな。俺はもう王国軍には入りたくないんでね。ならば出て行くしかないさ」



 軍を退役し、ハンターをやっているサンダー元中佐が王都を離れると聞いたので、私は彼に会いに行った。

 引っ越しの準備で忙しいだろうに、そんなことはおくびにも出さず、彼は私を快く出迎えてくれた。

 非主流派で冷や飯食いの私は、嫌な奴が多い貴族たちの中で、数少ないマトモな貴族だと思われているからであろう。

 今の陛下にも、彼と対立する王族・大貴族連合にも無視されている私だが、サンダー元中佐に嫌われていないというのはありがたかった。


「ハンターへの税率が八割って……舐めているのか? 凄腕ほどバカらしくて出て行くに決まっている」


「御国のため、暫くの辛抱だと陛下は言っている」


「それはご立派なことで。俺たち庶民は貧しい生活に耐え、陛下と大貴族たちはいつもどおり贅沢三昧って寸法だろう? そんな言い分に引っかかるバカはいねえよ。怖くて我慢しているだけだ」


「軍に所属するという選択肢もある。そうすれば税も下がる」


「軍属扱いだぞ。元将校だった俺でも例外はない。バカ貴族士官たちの椅子が減るからな。あんなバカどもに命令されての砂獣退治なんて、報酬もそうだが、命がいくつあっても足りやしねえ。あの王様は、なにをしたいんだか意味がわからねえな」


「いまだ陛下と大貴族たちの対立が激しいのだ。かといって、いきなり彼らを排除できない。だから政策が中途半端になる」


 ハンターたちの王国軍への組み込みは、自身の権力強化のためであった。

 ところが、その王国軍の士官の大半が貴族だ。

 ハンターの中には、貴族の子弟に士官枠を与えるため退役させられた者も多い。

 まさにサンダー元中佐もそれで、彼らを元の階級に戻してしまうと、貴族たちからの反発が大きくなってしまうし、ポストが足りなくなってしまう。

 そこで軍属扱いとし、貴族士官たちが指揮権を持つことになったのだ。

 力量がイマイチなハンターたちは、フリーのままだと税金が八割だから生活できないので、仕方なく王国軍に入った。

 採用を増やしたハンター兵たちを貴族士官たちがリーダーとなって統率し、レベリングで全体を強化する。

 彼ら貴族士官たちは、自分は安全圏にいたままレベルアップの恩恵を得ていたので、評判は最悪だった。


 これを知ったサンダー元中佐のような凄腕のハンターたちは、もう王都では暮らせないと家族で王都を出るケースが増えていた。

 その大半は、シップランドに向かっている。


「色々と問題はあるが、王国軍は順調に拡大している」


 指揮官の質はともかく、まあ貴族の将官たちにもマトモな人はいなくもない。

 ただ、優秀な貴族にも欠点がある。

 貴族は大物ほど、親族、縁戚、寄子、閨閥、家臣、領民などを多数食べさせなければいけない。

 身分に関係なく人間とは、有能な者よりも、常人、無能の方が多い。

 彼らに席と飴を与えるため、組織を弱体化させてしまうこともあるのだ。

 たとえ、その貴族自身が有能だとしても。


「総合点では強化された王国軍の矛先がどこに向くか? シュタイン男爵、シップランドで雌雄を決するなんてことにならないといいな」


「シップランド子爵家かね?」


「どのみち、王都にいてはオマンマの食い上げなのでね。そういうことだ。シュタイン男爵は文官だから大丈夫か?」


「だが冷や飯食いさ」


「死ぬよりはいいだろう」


「そうだな」


 サンダー元中佐たち、元軍人ハンターたちはシップランドに引っ越す。

 もし王国軍がシップランドを攻めるとなれば、彼らが立ちはだかるわけか。

 兵数では有利だが、平均的な練度と戦闘力、指揮官の能力を考えると……優秀なハンターには、優れた元軍士官も多数混じっているのでもし戦争になれば……。

 おっと、これは我がバート王国軍最大の軍事機密だったな。

 貴族士官の半数以上が無能どころか、逆に足を引っ張る存在なのは。

 なまじレベリングで個人戦闘力が強くなっているので、余計に性質が悪いとも言えたが。


「歪ではあるが、一応王国軍の整備は進んでいる。とはいえ、今すぐにでもという話ではないよ」


「『変革者』か? シュタイン男爵」


「そういうことだ。あと四年以上先の話だ」


 陛下は五十年に一度しか呼び出せない『変革者』を気に入らず、追放と見せかけ、密かに謀殺してしまった。

 『変革者』が早死にしてしまった場合、召喚用の魔道具を動かす魔力さえ集めれば五年で再召喚できることを利用したのだ。

 そのせいでタロウ殿は死んだ。

 可哀想なことをしたし、次の『変革者』が必ずしも陛下のご希望に添えるという保証もないのだが、そこのところを陛下はどう考えているのやら。


「シュタイン男爵も来るか?」


「まさか。私はバート王国貴族なのでね。仕方がないのさ」


 冷や飯食いだが食べられないわけでもないし、陛下と陛下が引き上げた新興貴族勢力と、旧来の大貴族たちとの争いに巻き込まれず、ただ与えられた仕事をこなせば役職給も貰える。

 不満がないわけでもないが、私の代でシュタイン男爵家を潰すわけにいかないのだ。


「残念だな」


「私は戦闘が得意ではないのでね」


「商人でもやればどうだ? 才能があると思うがね」


 褒めてもらって嬉しいが、私一人の問題ではない。

 家族や、数少ないが家臣や使用人たちの生活もあるのだから。


「それもそうか」


「サンダー元中佐の新天地での活躍を応援しているよ」


 こういう時、私は貴族に生まれていなければと思うことがある。

 だが、すでに私も不惑を迎え、息子も成人している。

 今あるすべてを投げ捨ててという選択肢は取れないのだ。


 確かに、貴族としての身分や一定の収入は確保されているが、時おり自由に身を処せるサンダー元中佐を羨ましいと思ってしまうこともある。

 向こうからすれば、なにもしなくても年金は貰える私たちが羨ましいのだけど。


 人間とは、自分にはないものを羨ましいと思う生き物なのであろう。

 まさに、『隣のオアシスは青い』というやつだ。

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