第33話 新たなる旅立ち

「虚無は、大きくても砂獣なんだな」


「タロウ殿、急にどうしたのだ?」


「私及び、私が所属するパーティにおいて砂獣を倒すと消えてしまう。虚無も消えたということは砂獣なんだなって」


「あのような砂獣はそうはいないが、まったくいないわけではない。世界中に名付きの砂獣が存在しているからな」


「なかなか倒せないですけどね。虚無だって、タロウさんの策がなければ倒せませんでしたよ」


「二人が手伝ってくれなければ、私一人だとすべての容器を虚無の口に投げ入れられなかったはずだ」


「いや、我らの場合、優秀なハンターなら代わりは務まる。やはり、タロウ殿は『変革者』なのだな」


「ちょっと特技が特殊だけどね」


「しかし、考えようにとっては戦闘力に優れた『変革者』などよりもよほど貴重な存在なのでは?」


「それが判明するまで、タロウさんを傍に置けなかった陛下の失策でしょうね。判明しても、その価値が理解できない可能性もありますけど」


「兄もそこまで愚かではないと思いたい。大兄様が優れ過ぎていたので目立たないが、兄も無能というわけではないのだから」


「でも、私はあの陛下の下で働くのは嫌だな。ララベルとミュウと一緒にいた方がいい。いくら若くてイケメンでもね。男は綺麗な女性の方がいいと思ってしまう単純な生き物なんだよ」


「タロウ殿……私とミュウは……」


「だから、私の美醜の判断基準はこの世界のそれとはまったく反対なんだ。王様に喜ばれ、褒美の宴で美女が出てきても喜べないのさ。さて、報告に行こうか?」


「その前に、虚無を倒したら、イードルクはいかほど増えましたか?」


「ええと……げっ! なにこれ?」






 虚無の討伐に成功し、私たちは報告のためシップランドに戻ることにした。

 証拠に虚無の遺体があればいいのだが、倒すと完全に消えてしまうのが、私の特技の難点だな。

 死体を放置していたら、他の砂獣に食われてしまったというシナリオでいいだろう。

 もし向こうが信じてくれなくても、それは仕方がないのかなと。


 そう思えるくらい、虚無の討伐報酬は凄かった。


「現在の残高、二千十五億四千五百六十三万二十イードルクなり」


「名付きだから報酬が多いってことかな? ミュウは知らないか?」


「名付きの討伐で得られる報酬が多いのは事実です。名付きに成り立ての、あのサンドスコーピオンでも一億ドルク以上でしたから。ですが多すぎですよ。やはりかなり巨大化した砂大トカゲを討伐した際に得られた報酬は五億ドルクくらいだったそうです。砂大トカゲの名付きは、素材はそれほどお金にならないというのもありますけどね。素材がお金になりにくいのは、サンドウォームの名付きも同じなので、ちょっと多すぎだと思います」


 虚無一匹の討伐報酬が、二千億イードルク以上なのは本来あり得ないわけか。


「私の特技のせいとか?」


「それよりも、サンドウォームの特性のせいだと思います」


 ミュウによると、サンドウォームは非常に悪食で、その体内に消化しきれていないものが多数残されてしまうことが多いという。


「トレストや、その他にもオアシスを襲っているはずなので、そこで呑み込んでしまった様々なものの売却代金も含まれている可能性が高いです」


 そういえば虚無は、私たちと戦う前にトレスト男爵家の軍勢やハンター有志などと戦っている。

 トレスト男爵家がオアシスを出る時に持ち出していた貴金属類や、ハンターの装備などが虚無の体内に残されていて、それもイードルク化してしまったわけか。


「それなら納得できるか。トレスト男爵家から返せと言われるかもしれないけど」


「大丈夫だと思いますよ。砂獣から出た利益はそれを倒した者に属する。これがこの世界のルールですから」


 例えば、誰かの宝石が砂獣に襲われた時に呑み込まれたとして、それを所有する権利は、その砂獣を倒した者に属するわけか。

 砂獣に宝石を奪われてしまった人本人やその家族には権利がないと。


 砂獣に襲われて宝石を呑み込まれてしまった時点で、宝石の所有者本人が生きているわけがなく、基本的に砂獣はそれら栄養にならないものは排出してしまう。

 トレスト男爵家の家族たちは、虚無が排出したであろうオアシス周辺の砂漠を探すしかないわけか。


 今回の場合、イードルク化してしまったので絶対に見つからないわけだが。


「死骸がないのも、砂大トカゲやサンドウォームに食われてしまったことにすればいいか」


「あれだけの巨大な死体なので、すぐに周囲の砂獣たちが集まって掃除してしまうのが普通です。これからシップランドに報告に戻り、シップランド子爵家の者たちが虚無の死体を捜してもなにも見つかりませんよ」


 そういえば不思議に思っていたことがある。

 どうして砂漠には、こんなにも砂ばかりなのか。

 定期的に人、町、船などが砂獣に襲われているのだから、もっと残骸等が残っていてもいいのではないかと。


 その答えは、砂獣は金属、宝石、神貨などを除き、どんなものでも食べ尽くして消化してしまうのだそうだ。


「大きな砂獣の糞は、小さな砂獣の餌になります。最後は虫のような大きさの砂獣が砂にしてしまうのです」


「全部砂に?」


「この世界が、砂漠だらけな原因ですね」


「砂漠化かぁ……」


 砂獣が活発に活動すればするほど、この世界は砂漠で埋め尽くされていくのか。

 『変革者』が召喚され続ける理由がわかったような気がしてきた。


「二千年前は、もうちょっと砂漠以外の領域も多かったそうです。一割ほど減少して砂漠化してしまったという研究者の報告を見たことがあります。オアシスの数は、どこかが枯れても、どこかからまた新しいのが湧いてくる状態なので、現状維持だそうですが」


「あの王様が変に焦る理由には、これもあるのかな? とにかくシップランドに戻ろう」


 いつもどおり虚無の素材と神貨は入手できなかったが、『ネットショッピング』で買い物し放題できるイードルクが沢山手に入ったのでよしとしよう。

 私たちは虚無討伐の報告をするため、急ぎ船をシップランドへと向かわせるのであった。




「念のため確認させていただきましたが、やはり虚無の姿を確認できませんでした。あなた方が虚無を討伐したことを認めます」


「それはよかった」




 この世界では、私の特技がかえってデメリットを生んでしまうこともあるようだ。

 虚無を討伐してシップランドに戻ったのはいいが、虚無の死骸がないので討伐成功を疑った人たちがいた。

 彼らの言い分も間違ってはいない。

 死骸の一部でも持ち帰ればいいという極めてまっとうな理由からだが、私たちが砂獣を倒すと消えてしまうので仕方がないのだ。

 かといって私の特技を教えるわけにいかず、ガルシア商会の当主は信用してくれたが、納得できない人たちに証拠を示すため、トレストとシップランドの間に偵察部隊を送って確認する羽目になっていた。


 あれほど巨大な砂獣が姿を隠せるわけもなく、探して見つからなければ虚無が討伐された証拠となるというわけだ。


 実はそれでも証拠としては弱いのだが、要は虚無にオアシスが襲われなければいいわけで、そんな事情もあって私たちはあれから一週間ほどシップランドに逗留し、外で砂獣を倒しながら生活していた。


「報酬をお支払いいたしましょう」


「よろしいのですか? 死骸がないので反発する人もいるのでは?」


「シップランドが虚無に襲われなければ問題になりませんから。変革者殿、貴殿は虚無を倒したと確信しているが、なんらかの理由で虚無の死体は残らなかった。違いますか?」


「……」


 さすがは大商会の主。

 鋭いな。

 私は沈黙したままだったが、これはまずかったかも。

 向こうは、私がそれを事実だと認めたから無言になった。

 もし違えば反論したはず。

 という風に捉えたかもしれないからだ。


「それと、水源のみとなったトレストですが……」


「どうぞ、差し上げます。考えてみたのですが、我々には変に拠点などない方がいいと思いましてね」


 トレストに根を張ると、バート王国とシップランドとの争いに巻き込まれるかもしれないからだ。

 どうせいつか私の生存はバレるだろうが、その時にバート王国が狙うシップランドの近くにはいない方が安全だろう。

 

 それに、貴族は性に合わない。

 私は生まれた時から庶民だからだ。


「シップランドの領地に編入すればいいと思います。逃げてきた領民たちを再入植させて開発すればいいですし、もしバート王国がシップランドに侵攻してきた時、一つでも避難地があれば安心というもの」


「……ララベル殿、トレストの領主にはなっていただけませんか? ミュウ殿、トレストのお抱え魔法使いになれますぞ」


「私は兄のせいで半ば追放された身だが、タロウ殿と出会ってからはこの生活の方が素晴らしいと思えるようになった。こんなブサイクな領主など、領民たちも嫌がるであろうしな」


「そうですね。島流しにされたオアシスが枯れた瞬間、バート王国王女とバート王国貴族令嬢の私たちは死んだのです。タロウさんといれば、私たちは心無い悪口で嫌な思いをしなくても済みます。三人で気儘にあちこちを旅しながら砂獣を斃し、貿易をしてもいいでしょう」


「ガルシア商会の当主殿。私たちにはもう、王女と貴族令嬢の身分などいらないのだ。いや、むしろもう邪魔なのだ」


「もう他人に責任を持つのは嫌なのです。三人で気儘に生きていきます。とはいえ、将来はどうなるかわからないですけどね」


 ララベルとミュウも、私と同意見のようだ。

 水源しかないオアシスなど、開発の手間を考えたら貰う意味などない。

 ガルシア商会の当主は、ララベルとミュウの生まれからオアシスに価値があると思っていたようだが、私たちにそんなものはかえって重荷になる。


「私たちが残ると、あの王様のことです。シップランド侵攻の口実にされかねません。私たちはいない方がいいでしょう」


「わかりました……。ところで、貿易の件ですけど」


「定期的にいい品をお持ちしましょう」


「それは結構ですな。では、よい旅路を」


 私とガルシア商会の当主は握手を交わし、虚無討伐の報酬を受け取ってからシップランドを離れることとなった。

 のだが……。


「あれ? 中型船ですか?」


「ちょうどいい新造の船がありましてね。この船は最新型の魔力動力搭載なので、一人でも操船できるのですよ。魔力消費量は少し増えますが、お三人の魔力量なら問題ありません」


 ガルシア商会の当主が、虚無討伐に使った小型船ではなく、新型の動力を搭載した中型船を用意してくれたのだ。


「このくらいの船の方が、旅をするのなら便利ですよ」


「これは申し訳ない」


「白砂糖のような荷を持ち込んでくれれば、一回で元を取れますからな」


 将来の取引に備えての投資というわけか。

 さすが、大商会の当主は大商いに必要な出費を惜しまないな。


「お三人は、船乗りとしては経験不足。暫くは、あまり遠くに行かない方がよろしいかと」


「近郊で、操船の経験を積むというわけですか」


「ミュウ殿の仰るとおりです。トレストから、さらに西に船で一週間ほど。この世界で一番古いオアシスと言われている……本当かどうかは知りませんけどね。砂漠化を逃れた古代遺産の発掘が盛んで、さらにダンジョンもあるそうです」


「ダンジョンですか……」


 モンスターが沢山いて、お宝もあるというやつであろうか?

 私が子供の頃に遊んだテレビゲームみたいに。


「そのオアシスは『オールドタウン』と呼ばれていまして、当然バート王国には臣従どころか、挨拶の使者すら送っていません。勝手に領地をバート王国領ということにされているので、かなり警戒、敵視しているのです」


 シップランド、オールドタウンと。

 この近辺だけでも二つの都市国家レベルのオアシスが、バート王国の支配力強化に抵抗しているのか。

 あの王様の言う『バート王国の支配権強化』は、大分難しい政策のようだ。


「トレストとオールドタウンの間にも一つ小さなオアシスがありますけど、あとの詳しいオアシスの位置などはこの地図をどうぞ」


 さすがというか、ガルシア商会の当主はバート王国全域の地図を所持していた。

 多分、取引をしている船主たちなどから話を聞き、この地図を作製したのであろう。


 なお、バート王国は自分の領地のはずなのに、シップランド以西の地図を半分ほどしか作成していなかった。

 自称自領の半分しか把握していない時点で、バート王国の領内統一がいかに難事なのかわかるというものだ。

 ただ一つだけ弁護させてもらうと、他の国も実は似たようなものだとシュタイン男爵から聞いていた。

 砂漠の世界をすべて把握するのは難しいというわけだ。


「貴重なものを申し訳ない」


「変革者殿は、この地図のありがたさを理解できていますね」


「当たり前だと思いますけど……」


 特に、国家に所属する者は余計にであろう。

 さらに言えば、軍事関係者などは余計にだ。

 というか、もし王様がそれが理解できていないのに領内の統一を目指そうとしているのであれば、もう笑うしかない。


「さすがにあの王様は理解していますよ。王族と貴族の中に理解できていない人たちが一定数いるだけで」


「それはまずいのではないか?」


「普通に考えればララベル様の仰るとおりですし、そういう教育を受けられるのが貴族なんですがね……」


 高度な教育を受けていても、どうしても落ちこぼれる人はいるからな。

 なぜかそういう人でも身分に相応した地位に就いてしまうので、その組織がおかしくなることは珍しくないのだけど。


「こういうものは、価値がわかる人だけが利用すればいいのですよ。では、よい旅を」


「すまない、世話になった」


「いい品を仕入れてきますよ」


「トレストの復興、大変そうですが、よろしくお願いしますね」


 私たちは、新しい中型船で南西を目指した。

 そこはバート王国領内とされながら、まったくその支配を受け入れていない独立領主たちがひしめく地域だという。

 ここならバート王国にも見つからず楽しく暮らせるであろうと、私たちは希望に胸を膨らませながら船を走らせるのであった。


 私たちの旅は、これからが本番なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る