第5話 レベリング
「どうだ? 服と装備の感触は?」
「ちょっとゴワゴワしますね」
「あの紫色の服は、着心地がよさそうだったからな。兵士用の安物だが、無料支給なので我慢してくれ」
翌日から、サンダー少佐による訓練が始まった。
最初は支給された兵士用の装備を着て、王都郊外にある砂漠へと移動するだけなのだが……とにかく砂漠なので恐ろしく暑いのだ。
私は歩くだけで体力が尽きそうになるのに、サンダー少佐と五名の兵士たちは何食わぬ顔で砂漠を歩いていた。
あまり暑いとか、辛いとか思っていないようだ。
「暑い……熱射病で倒れそう……」
「タロウはまだレベル一だからな」
グレートデザートは八割が砂漠で、海も一割しかない。
そのため、異常なまでに暑い。
まだ午前中なんだが、すでに気温は軽く四十度を超えているであろう。
それでいて、昨晩は恐ろしいほど寒かった。
海が少ないので、地球の砂漠よりも寒暖の差がとにかく激しいのだ。
「暑さで倒れる人はいないんですか?」
「一般人は倒れるが、まず一般人は砂漠には行かないけどな。町で働くのが普通だ。ご覧のとおりグレートデザートは暑いので、仕事中に倒れる奴も当然いる」
「兵士やハンターと、普通の人たちの差ってなんですか?」
「砂獣を倒せるかどうか。これしかない。適性者は、十人~二十人に一人くらいが精々だ」
「レベルアップもしてですよね?」
「当然。レベル一では、一番弱い砂獣『砂大トカゲ』にも勝てないからな。レベルが上がっても、砂獣を倒せない人の方が多いのだから。一般人でも、レベルが上がれば暑さで倒れにくくなるけどな」
サンダー少佐たちを見てわかったのだが、レベルが上がると暑さへの耐性が大幅に上がるようだ。
そうでなければ、普通の人間が砂漠で一日戦っていたら倒れてしまうので当然か。
グレートデザートはとにかく暑いので、まずはレベルアップをして暑さへの耐性をつけなければいけないらしい。
普通に働いていても熱射病で倒れてしまうレベルだそうで、レベルアップは必須というわけだ。
「まずはレベリングをする」
「訓練をするにも、まずは砂漠を移動して倒れないようにするわけですか」
「そういうことだ」
「レベリングって、一般人もするんですか?」
「するよ。しないと、町中で普通に働くのも困難だ」
砂漠ではない町中でも十分に暑いため、低レベルだと普通に仕事をしていても熱射病で倒れてしまうからだそうだ。
つまりこのレベリングは、私だからやっているわけではないということか。
「砂獣を倒せない人たちは、働いて納税しないと、この国ではいらない奴扱いされるのさ」
可住領域が狭く、水に限りがある世界なので、役立たずと判断されると町中で倒れていても無視されるそうだ。
役に立たない奴は、水の使用量が増えるので死ねということらしい。
「残酷ですね」
「俺も可哀想だとは思うんだがな。だがそれが現実だ。でも、十歳になるとハンターや兵士たちがレベリングをしてレベル三~五にしてしまう。そうすればまず熱射病で倒れなくなるのさ。倒れなければ普通に働けるから、そう滅多なことで見捨てられる人はいないさ」
私は変革者でなにか特技や才能があるらしいが、まずはこの砂漠の暑さで倒れずに済むレベルまで上げるのが先というわけだ。
「お願いします。ところで、言うほど砂獣はいませんね」
「この辺は、王国が王都の領域を広げようと、集中的に砂獣を討伐しているからな。とはいえ、まだまだ」
「まだ土地は使えないと?」
「緑化しないとすぐに砂獣が入ってくるから、それが済んでからだ。俺が生きている間に、ここが王都の一部になることはないだろうな」
砂漠の緑地化には、膨大な手間と時間がかかるようだ。
そのエリアの砂獣を全滅させ、さらにそこを緑地化して、ようやく人が住めるようになる。
長い時間がかかるので、なかなか人間の可住領域が広がらない。
ちょっと油断すれば強い砂獣に人間が駆逐されてしまい、すぐにそこが砂漠化してしまう。
サンダー少佐の話を聞くと、この世界の大変さがよくわかった。
だから私が、『変革者』として召喚されたわけだ。
「とはいえ、私はこの年まで荒事には無縁だったので」
「貴族だって話だが、文官だったのか?」
「はい」
貴族じゃないけど、営業事務なので、文官みたいでも間違いないということにしておこう。
「そろそろだな。見てみな」
「沢山いますね……」
まだ砂獣の駆除が終わっていないエリアに到着すると、そこには大きなトカゲの大群が待ち構えていた。
大きさは、以前テレビで見たコモドオオトカゲよりも大きいと思う。
「砂漠にいるので、砂大トカゲですか。大きいですね」
「これでも、砂獣の中では最弱なんだよ。これが倒せない人が大半なわけだ」
大半の人が大トカゲを倒せないのであれば、可住領域の維持が限界で、なかなか可住領域が広がらなくて当然か。
「じゃあ、俺たちでドンドン倒していくから。その前に『パーティ』って言ってくれ」
「『パーティ』」
サンダー少佐に言われたとおりに叫んだら、自分の体が一瞬だけ光った。
「この光は?」
「俺たちのパーティに加入した証拠だ。俺たちが倒す砂獣の経験値が貰えるようになるわけだ」
「なるほど」
経験値とか、ますますRPGみたいな世界だな。
「じゃあ、タロウは安全な場所で見てな」
現時点で私が参戦しても、死体が一つ増えるだけ。
まずはレベルアップをして、基礎身体能力を上げてからということのようだ。
「そうだ。利き腕の手のひらを見てくれ」
「手のひらですか? あっ、レベル一って書いてある」
私の右手の平を見ると、そこにはレベル一と書いてあった。
「書いてあればいい。俺には確認しようがないんだが」
「サンダー少佐には見えないんですか?」
「手のひらのレベル表示は、本人にしか見えないよ。レアな特技で稀に『人物鑑定』を持っている奴は見れるけど」
ただし、あくまでもレベルしか見えないそうだ。
「レベルだけだと、その人の強さの判断が難しくないですか?」
「目安にはなるから、最初はともかく、できるだけ他人にレベルを教えない方がいいのさ」
例えば敵にレベルを知られると、その数値を参考に相手の強さを分析されてしまうわけだ。
命取りになるので、レベルは親にも言わないのが決まりらしい。
「レベルだけだと、ある人のレベル十よりも、別の人のレベル一の方が強かったりして」
「それがあるから、一般人は少しレベルを上げて終わるのさ」
どんな人でもレベルが上がれば強くなるが、それでこの砂大トカゲを倒せるようになるのかどうかは別の話。
それでも、レベルが上がると体が丈夫になったり、怪我の治りが早くなったり、なにより熱射病で倒れなくなる。
レベルアップをして、損はないというわけだ。
「じゃあ、俺たちは行くから。油断するなよ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
サンダー少佐の合図で、彼と兵士たちは一斉に砂大トカゲの群れに攻撃を開始した。
魔法……あるとは聞いている……は使わず、みんな大剣を構えて砂大トカゲに斬り込み、まるで時代劇の剣豪のように次々と砂大トカゲを倒していく。
倒された砂大トカゲはその場から消えてしまい、いかにもRPGといった感じだ。
「でも、ドロップアイテムとかないな」
「少佐!」
「これはどういう?」
「狼狽えるな! 区切りのいいところまで油断しないで倒せ! 話はあとにする!」
なにかアクシデントがあったようで、消える砂大トカゲを見た兵士たちが驚いていたが、サンダー少佐が戦闘中に油断するなと気を引き締めた。
それ以降は順調に砂獣を倒していき、区切りのいいところで私のもとに戻ってきた。
「タロウ、レベルは?」
「ええと、七に上がってます」
数十匹の砂大トカゲを倒して、パーティ七人割でレベルが六つ上がった。
効率がいいのかどうかは、サンダー少佐に聞いてみないとわからないか。
それよりも、最初にサンダー少佐たちが砂大トカゲを倒した時、とても驚いていた理由を聞かなければ。
「タロウ、『パーティアウト』と叫んでくれ。お前さんが一度パーティから抜けることになるので、それで理解できる」
「わかりました。『パーティアウト』!」
私が『パーティアウト』と叫ぶと、再び私の体が一瞬光った。
サンダー少佐たちのパーティを抜けた証拠なのだと思う。
「あの端のやつでいいか。おい」
「はっ、了解しました」
サンダ―少佐の命令で、兵士の一人が一匹だけはぐれた砂大トカゲを大剣で倒した。
すると今度は、先ほどと違って砂大トカゲの死体が残っていたのだ。
そして……。
「えっ? 空から袋が?」
砂大トカゲの数メートル上空に突然革の袋が出現し、そのまま重力に従って砂トカゲの死体の上に落ちてきた。
私がパーティにいなければ、というか普通は砂獣を倒すと死体が残り、革の袋に入ったなにかを得られるというわけか。
「サンダー少佐?」
「見てのとおりなんだが、普通砂獣を倒すと死体が残る。人間にとって厄介な砂獣だが、その死体を、我々は日々の生活に活用しているわけだ」
肉は食料として、皮はハンターや兵士の装備品の材料になるそうだ。
「そういえば、みなさん金属製の鎧を使っていませんね」
「火傷するからな。しない特殊な金属装備もあるが、とても高価なのでまず手が出ない。極一部の優秀なハンターや大貴族様くらいじゃないかな? 持っているのは」
グレートデザートの大半は砂漠のため、下手な金属製の装備は火傷の元なのか。
下が砂地なので、重たい装備だと動きにくい。
熱射病の危険もあるのか。
「そんなところだ」
「それで、この革の袋なんですけど。これはなんなのです?」
「これは金だ。貨幣だ。このグレートデザート全域で使える『神貨(しんか)』と呼ばれる神から与えられた貨幣なのだ」
「この世界って、神様がお金を渡しているのですか?」
世界が変われば常識も変わるというか、この世界、本当にゲームのような世界だなと思う私なのであった。
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