第92話 ネルソン伯爵の本音

「タロウ殿、殺るか?」


「公職を辞し、なぜか商人の真似事を始めた酔狂な方ですからね。どこぞで行方不明になっても、あの陛下は気にも止めないでしょう。船が砂獣に襲われるなどよくあることですから」


「そういう遭難事故は多いですね」


「砂賊もあちこちにいるからな。特にシップランド、オールドタウン以西、以南ではな」




 これまで静かにしていたララベル、ミュウ、フラウ、アイシャは、突如現れたネルソン伯爵に殺気と武器を向けた。

 ハンターとしては超一流の域にある彼女たちの殺気を受け、ネルソン伯爵は動揺するかと思ったら、そうでもないようだ。


「これは姫様、お久しゅうございますな。ミュウ殿もですか」


 ネルソン伯爵は、知り合いであるララベルに恭しく挨拶をしていた。

 この状況でそれができるということは、大分肝の据わった人物なのであろう。


「相変わらずのようだな。ネルソン伯爵」


「私はなにも変わっていないのに、この私が砂獣の餌になったことにして始末しようとなされる。ミュウ殿、ここは取りなしても罰は当たりませんぞ」


「状況の変化というやつですね。私たちは、カトゥー大族長の安全が一番大切なので」


「そのためなら、知人程度でしかないネルソン伯爵を始末することになるのも致し方ないのだ。許せ」


「私はよく知らない人なので。タロウ様の脅威は排除します」


「オレも同意見だぜ。あんたはなんか信用ならねえな」


 ララベルたちは、ますます強めた殺気をネルソン伯爵に向けた。


「ララベル様、彼を殺されてしまうと私の信用が……」


「不用意に、彼をこの部屋に入れたタラント殿が悪いな。その罪は貴殿にあるので、そこから生じる責は自らが背負うがよかろう」


「私は、彼は信用するに足る、使える人材だと思ったから声をかけたのですよ。このタラントは、痩せても枯れてもシップランド一の商人なのです。常人よりは人を見る目があると自負しておりますとも」


 ここでタラント殿を敵に回すのはよくないか。

 まさか彼も、私たちの足を引っ張る意図なんてないはずなのだから。

 もしそれをすれば、自分たちの方が苦境に陥ってしまう。


「あの陛下が自国の領地だと思っているバート王国南西部に、新しい国ができているわけですな。なるほど。新しい国というのは常に人材が不足するもの。しかもつい先日、野心溢れる陛下はシップランドの完全併合を目指すと正式に発表した。ますます人手は必要というわけですな」


「しかし誰でもいいというわけではない。獅子身中の虫を入れると、駆除に時間がかかるのでな」


 ララベルは、いまだネルソン伯爵に疑いを持っていた。

 優秀だからこそ、なにをしでかすかわからないといった感じだ。


「お疑いなのはもっとも。しかし私は、ただ自分の利のために動いているのですよ」


「利ですか」


「ええ、カトゥー大族長。極南に海を湛えたこれから伸びる新興国です。あの夢見がちな陛下に嫌われながら伯爵を続けるよりも、ここで頑張って新興国の重鎮になった方が長い目で見れば得ではないですか。それに新興国には、家柄しか自慢することがない大貴族たちもいない」


「ネルソン伯爵家も、バート王国で有数の古い家柄ですけどね」


 それで役職がなくなったから商人を始めようだなんて、かなり変わった人物ではあるが。


「つまりネルソン伯爵は、船舶管理局長のような役職を得たいと?」


「カトゥー大族長。この世界において、船による流通は人々の営みの命綱です。ゆえにこれを適切に管理し、発展させることで、その責任者は美味しい思いができるのですよ」


「ぶっちゃけるな、この人」


「そうですね」


 アイシャとフラウはネルソン伯爵という人物を見て、まるで未知の生物でも見つけたかのような表情を向けていた。

 これ以上、無駄な腹の探り合いをしても時間の無駄か。

 我ら『南西諸部族連合』は、軍事においてはサンダー将軍という有能な軍人を得たが、内政面ではゴリマッチョのみだった。

 それで不都合があるわけではないけど、内政に長けた人材も必要か……。


「先祖代々仕えたバート王国を捨てて、うちに来て大丈夫なのか?」


「別に。先祖は先祖なので。長く仕えているからいいってものでもないですよ。それに私は法衣貴族というのもありますね。土地を捨てるとなると拘りや損得勘定が出てきますが、そんなものはないので」


「これより、ネルソン伯爵の働きに期待していいのかな?」


「お任せください、カトゥー大族長。あと、うちには八人の息子たちがいるのでついでによろしくお願いします」


 そんなやり取りののち、ネルソン伯爵は『南西諸部族連合』に仕えることになった。

 彼と奥さんは、私の『拠点移動』でゴリさんタウンに移動し、まずは極南海における海運網の構築と、残された砂漠を航行する砂流船による交通網の構築に没頭することになる。

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