第91話 開戦決定

「……まさか、あの兄がこんなに早く決断するとは……予想外としか言いようがない」


「どうです? シップランドを守れますか? サンダー将軍」


「補給切れに期待するしかない。真正面から軍勢同士がぶつかれば、数で圧倒的に劣る我らの劣勢は否定できないですな」


「厳しいですね」


「カトゥー大族長、同盟相手として援軍には期待できるのでしょうか?」


「当然援軍は出しますが、うちはもっと兵数がないですよ」


「困りました……」



 ついにあの陛下が、シップランド侵攻作戦の準備を貴族たちに命じたらしい。

 補給のことを考えると物理的に不可能なのだが、まさかあの陛下も失敗前提で兵を出さないはず。

 なにかいい作戦を思いついたと見るべきだ。

 急遽、主だった関係者たちがシップランドに集まるが、はてさてどうしたものか。


「サンダー将軍に軍の編成を急がせるしかない」


 とはいえ、やはり数に限度があるな。

 唯一の救いは、魔物との戦闘に長けた元砂賊やハンター、サンダー将軍のツテでスカウトした士官、下士官クラスの能力が高いことだ。

 とはいえ、大軍にぶつけて消耗させてしまえば次はない。

 苦しい戦いが始まるであろう。

 しかし、今の私にできることといえば……。


「バート王国に贅沢品を売って金を抜くくらいですか」


「それしかないですね。我々も軍勢を整えていますけど、どうしても傭兵主体になってしまいますし、数はあまり揃えられません」


「オールドタウンは?」


「同じくシップランドと同盟関係にあるので、援軍は送ってくれる約束です。シップランドが落ちれば次はオールドタウンなので、常識的な危機感があれば援軍を送らないということはないはず」


 とはいえ、油断はできないだろうな。

 もしオールドタウンがバート王国と交渉してしまえば……あそこは商人たちの自治なので無理か。


「最悪、オアシスを放棄することになるかもしれません。またそれにも備える必要があるかと」


 もしシップランド防衛に失敗した場合、別のオアシスに逃げる必要があるのか。

 しかし、シップランドの強みは中継貿易地であったこと。

 多少財力があっても、影響力の低下は避けられないな。


「防衛できればいいが、失敗した時のことも考えなければならない。困ったものです」


「そうですね」


 これは、シップランドの陥落を防がなければならないか。

 シップランドに時間を稼いでもらい、その間に『南西諸部族連合』を強化する。

 今の私にできることは……。


「(バート王国から金を奪う!)」


 さすがに、王国軍だけでは兵力が足りないであろう。

 そこで、諸侯軍を率いる貴族たちに浪費をさせ、出陣させる兵を減らしてしまう。

 貴族たちは領地の財政と自分のサイフを区別していない者も多いので、バカで自分の欲望を抑えられない大貴族たちが狙い目だ。


「というわけで、こんなのはいかがでしょうか?」


 私は、『ネットショッピング』で購入した宝石類や、天然水晶の玉、ヒスイの細工物、毛皮のコート、ブランド品の数々、高級食器、高級家具、中国や日本の陶器、美術品などをタラントさんに見せた。


「どうですか?」


「いい品ばかりですね。デザインも珍しいですが、これはカトゥー大族長の故郷のものですか?」


「そんなところです」


 それにしても、最近の『ネットショッピング』は便利なんだな。

 古い中国の陶器や、古伊万里焼、有田焼の壺や皿などが売っているのだから。

 洋食器よりも、こちらの方が高く売れるとタラントさんは断言した。


「本当にいい品です」


「でも、本当に高価なのは手に入らなかったです」


 国宝クラスの品が『ネットショッピング』で購入できるわけないので当たり前か。

 せいぜい、数百万イードルクくらいが限界だな。


「どのくらいで売れますかね?」


「いい品なので、数千万ドルクは出すでしょうね。大貴族というのは、他の貴族が持っていない高価な品を手に入れて自慢するのが好きなので」


 イメージどおりの金満貴族ってやつだな。


「これもいいですね」


 古い屏風、掛け軸、水墨画、着物、日本人形なども、タラントさんは高く評価していた。

 やはり、この世界の文化形態に酷似した洋物よりも、珍しい和物、中華物の方が珍しいので評価が高いのか。


「安心してください。これらの品は、必ず高く売りつけてきますので」


 これで、大貴族たちが出す兵が減ればいいが……。

 やらないよりはやった方がマシであろう。


「実は最近、いいツテを得ましてね」


「ツテですか?」


「優秀な貴族で、しかも伯爵なんですけど、無役になったらなぜか商売を始めまして」


「そんなことをしていいんですか?」


 貴族なのに、副業で交易商人を始めた人がいるそうだ。

 しかも下級貴族ならまだわかるが、その人は古い血筋の伯爵だという。

 普通に考えたらあり得ないであろう。


「やってはいけないという法もないですね。今までやった貴族がいなかっただけで。下級貴族ならたまにいるんですけどね」


 この世界の貴族は、自分が貴族であることに誇りを持っている人が多い。

 プライドばかりの人も多いが……とにかく自分で商売を始めるなんてあり得なかった。

 そういう点においては、柔軟性があって優秀なのだと思う。


「どんな人なのです?」


「ネルソン伯爵という方です。以前は船舶管理局長をしていました。顕職ですよ」


 船舶管理局長という役職は、かなり優秀でなければ勤まらないそうだ。

 軍民合わせて、船による流通交易網を管理する。

 この砂漠だらけのグレートデザートにおいて、船の動きが止まるということは生物の血流が止まることに等しい。

 バート王国において、この役職だけはコネや忖度が通用せず、優秀な人が任命されるそうだ。

 以前までは……。


「あの陛下のシップランド侵攻作戦に堂々と異議を述べ、船舶管理局長を辞められた方なので。中央海喪失で失われた水上船舶輸送網の代わりに、即座に砂流船のみの多国間流通・交通網を整備した手腕は本物です」


「凄い人ですね」


 そんな人が辣腕を振るってくれれば、私も楽ができるのだが……。

 なにしろ、我らが『南西諸部族連合』は極南海における船舶輸送・交通網に、砂流船のそれの体系的構築に成功したとは言い難い。

 砂漠エルフたちがこれまで部族単位でしか生活していなかったので、この手の調整がえらく大変だったのだ。

 会社員時代にも、折衝にはえらく苦労した記憶がある。


「紹介しましょうか? ネルソン伯爵を」


「しかし、私の正体がバレると厳しいのでは?」


 そのネルソン伯爵とやらから、あの王様に私の生存情報が漏れるのは避けたい。

 今はあの王様と対立しているネルソン伯爵だが、私の生存情報や最悪首を手土産に、以前の地位を取り戻そうと画策するかもしれないのだから。


「ご心配はごもっとも。しかし、その心配はないでしょう」


「自信があるのですね」


「それはそうだ。なにしろこの私ネルソン伯爵は、あの陛下に見切りをつけたのだからな」


 突然聞いたこともない人の声がしたと思ったら、部屋に一人の中年貴族が入ってきた。

 中肉中背で正直にいえば、私に近い凡庸な容姿の人だ。

 彼がネルソン伯爵というわけか。

 それにしても、タラント殿も用意周到というか、人を脅かすとは人が悪いというか……。

 はたして、ネルソン伯爵とはどんな人物なのであろうか?

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