第94話 最後の一人
「力及ばず……陛下の遠征が終わったら、私も無役というわけか……」
ついに陛下は、シップランド攻略の命令を正式に下した。
数万の軍勢をシップランドに差し向け、電光石火で占領してしまうという作戦だ。
もっとも、この軍勢が王都を出てシップランドに到着するまで軽く二ヵ月はかかる。
消費される食料と水の補給を考えると頭が痛い。
砂漠の移動は砂流船でなければ厳しいものがあり、数万の兵を運ぶ船量を王国軍が独占すれば民間の交易が儘ならない。
その前に、王国軍に十分な船量はなかった。
陛下は今日に備えて船の増産を指示していたが、船は砂獣に襲われたり、遭難したり、耐用年数が過ぎれば使えなくなるのだ。
陛下が思っているほど船の数は増えていなかった。
この報告を聞いた陛下の顔は歪んだが、すぐに新しい方策を打ち出した。
これ以上船を徴発されたくなければ、商人は魔法箱を差し出すようにと。
確かに多くの魔法箱で食料や水を運べば、その分船量は少なくて済む。
補給に使う船の数が大幅に節約できるからだ。
しかしそれでは、商人の方が困ってしまう。
次の日から、どうやって王国各地に必要な量の荷を運べばいいのだ。
陛下は、『大きな船で運べばよかろう』とだけ言って終わった。
慢性的に木材が不足しているグレートデザートにおいて、大型の船をそんなに沢山用意できるはずもなく、だから小型船でも沢山の荷を運べるように魔法箱を使っているのだから。
私は商人たちから陳情を受け、陛下に対しシップランド攻略は時期尚早だと上奏した。
時期尚早というかやってほしくないのが正解だが、それを口にすれば首を刎ねられてしまうかもしれない。
しがない法衣男爵では、これが限界だった。
そして私は陛下の逆鱗に触れ、出仕停止処分を受けている。
いきなり首を刎ねられなかったのは、出陣前に不吉だと思われたからであろう。
「(さて、どうしたものか……)」
ネルソン伯爵に触発されてというのもあるが、軍を出兵させるために、民間の流通と交通を阻害するなど論外だと思ったからだ。
もし戦争をしたければ、せめて平民たちに実害が出ないよう、船を揃える政策を実行してからでなければ……。
あの陛下にその正論は通じなかったがな。
シップランド攻略するまでの間だけだと。
彼は、自分が失敗する可能性をまったく考えていないのであろう。
シップランドには地の利があるし、金があるので優秀なハンターを傭兵として雇える。
兵数が有利だから必ず勝てるという保証はないのだから。
「(これからどうしたものか……)」
この出兵に対し、陛下に反抗している大貴族たちは兵を出さなかった。
表向きの理由は私と同じだ。
成功の目がない戦争に貴重な兵を出せないと。
実は裏の事情もあって、彼らは最近贅沢をして散財しており、そんな金がないというのもあった。
陛下は、褒美ナシ、軍役免除金を出せばいいと言って彼らの不参加を認めた。
兵を出さない以上、シップランド攻略の功績は、王国軍および陛下に従う貴族たちだけのものとなる。
その方が将来都合がいいと思ったのであろう。
どうせ兵数を増やし過ぎても、補給切れでシップランドに辿り着けないのもあるか。
「(問題は、シップランド攻略が失敗したあとのことだな)」
失敗すれば陛下の威信は落ちるし、兵を出さなかった大貴族たちは勢いづく。
両者の権力闘争が激しくなるはずだ。
はたして、中立派である私は生き残れるのか?
などと考えていたら……。
「あなた、お客様が」
妻が私に来客を告げた。
謹慎中の私に一体誰が?
「ネルソン伯爵様と、もう一人は知らない方です。ローブを深く被って顔が見えないので」
「ネルソン伯爵、そんな怪しい奴となにをしているんだ?」
いや、あのネルソン伯爵の客だから一見怪しくはあるのかもしれない。
だが、本当に怪しい奴ではないはずだ。
私は彼らを屋敷に迎え入れた。
「やあ。久しいな、シュタイン男爵。陛下に意見して謹慎中だと噂で聞いたぞ」
「ネルソン伯爵、私をからかいに来たのか?」
「そんなつもりはない。これでも忙しい身なのだ。ついに陛下は出兵を命令したであろう? だから悠長なことを言っていられなくてな。お隣の方もお忙しくなるので、貴殿にも手伝ってほしいのだよ」
「手伝う? なにをです?」
「バート王国もこれから色々と大変であろうし、最悪滅ぶやもしれぬ。そこで、新しい仕官先をシュタイン男爵に提案したいわけだ」
「仕官先?」
まさか、ネルソン伯爵は私に外国に仕官しろというのか?
しかし私は……。
「時にシュタイン男爵。貴殿は先行者利益というものを知っているか?」
「商売の話ですかな?」
商売なら、珍しく新しいものを、最初に手に入れて販売できた者が一番利益を得られる。
それと、新しい仕官先となんの関係が?
「新しい国は、『南西諸部族連合』という。将来性は抜群だが、如何せん人材不足なのだ。そこで、シュタイン男爵が先行者利益を加味してこの仕官を受け入れてくれることに期待したい。今汗を流しておけば、子孫もかなりの間安泰だと私は思うのだよ」
ネルソン伯爵は船舶管理局長の職を辞したあと、副業で商売を始めると言いながら、他国に仕官していたのか。
しかも、聞いたこともない国だ。
「その国はどこにあるのです?」
「シュタイン男爵をしてこのレベルの情報収集能力だからなぁ……よく陛下はシップランドに兵を出すことを決断したものだ。『南西諸部族連合』はシップランドの同盟国で、手を貸しているというのに」
「そんな話は初耳だ!」
同盟国だと?
ならば、バート王国軍が兵力数で有利だという根拠が消失してしまうではないか。
「しかし、他国は地理的に見てもシップランドに援軍を送れないはず……」
自称ではあるがバート王国の中心部に近いので、他国が援軍を送るのは難しいはずだ。
それこそ、バート王国軍以上に補給で爆弾を抱えているようなものなのだから。
「シュタイン男爵、バート王国南西部はどうだ?」
「あそこには小さなオアシスの主たちと、大昔に枯れた海と極点しかないではないか」
「そこに新しい国が生まれたとしたら?」
「そんな国、弱小国でそれこそシップランドに援軍など出せまい」
ネルソン伯爵は、そんな弱小国に仕官したというのか?
なぜ利に敏い彼が、そんな弱小国に?
「弱小国か……今はそうだが、あの国は可能性を秘めている。極南の海は復活し、世界樹が各地に植えられていて、砂漠は減り続けている。じきに豊穣の大地となるのさ。そして、それを成したのがこのカトゥー大族長だ」
「カトゥー大族長? 聞いたことがあるような……まさか!」
「そのまさかだ。シュタイン男爵、カトゥー大族長は貴殿の能力と人柄を信用している。だから直接貴殿を誘いに来た。ああ、サンダー元少佐な。彼ももう将軍として仕えているぞ。まさか仕官を断らないよな?」
「……どうもお久しぶりです」
ローブを脱いだカトゥー大族長なる人物は、私の想像どおりタロウ・カトウ殿であった。
まさか生きていたとは。
そして、わずかな期間で一国を立ち上げていたとは。
「『変革者』か……」
「まあ、半分成り行きですかね」
「……陛下、あなたは王として大成できませんな。なぜなら致命的に人を見る目がなさすぎる。わかりました。私もカトゥー大族長に仕官しましょう。引っ越しの準備が必要ですな」
人生とは、なにがあるかわからないからこそ面白いのかもしれない。
あの陛下には愛想が尽きたし、このまま謹慎していてもあとで難癖つけられて処刑されるやもしれない。
ならば、新天地に賭けてみようではないか。
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