第4話 紫色は高貴な色
「その服は、私が没収する!」
「おいおい、ドルント中尉殿……」
サンダー少佐は、部下のバカさ加減に呆れていた。
誰が見ても、まだこの世界に飛ばされてきたばかりで無知な私から、今着ている紫色の服を奪おうとしているとしか思えないからだ。
少なくとも、貴族のやり方ではない……特権を持つ者が腐るのはどの世界でも同じか。
「紫色の服は、陛下が許可を与えた者しか着れないのです! これを没収するのは軍人としての正義です!」
そんな暇があったら、砂獣でも狩ればいいのに……。
彼は貴族だから、そんな危険なことはしないのか。
「しかしながら、これは私の唯一の財産なのですよ。寝ている時にいきなり召喚されたのでね」
それに、男性たちの前で服を脱ぐ趣味はないな。
「そんなことは私が考える問題ではない! 服を寄越せ!」
「ドルント子爵公子、確か貴殿も、陛下から紫色の服を着る許可を与えられていないと記憶しているが……」
続けて、シュタイン男爵が助け舟を出してくれた。
もし私から紫色の服を奪っても、お前が着れるわけでもないだろうにと。
「もしかして、屋敷でこっそりと着たいのかな?」
「そんなことはしない!」
当然嘘である。
彼は、屋敷の中で着る紫色の衣装を私から奪えるチャンスだと考えたからこそ、私にイチャモンをつけてきたのだから。
「すぐに他の服に着替えさせるから問題あるまい」
「サンダー少佐、それでは遅いのです!」
「そうか?」
このドルント中尉という男。
あきらかに無能っぽいが、平民であるサンダー少佐よりも階級が低いことに不満なんだろうな。
どうせ貴族だからという理由だけですぐに階級を抜けるはずなのに、こらえ性もない。
王国軍には、こんなバカしかいないのだろうか?
このままだと押し問答ばかりで面倒だな。
この服は、どうせ近所の倒産品を扱う服屋で税抜き九百八十円で購入したものだ。
そんなに惜しいものでもないので、あとは条件闘争だな。
「ドルント中尉殿」
「なんだ?『変革者』」
「つまり、ドルント中尉殿はこの服を陛下のため処分するわけですか」
「そうだ。余所者のくせに物分かりがいいではないか」
「なるほど。さすがはこの国を支える貴族だ。実に仕事が早い」
「まあな。貴殿も別の世界の貴族と聞くが、私くらい国家に貢献してこその貴族だからな」
ちょっと煽てたら、もうご機嫌か。
この国の貴族が全員、こんな世間知らずのバカばかりでないことを祈りたい気分だ。
「しかしながら、私は着の身着のままでこの世界に召喚された身。このまま服だけ奪われるのは困ります。ドルント中尉殿は高貴な生まれ、同じ貴族の私がこの世界でひもじい生活をすることになることを哀れと思ってくださいますよね?」
「ううむ……確かにそうだな……この服を処分する栄誉を無料というのは……」
やはりな。
ドルント中尉は無能だが、生まれのよさもあって甘い部分もあるようだ。
王様のため、無許可の紫色の服を没収、処分する栄誉を無料ではと考えてくれた。
実際には、自分で屋敷の中で着るためなのだが、それもあって徐々に罪悪感が湧いてきたのであろう。
よくも悪くも、ドルント中尉はお坊ちゃまなのだ。
「では、こうしよう。貴殿が訓練終了後、無事に暮らせるよう、私が五百万ドルクを支払うことにする」
この世界のお金の単位は、ドルクというらしい。
五百万ドルクとやらがどの程度の価値なのかは知らないが、かなりの大金なのは確かなようだ。
サンダー少佐も、シュタイン男爵も驚きの声をあげていた。
「(どうしてそこまでの大金を? そうか!)」
なるほど。
最初に王様に謁見した時、私は彼から服を奪われなかった。
王様はプライドが高そうなので、そんな問題は家臣たちで処理しておけくらいの感覚なのであろう。
それとも、紫の服の決まりが形骸化していたから?
いや、それならドルント中尉が私から奪いに来ないはず。
外では駄目だが、貴族が屋敷の中で紫色の服を着ることは黙認状態なのかもしれない。
どうせ貴族たちに奪われると思っていたから、私は放置されたのかもしれないな。
そうなると、他の貴族たちもこれからやってくるかもしれない。
いきなり五百万ドルクを出すと決めたのは、後発の貴族たちと私を交渉させたくないからだ。
「(ここはちょっと粘るのがいいかな?)シュタイン男爵」
「なにかな?」
「この世界のお金と、私がいた国のお金は全然違うので、五百万ドルクがどの程度の価値なのかわらないのです。妥当な金額なのでしょうか?」
「私はタロウ殿の故郷のお金について知らないので、なんとも言えませんな。詳しく説明していただかないと断言できません」
「そうですか。では……」
私は、地球のお金について説明を始めた。
勿論これは時間稼ぎなので、とにかくダラダラと時間をかけて説明していく。
すると、次第にドルント中尉が焦ってきているのがモロわかりであった。
他の貴族たちが割り込み、競争になるのが嫌なのであろう。
「普通の兵士の年収が二百万ドルクってところですか。貴族の年金は、最下級の騎士で一年に二千万ドルクです。役職手当てなどは別ですけどね。ちなみに、男爵の年金は一年に一億ドルクですな。そういえば、タロウ殿は男爵だそうで」
「ええ」
金額的に見て、一ドルクが一円くらいの感覚でいいのかな?
男爵の年金が一年に一億円で、他に役職手当がつくとなるとリッチ……家を維持する経費もあるので断言はできないが、紫色の服を取り合う余裕はあると見ていいのか。
ドルント中尉は子爵家の跡取り息子らしいけど。
「なにしろ、私はなにも持たずにこの世界に召喚されてしまったので、色々と物入りなのですよ。サンダー少佐、どの程度服などを融通してもらえるのですか?」
「下着、普段着、最低限の装備品や武器が精々だな。昔の記録だと、『変革者』はレベルアップの影響が大きいので、訓練後はハンター業で稼ぐ者が大半だそうだ」
「なるほど」
今度は、サンダー少佐と時間潰しのための会話を始めた。
もし今この瞬間にも他の貴族たちが来るかもしれないと、ドルント中尉は明らかに焦りの態度を見せていた。
「訓練で強くなればいいのですが、そうならなかった時に備えての資金が必要かな。私はこの世界の貴族ではないので、すべて自分で稼いでなんとかしなければいけない。大変だなぁ……」
「わかった! 二千万ドルク出そう! これならいいだろう?」
「わかりました。二千万ドルクで手を打ちましょう」
「ようし! 二千万ドルクで決まりだな!」
これ以上粘った結果、他の貴族が乱入すると面倒だ。
それに、ドルント中尉に恨まれでもしたら本末転倒であろう。
私は、紫色のスウェット上下をドルント中尉に渡し、無事に二千万ドルクを手に入れることに成功したのであった。
「上手くやったものだ。ドルント中尉の欲をコントロールしてな」
「紫色の服を欲しがる貴族は多いですからね。私は興味ないですけど」
いきなり着ている服を失ってしまったが、特に思い入れのある服でもないし、大金になったのでよしとしよう。
それよりも、早く訓練してレベルとやらを上げた方が生き残れるはず。
私は、一刻でも早くサンダー少佐の訓練を得たいと心から思ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます