第97話 生かさず殺さず
「どうしてこの規模の船団に、砂獣たちが多数襲いかってくるんだ? 近寄ってこないのが常識のはずでは……」
「昨夜の血だ! 血の匂いで引き寄せられているんだ!」
大半の砂獣は、この規模の船団に襲いかかるほどバカでも無謀でもない。
ただし、こうして大量の血を擦りつければ、その匂いで砂獣が大量に引き寄せられてしまう。
サンダー将軍が教えてくれたのだが、軍の訓練で砂獣を狩らせる時、それを引き寄せる方法として重宝されていたものであった。
「クソッ! 数が多い!」
「サンドウォームじゃないか! 数が多いぞ!」
昼間、船団は多くの砂獣に襲われ、死者こそ少なかったが負傷者が続出した。
彼らの治療のため、また多くの魔法薬が使用されてしまう。
そして昼間の騒動への対処で疲れ果て、ぐっすりと眠っていたバート王国軍に対し、またも私たちは妨害工作を開始した。
「魔法箱は買うと高いから」
「奪えるだけ奪えだな」
「これ確か、商人に返却しないといけないんですよね?」
「フラウ、私たちが返すわけじゃないから気にしなくていいですよ」
「そうそう。返すのは王様なんだから」
その日の夜は、これまでにない数の魔法箱を奪うことに成功した。
しかも、現在地は王都とシップランドのほぼ中間地点だ。
バート王国軍は、今の物資量ではシップランドへも辿り着けず、王都にも戻れず。
補給不足となり、完全に詰んでしまうはずだ。
「こんなものかな。撤収!」
「大猟だったな、タロウ殿」
「魔法箱高く売れますからね。自分たちで使ってもいいですし」
「タロウ様、敵はようやく気がついたようですよ」
「へへんだ。今さら気がついても遅い。一気に安全圏まで転進だぜ!」
俺たちを乗せた船は王国軍に気がつかれないまま、無事安全圏への撤収に成功した。
妨害作戦は順調に進んでいるな。
「ええいっ! たかが一隻の小型船による奇襲ではないか! その程度の夜襲をなぜ防げないのだ?」
「しかしながら陛下。その船はとても速く、襲撃者たちも少数ながら精鋭のようでして……」
「ならば同じ精鋭を当てて潰せばいいではないか!」
「畏まりました」
このバカ共が。
俺がいちいち細かいところまで指示しなければ、お前らはなにもできないのか?
どいつもこいつも役立たずばかりだ。
それにしても、襲撃者たちは嫌な手を使う。
兵士たちにはほどんと犠牲者がいないのに、魔法箱とそれに入った食料と水を大量に奪っていったのだから。
ところが、犠牲者がいないのが却って問題になっている。
食い扶持は減らずに、食料と水の保有量が危機的な状況になってしまった。
近隣のオアシスから購入して糊口を凌ぐことにするが、オアシスを支配する貴族たちは足元を見るかもしれない。
特に、今回の出兵を断った大貴族たちだと余計にそうであろう。
あの連中、贅沢品ばかり購入して金がないから兵を出さなかったのだという事情を、俺が知らない、気がつかないと本気で思ったのか?
こちらは大軍なので、兵力で威圧して相場で買い取ることにしよう。
下手に安く購入した結果、あとで自分には功績があると言われでもしたら目も当てられない。
あいつらはそのうち必ず潰してやるが、今はまだその時ではないということだ。
幸い、多くの砂獣を倒して神貨は持っているからな。
俺の船団の船に砂獣の血など擦りつけて、砂獣を大量に引き寄せおってからに。
シップランドの傭兵たちは、ベテランハンターが多いと聞く。
狡猾なベテランがやったのであろう。
シップランドが落ちたら、必ず捕らえてその首を刎ねてやる。
「陛下!」
「どうした?」
「それが、商人が水と食料を売りに来ました。大型船ですが、魔法箱はないので量は思ったほどでも……」
「構わん。よく確認してから相場で買ってやれ」
少しでも、食料と水はあった方がいいだろう。
相場なら購入しておけばいいさ。
「それよりも、今夜また連中に食料と水を奪われることは死活問題だ! これより二度と奪われてはならぬ!」
今でも、シップランドに辿り着けるだけの食料と水は足りないくらいなのだ。
これでまた水と食料を奪われでもしたら……奪われた魔法箱の件もある。
あれの所有権は商人たちにあるので、奪われたから返せませんなどとは口が裂けても言えない。
なにがなんでもシップランドを落とし、シップランドの商人たちから魔法箱を奪わなければ……。
「まずは無事、シップランドまで辿り着くことだ」
やはり水か……。
砂獣が引き寄せられたことで、肉は得られたので食料には少し余裕ができた。
逆に、兵士たちが活発に動いたので水が不足しているが……。
とにかく兵力数では圧倒的に有利なので、シップランドに辿り着けば俺の勝ちなのだ。
「その商人に、水があるなら明日以降も売りに来いと伝えておけ」
「畏まりました」
今は苦しいが、必ずやシップランドを落としてやる。
そうすれば、王としての俺の力は増す。
返す刀で俺に反抗する大貴族たちを始末し、必ずや王の力が強いバート王国を作り上げてやるのだから。
「水を売りに来いと?」
「はい」
「食料は、砂獣たちの討伐でちょっと余裕が出たのかな。問題は水かぁ……」
「この世界で戦争がほとんどないのは、水の補給に難があるからなのだが、兄は気がつかなかったのかな?」
「王様なんてやっていると、案外そういう細かいことに気がつかないなんてこともあるのかも。もしくは引くに引けなくなった」
「タロウ殿がそこまで追い込んだとも言えるし、実は兄には頼りになる家臣がいないのかもしれないな」
「血筋はいいんだから、人は寄って来ると思うけどなぁ。私はほら、元は由緒正しい庶民なので人材の確保に苦労しているよ」
「サンダー将軍たちは得難い人材だが、中間層と下層の人材が足りない。あの船団の中に将来の家臣たちがいるかもしれない。損害は極力抑えないと」
「ゆえに水を切らせるわけにいかない。水は持って行けば行くほど売れるみたいなので、引き続きその商人には活躍していただくということで」
「生かさず殺さずですか。それがよろしいかと」
「タラントさ……タラント。シップランドの住民たちの引っ越し状況は?」
「ほぼ全員が船に乗ってゴリさんタウンを目指すか、カトゥー大族長の『拠点移動』にて引っ越しは終わっております。迎え入れるシュタイン国務大臣からも、受け入れは順調だという連絡が入りました」
「で、あのバリケードですか。トレスト男爵は」
「迎撃する気満々ですね」
「でもさぁ、実はいい条件で降伏しようとしているんだろう? 貴族の駆け引きって、オレには理解できないぜ」
昨晩も夜襲をしかけて成功した私たちは、シップランド子爵邸を仮の拠点としていた。
同じく、実はシップランド子爵でもあったタラントが、自分たちに従う住民たちをゴリさんタウンたちに逃がしている。
多くの船で船団を組織し、人と荷を載せて送り出しているわけだ。
女性、子供、老人などは、私が『拠点移動』で運んでいる。
そんなに沢山はゴリさんタウンまで送れないので、砂流船での旅すら厳しい人たち向けというわけだ。
一方、トレスト男爵とその一族、彼らに従う住民たちはシップランドにバリケードを築いていた。
最後の一兵まで戦うというよりは、ここを攻め落とすのは骨だぞと思わせるためであろう。
そしてバート王国との交渉により、トレスト男爵は地位を保つという策らしい。
貴族らしい駆け引きというか……アイシャは理解できないと首を傾げていたけど。
「交渉とか降伏とか、認められなかったらどうするんだろう?」
「認められないに決まっている」
「ララベルは言い切るなぁ」
「長年同じ王城に住んでいたのだ。あの兄の考えなど簡単にわかる。」
「シップランドは直轄地にしたいし、トレスト男爵に爵位をあげるくらいなら、取り巻きの騎士たちにでもあげるんじゃないんですか?」
ああ、そういうことか……。
トレスト男爵は、あの王様と交渉できると思って防戦の準備に一生懸命だけど、いざバート王国軍が辿り着いたら容赦なく捻り潰されると。
戦功の材料でしかないよな。
あの王様についている連中からすれば。
「そういうセンスのなさが、トレストのオアシスを失った原因とも言える。タラント殿も持て余していたようなので、ゴリさんタウンに連れて行けば足を引っ張るやもしれぬ」
「特に理由もないため、始末もできなかったようなので、好都合ではないでしょうか」
確かに、トレスト男爵たちなんて受けいれたらマイナスだろうからな。
冷たい言い方だが、ララベルとミュウの言うとおりだ。
できれば、彼の滅びにつき合う人間が一人でも少ないことを祈る。
「トレスト男爵たちについているシップランドの住民はどれくらいなんだろう?」
「気にするほどの数ではありません。全員救えるわけがないのでそこは割り切るしかないとしか……」
タラントに住民たちの避難状況を聞いてみると、『故郷を捨てられない!』という理由で残留する人たちが一定数いるそうだ。
いくら説得しても駄目らしい。
「逆に、旧トレスト領の住民はほぼ全員が避難命令に応じました。愛想が尽きたのでしょう」
すでに領主が一度やらかして領地を失い、避難したシップランドでは邪魔者扱い。
挙句に、この状況でシップランドで防戦を開始したのだ。
無能だと思われて見捨てられても不思議ではないか。
「バート王国軍が来るまでには、避難も終了しているはずです。問題は、彼らがここに辿り着けるかですけど」
「そこは問題ないだろう」
船を損傷させ、魔法箱を奪う夜間作戦と、商人が水や食料を売りに行く頻度と量は連動しており、バート王国軍はギリギリでシップランドに辿り着けるよう計算しているのだから。
「夜に備えて休むかな」
「屋敷もすっかり静かになりましたよ」
私たちが間借りしているシップランド子爵家の屋敷だが、もう私たちしか使っていないので、今では静寂に包まれていた。
家財も持ち出されているので、必要なものは『ネットショッピング』で購入したものを使用しているくらいなのだから。
「今日は、保存に優れた缶詰各種を食べ比べてみようと思う」
普通に調理は可能なのだが、こういう時でなければ食べる機会もないので、私は『ネットショッピング』で缶詰を購入していた。
「サバ味噌煮、クジラの大和煮、牛肉の大和煮、ヤキトリ、サケの水煮、カキの燻製醤油、ウニ、ホタテ、カレー、シチュー、牛丼、パン、各種フルーツにデザートまで。種類が豊富でしょう?」
「凄いものだな。しかも常温で保存できるなんて」
ララベルは、沢山の種類がある缶詰に感動していた。
特に、サバ味噌を気に入ったようだ。
沢山食べている。
「保存食の割には、もの凄く美味しいですしね」
「パンも美味しいですよ。普通に売っているパンはカチカチなのが多いのに」
「フルーツも種類が多いな。甘いシロップに漬けてあるのか。うめえ」
ミュウ、フラウ、アイシャも、もの珍しそうに缶詰の中身を試食していたが、事の他美味しいので驚いていた。
この世界の保存食は、グレートデザートの気候を生かした乾燥物が大半だ。
食べると口の中の水分を奪って喉が乾くし、味も決していいとは言えない。
保存食だと聞いて身構えていたのに、とても美味しいので意外だったのだと思う。
「飲み物も、このラムネってのが美味しいですね」
「ガラスの丸い球が容器に入っていますけど、これってなんのためにあるんですかね?」
「実はよくわからない」
ミュウの疑問に私は答えられなかった。
オッサンにもわからないことはある……多いというべきか。
「さわやかで美味しいですね」
「シュワシュワして面白いです」
「タロウの世界って、食べ物が美味しくて技術が進んでいるんだな」
食事を終えたので、あとは夜まで寝て疲れを取っておこう。
バート王国軍がこのシップランドに攻め寄せるまであと一か月以上あるが、生かさず殺さず、上手く食料と水がギリギリの状態で辿り着いてもらわなければ。
そのために、私たちは昼夜逆転の生活を送っているのだから。
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