第44話 デカデンジ君vsおっさんパーティ

「今、悲鳴が聞こえたよな?」


「それも、入り口の方ですね」


「なにかがあったのか? 自称美女ハンターたちは」


「タロウ様、『自称』ではないですよ。極めて性格は悪いですけど……」



 砂獣の狩猟勝負をしていたら、突如ダンジョンの入り口付近から悲鳴が聞こえてきた。

 声の質からして、あの自称美女ハンターたちのようだが、体が太いので声が響くな。

 この世界ではそれも美人の証明で褒めるところらしいけど、私にはとてもそう思えなかった。

 悪く言えば、『解体される前の豚の断末魔の声』?

 おっと、これをいい年の大人が口にしてはいけないな。


「なあ君たち、彼女たちの元へ行かなくていいのか?」


 私は、勝負をしている男性ハンターたちに声をかけた。

 どうやら彼らは、狩猟に夢中になっているあまり、女性ハンターたちの悲鳴に気がついていなかったようだ。

 主にララベルとミュウが全力でデンジ君を狩ったため、現時点でかなり大差をつけられて負けていたからであろう。

 負けると土下座なので、もしそうなったら彼女たちにドヤされると、我を忘れて狩りをしていたようだ。


「悲鳴ですか?」


「聞こえたのは確かだ。あんたたち以外、全員が聞いている」


「すみません。見てきます」


「私たちも行こう」


 ダンジョンの入り口付近なので、なにかあって外に出られなくなる危険もあった。

 彼女たちの悲鳴の原因を探ろうとみんなで向かったのだが、そこにはすでに潰されて血塗れになった元美女ハンターたちの死体しかなかった。

 そして、ダンジョンの入り口を塞ぐように、全高三十メートルはある巨大なデンジ君が立っていたのだ。

 天井ギリギリだな。


「彼女たちは、『デカデンジ君』に踏み潰されたのだな」


「でも、彼女たちってレベルは高いのでは?」


 レベリングの成果だが、彼女たちはレベル百五十超えなので、倒せないにしても逃げるくらいはできたはず。

 どうしてすぐに踏み潰されてしまったのであろうか?


「レベルばかり上げても、それに慣らす訓練をしなければ意味はないさ」


「急激に上がった身体能力に振り回されますからね。レベルだけを上げればいいって話じゃないですよ」


 いくらレベルアップしても、それに体がついていかなければ、ただ体が翻弄されるだけ。

 ララベルとミュウの言うとおりか。


「ところでアドルフだったな。完全にデンジ君を倒したか確認したんだろうな? デカデンジ君発生の責任はお前たちにあるんだぞ」


「どうなのです?」


「そう言われると……」


「焦って、確認を怠ったかも……」


 男性ハンターたちは、自分たちがこのデカデンジ君発生の原因だと自覚していた。

 いったい、なにをやらかしたんだ?


「タロウ殿、デカデンジ君の発生メカニズムを知っているか?」


「いや、知らないな」


 生憎と私は、そこまで砂獣に詳しくなかった。

 ララベルは知っているのか。


「ミュウが知っていて、前に聞いたことがあるんだ」


「デンジ君って、寄生砂獣なので生死の判別が難しいんです。それはわかりますよね?」


 デンジ君は、私の生物観を覆すような存在だ。

 一言で言えば、大昔の金属が混じっている粗大ゴミに手足がついている。

 ロボットともまた違う、とにかく理解に苦しむ砂獣なのだ。

 本体についても、実はまだよくわかっていないらしい。

 粗大ゴミに寄生しているが、粗大ゴミに一定以上のダメージを与えれば……破壊すれば活動を停止する。

 急所のような概念はないそうだ。

 寄生体ならまた他のゴミに寄生すればいいような気もするが、なぜか一緒に死んでしまう……粗大ゴミが死ぬというのも変か……破壊されてしまうのだ。


「ですが、たまに死を擬態する個体がいるのです。攻撃を受けると動かなくなり、人がいなくなってから活動を再開するわけです」


 死んだフリをするわけか。


「だが、その見分けは非常に簡単だ。神貨がドロップしないからな」


 砂獣が倒されると、必ず神貨がドロップする。

 逆に言えば、神貨がドロップしなければデンジ君は死んだフリをしているわけだ。

 擬態がバレたら、無防備なデンジ君は簡単に破壊されてしまうだろうな。


「じゃあ、擬態は成功しないだろうに」


「乱戦になってデンジ君の残骸が散乱した時、ハンターの数え間違いがあるから、ないとは言えないな」


 つまり、男性ハンターたちがそれをやらかしたと?


「彼ら、焦っていたので」


 勝負は、誰が見てもララベルたちの圧勝だったからな。

 ララベルとミュウがデンジ君を虐殺レベルで倒し、フラウが討伐を確認してから神貨を回収し、残骸を後ろに下げる。

 そして私が、その残骸をダンジョン入り口付近に作った置き場までリアカーで持っていく。

 作業が分担されているので、ミスは少ないはずだ。

 一方、アドルフたちは焦っていた。

 討伐数で差が開く一方だったので、三人の中の一人をデンジ君の死を確認し、神貨と残骸の回収専門にできなかった。

 死んだ女性ハンターたちはまったく手伝わず、それでも負ければ罵られるだろうし、最悪パーティ解散になる可能性もある。

 彼女たちからすれば、『私たちをパーティに加えたい男性パーティなんて、他にいくらでもいるのよ』というわけだ。

 彼らは余計にバタバタしてしまい、デンジ君が死んだのか確認を怠ってしまった。


「でも、どうしてこんなに巨大に?」


「デンジ君という砂獣の戦術かもしれませんけど。我々ハンターは、デンジ君の残骸を集めて一箇所に積みますよね?」


 なるほど。

 我々ハンターが便宜上、デンジ君の残骸を一箇所に積むことを理解していて、残骸の山に一体でも擬態しているデンジ君がいた場合、その残骸の山すべてを取り込んで巨大化してしまうわけだ。


「で、デカデンジ君ね……」


 大昔の粗大ゴミが合体し、巨大な手足が生えた集合体になるのか。

 ボディーは金属だし、大きくて重たいので強い砂獣に成り上がったというわけだ。


「でも、変なんですよね」


「変?」


「我々のパーティと向こうのパーティ、討伐したデンジ君の残骸は分けて積んでいたじゃないですか。でも、あの大きさだと両方の残骸を足した量に匹敵しています」


「近くに積んでいたからじゃないの?」


「それが、擬態したデンジ君が同胞の残骸を取り込んで巨大化する時、残骸同士がくっついていないと合体できないんです」


 両パーティが獲得したデンジ君の残骸は、間違ったり、残骸の山がくっついて判別不能にならないよう、数十メートルは離していたからな。

 接触している残骸でなければ合体できないとなると……。


「やらかしたな。彼女たち」


「申し訳ない!」


 アドルフたちも、どうしてデカデンジ君がここまで巨大化したのか気がついたようだ。

 どうやら、女性ハンターたちは自分たちなりに働いていたようだ。

 私たちのパーティの残骸を、自分たちのパーティの残骸に移すくらいは。


「そんなズル、バレないと思ったのか?」


「それが問題になっても、『私たち美人の言うことを信じられないの?』と言って周囲の支持を集め、私たちに土下座させる作戦だったんだと思います」


 大方、フラウの予想どおりだろうな。

 今となっては彼女たちもペチャンコで、真相を知ることはできなくなってしまったけど。

 フラウがそれに気がつくとは、彼女も村で同じことをされたんだろうな。

 あのセーラ辺りならやりそうなことだ。


「事情はだいたいわかったが、どうしようか? これ」


 全長三十メートル超えの金属製の手足がついている巨大な塊だ。

 しかもここは、ダンジョンの入り口でもある。

 放置はできないだろうな。


「しでかした人が、責任を取るのが筋だと思います」


 フラウの正論を聞いた、そのしでかした人たちであるアドルフたちは、顔を青ざめさせながら首をフルフルと振っていた。


「無理です! こんなに大きなデカデンジ君を倒すなんて!」


「ダメージが通らないよ!」


 金属が多く含有している粗大ゴミの塊だし、生えている手足も金属製なので、言うなれば超合金ロボを相手にしているようなものだからな。

 並の上級ハンターでは厳しいか……。


「ちなみに、ララベルとミュウでも厳しいかな?」


 私?

 私の戦闘力では、ダメージを与えることすら不可能かな。


「やれなくもないが、一つ条件がある。数秒でいいから動きを止めてほしい。現状では不可能だな」


「ちなみに私では無理です。金属が凍ってもダメージにならないので」


 デカデンジ君だが、どうやら必要以上に接近すると攻撃を食らうようだ。

 例の女性ハンターたちも、デカデンジ君の傍で潰れているので、死体の回収すら困難であった。

 正直スプラッターな光景なので、こうなると美人も台無し?

 どうも私には実感がわかないな……。


「どうしますか? タロウ様」


「うーーーん。あんたら、私たちが気を引いているうちにダンジョンの外に出て、他に人が入ってこないように見張っていてくれ」


 デカデンジ君はダンジョンの入り口付近にいるため、このままだとダンジョンに入ってきたハンターたちがわけもわからず踏み潰される危険があった。

 そこでまずは、男性ハンターたちにダンジョンを出てもらい、他のハンターたちが入って来ないように見張って欲しいと依頼した。

 倒すのは難しくても、デカデンジ君の傍を潜り抜け、入り口からの脱出なら容易なはずだ。

 なにしろ彼らは、上級ハンターなのだから。


「しかし、君たちは大丈夫なのか?」


「策はある。だから、頼む」


「わかった。すまない……」


「では、私が気を引こう。ここだ! デカブツ!」


 アドルフたちの脱出を支援するため、ララベルがデカデンジ君に接近して気を引く役割を引き受けてくれた。

 剣を抜かずに接近し、デカデンジ君からの攻撃をひょいひょいとかわしていた。

 その間に、アドルフたちは無事脱出に成功する。


「タロウ殿、策があると聞いたが」


「動かなければいいんだよね?」


「数秒でいい」


「なら大丈夫だ」


 私は、『ネットショッピング』のページを開き、そこから大量の大容量ボンドを購入した。

 実は、アドルフたちに外に出るように頼んだのは、彼らに『ネットショッピング』を知られたくないというのもあったからだ。


「ミュウ、フラウ。このボンドをデカデンジ君にぶちまけるんだ!」


「このネットリした液体をですか? うわっ! 指がくっついた!」


 業務用強力ボンドの効果を甘く見たミュウが、なんとなしに指で試してみたら、くっついて外れなくなってしまい、珍しく慌てていた。


「あとで外してあげるから、冷気系の魔法を用意しておいてくれ」


 ボンドの接着力と、さらに冷気でボンドを固めていく。

 そしてデカデンジ君の動きが止まったところを、ララベルの一撃に期待する作戦だ。


「頼む、ララベル」


「任された。一刀両断にしてくれよう」


「フラウ、どうせ残しても意味ないから、どんどん投げつけるんだ」


「はいっ!」


 粘度のあるボンドなので、離れた場所にいるデカデンジ君の関節や、足と地面を接着するには効率が悪いが大量のボンドを使うしかない。

 そんなに高いものでもないので、次々と購入して蓋を開け、デカデンジ君に投げつけていく。


 デカデンジ君が振り払ったボンドは徐々にその体を浸していき、関節に入り込み、地面に落ちたボンド入りの容器を脚で踏みつけ、段々と動きが鈍っていく。


「ミュウ!」


「任せてください!」


 デカデンジ君が十分な量のボンドに浸されたあと、ミュウが冷気の魔法をデカデンジ君に対して放った。

 冷気で強引にボンドを固める作戦だ。

 作戦は成功し、デカデンジ君はすべての関節が動かなくなり、両脚もダンジョンの床に接着され動けなくなってしまった。


「ララベル?」


「タロウ殿、任せるがいい」


 ララベルはデカデンジ君の前に立ち、ゆっくりと剣を抜いた。

 鋭い眼光と殺気を感じたのであろう。

 デカデンジ君は懸命に動こうとするが、固まったボンドのせいで小さく揺れるのが精一杯であった。


「面倒をかけさせて。真っ二つにしてくれよう。『両断剣』!」


 その驚異的な身体能力を生かし、デカデンジ君の頭上まで飛び上がったララベルは、剣を振り下ろしながら地面に地面に着地する。


「あれ? なんともない?」


「タロウ殿、すでにアレは斬られている」


 ララベルが剣を鞘にしまった直後、デカデンジ君は左右真っ二つに割れ、同時に大きな革袋が落ちてきた。

中身は大量の神貨であり、これにてデカデンジ君が討伐されたことが確認されたのであった。


「いやあ、私の奥さんたちは凄いね」


「愛する夫のためなら、このくらいは簡単なことだ。それよりも、タロウ殿の相手の動きを止める方法は秀逸だったな」


「そうですよね。よく思いつくなと思います」


「そんなに大したことじゃないさ」


 『ネットショッピング』で使えるアイテムを購入しただけだからね。

 ララベルの剣技と、ミュウの魔法の献身の方が凄いと思う。

 あと、フラウも頑張ってくれた。

 この子は頭がいいようで、ちゃんと考えて動いてくれるのがいい。

 自称美人ハンターたちの一万倍は賢いな。


「タロウ様、随分と大金ですね」


 真面目なフラウがデカデンジ君が落とした神貨を回収してきてくれたけど、総額は二十億ドルクを超えていた。

 普通のデンジ君ならあり得ない額なので、デカデンジ君を倒したせいであろう。


「デカデンジ君は、巨大になればなるほど得られる神貨が増えるそうですよ」


「なるほど」


 でも、倒すのは難しくなる。

 私は、デカデンジ君に潰されてしまった女性ハンターたちの死体を極力見ないよう視線を逸らした。

 死体なんて好んで見るものでもないし、これを回収する義務があるのは、パーティメンバーである男性ハンターたちだ。

 彼らは、パーティメンバーが死亡したことをハンター協会に報告しなければいけないからだ。


「おおっ! タロウ殿。私のレベルが六百を超えたぞ」


「私もです」


 レベル六百超えかぁ……。

 内情はともかくレベルが上がりやすい私と違って、この世界の人間からすればトップレベルの数字なんだろうなと思う。


「新しい特技というか、『剣聖』が『剣神』にランクアップしたぞ」


「私も、『氷魔法』が『極氷魔法』にランクアップしました」


「いいなぁ。私も早くレベル六百になりたいです」


「……」


 でもフラウ。

 この二人がレベル六百に至った過程には色々とあったというか……話を聞くといたたまれなくなるので、そんなに焦らなくていいと思ってしまう私であった。

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