第96話 進軍妨害作戦開始
「小型なのを差し引いても、この砂流船はとても速いな! タロウ、操船していると向かい風が涼しいぜ!」
「もの凄く速いですね。魔力が心配になってしまいますけど……ああ、タロウ様がいるから心配ないですね」
「商用ベースでは普及させられませんね。ネルソン伯爵や砂漠エルフの技術者たちに協力してもらって建造しましたけど、同型艦はありません。実験艦という扱いですから」
「だろうな。性能はいいが、燃費は最悪だ。タロウ殿の膨大な魔力がなければ、すぐに魔力切れだ」
広大な砂漠を、一隻の小型砂流船が疾走していた。
砂流船としては小型であり、一見零細商人が動かしていそうに思える。
だがその実態は、ミュウが考案し、ネルソン伯爵が材料の確保を、砂漠エルフたちが建造に協力した最新型の試作船であった。
通常の砂流船の十倍以上の速度で疾走しながら、シップランドに向けて進撃を続けるバート王国軍へと向かっているのだ。
ただ燃費は悪いので、稼働時間の短縮は図っている。
まず私が『拠点移動』で進撃する王国軍の船団近くまで移動し、そこから『異次元倉庫』に仕舞っていたこの船を取り出して出発したわけだ。
同行者は、ララベル、ミュウ、フラウ、アイシャのみ。
久々に旅をしている気分であった。
「タロウ殿、まずはどうするのだ?」
バート王国軍の艦隊に追いついたらどうするのか?
ララベルは聞いてきた。
「後方にいる補給船団から、魔法箱を一個でも多く奪う」
「まあ、普通は補給船団は後方にいますよね」
私の考えに、ミュウも賛同してくれた。
「前方に補給船団はあり得ないか。シップランドの軍勢に襲われるだろうからな。補給を断つのは戦争の基本だからな」
「ララベル様、後方でも襲われるかもしれませんよ」
「その可能性は著しく低い。そうでなくても、シップランドは軍勢が少ないのだ。バート王国軍艦隊の後方に回り込む前に見つかって撃破されてしまえば、防衛戦力が減ってしまうというのもある。だから後方なのだ」
「王様に反抗している勢力が船を襲うとか?」
「それをしたら、それこそ反乱者扱いで兄に討伐されてしまう。それに、大貴族たちにそんな度胸があれば、今回の出兵はあり得ないな」
アイシャの懸念を、ララベルは一蹴してしまった。
「今回の出兵で、多くのバート王国商人たちが大型船と魔法箱を徴発されている。大貴族たちの領地の物流が滞るのだから、その分、大貴族たちの船が動かなければな。一応、そこまで見越して行動はしているのだ」
王都に自領の特産品を売りに行き、自分のオアシスに生活に必要な荷を運ぶため、彼らは船をそんなくだらないことに使わない、使えないわけだ。
そしてそれを見越している王様は、補給船団を後方に置き、あまり護衛もつけていないはずだ。
なにしろ、補給船団が襲われる心配は少ないのだから。
「なるほどな。で、オレたちが夜に補給船団を襲うわけだ。少数でゲリラ的に」
「そういうこと」
相手は、補給に爆弾を抱えた船団と軍団だ。
下手に正規兵を乗せた船を襲う必要などない。
魔法箱でも奪った方が、よほど相手の戦力を削げるはずだ。
「途中で諦めて撤退してくれるといいけど」
「無理だな。兄はシップランドを占領できなければあとがないのだから」
「加減が必要かな」
どうせシップランドは放棄される。
タラントに従う住民たちは、ゴリさんタウン目指して逃げ出し始めているし、トレスト男爵たちに従う住民たちに手を出すほどあの王様も愚かではないはず。
一時シップランドが占領されるのは防げず、となるとバート王国軍の犠牲者は一人でも少ない方がいい。
下手に兵を減らしてしまうと、逆に補給への負担が減ってしまうからだ。
「生かさず殺さずですか。タロウさんも意外とエグイですね」
「我が身と妻たちが可愛いのでね。ミュウも敵兵を殺しては駄目だよ。怪我を負わせる程度がいい」
「治療に使う魔法薬を消耗させるためですね」
「そういうこと。夜のうちに追いつけばいいけど」
「それは心配ないと思うな。燃費は最悪だが、この船は速いから」
アイシャの予想どおり、私たちの船は日が落ちてから船団の最後尾を窺う位置にまで辿り着いた。
「これはよく見えるな」
「魔法でもないのに凄いですね」
「灯りをつけずに済むので、これなら見つかりにくいですね」
「見た目は格好悪いけどな」
灯りをつけると見つかってしまうので、私たちは『ネットショッピング』で購入した赤外線スコープで船団を窺っていた。
暫く観察していると、突然船が止まってしまう。
どうやら、就寝のために船を止めたようだ。
「こういう時、船員が交代で船を動かすのでは?」
「そこまでの数の船員たちを確保できなかったのだと思う。さすがに商人たちも、自分で給料を出している船員たちの徴発に応じないだろうからな。あの兄らしく、どこか抜けた話だ」
夜も船を走らせれば水と食料を節約できるのだが……夜に船を動かすと衝突、座礁、事故のリスクが非常に高まるのは水上船と同じだ。
暗いので砂獣への備えも難しく、夜に安全に砂流船を走らせるためには、優れた技量を持つ船員も多数必要だった。
それを揃えられなければ、夜は船を停泊させるしかないのだ。
纏まって停泊すれば、砂獣の襲撃にも備えやすいのだから。
「止まってくれて好都合だな。行こう」
私、ララベル、ミュウの三人で船を降り、徒歩で船団へと移動する。
アイシャはなにかあったら船を動かす役で、フラウは別の任務のため船に留まっていた。
「一応見張りはいるんだな。当然か」
「砂獣に集中してくれれば好都合ですよ」
赤外線スコープで遠方から様子を窺っていると、船団の遥か前方から兵士たちの声と、暫くして魔法と思われる火炎が見えた。
船団に襲いかかろうとした砂獣に向けて、魔法が放たれたのであろう。
「これだけの船団なので、砂獣の大半は襲ってこないはずですが、中には知能の低い砂獣もいますから」
砂大トカゲやサンドスコーピオンなどは、あまりそういうことを考えず人間に襲いかかる個体が一定数いるそうだ。
弱いので……とはいえ、レベルが低い一般兵には脅威なので、分散配置された魔法使いが魔法で倒しているわけだ。
「ミュウ、あの船にしよう」
「いいですね。一応歩哨が数人立っていますけど」
私たちがまず選んだのは、補給船団の中の一隻と思われる大型船であった。
この船に潜入し、魔法箱を奪う。
とはいえ、見つからないようにするのは難しいか?
「そうでもないですよ。私は水魔法が得意です。人間の大半は水でできているので、この系統の魔法にはこういう便利な魔法もあります」
ミュウがなにか魔法をかけると、歩哨たちはその場に倒れて寝てしまった。
かなり強固な睡眠系の魔法のようだ。
「行こう」
歩哨たちが全員寝てしまったので、船の縁にロープをかけ、そのまま甲板へと登っていく。
甲板の上に立つと、時間が惜しいのですぐに船倉へと侵入した。
「っ! ……」
不運にもそこで一人の兵士と鉢合わせしてしまったが、ララベルが電光石火で彼の鳩尾に一撃入れ、その場で気絶させてしまう。
「凄いなぁ……私にはできない芸当だ」
「私もですよ」
私は当然として、ミュウも魔法が主体で直接戦闘は苦手であった。
とてもララベルのように反応はできなかったのだ。
「このくらいはな。急ごう」
「おおっ、ララベル様は男前ですね」
「ミュウ、帰ったら覚えてろよ……」
そのまま船内を奥へと進んでいくと、船底に近い船倉に数十個の魔法箱が置かれていた。
当然兵士たちも警戒に当たっていたが、みんなミュウの睡眠魔法でぐっすり寝ている。
先ほどの兵士は、運悪く睡眠魔法が届かなかったようだ。
「それで、これを奪う」
最後に、戦闘ではなんの役にも立っていない私が、魔法箱をすべて『異次元倉庫』に仕舞って……パクッているのだが、上手くいってよかった。
この補給船団だけで、数万人分の補給物資すべてを運べるわけがない。
魔法箱は必ず必要で、だから王様は魔法箱を商人たちから徴発したのだから。
これを奪えば、バート王国軍は補給に苦しむことになるというわけだ。
「次だな」
私たちは船員や兵士たちが眠る大型船を脱し、次の船を同じ方法で襲撃した。
再び、数十個の魔法箱を強奪。
これを何度か繰り返したところで、そろそろ夜も更けてきた。
たまに来襲する砂獣の迎撃があるにしても、ここまで気がつかれないとはな。
「タロウさん、合図を送ります」
「頼む、ミュウ」
大型船から降りる前、私は遠く離れたフラウとアイシャが待つ船に向かって大きく手を振った。
赤外線スコープがあるので、気がついてもらえたはずだ。
大型船から少し離れたところで、突如遠方から数本の火矢が飛んできて、それが船に突き刺さって燃え上がった。
キャンプ用の発火剤を用いたものなので大して燃え上がらなかったが、突然火の手があがったので、兵士たちは大騒ぎで消火を始める。
そのせいで、私たちの存在に気がつくことができなかったようだ。
「上手くいきましたね」
「初日だからね」
とはいえ、わずか一晩で百を超える魔法箱とその中に入った食料や水を大量に奪えたのは幸先がいい。
補給艦隊を後方に置いておけば安全だと勝手に思い込み、油断したバート王国軍の失態であろう。
大軍なので、誰も自分たちを襲わないと思い込んだというのもあるはず。
バート王国軍は、さらに補給で苦しむことになるだろう。
「ですが、次からは護衛がつくでしょう」
「対策を取るのは当たり前なので、明日は他の方法で妨害するさ。フラウ、頼むよ」
「任せてください、タロウ様」
私は、まだ策はあるので大丈夫だと言った。
バート王国軍と真面目に戦うのではなく、負担をかけ続ければいいのだからと。
翌日の夜も、私たちは後ろからバート王国軍に襲いかかった。
「火が消えないぞ!」
「フラウ、どんどん火矢を放て。人に当てるな。狙いは船の帆だ」
「わかりました」
次の日の夜はアイシャが全速力で船を疾走させ、フラウが矢にジェル状の着火剤を沁み込ませた布を巻きつけ、着火した火矢を放つ。
その目的は、砂流船の帆を燃やすことだ。
砂流船は魔力で動くが、補助動力として帆が用いられている。
これがあるとないとでは、燃費に大きな差が出てしまうのだ。
船の速度も落ちるので、一日でも早くシップランドに辿り着きたいバート王国軍からすれば嫌らしい妨害工作と言えた。
「次はようやく私か……」
ララベルは、『ネットショッピング』で購入したハンマー投げのハンマーを全力で振り回してから、船の後方、魔力炉がある場所に叩きつけた。
さすがに完全には壊れないが、こういう攻撃をされると魔力炉が傷ついて性能が落ちてしまう。
これも嫌らしい妨害というわけだ。
「あの船でいいかな?」
「小さいですし、警戒も薄いですね」
帆が燃え上がり、魔力炉が損傷を受け、その対策で右往左往しているバート王国軍の兵士たちを尻目に、私とミュウは艦隊が外縁部にいる一隻の中型船に突入した。
またもミュウが魔法で兵士たちと船員たちを眠らせ、私が魔法箱や食料、水の入った甕などを奪っていく。
片道二ヵ月の旅路のため、どの船にも最低一個は配置されていた魔法箱を奪い、バート王国軍の補給を細らせる作戦であった。
「上手くいったな。無理をしすぎると思わぬミスをする可能性が高い。今夜もこれで撤収だ。アイシャ、逃げるぞ」
「船の操作なら任せてくれ!」
私たちは、アイシャが操船する小型の新型砂流船で、船団から全速力で離れていく。
「二度も同じ手が通用するか! 今日は追うぞ!」
バート王国軍の指揮官が、比較的足の速い数隻の船で私たちを追いかけ始めた。
もし二晩連続でしてやられたことがあの王様に知られると、彼らは処罰されてしまうのかもしれない。
だから必死なのであろう。
「アイシャ、あの岩山の裏側に入ってくれ」
「任せてくれ! やーーーい! 追いつけるものなら追いついてみな」
さすがは、ミュウとネルソン伯爵、砂漠エルフたち渾身の作である。
新型砂流船は、燃費はともかく速度は従来の船を圧倒していた。
すぐに追跡してきた船を引き離し、そのまま砂漠にある大きな岩山の裏側に入り込んでしまう。
「『岩山に隠れても無駄だ! 回り込め!』とか言っているんだろうね」
だが、そんなことをしても無駄だ。
なぜなら……。
「船が消えました……」
「『そんなバカな! よく探せ! どこかに隠れているはずだ!』とも言っていそうですね」
「だろうね」
岩山の裏側、敵に見えない場所まで逃げ込んだ私たちは、船から降りるとその船を『異次元倉庫』に収納。
すぐに『拠点移動』でシップランドへと逃げてしまった。
追跡者たちはきっと今頃懸命に、消えた私たちを探しているであろう。
「タロウ殿、今日も上手くいったな」
「でも、明日はどうでしょうか?」
「逃げることは簡単だし、船は私の魔力で動かすから問題ないさ。最悪、毎晩襲撃があると思ってくれればいい」
「緊張を強いますからね。兵たちも精神的に参るはずです」
それでも、戦死するよりはマシであろう。
翌日以降も、私たちは嫌がらせの夜襲を毎晩行なった。
「今日は挨拶だけして戻ろうか。ミュウ、頼むね」
「任せてください、タロウさん」
ミュウは、巨大な氷の塊を船の進路に落下させた。
回避が間に合わず、船は巨大な氷の塊に激突する。
船は中途半端に損傷し、兵たちや船員たちに怪我人も出た。
「完全に船が破損したら放棄できるけど、中途半端に壊れた船を放棄できないから」
元々商人たちから徴発した船なので、壊したら弁償しなければならない。
もっとも、船を傷物にされ、中途半端に修繕されてしまった商人は不幸だろうけど。
怪我人たちも、まさか治療しないわけにいかない。
魔法薬の在庫を減らす作戦というわけだ。
「ここ数日、なにもないな?」
「あの襲撃者たちはシップランドの連中だろう。そろそろ合流しないと、我々バート王国軍との戦いに間に合わないからではないか?」
「向こうは数が少ないので、兵力の分散は危険ですか」
「そういうことだ。これでやっと夜ちゃんと寝られる……バカな!」
夜の備えを厚くしたバート王国軍の期待を裏切り、わざと数日間なにもしなかった。
バート王国軍の連中は私たちをシップランド軍の別動隊、奇襲専用の特殊部隊だと認識しているはずだ。
そしてもうすぐシップランドに戻らないと、自分たちとの決戦に間に合わないのでもう戻ったと勘違いした。
その隙を利用し、四日ぶりに初日と同じく後方の補給船団を襲い、数隻の大型船からまたも魔法箱を百以上奪ってやった。
他にも、目についた食料や水の入った樽なども奪っていく。
『異次元倉庫』は、地味に戦争で役に立つスキルだな。
「フラウ!」
「はい!」
またも、フラウが火矢で船の帆を焼いていく。
焼かれた帆は交換するしかないが、もうそろそろ予備の帆も尽きるはず。
帆がない船は船団の行軍に追いつけないので、後方に下がらせるしかない。
もしくは鈍足になった船の船団を再編し、侵攻軍の数を減らさない方法もあるか。
ただしその方法だと、自然にバート王国軍は二つに分断されてしまうことになってしまうけど。
「ララベル!」
「任せてくれ」
ララベルは、またもハンマーを全力で投げつけて船体後方の魔法炉を損傷させる。
「ミュウ!」
「軽くいきますね」
ミュウは、氷玉で船のマストのみをへし折っていく。
「アイシャ、今日ももういいだろう」
「全力で逃げるぜ。っと、その前に」
今夜は、皮の袋に入った大量の液体をあちこちの船に叩きつけながら逃げ出した。
「なんだこれは?」
「血じゃないか? 人間のじゃない! 砂獣のだ!」
どうして船団の船に砂獣の血をつけたのか?
それは、明日の昼間に判明することであった。
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