第6話 神貨(しんか)

「神様がお金をくれるとなると、人間は、国家は、お金を作らないのですか?」


「昔は作っていたそうだ」


「今は?」


「少なくとも、このバート王国では貨幣の私鋳は死刑だな」





 私が召喚されたグレートデザートは、神様がお金を下賜する世界であった。

 サンダー少佐によると、砂獣を倒すとお金を得られる仕組みだそうだ。


「貨幣の供給は、神様と砂獣頼りですか……」


「国や地方によっては、独自に貨幣を作っているところもあると噂には聞くな。品質や価値が安定しないので人気はなく、少なくとも我が国では使えない」


「なるほど」


 日本のように高度な貨幣製造技術がないので、国が独自に貨幣を鋳造しても信用を得られないってことなのであろうか?

 神が与えてくれる貨幣に勝る信用はないので、よほど事情がなければ独自に貨幣を造る意味がないというのもあるのか。

 

「見てみな、神貨を」


 サンダー少佐に促され、革の袋から貨幣を取り出すと、中には『100』と刻印された白銀入りの貨幣が五枚入っていた。

 白銀色の貨幣は、百円玉によく似ていると思う。


「砂大トカゲを倒すと、一匹五百ドルクの収入になるわけだ。トカゲの肉や皮はその日の相場によるけど、二千~三千ドルクになる」


「少なくないですか?」


 そうでなくても、砂大トカゲを倒せる人は十人に一人もいないというのに。

 討伐には命の危険もあるわけで、それにしては報酬が安すぎる気がしなくもない。


「まあ、よくある話さ。上の取り分が多いわけだな。砂獣の素材を買い取るハンター協会だが、あそこは貴族の天下り先なのさ」


 つまりバート王国には、支配権を強固にするため食べさせなければならない貴族が多いというわけか。

 軍の士官職もそうだが、そのせいで優秀なサンダー少佐が退役しなければいけなくなったり、ハンター協会による素材の買い叩きでハンターたちがやる気をなくせば、結果的に国益にそぐわないような気がしなくもない。


「(層の厚い貴族たちの既得権益を守りながら大胆な政策は不可能で、それに手を出すと王様でもヤバイのかな? 詰んでいる国だな)」


 他の国については、実際に見たわけではないのでなんとも言えないけど。

 少なくとも、バート王国が『変革者』に期待した理由はよくわかる。

 それが私で、王様はガッカリしたのであろうが。

 

 私は優秀な人間というわけではない。

 自分では普通だと思っているので、元々王様の期待に沿うのは難しかった。

 だから逆に、これでよかったのか?

 そんなに期待されてもなと、この年になると思ってしまうのだけど。


「あと、報酬の半分を税金で取られるから、砂獣一匹でよくても二千ドルクはいかないかな」


「厳しいですね」


「最低一日三匹は倒したいところだが、その辺が限界という兵士やハンターが大半だ」


「サンダー少佐たちは強いですよね?」


 砂大トカゲを、わずかな時間でバッタバッタと数十匹も倒したのだから、サンダー少佐と部下である兵士たちはかなり強いはずだ。


「上には上がいるけどな。だから、俺は軍を退役しても困らないのさ。こいつらと一緒にハンターをやる計画だ」


 なるほど。

 五人の兵士たちは、サンダー少佐が育て上げた優秀な人材というわけか。

 一緒に軍を退役して、ハンター業で稼ぐ計画のようだ。


「退役まで一か月。お前さんの面倒はちゃんと見るさ」


「でも、悪い気がします」


 この世界で私が暮らすためにはレベリングが必要で、それをすると砂獣を倒してもなにも手に入らないことが判明した。

 サンダー少佐たちを無料働きさせてしまうことになるのだから。


「それなら気にするな。どうせ神貨と砂獣の素材は没収なのでな」


「そうか。サンダー少佐たちは軍に雇われているから」


「頑張れば歩合で手当てが出るとか、そんなこともないのでな。安全な後ろに控えているだけの貴族たちが、平民士官や兵士たちに『もっと砂獣を倒せ!』と発破をかけてくるのを嫌う者は多い。みんな仕事だからやっている感じだな。実際、実力がある平民士官や兵士なら、退役してハンターになってしまう奴も多い。兵士は決まった給金が出るし、装備は無料で貸与される。ハンターになりたい奴が、自前の装備を買う金を貯め、手っ取り早くレベルを上げるのに重宝されているわけだ」


 そんなに入れ替わりが激しくて、国防は大丈夫なのか?

 砂獣のせいで戦争どころではないのか。


「報告の必要はあるが、素材の持ち帰りも面倒なのでな」


「そうですよね、サンダー少佐。沢山倒すと重たくて……」


「持てない分を捨てて帰ると、貴族様がうるさくて……」


「なんとか持ち帰っても、この暑さで肉が腐ると叱られて……」


「怪我をしても薬代すら出ず……」


「これなら、ハンターの方がマシってものです」


 つまり、一か月は私のレベリングにつき合ってくれるのか。

 だが……。


「そのあと、タロウを仲間には入れられないな。神貨と素材が獲れないと、俺たちは飢え死になのでな」


「ですよねぇ……」


 どうやら私は、砂獣の討伐では生きていけないらしい。

 レベルを上げて体を頑丈に、暑さへの耐性をあげ、なにか仕事を探さなければいけないようだ。


「経験値は入るから、俺たちとしても効率はいいんだ。ある程度レベルが上がったら、タロウにも戦闘に参加してもらうからな」


「はい」


 砂獣を倒しても神貨と素材が手に入らないのでサンダー少佐たちに嫌われるかと思ったが、彼らが退役するまでなら問題ないようだ。

 だが、今日の討伐を終えて王都の兵舎に戻り、私のことを報告したら、貴族士官様があからさまに嫌な顔をした。


 兵士たちからの神貨と素材が、彼らの豊かな生活を支えているからであろう。


「陛下が一か月は面倒を見ると仰られた。それが終わったら即刻この国から出ていけ! この役立たずが!」


 貴族士官様から罵られてしまったが、本来砂獣を倒すと手に入るものが入らないので当然か……。

 嘆いても意味はないので、この一か月でなるべくレベルを上げて頑丈な体を手に入れることにしよう。

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