第95話 終わるシップランド
「シュタイン国務大臣、ネルソン商務大臣兼運輸船舶大臣、サンダー将軍兼軍最高司令官。見事なまでの人手不足だなぁ……ライトスタッフではあるんだけど」
「わかっただろう? シュタイン国務大臣。ここで頑張れば、宰相も夢ではないことを」
「なるほど。先行者利益だな」
「新入りさんにも、ゴリが色々と教えるゴリ」
シュタイン男爵が引き抜きに応じてくれたので、少し人材不足がマシになった。
ゴリさんタウンの統治と砂漠エルフたちとの折衝は彼に任せるとして。
実は、一つ差し迫った問題があった。
今、私たちの目の前に、ガルシア商会の当主タラントさんが火急の用事があるので迎えに来てくれと言われ、私が彼を『拠点移動』でここまで運んできたのだ。
「それで緊急事態があったとか?」
「王国軍の進行が早まったとか?」
「いえ、大軍を運ぶ船団で、しかも商人の船舶も無理やり徴発しているので、移動速度も遅くなっています。あと二ヵ月は大丈夫です」
サンダー将軍の懸念を、タラントさんは即座に否定した。
そりゃあ、数万人を運ぶ大船団で、すべてが王国軍の船ではないのだ。
予定が遅くなることがあっても、逆はあり得ないよな。
「実は……シップランドのオアシスが枯れたのです。同時にトレストのオアシスもです」
ここで、マリリンとウリリンが言っていたことが現実となるとは。
つまりこの瞬間、シップランドの中継貿易港としての価値と、トレストの避難地としての価値は消滅したわけだ。
同時に、バート王国のシップランド占領作戦も無意味なものと化してしまった。
先日のウォーターシティーと同じである。
占領できても、水がないので維持できないというわけだ。
「これには困りました」
「オールドタウンに逃げますか?」
他にも小さなオアシスがあるが、シップランドの人口を考えるとオールドタウン一択になってしまうな。
「いえ、あそこにシップランドの住民全員の移住は不可能です。そこで、このゴリさんタウンへの移住許可をお願いしたいのです」
「本気ですか?」
シップランドを支配するシップランド子爵家は名ばかりバート王国貴族だが、その実態は小国の主に等しい存在だ。
そんな彼らがシップランドを捨ててゴリさんタウンに移住するということは、実質一国の主から『南西諸部族連合』の支配下に入るということなのだ。
ただ引っ越すのとはわけが違う。
「それは理解しています。我々が『南西諸部族連合』の国民になって税を納めるということですね。それは構いませんよ。でなければ、我々は砂漠で干からびて死んでしまうので」
タラントさんは、シップランド子爵家の遠戚と聞いている。
だが商人なので、そこまでの拘りはないのか。
「シップランド子爵家はどうなのです?」
「ああ、言い忘れていましたが、実はシップランド子爵家などないのですよ」
「「「「はい?」」」」
シップランドを支配しているはずのシップランド子爵家は、実は存在しない。
タラントさんの告白に、シュタイン男爵、ネルソン伯爵、サンダー将軍も驚きの声をあげていた。
「シップランド子爵は、実は私が兼任していました。つまり私は、シップランド子爵でもあるのですよ」
「どうしてその事実を隠していたのですか?」
「シップランドが永遠に安泰であると考えるほど、私も一族の者たちも楽観的ではないということです」
中継貿易地であるシップランドであるが、いつバート王国に攻められるかもしれず、同時にオアシスには枯れるという特性もあった。
「逃げ出すにしても、変に貴族のプライドがあると逃げ損ねるかもしれませんからね」
だからシップランド子爵家の人々は商人も兼任し、もしもシップランドになにかあった際には、シップランド子爵家を生贄に捧げ、ガルシア商会として逃げてしまえるようにしたというわけか。
「先祖の知恵ですな。現実にオアシスは枯れてしまいました」
その最大の原因は、極南海の復活なのだけど。
地下水脈の動きに大きな変化が出て、シップランドとトレストのオアシスが枯れてしまったのであろう。
「ここで嘆くだけでは、死んだ子の齢を数えるようなもの。滅びへと一直線です。そこで、シップランド子爵家は滅び、ガルシア商会は持てる物をすべて持ってカトゥー大族長の元に逃げるわけです」
「現実的ですね」
「その現実感を失わないためのガルシア商会なので。もっとも、代わりに貴族の美学に殉じてくれる方々もいますけどね」
「トレスト男爵家か……」
「ええ、よほど居候生活が嫌だったのでしょうね。防衛戦の準備に余念がありません」
貴族らしくシップランド防衛戦で活躍し、戦後、その戦功によりトレストへの凱旋を目論んでいるのであろう。
枯れたオアシスになんの価値があるのかわからないが、守るべき先祖代々の土地という気持ちがあるのだと思われる。
「『一所懸命』ですね」
「カトゥー大族長の故郷の言葉ですか。なるほど理解はできます」
タラントさんは、オアシスが枯れてしまったシップランドに未練はないようだけど。
「トレスト男爵とその一族は、シップランドのオアシスが枯れたことを知っていて、防衛戦に備えているのですか?」
「彼らも完全なバカではないのですよ。つまりは、バート王国軍に対する条件闘争ですね」
防戦準備を万端に整え、バート王国軍にシップランドを力技で攻め落とすことは、犠牲ばかり多く無謀だと思わせる。
ここで交渉して、トレスト男爵家は正式なバート王国貴族になる代わりに、シップランドを差し出す腹づもりのようだ。
「シップランド子爵家の頭越しに、そんな交渉ができるのか?」
「できますよ。すでに、シップランド子爵家はガルシア商会としてシップランドを放棄する意向だと伝えていますので」
「それにしても、オアシスが枯れたシップランドになぁ……」
守る価値が、交渉の材料にする価値があるのかと。
サンダー将軍は思っているようだ。
「場所が誤解を招く場所なのですよ」
「確かにな……」
シップランドは、バート王国が実効支配している北部と南東部の一部と、実効支配できていない南部との中間点にある。
とりあえず、領有権などを曖昧にして両者の貿易を仲立ちしているからこそ戦略上の重要拠点なのだが、この世界では場所がよくても水が出なければあまり意味がない。
他所から水を運んで都市を維持するなど、こんな不経済なことはないからだ。
「これからは、オールドタウンが中継貿易地になるでしょうね。もっともそれは、オールドタウンが次の標的にされることへも繋がりますけど。その間に、極点から極南海、南西部を『南西諸部族連合』で完全に抑えてしまう。そうすれば、中身のない拡張を続けているバート王国に十分対抗可能です。そしてガルシア商会は、それに手を貸して一族の安泰を図る。無理に上に立つ必要性を感じませんね」
「わかりました。では、ネルソン伯爵が兼任している商務大臣に任命しましょう」
私はその場で、タラントさんを商務大臣に任命した。
「おや、ネルソン伯爵はよろしいのですか?」
「兼任なんて疲れるから嫌なんだよ。シュタイン男爵の国務大臣は兼任が難しいからな。私としては好都合さ。ミュウ様と試作している新型浮上船の試験と普及でも忙しいのだよ、私は」
「それなら問題ないですか」
「あああと。シップランドからの移住者の選別ですね。不都合な人たちは、トレスト男爵家側につかせるのでしょう?」
「カトゥー大族長がそこまで理解していたのなら、あとは仕事をするのみですね。大引っ越しなので大忙しですよ」
シップランドの住民全員を受ける入れるわけにいかない。
これはキャパシティーの問題ではなく、住民の中にはシップランドから離れ難い者たち、寄らば大樹の陰でバート王国に所属した方がいいと考えている者たち、砂漠エルフたちと相性が悪い者たちもいる。
そういう連中を上手にトレスト男爵家側につかせ、残りをゴリさんタウンに引っ越しさせるのは、タラントさんの仕事というわけだ。
「オアシスが枯れたシップランドとトレストですが、バート王国は攻め取ったあと維持するでしょうか?」
「私はすると思います」
シュタイン男爵の疑問に、私はそう答えた。
「しかし、コストの面では……」
「確かに、オアシスが枯れたシップランドは水を他から運び込まないといけない。ですが、運び込めれば維持できます」
「金がかかりますよ」
「でも、シップランドを攻め落としたという実績は得られます。国民も支持しますし、兵を出さなかった大貴族たちの力も落ちるでしょう。逆に放棄すれば、あの王様は失政を問われる立場となります」
ならば、たとえ大赤字でも維持するしかない。
増税と、商人からの船と魔法箱の徴発は続くであろう。
「国内で不満が溜まるでしょうに」
「多少生活が不便になっても、ウォーターシティーに続き、シップランドの占領に沸く人たちというのは無視できない数いるのです」
だが、あの王様もその支持は長く続かないくらいは理解してるはず。
ならば次は、オールドタウン攻略へと舵を切っていくはずだ。
「キリがない……」
「そうです。キリはないです。ですが、今さらウォーターシティーを放棄できないでしょうし、シップランドは確実に落とさなければならない」
あの王様は、ほぼ間違いなく将来破滅するはずだ。
バート王国はガタガタになり、『南西諸部族連合』は戦争をせずとも安定化する。
時間が稼げれば、バート王国に対する備えも万全になっていくだろう。
早くそうなって、ララベルたちとゆっくり暮らしたい。
なぜなら私は、これまで為政者に縁なんてなかった普通のおっさんなのだから。
「なるほど。これが『変革者』なのですか」
「タラント殿、バート王国の王様はバカな奴だな」
「そうですね。人を見る目がなさ過ぎる。自分で召喚しておいて、その価値に気づかず捨ててしまうのですから」
「哀れなり、兄上」
「「「ララベル様!」」」
おっさん同士で密談をしていたら、そこにララベルとミュウが姿を見せた。
彼女は元王女なので、シュタイン男爵たちは自然と頭を下げた。
「シュタイン男爵、本当にいいのか?」
「人間とは変化に弱い生き物であり、私もそうなのですが、なにしろタロウ殿は……おっと、カトゥー大族長は『変革者』なので」
「確かにそうだ。私もタロウ殿と出会って王女の身分を捨てたが、その代わりに幸せを得た」
「ならば、これも運命と思って受け入れるのみです。タラント殿も同じでしょう?」
「まったく同意見ですね。して、ララベル様たちはこれからなにか動く予定があるのですか?」
「そうだな。サンダー将軍、ネルソン伯爵、シュタイン男爵、タラント殿が来てくれたので、足元は固まった。兄の作戦は『絵に描いた井戸』のようなものだが、タロウ殿が言うには、『窮鼠猫を噛む』とも言う。少数精鋭で、バート王国軍を消耗させる作戦に出ようと思う」
「それはどなたの策で?」
「タロウ殿だ。なるべく犠牲を出さず、上手く進撃中のバート王国軍を出血、消耗させる作戦だそうだ」
ララベルには説明してあったが、ゴリさんタウンのことは彼らに任せて、私たちは独自に特殊作戦を実行することにした。
人は殺さないが、人の住む世界で銭が回らず、奪われていくことほど恐ろしいことはない。
あの軍事作戦大好きな王様に、それを教えてあげることにしよう。
私の安寧な生活を脅かす彼に対する、それが一番の復讐となるであろうから。
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