第102話 露見
「陛下、『兵は拙速を尊ぶ』でしたか。古い言葉ですが……」
「昔活躍した『変革者』が残した言葉だそうだ。確かに当たっているな」
「オールドタウンは、まだ戦力の再編ができていないでしょうからな」
「まさか、あの戦場に評議会議員たちが複数いたとはな。それも、上の連中ばかり。今頃、オールドタウンはなにもできず右往左往であろうよ」
俺はツイている。
水が出ないシップランドを維持だけさせ、一時王都に主力を引き上げようとしたら、オールドタウンのバカ共がその背中を討とうと進撃してきた。
所詮、銭の匂いが鼻に突く下賤な商人たちよ。
こうも軍事に疎いのに、都市など統治しようとするからこうなる。
やはり民たちを統べる資格があるのは、高貴な生まれである王族や貴族が相応しいのだ。
バカ共が勢いだけで進撃してきたので、包囲して沢山殺してやったわ。
自分たちの作戦は必ず成功すると思っていたのであろう。
なぜか議員たちも一緒にいたので捕らえたが、無様に土下座までして命乞いをしたのには笑ってしまった。
金ならいくらでも払うとも言っていたな。
当然無視して殺してやったが。
どうせお前らの資産は、オールドタウンを落としたついでに没収なので、お前たちから貰う必要などないのだから。
まがりなりにも、評議員としてオールドタウンを支配していたのだ。
戦に負ければ一族皆殺し、資産はすべて没収されても文句は言えまい。
「あんなバカ共でも、オールドタウンでは力のある連中だ。それが死ねば、オールドタウンは大きく混乱していよう」
ほとんど戦うことなく、オールドタウンは落とせるであろう。
そうしたら次は、『南西諸部族連合』とかいう新興国……いや、バート王国の神聖なる領土を侵す砂賊のような連中だ。
国家を名乗るなど無礼極まる連中だが、海と緑の大地があるという点は素晴らしい。
砂漠エルフたちは皆殺しにして、女は……全員ドブスだから使い道もない。やはり皆殺しだ……そのすべてを奪ってやろう。
さすれば、バート王国によるグレートデザート統一もそう難しくはないはずだ。
俺は、歴史上初めてグレートデザートを統一した支配者として、永遠にその偉業を語られ続けるのだ。
「(楽しみではないか。まずはその第一歩であるオールドタウン占領を成功させなければ)」
どうせ、オールドタウンにはろくな戦力は残っていないだろうがな。
俺が念入りに殺させたのだから当然だ。
こちらの軍勢は少数精鋭なので、かき集めた水と物資でなんとかなった。
シップランドとは違い、攻め落とすオールドタウンには水源があるし、食料も豊富だ。
辿り着いた時点で俺の勝ちは決まる。
オールドタウンの軍勢を殲滅した時、躊躇わず兵を進めた俺は賭けに勝ったのだ。
「陛下!」
「どうかしたのか?」
まったく。
せっかくいい気分のところを邪魔しやがって。
もし俺が不機嫌だったら、お前は打ち首だったというのに……。
俺は今機嫌がいいので、タイミングの悪いお前の報告を聞いてやるとするか。
「陛下! この先に軍勢が待ち構えております!」
「軍勢だと?」
オールドタウンの残存戦力とでもいうのか?
それなら、そう簡単に再建できないほど殺してやったはず。
砂賊の間違いではないのか?
もし生き残りだとしても、オールドタウンの状況から考えて大した数ではないはずだ。
間違いなく、詐術で数を多く見せているだけ。
精鋭たるバート王国軍の敵ではない。
「まだ死にたい奴がいたとはな」
まあよかろう。
一回も戦わずにオールドタウンに入ると、住民たちが舐めた真似をするかもしれない。
せいぜい派手に蹴散らして、バート王国の力を見せつけてやろうではないか。
「なっ、なんだと! 本当にバート王国軍よりも多いだと! どこから湧いたのだ? 住民に武器を持たせて並べただけではないのか?」
「兄上、相変わらず自分の都合のいい方にばかり考える癖が抜けていないようだな」
「なに奴? ララベルか! お前は従者のミュウと共に、あの水源が枯れたオアシスで干からびたか、砂獣の群れに殺されたはず!」
「ちゃんと死体を確認してから、私とミュウが死んだと思うべきでしたな」
「陛下、私も生きてますよ」
「おい、あの二人はララベル様とミュウ様では?」
「死んだのではなかったのか?」
「軍勢を率いているということは、我々を出迎えに来たとか?」
「そういうことか!」
配下という存在には、主の考え方や性格が伝染するもののようだ。
『南西諸部族連合』軍と、オールドタウンを防衛していた残存戦力で連合軍を編成して防衛線を張ったら、肝心の敵であるバート王国軍の連中は私たちを味方だと思ったようだ。
決死の覚悟でオールドタウンの軍勢を殲滅しておいて、もう一方では能天気な考え方をしている。
理解に苦しむ連中だな。
「ララベル! 俺を迎えに来たのか? オールドタウンに迎え入れるために。お前にしては使えるじゃないか」
「なにをどうすると、そういう上から目線の考え方になるのか理解に苦しむが、軍旗を見て気がつかないとは……」
まだ私たちを味方だと思っている王様に、みんな呆れてしまった。
この王様の悪い癖だよな。
ララベルとミュウを下に見ているから、二人が別国の軍勢の指揮官であるとは微塵も思っていないのだから。
「軍旗だと? 見慣れぬ……オールドタウンの『協商旗』とは違うな。緑と青が上下で半々の旗か……見たことがない」
それはそうであろう。
オールドタウンは都市国家であったが、国旗がなかった。
協商旗という、いかにも商人らしい黒地に天秤が描かれたものだったのだ。
黒い生地を使ったのは、『黒字』に由来するらしい。
もっとも、現時点で協商旗はそれを掲げるところがなくなってしまった。
今、私たちの軍勢が掲げているのは、緑と海がある『南西諸部族連合』の新国旗であった。
今回の迎撃戦に備え、急遽作られたものである。
生地は『ネットショッピング』で購入したものだけど。
「『南西諸部族連合』。ララベル! お前がその新国家の主なのか? シップランドの放棄に協力し、今オールドタウンの防衛にも手を貸している国の……」
「残念だが違う。『南西諸部族連合』の長は、兄上もよく知っている人物だ」
「そうですね。陛下はよく知っているはずです。使い物にならないという理由で追放すると見せかけ、謀殺しようとした。相変わらず裏でコソコソ企むのが好きですよね」
「ミュウ! 貴様! 誰に向かって!」
「私はもうバート王国の貴族ではないので。ララベル様も、もう王女様ではありません」
「そうだな。私は『南西諸部族連合』の長、カトゥー大族長の妻となったのですよ」
「ちなみに私もです」
「私も婚約しました」
「オレも」
フラウとアイシャは、わざわざそれを王様に言う必要あったかな?
まあいいか。
そろそろ顔を出すとしよう。
殺したはずの『変革者』が、敵国の主となって目の前に現れた。
あの王様はどんな顔をするかな?
「……カトゥー大族長。本当にいたのか」
「まだ気がつかないかな? わざわざカトゥーなんて名乗っているのに」
「お前は……」
「もしかしたら気がつくかなと思ったんだが、役立たず扱いの小者が新興国家の主になるとまでは想像できなかったか」
「……役立たずの『変革者』……。生きていたのか?」
「足はついている、という古典的な言い回しを好みますか? バート国王よ。さて、先日は先走ったオールドタウンの軍勢を殲滅して得意気だったようですけど、今度はあなたが我々の罠に飛び込んだ。残念ですが、お命頂戴します」
「させるか! 全軍! あの男を殺せ!」
そのまま恥も外聞もなく逃げ出したら大したものだったのだが、逆に私を討てと命じた。
やはりこの王様は……せっかくの機会だ。
人殺しは嫌だが、彼だけは討たないと犠牲者が増えてしまう。
情けをかけず討つとしよう。
「攻撃開始!」
「兄上! お覚悟を!」
「御首頂戴します」
「戦乱の元凶を討ちます!」
「すまないが、あんただけは生かして返さない! オレたちの安寧のためにもな」
ララベルたちを先頭に、サンダー将軍が鍛えた兵たちに、オールドタウンでも凄腕のハンターたちが加わって、一斉にバート王国軍へと襲いかかる。
これまで無用な戦争を何回も起こした報いを受けてもらうとしようか。
そしてなによりも、私たちの平穏な生活のために。
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