第32話 作戦名、混ぜるな危険!

「タロウ殿が頼んでいた小型船だが、予定よりも二日も早く仕上がっていた。ガルシア商会の当主は、私たちが依頼を引き受けると確信していたのかな?」


「かもしれない。けど、本当に駄目元だと思っていたのかもしれない。後世の人たちはどっちだと思うのかな?」


「タロウさん、この船は小型ながらいい出来ですね。しかも、無料なのもいいです」


「これも報酬のうちってことか……」





 すでにトレストのオアシスを完全に破壊したと思われる巨大なサンドウォーム『虚無』は、確実にシップランドを目指しているとの報告が入ってきた。

 私たちは虚無を倒すため、予定よりも早く完成した小型船で南西方向へと向かう。

 トレストのオアシスを破壊した虚無との接触を図るためだ。


「ボチボチと難民が確認できます」


「小型船と、普通の領民たちばかりだな」


 虚無に襲われる前に、とりあえず船に乗って逃げてきたという感じの領民たちが乗る船と多数出くわしたが、大半の人たちが着の身着のままで逃げ出してきたようで、彼らの受け入れでシップランドはこれから大変であろう。


「虚無は侵攻速度を速めたようだな。トレスト男爵家と諸侯軍は抵抗しているのかな? ハンターも見えないな」


「かもしれない。ただ、感心はできないな」


「無謀すぎるか」


「それもあるが、早めに虚無を迎え撃つ策を考え、トレストにいるハンター有志にも協力してもらい、シップランドからも応援を呼ぶ。それができていれば抵抗してもよかったが、この状況なら一時シップランドに逃げ、シップランド近郊で協力して迎撃した方が勝率も高かったはず」


 なるほど。

 私はこれまで、ララベルが凄腕のハンターで剣士でもあることは知っていたが、軍事にも詳しいとは思わなかった。

 間に合わない覚悟などに意味はなく、それなら次の戦いに備えるため逃げる選択も必要となる。

 それが理解できる彼女は、とても優れた指揮官になれるはずだ。


 だからあの王様がララベルを嫌い、貴族たちをけしかけてドブスだとバカにしたのであろう。

 彼女が戦場で指揮を執った方が、あの王様よりも生き残れそうだからな。

 なにしろ『剣聖』だからな。

 戦の勝率については、言うまでもないであろう。


「それだと、トレスト男爵家は永遠にシップランド子爵家に頭が上がりません。オアシスの主はプライドが高いので」


 形だけバート王国に臣従していても、実質小国の王みたいなものだからな。

 臣従すらしていないオアシスの主やその一族など、もっと独立心が旺盛であろう。


「その独立心の高さが、今回は仇となったか」


「虚無は有名な砂獣で、倒せば多額の討伐報酬を受けられるのは確実です。ハンターにも功名心に逸る者は多いので、彼らが強く討伐参加を望み、トレスト男爵家も『これはいけるかもしれない』と勘違いしたのかも」


「無理だろう」


 本当に腕のいいハンターほど、自分の実力を客観的に判断できる。

 トレスト男爵家に同調したハンターたちは、あきらかに実力不足のはずだ。

 現にガルシアの商会の主は、全員に断られたと言っていた。

 彼が、虚無を倒せそうにない弱いハンターに依頼を出すわけがないのだから。


「オアシスの主だからといって、常に正しい判断をするわけではありませんからね。そうでなくても、バート王国からの援軍を呼び寄せるかどうか、言い争っていた一族や家臣たちを抑えられなかったでしょう?」


 会社でもそうだが、トップの選択ミスはその会社の致命傷になることが多いからな。

 トレスト男爵家も、同じ結末を選んでしまったわけだ。


「まずは、虚無の居場所を探そう」


「そうだな。それがわからないことにはなにもできない」


「トレストのオアシスにいますかね?」


 船を飛ばして二日後。

 虚無は、トレストのオアオスから数十キロ北東、思ったよりもシップランドに近い位置にいた。 

 それと避難民だが、やはりトレスト男爵家及びその軍勢、ハンターたちの姿は見かけなかった。

 虚無に挑んで食べられてしまったと見た方がいいだろう。


「それにしても、デカイなぁ」


「これでは、小さなオアシスの町などひとたまりもないだろうな」


「タロウさん、倒せるあてはあるんですよね?」


 砂漠をゆっくりと進む虚無は、普通のサンドウォームとは違って砂に潜っていなかった。

 自分を倒せる者などいないとばかりに、己の姿を誇示しているようだ。


「私が輪切りにするか?」


「ララベル様、すぐに回復してしまうので無意味ですよ」


「では、ミュウの氷魔法は?」


「あの巨体だと、完全に氷漬けにするのは無理ですよ。氷が溶ければ、すぐに復活してしまいます。その前にあの巨体ですからね。表面を凍らせたくらいでは、すぐに氷を壊してしまうかもしれません」


「では、私の出番かな。まずはこれを着てくれ」


 私は、事前に『ネットショッピング』で購入しておいた防護服とマスクを『異次元倉庫』から取り出し、二人に装着するように命じた。


「暑いな」


「しかし、見えない気体で呼吸困難になって死ぬよりはマシだろう?」


「毒ですか? ですがあの巨体です。大量の毒を全身に回らせるのは難しいでしょう」


 当然この世界にも毒はあるが、あの巨体を殺す毒を用意するのは難しいのかもしれない。

 もしくは、毒が効かない可能性もあった。

 誰かが試していないわけがないという推論からだが。


「これも毒の一種だけど、この世界だと自然界で生成されているかどうかわからないな」


 三人とも防護服を着て防毒マスクをしたのは、これから発生する毒ガスで自分たちがやられないようにするためだ。


「これから取り出す液体入りの容器を、虚無のバカデカイ口に中に放り込んでくれ」


「了解した」


「私もやります。腕力だけでは無理ですけど、魔法で飛ばせばいいのでコントロールはいいですよ」


「私もやる。とにかく、大量に口の中に放り込んでくれ」


 私は、やはり事前に大量購入しておいた『業務用の塩素系漂白剤』と『業務用の酸性洗剤』の大きな容器を大量に『異次元倉庫』から取り出した。

 ミュウが小型船を操作し、虚無の巨大な口の前に立ち塞がる。

 やはりサンドウォームなだけあって、虚無の口からはネットリとしたヨダレが垂れていて、その内側も粘膜で覆われているのが確認できた。


 私は、この作戦の成功を九割方確信した。


「全部投げ入れろ! 作戦名は『混ぜるな危険!』だ!」


 斬っても、魔法で焼いても貫いても、すぐ回復してしまう生物をどう殺すのか?

 毒が一番有効だと思われるが、なにしろ虚無は大きい。

 致死量の計算も難しく、虚無を殺せるだけの毒を用意するのも難しい。


 そこで、昔に死者を出したこともある、塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜて猛毒である塩素ガスを発生させる作戦を実行したわけだ。

 サンドウォームの口の中が粘膜質なのもよかった。

 塩素ガスと粘膜に含まれる水分が反応し、塩酸や次亜塩素酸が生成されて呼吸困難に陥るからだ。


 いくら無限の回復力を誇る虚無といえど、生物には変わりないので、呼吸を妨害されれば窒息して死んでしまうはず。

 私はこの可能性にかけ、『ネットショッピング』で大量に購入した塩素系漂白剤と酸性洗剤を虚無の口に中に次々と放り込む作戦を立案したのだ。


 虚無の体内で二つが混じれば、発生した塩素ガスは拡散せず効果が薄れないのと、外にいる私たちに影響が少ないのもよかった。

 

「虚無、随分と食いしん坊だな。胃液は多い方か?」


 人間もそうだが、生物の消化液は塩酸が入っていることが多い。

 この塩酸も塩素と反応して大量の塩素ガスを発生させ、サンドウォームの呼吸器や気管支、消化器官などを焼いていく。

 自慢の回復能力ですぐ回復しても、すぐにまた塩素ガスで粘膜が焼かれていく。

 呼吸も困難になり、これでは虚無でも窒息してしまうはずだ。


「タロウ殿、まだ投げ込むのか?」


「失敗できないから、念入りにやらないと」


「余らせても使い道ありませんよね」


「ミュウの言うとおりだ」


 それに、塩素系漂白剤と酸性洗剤はそんなに高いものではないからな。

 コスパのいい業務用を購入しているので、残しても掃除や洗濯で使うにしても大きすぎる。

 もし必要なら、家庭用の小さい物を購入すればいいのだから。


「全部投げ入れてしまいましょう」


「確かに、この巨体だからしぶとそうだからな」


「中途半端はよくないですよ」


 私がある限り口に中に投げ入れろと命じると、ララベルはひょいひょいと洗剤と漂白剤の入った容器を虚無の口の中に入れていく。

 ミュウも、魔法で容器をコントロールよく飛ばして口の中に放り込んでいった。

 私もやっているが、やはり二人には敵わないようだ。


 コントロールを重視すると、どうしても作業が遅れてしまうのだ。

 一人だったら、虚無に反撃されていたかもしれないな。


「タロウさん、容器ごとでいいのですか?」


「虚無は健啖だからな」


 容器など、すぐに強力な胃液で溶かしてしまうはずだ。

 それに、口の入口で二つの液体が混じるよりも、お腹の中で混じって反応した方が効果絶大であろうからだ。


「もうそろそろかな?」


 数百個の大きなポリ容器に入った二つの液体をすべて飲み込んだ虚無であったが、数分ほどで突然苦しみ出した。

 どうやら、体内で塩素ガスが大量発生したようだ。


「ミュウ、暴れる虚無に巻き込まれる前に退避だ」


「了解です。うわぁ、もの凄く苦しそうですね」


「そうか! まさか、焼け爛れ続ける体の内側を切除して回復はできないからな」


「そういうことですか。タロウさん、凄いアイデアですね」


 無事有毒ガスが発生したので、かえって虚無に刃物で攻撃をしない方がいいだろう。

 そんなことをするまでもなく、暫く暴れていた虚無は突然砂漠に倒れ伏し、最後の抵抗とばかり、その巨大な尻尾で地面を叩き続ける。

 まるで、苦しさを紛らわしているかのようだ。

 そして最後に、虚無は体をピクピクさせてから完全に動かなくなった。


「倒したか?」


「あっ! 消えた!」


「死んだな」


 私及び私が入ったパーティが砂獣を倒すと消えてしまうので、虚無はちゃんと討伐されたことが確認できた。

 やはり、体内にあった洗剤や毒ガスも消えてしまったようだ。

 いつ見ても不思議な光景だな。


「やったな」


「タロウ殿、見事な策だな」


「そうですよ。初めての毒を見事に使いこなしましたしね」


 日本でやったら確実に叱られるのだけど、ここは別の世界で致し方ない状況だったので不可抗力だと思うことにした。

 それに、これまでいくつものオアシスを飲み込んできた砂獣なので、どんな方法を用いても、倒した方がこの世のためというものだ。


「賞金とオアシスゲットか」


「虚無の討伐で手に入ったイードルクも楽しみだな」


「私たちの場合、そっちの方が嬉しいかもですね」


 こうして私たちは、悪名高い砂獣『虚無』の討伐に無事成功したのであった。

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