第3話 サンダー少佐

「タロウ殿、サンダー少佐だ」


「ほほう、貴殿が今回の『変革者』なのか。陛下がご機嫌斜めだと噂になっている」


「こんな平凡なおじさんだからでしょうね」


「見た目と才能に関連性はないんだがな……どうもあの陛下は、表面的にしかものを見れないので困ってしまう」


「サンダー少佐、その発言は危険だぞ」


「シュタイン男爵も陰で色々と言っているだろうが。人のことが言えるかよ」


「他の大物貴族ほどではないぞ」


「陛下への評価については同意するが、連中も人のことはあまり言えないからな」


「言い返せないのが辛いな。まあ、私は大物ではないけどね」





 シュタイン男爵の案内で兵舎に到着すると、話に聞いていたサンダー少佐が顔を出した。

 彼は赤銅色の肌に鍛えられた肉体、左頬に大きな切り傷の跡があり、いかにも歴戦の勇者といった風貌であった。

 年齢はシュタイン男爵と同様で、私とそんなに違わないと思う。

 これでアラフォーが三人。

 一見強面だが、シュタイン男爵との会話を聞く限り、気さくな人物であるようだ。

 

「退役前の最後のご奉公だな。『変革者』の訓練なんてそうできることではない。なにしろ五十年に一度しか来ないからな」


「なに、やはり退役するのか。サンダー少佐を退役させるなんて、相変わらず軍上層部はバカ揃いだな」


「『平民元帥』の限界だろうな。どこぞの大貴族のバカ息子をコネで軍に入れて、いきなり少佐にしないといけないんだと。それで、平民の俺が弾かれたわけだ。別に今のバート王国はどこかの国と緊張状態にはないからな。カカシでも構わないんだろうよ」


「水が少ないのにですか? 海も狭いと聞きましたが、それでも争いは少ないと?」


「へえ、シュタイン男爵が面倒見るだけのことはあるのか。バカ貴族のボンボンの百倍知恵が回るじゃないか」


 サンダー少佐に褒められてしまったが、私の場合、ただ無駄におじさんなだけだからな。

 戦争がないので危機感がなく、だから大組織がそういうことをしてしまうことに対し、世界の違いは関係ないのだなと思っただけだ。

 ある会社に、経営陣や大口取引先のコネでバカが入ってきて周囲が迷惑するなんて話、どこにでもあることで、ただそれと同じだなと思っただけだ。


「この世界の海は、バート王国も含めて四か国で寡占状態にある。位置の関係で他国は手を出せず、なにしろこの世界は砂漠だらけのうえに、砂漠には沢山の砂獣が生息している。戦争どころではないのさ」


「そんな余裕があったら、砂獣でも狩りますか?」


「そういうことだ」


 グレートデザートには多くの国があるが、海と接しているのはこのバート王国を含めて四か国のみ。

 他の国は、河川、オアシス、地下水などを利用して生活していると見るべきか。

 これでは、国家同士の戦争は難しいかもしれないな。

 水不足のため、敵領地に進撃できないなんてこともありそうだ。


「砂獣は、すぐに人間の領域に入ってこようとする。軍の仕事の大半は、そういう砂獣の相手さ」


「それなのに、サンダー少佐殿を退役させてしまうのですか?」


「おいおい、俺に『殿』なんてつけるなよ。俺は貴族のバカ殿じゃないからな。お前さんは『変革者』だから知らんと思うが、軍では貴族出身者には階級のあとに『殿』をつける。平民には『殿』をつけないのが決まりだ」


「そんな決まりがあるんですか?」


「他にも色々とな」


「平民元帥。つまり、平民出身者は少佐以上にはなれないのですか?」


「お前さん。よくわかっているじゃないか。俺はこれでも士官学校出なんだけどな。それでも俺はまだマシだからな」


「大半の平民出の士官学校卒業者は、大尉のまま現役を終えるのさ」


 シュタイン男爵によると、現役期間に少佐に昇進できたサンダー少佐は、とんでもなく優秀だと評価された証拠なのだそうだ。


「普通は、最後にお情けで少佐にしてもらって退役なのさ。つまり、今少佐で現役のサンダー少佐は非常に優秀ということになる。平民で少佐になった軍人に対し、兵士たちは『平民元帥』と呼んで敬意を払うわけだ」


 貴族出身の軍人が元帥になるのと同じくらい、平民出身で少佐になるのは難しいというわけか。

 というか、よくこんな制度で士官が不足しないな。


「貴族なら、どんなに無能でも大佐になれるからな」


 そういう貴族優先の昇進制度を採用しているので、士官自体の数は不足しないようになっているのか。

 無能な貴族の子供は軍に押し込んで、箔をつけるわけだ。

 そしてそのせいで、平民出身のサンダー少佐は四十そこそこで軍を退役する羽目になると。


「別に俺はいいけどな。ハンターになればいいから」


「ハンターですか?」


「ハンターとは、砂獣を狩って生活する人たちのことだ」


 シュタイン男爵が教えてくれた。

 この世界で一番繁栄している種族というか生物は、間違いなく砂漠で暮らせる砂獣であった。

 しかも、常に人間のテリトリーに侵入しようとし、砂漠以外の土地を砂漠化しようとする。

 これ以上人間の領域が狭められれば人間は衰退してしまうので、各国の軍隊は戦争よりも砂獣狩りを主な仕事としていた。


 ところが、他の国は知らないが、バート王国は貴族が軍指揮官の大半を占める。


「軍だけでは砂獣に対応できないので、民間のハンターも砂獣狩りをしているわけだ。収入でいえば、ハンターの方が儲かるからな」


 サンダー少佐は、軍にあまり未練がないらしい。

 彼ほど優秀な人なら、無理に軍に残るよりもハンターになった方が稼げるのか。

 軍人としても優秀なのだから、ハンターたちを指揮して効率的に砂獣を狩ればもっと儲かるであろうし。


「こうして、また軍は弱くなるわけだ。貴族としては頭が痛いね」


 とはいえ、それを無能な軍人貴族に言えば、大きな軋轢が発生してしまう。

 シュタイン男爵は、嘆くしかできないのであろう。


「あっ、でも。貴族の子弟はレベルが高そうだから、前に出て砂獣と戦うのでは?」


「そんなわけあるか。ただ席を温めているだけの連中の方が多いんだ。兵士たちに『突撃!』と命じて後ろで見ているだけの仕事なのさ。日々の生活と命の安全にかかわってくるハンターの方が、よほど優秀な指揮官が多いはずだ」


 平民で優秀で強い人は、みんなハンターになってしまうのか。

 そんなんで、バート王国は丈夫なのかと思ってしまう。

 他国との戦争がないから大丈夫なのか。


「名前を聞いていなかったな」


「加藤太郎です」


「貴族様なのか」


「とはいえ、この国ほど平民と貴族に差はないですよ。それに、別の世界の貴族ってことなので気にしないでください」


「お前、変わった貴族だな」


 本当は、貴族じゃないんだけど……。

 どうもサンダー少佐は貴族が好きではないようなので、それならあまり貴族であることを押し出さない方がいいと判断したのだ。

 おじさん特有の汚い判断というわけだ。


「明日から訓練を始めるが、その前に服を支給する」


「この服はまずいんですよね?」


「紫の服は、本来は陛下の許可がないと着れないのでな」


 それを冴えない私が着ていたのだから、王様がキレて当然というわけか。

 早く着替えてしまうことにしよう……と思ったら、そこに一人の若い士官らしき人物が姿を見せた。

 そして私の服を見るやいなや、激しい声で罵ってきた。


「『変革者』だとしても、別の世界の貴族だとしても、その服は許容できないぞ! 紫色の服は、陛下が認めた者しか着れないのだからな!」


「ドルント中尉殿、これから着替えさせるつもりなんだがな」


「サンダー少佐は、対応が遅いのですよ」


 サンダー少佐は上官なのに、部下である貴族出身と思われる士官には『殿』つけなのか。

 逆に、貴族であるドルント中尉は上官であるサンダー少佐に随分な口を利くな。

 しかもそれが咎められないというのだから、この世界の身分差には十分注意しないと。


「(室内では、紫色の服を着ている人も多いですけどね。もっとも、紫色の服自体、入手が難しいのですけど)」


 そっと小声で、シュタイン男爵が私に裏の事情を教えてくれた。

 外で紫色の服を着るには王様の許可が必要だが、室内で着る分には問題ないらしい。

 だが、紫色の服の販売には大きな制限があるので、そう簡単に買えないそうだ。


 布や服を売るお店も、王様の許可を得ていない人に紫色の服を売ると処罰されるし、そんなに数が出るわけでもないので在庫も置いていないそうだ。

 そんな事情があり、家の中でこっそりと紫色の服を着たい場合、許可を得ている人から中古品を手に入れるしかないが、当然横流しをしてバレたらやはり王様に処罰されてしまうわけで、本当に信用できる貴族にしか売ってくれないそうだ。


 傍から見ていると非常にくだらない話だが、その世界にはその世界なりの事情というものがあるからな。

 表立って批判したりバカにするのもどうかと思う。

 静かにしていよう。

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