第85話 サンダー元少佐

「タロウ殿、あれはサンダー元少佐では?」


「どうしてシップランドに? って、ハンターに対する増税のせいだろうなぁ。そういえば、ララベルはサンダー少佐を知っていたんだよね」


「共に砂獣退治をしていて、一緒に戦った経験もあるのでな。愚かしいことだが、優れた軍人でもあるにも関わらず、平民出身だからという理由だけで出世できなかったのだ」


 この世界の軍人たちは、身分で出世の限界が決まっていて大変だなって思う。


「ここまで融通が利かないのはバート王国軍くらいだ。他の国では、平民出身者でも将官への道は開かれているぞ」


「当然貴族優先枠はありますけどね。増税した王都よりも、シップランドの方が稼げますからね。サンダーさんほどの凄腕なら余計にです」




 今日も、シップランドのガルシア商会に商品を卸しに向かうと、町中でサンダー元少佐の姿を確認してしまった。

 私は慌てて身を隠すが、彼は気がつかなかったようだ。

 仲間のハンターたちと共に、砂獣退治のためであろう。

 町の外に歩いて行ってしまった。


「ええ、王都からの凄腕ハンターたちの流出は事実です。うちは扱う砂獣の素材が増えて万々歳ですよ」


 タラントさんにサンダー元少佐のことを聞くと、彼のみならず最近王都から移住したハンターが増えたと教えてくれた。

 同時に、有事に徴兵できる兵力が増えて一石二鳥でもあると。


「凄腕ハンターたちの中には元将校が多いので、これも魅力的ですね。うちは諸侯軍の規模が小さいですからね。いきなり軍勢を大きくしても、中級指揮官が少ないとまともに機能しないのですよ」


 それなら、徴兵したハンターたちに手柄に応じてボーナスでも出した方が手っ取り早いとタラントさんは語った。

 高度な知識と経験を持った軍人は、育てるのに金と時間がかかるからな。

 シップランドでは、ハンターたちを傭兵として雇った方が戦力になるという考えなのであろう。


「しかしバート王国に狙われている以上、軍備の増強は急務ではないのか?」


「ララベル様、ここは中継地で商いのオアシスなのです。身の丈に合わない軍備は逆に身を滅ぼしてしまいます。オールドタウンと同盟を結べたので、最悪援軍を期待できますから」


「必ず来るという保証はあるのか?」


「ありますよ。ここが落ちたら次はオールドタウンなので。あの陛下は、自称領土の完全掌握、併合を目指してるのです。オールドタウンの連中も、シップランドで侵攻が止まるとは思っておりますまい」


「そして、次の目標は世界制覇とか?」


「冗談でなく、本気でそう思っているようですよ」


 随分と野心は大きいようだけど、そこまで国力が保つのかな?

 王国軍にしても、将校の質がなぁ……。

 軍備を増強するのであれば、サンダー元少佐たちのような優秀な軍人たちを退役させなければよかったのだ。

 貴族のボンボンを将校にするため、平民出身の士官学校卒業者をリストラしてしまう。

 行動がチグハグだが、これは大貴族たちが王様に隠れてやっていることなのかもしれない。

 

「現在のバート王国は、陛下と彼が引き立てた新興貴族たちと、陛下に反抗的な大貴族たちの対立があります。今の陛下に大物貴族たちを排除できる力はなく、彼が引き立てている連中も、忠誠心はともかく全員が有能というわけでもなく。まあ、そういうことです」


 あの王様が考える、『最高の人材を適所に配置した人事案』は、現実との折り合いで難しいというわけか。

 それでも全体的な戦力は上がっているので、シップランドとしては脅威であることに変わりはない。

 ハンターたちの戦力化は急務というわけだ。


「サンダー元少佐ですが、彼は有能なので声をかけたんですけどね……」


 そんなハンターたちの中でも、タラントさんはサンダー元少佐を特に買っていたようだ。

 シップランド子爵家の家臣に推挙したそうだが、見事に断られてしまったという。


「駄目でしたか」


「二度と宮仕えはゴメンだそうで」


 あの人は、バカな貴族のボンボンたちのせいで軍人の職を失った。

 シップランド子爵家に仕えるのをよしとしなかったのであろう。


「残念でしたね」


「カトゥー大族長が誘えば仕官してくれるかもしれませんよ。もしもの時は『南西諸部族連合』にも援軍を頼むので、サンダー元少佐がカトゥー大族長の家臣でもまったく構わないわけで」


「でも、彼は私が死んだと思っているだろうからなぁ……」


 下手に声をかけて、私の正体があの王様にバレる……ことはないか。

 サンダー元少佐は、もうバート王国に未練なんてないからシップランドに移住してきたのだから。


「勧誘してみますか」


「彼ほど有能な人なら、断るにしてもカトゥー大族長のことを漏らさないと思いますしね」


 タラントさんの勧めもあり、私たちはサンダー元少佐の勧誘を行なってみることにしたのであった。

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