第93話 環境の回復

「そういえば、八人の息子たちとやらは?」


「ケツの青いガキ共なので、厳しい砂漠で鍛えさせています。王都はよくないですな。都会育ちの貧弱な男になってしまいます。今はタラント殿と一緒に、バート王国貴族たちに高級品をボッタクリ価格で売りつける仕事をやらせています」


 この人はぶっちゃけるというか……。

 数十万~数百万イードルクで購入した高級品の数々が、なぜか転売すると数千万~数億ドルクだものな。

 しかも、珍しいものほど大貴族はポンと金を出す。

 そろそろ出兵命令があの王様から下るだろうに、戦費が不足しないのであろうか?


「それについては、どうせ出兵を拒否するので大丈夫ですよ。陛下もなにも言わないでしょうし」


「出兵命令を無視しているのにか?」


「逆に嬉しいでしょうな。褒美を出さなくていいのですから」


 大貴族たちがいなくても、バート王国軍とあの王様を支持する貴族たちの諸侯軍で軽く五倍以上の戦力差がある。

 別に来なくてもいい。

 もしシップランド占領に成功しても、大貴族たちにはなんの利益にもならない。

 逆に命令を拒否したのだから、大貴族たちから罰金も取れるからだそうだ。

 勝利した軍勢で脅かせるからだ。


「陛下は半分の軍勢でも勝てると思っていますし、補給への負担も減ります」


 補給の負担が減ったところで、このままだと国内の流通と交通が麻痺してしまう事実に変わりはないけど。

 無理をするなら、大軍勢で一気にケリをつけた方がまだマシかもしれないな。

 そして、疲弊した国内の経済対策をすぐさま実行する。

 それにしても、バート王国の国民たちにはいい迷惑だな。


「そういういざというところで心にブレーキがかかるのが、あの陛下のもっとも駄目なところなんですけどね。どうせ無茶するなら、突っ切ればいいのですよ」


 そこは、生まれのよさが最後に影響しているのかもしれないな。


「そんなわけで、私の息子たちは知り合いの貴族たちに『いい品が手に入った』、『古代文明の遺産かもしれない』、『あなただけに特別に売る』などと言って、カトゥー大族長が仕入れた高級品を売りまくっていますとも」


 それで大貴族たちが兵を出せなくなるのはいいが、そんな領主ってどうなんだろうと思わなくもない。


「だから私は、どちらにも与していなかったのですよ。一緒にいるとバカが伝染りそうなので」


 ネルソン伯爵も大概口が悪いな。

 だが仕事ぶりは優秀で、すぐに極南海における交通・流通は整理された。

 砂漠エルフたちも、ネルソン伯爵の力量に感心していた。

 これに加えて、いまだ砂漠のままの土地を走る砂流船網の整備、砂漠ではなくなった土地における新しい足となるであろう、地面から少し浮いて走る『空中船』の運行管理も始め、ゴリマッチョも安心して彼に仕事を任せているそうだ。


 食えない人だけどな。

 実は彼、我が国に仕えてからも、自らバート王国伯爵を辞めるつもりはないと言い切った。

 その理由を尋ねると……。


『勿体ないではないですか。家族も信用できる家臣たちもすでにゴリさんタウン暮らしで、王都の屋敷は雇った老人夫婦に管理だけさせていますけど、陛下が自ら私をクビと言わなければ、来年年金を貰いにいけるかもしれないのですから』


 別に今すぐバート王国貴族を辞めた話など、あの王様にする必要はない。

 ネルソン伯爵が新しく仕えている『南西諸部族連合』の存在が知れたら困るからだ。

 なにより、来年年金が貰えれば儲かってラッキーだと言い放つから凄い人だと思う。


 こういう人は、意外と裏切らないはず……ということにしておこう。


「人集めは順調ですか?」


「今のところは難しいかな」


 『南西諸部族連合』は、砂漠エルフが大半を占める。

 私としては巨大移動都市になったゴリさんタウンに人間を集め、上手に均衡状態を保ちたいと思っていた。

 砂漠エルフたちは気のいい人たちが多いのだが、それと国家運営の現実とは別の話だからだ。


「急いで人を増やしても、その連中が裏切ればかえって悪い結果を招くので、今はいいでしょう。それにどうせすぐ人は集まりますからね」


「そんなものなのか?」


「陛下がシップランド攻略に派手に失敗したその時が、我々にとって大きなチャンスなのです。いつまでも『南西諸部族連合』の存在を隠せない以上、そこが一番の狙い目、そのタイミングでしょうな」


 あの王様がシップランド占領に失敗すれば、彼を見限る人たちが増え、彼らはこちらに集まるわけか。

 これでバート王国と戦力的均衡が保てればいいな。

 平和になるから。


「最悪、シップランド、オールドタウンと立て続けに落とされたとしても、ここに攻め入ってくるまで時間は稼げますし、陛下の統治に不満を持つ連中が逃げて来ますから、『南西諸部族連合』は十分にバート王国と対抗できますよ」


 と言いながら、悪い笑みを浮かべるネルソン伯爵。

 なるほど。

 彼が、シップランド、オールドタウンで再就職先を見つけなかったのにはそんな理由もあったのか。

 私としても、まずは『南西諸部族連合』が最優先だから仕方がない。

 シップランドを守り切れなかったら、移民や亡命を認めてあげればいい。

 幸いというか、ゴリさんタウンの高レベルのインフラは、余りに余っているのだから。

 人が住んでいない住居が大半だからな。


「ゴリマッチョ殿もいますしね。カトゥー大族長は、奥様たちと仲よくしていてください。今、大族長が一番しなければならないことは、ララベル様たちとお子を作り、この『南西諸部族連合』を存続させることですから」


「わかった」


 必要な処置は講じたし、あとは成果が出るのを待つのみなので、あまり焦っても仕方がない。

 私は、ネルソン伯爵と別れて屋敷の居住区へと戻った。

 するとやはり、サンダー将軍たちと訓練がてら砂獣狩りをしていたララベルたちも戻ってきていた。


「ララベル、軍はどんな感じなんだ?」


「元々みんな高レベルのハンターたちで、普段は砂獣ばかり倒しているような連中だ。平民出であるばかりに、士官学校を出ていながら早期に退役した者たちも多く、この短期間でよく仕上がっていると思う」


「へえ、高評価だね」


「数が少ないので王国軍にぶつけると、敵にかなりの犠牲を強いつつも、最終的には大損害を被ると思うがな」


 やはり、数の優位に対し少数精鋭は無力なのか。


「だがシップランドを落とされるわけにいかず、なるべく損耗を減らしながら戦うしかないのでは? その方法が難しいけど」


「あとでサンダー将軍と要相談だな」


 今日はもう仕事も終わりだと……まだ昼だけど……私たちは、ゴリマッチョに頼んで改装してもらった大浴槽へと向かった。

 砂漠は暑いので汗をかきやすい。

 だが、水は貴重なのでお風呂は贅沢品であった。

 しかし私は、風呂好き民族日本人だ。

 水も手に入るので、大族長の住処に相応しい大浴槽を作らせたわけだ。


「二十四時間いつでも入れて、この広さ。素晴らしいな」


 みんな一緒に入っているが、ララベル、ミュウ、アイシャは奥さんなので問題ない。

 フラウも普通に入っているけど、まあ将来は結婚するからいいのか。

 私と彼女の年齢差を考えると色々と問題がありそうな気もするが、それは地球での話。

 この世界だと、むしろ責任取って結婚しなかった方が批判されてしまう。

 郷に入っては郷に従えである。


「タロウ様、どうかしましたか?」


「いやなんでもない。足りない品はないかな?」


 石鹸、シャンプー、コンディショナー、スポンジ、タオル、バスチェアなど、必要な品を『ネットショッピング』で購入していたが、まだ足りないものはないかとフラウに尋ねた。


「大丈夫ですよ、タロウ様。この石鹸はいい香りですね。私、石鹸って、タロウ様と一緒に旅をするようになってから初めて使いましたよ」


「オレもそうだったな。シャンプーなんて最初驚いたからな。液体の石鹸なんて初めて見たから」


「王宮にも風呂はあるが、固体の石鹸しかなかったな」


「コンディショナーは酢で代用していますよね。酢も高級品でしたけど」


 この世界でちゃんとお風呂に入れて、石鹸を使えて、コンディショナー代わりに酢を使える人は上流階級であった。

 フラウは、私たちと合流するまで水浴びしかしたことがなかったらしい。

 アイシャも似たようなものらしいが、それでも肌も髪も綺麗であった。

 若いというのはそれだけで素晴らしいことなのだと、おっさんは思ってしまうのだ。

 ララベルによると、大貴族や王族は毎日風呂に入れなくても、石鹸などの品を揃えることには熱心だそうだ。

 

「王族や貴族は、奥さんや愛人のために広い風呂を用意することが多い。特に彼女たちに美しさを求める者はな」


「バスタブも大きなものを欲しがりますよね」


「……その理由がわかってしまった……」


 この世界の女性は、太っているほど美しいとされる。

 小さなバスタブだと、お風呂で寛げないか、最悪入れないからであろう。

 大浴場が好まれる理由も同じだろうな。

 ちょっと想像したら、相撲取りが稽古のあとに全員で風呂に入っているような状態になるんだろうなと思ってしまった。

 私は、今の状況に大満足だけど。


 お風呂からあがると、少し遅めの昼食をとる。

 今日はもう仕事がないので、館の庭でバーベキューパーティーをした。

 肉、野菜、海鮮など。

 大量に『ネットショッピング』で購入し、バーベキューセットと木炭で焼いていく。


「バーベキューはビールに限る」


「冷たいビールに焼けた肉の組み合わせは最高ですね」


「私は冷たいジュースで。ホタテ貝が美味しいです」


「贅沢な気分だな。骨付き肉とハイボールの組み合わせは」


 私たちはバーベキューと酒を楽しみ、フラウはジュースを飲んでいた。

 日本とこの世界の成人年齢には差はあるが、さすがにフラウはまだお子様なので酒はどうかと思ったからだ。

 本人もいらないと言っていたのもある。

 それよりも主役はバーベキューなので、次々と焼いて食べていく。


「お邪魔するの。極南海の精霊マリリン参上なの」


「精霊は、いつでもお供えを受け付けております。お供え物のご利益で海が豊かになるのです」


 ちゃっかりとマリリンとウリリンも姿を見せ、焼けた肉や魚介類に、冷たいビール、サワーなどを楽しんでいた。

 この二人は推定年齢数万歳なので、未成年かどうかなんて気にしなくてもいいと思う。

 そもそも二人は人間ではないし。


「ゴリは焼いたバナナがいいゴリ。バナナは火を通すとホクホクして美味しいゴリ」


「それに焼き肉のタレをつけるのか?」


「意外とイケルゴリよ」


「ウゲッ!」


「美味しいのにゴリ」


 ゴリマッチョは自分でバナナを焼き、それに『ネットショッピング』で購入した焼き肉のタレをつけて食べていた。

 あまり美味しそうには見えないのだが、ゴリマッチョは美味しいと感じるらしい。

 もし勧められても、私は食べないであろうが。


「たまにはこんな日があってもいいゴリね」


「まあ、ゴリマッチョには世話になっているからな。バナナ食うか? 有機無農薬栽培の高級品だぞ」


「トロケうまゴリぃーーー」


 さすがは超科学文明時代のAIというべきであろう。

 私たちが、この移動都市ゴリさんタウンの運営実務をほとんどしなくていいのは、ゴリマッチョがちゃんと仕事をしているからだ。

 高級バナナくらい安いものである。


「そういえば、マリリンとウリリンは用事があるって言っていたゴリ」


「用事? なにかな?」


 海の精霊二人が、いったいなんの用事であろうか?


「極南海は復活し、『南西諸部族連合』の各地に世界樹が植えられ、無事に育ちました。おかげでこの地には久々に雨まで降るようになりました」


 砂漠エルフたちが大切に保管していた分と、やはり過去に奪われたり、困窮して人間に販売された世界樹が何本かあったのだが、私たちはそれも回収していた。

 所持していたバート王国貴族たちがいて、彼らが売ってくれたのだ。

 実は先祖が世界樹の苗を手に入れたが、枯れないけど全然育たないので、必要性を感じないと、私が『ネットショッピング』で購入した高級品と交換してしまったのだ。

 これを完全に成長させるのに必要な水と肥料があれば、莫大な量の作物を育てられるから仕方がないと思う。

 手に入れた世界樹の苗は分散して植えられ、私が用意した大量の水と肥料、植物活性剤などですぐに成長した。

 十本の世界樹を完全に成長させるのに、水代と肥料代で一千億イードルクほどかかったけど。

 イードルクをあまり無駄遣いせず、砂漠エルフたちとの交易で稼いでおいてよかった。

 名付きの砂獣を倒した際に手に入れた報酬もあるか。

 虚無から得られた神貨の額はかなり凄かったからな。

 世界樹を育てるのに金はかかったが、実はそれ以上の利益を得ている。

 成長した世界樹のおかげで、極南海は維持され、『南西諸部族連合』領内の湧水、河川、湖、沼なども復活し、農業ができる豊穣の大地が戻りつつある。

 国土の外縁部は砂漠のところが大半だが、実はこれは、外縁部を利用した砂流船網を維持するためであった。

 あとは、外敵への壁として砂漠を残しているというのもあるのか。

 砂漠エルフたちは、先祖であるハイエルフが住処としていた世界樹に移住した者も多く、彼らからすれば世界樹を復活させた私は大族長に相応しいと支持してくれているのも利点であろう。


「順調に行っているの。でも、メリットがあればデメリットもあるの」


「デメリットって?」


「極南海が維持され、世界樹により『南西諸部族連合』の領地の保水力や、降水量が上がったの。

これまではほぼゼロだったから、大きな進歩なの」


「ですが、その代わりに割りを食う場所もあるわけです」


「間違いなく、極南海に近いオアシスほど枯れるリスクが増したの」


 だと思った。

 元々この世界は、完全核融合に使う水の取り過ぎで砂漠化してしまったのだ。

 世界樹を育てるのに使われた水は『ネットショッピング』で購入したけど、それだけではこの世界の水量を取り戻すのは大分先。

 つまり、どこかの水量が豊かになれば、どこかの水量は減るか、最悪枯れてしまう。


「『南西諸部族連合』領内の水は枯れないよな?」


「当然なの」


「私たちもいますからね。極南海の水量の維持も、その周辺領域が乾かないのも、私たちの力のおかげなのですから」


 一見二人組の美少女たちだが、この二人は海を司る精霊なのだ。

 海の維持くらい簡単にできるのであろう。


「簡単ではないの」


「そうですとも。私たちが力を発揮するためには、人間や砂漠エルフたちの信仰の力と、お供えが命なのです」


 実際、私を介してその姿が見えるようになったマリリンとウリリンを信仰する人間や砂漠エルフも多い。

 ぶっちゃけ、ほぼ国教化していた。

 実際にご利益はあったので、信仰されて当然というわけだ。


「ゆえに、今日はケーキを所望するの」


「私は、冷たいカットフルーツでお願いします」


 具体的にお供えの希望を出す精霊というのも珍しいと思うが、そのくらいなら簡単に『ネットショッピング』で購入できる。

 私は自分たちの分も含めてデザートを購入し、夕方までバーベキューを楽しむのであった。

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