第103話 油断

「兄上!」


「近衛隊よ、王の命令だ! ララベルを討て!」


「しかし……その……ララベル様ですが?」


「ララベルの首を獲った者は、一兵卒でも貴族にしてやる。勿論、あの死にぞこないの『変革者』の首でもな」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


「元同胞と言えど、私は容赦しないぞ。死にたくない者は下がるのだな」




 早速戦闘が始まったが、私にはやることがなかった。

 ララベルたちはそれぞれに戦って活躍しているのだが、私は総大将なので後ろでふんぞり返っていればいいそうだ。

 こうやって、男はヒモになっていくのであろうか?


「カトゥー大族長が死んだら、『南西諸部族連合』は成立しないからですよ」


「知ってたけど」


 サンダー将軍が呆れたような表情を浮かべながら、ララベルたちを前に出して、私を後ろに下がらせた理由を教えてくれた。

 勿論知っていたけど。


「兄上、私と直接戦わないおつもりか?」


「ふん! お前のような奴を猪武者というのだ! 俺は将の将たる王なのでな! 早くララベルを討て!」


「「「はっ!」」」


「逃げるなら追わぬが、戦うというのであれば容赦しない!」


 バート王国でトップクラスのハンターにして、王国一の剣の達人であるララベルは、一刻も早くケリをつけようとバート王を直接狙った。

 そして、彼を守ろうとララベルの前に立ち塞がる近衛隊の騎士たち。

 彼らは普段から砂獣退治を行っており、レベルも高かった。

 そのため、さすがに三対一だとララベルの足も止まってしまったようだ。

 それでも、ララベルが有利なのは凄いけど……。


「物語とかだと、主人公はララベルだな。サンダー将軍、応援を送れないのか?」


「ララベル様の方が圧倒的に有利なので、応援は間に合わないと思いますよ。ほら」


 私とサンダー将軍が見ている前で、ララベルは一人目の騎士を斬り捨てた。

 王様の傍にいるのでトップクラスの実力を持つはずなのに、ララベルには敵わなかったのか。


「バカな!」


「兄上、猪武者はレベルだけ上げていればよかったのでね」


 騎士たちの方は、砂獣退治だけしていればいいってわけではないからな。

 元々ララベルの方が強かったのに、余計に差が開いてしまったのであろう。


「『ドブスは、同類である醜い砂獣と戯れていろ』でしたか。兄上の命令に従ったまでですよ」


「ララベル! ドブスのくせに! せいぜい砂獣退治で役に立たなければ存在意義がないだろうが! お前など、政略結婚の駒としても使えないのだから! 始末されずに成長できただけありがたく思い、この俺に感謝すべきところを恩を仇で返しおって!」


 近衛隊の後ろで叫ぶバート王であったが、あまりの逆ギレぶりに味方でさえ引いていた。

 その隙を突いて、十数名の騎士たちが全員氷漬けにされてしまった。

 どうやら、別のバート王国軍を魔法で攻撃し続けていたミュウが、その標的を変更したようだ。

 さらに……。


「陛下! 危ない! うっ……」


「おいっ! 矢か……」


「庇われてしまいました」


「あいつが手柄首だ! 首を獲った奴には、『高級ウィスキー』、『高級ブランデー』、『高級ワイン』を百年分だぞ!」


「「「「「「「「「「うぉーーー!」」」」」」」」」」


 フラウの一撃はバート王に命中するはずだったが、騎士に庇われてしまった。

 アイシャは元砂賊の長という経験を生かし、ハンター主体の元オールドタウン警備隊、シップランドで雇われていた傭兵たちの先頭に立って戦っている。

 正規兵ではない彼らにやる気を出させる方法。

 なにかしらの利益で釣るしかないわけだが、アイシャはその褒美を爵位ではなく『ネットショッピング』で購入できる高価な酒とした。

 自分で飲んでもいいし、高く売れるので貴金属に等しい価値があるからだ。

 彼らが俄然やる気を出し、すでにこちらより数が少ないバート王国軍は浮足立っていた。

 負傷して捕らえられるか、目端の利く者たちはすでに逃げ出している。

 討ち死には意外と少なかったが、王様を守る近衛隊はすでに壊滅様態であった。


「この俺の首が酒と交換だと! ふざけるな!」


「まだ酒の方が役に立つということだな、兄上。もはや近衛隊は全滅に近いし、残りの兵たちも逃げるか、討たれるか、捕らえられてしまった。お覚悟はよろしいか?」


「俺はこんなところで終わる王ではない!」


 そう言うや否や、バート王は一気に逃走を図った。

 その足はとても速く、間違いなく彼はレベリングを利用して高レベルになっているはず。

 しかし、さすがにララベルには勝てなかったようだ。

 すぐに追いつかれてしまった。


「兄上、せめて討たれる時くらいは、一国の王に相応しい態度で臨まれた方がよろしいかと」


「ふんっ! 圧倒的に有利だからと上から目線か! 笑わせる!」


「普段は、あなたが上から目線ですけどね」


 これまで所属していた国家から脱するとはこういうことなのであろう。

 ミュウは、旧主であるバート王に容赦なかった。


「後ろで怯えている『変革者』よ! 俺と一騎討ちで勝負しろ!」


 先ほどララベルを猪武者だと罵り、自分は将の将だと言っていたくせに、自分が不利になると私に一騎討ちを要望する。

 相変わらず、自分の都合しか考えない可哀想な人だ。


「我が夫君は、兄上よりも優れた一国の王なのだ。そんな猪武者のような真似はしない」


「ララベルぅーーー! 誰に向かってそんなことを!」


「兄上にですよ。ではお覚悟を!」


「覚えていろよぉーーー! お前たちを必ず惨たらしく殺してやるからな! あとで泣き喚くがいい!」


 罵詈雑言を吐き続けるバート王の首を、ララベルが斬り飛ばすと思われた瞬間、突如としてバート王の姿が消えてしまった。

 これには、誰もが驚かざるを得なかった。


「消えた? ミュウ、これは?」


「……あっ! 王家の秘宝『エスケープジュエル』を使ったようです」


 アイシャの問いに、思い出したかのようにミュウが答えた。

 『エスケープジュエル』……そのまんまだな。


「『エスケープジュエル』は、いつの間にかバート王家に伝わっていました。これを用いると、その場から脱出できるのです。王が危機に陥った時に使われる……それしか使い道はないですけど」


「反則じゃないか」


「そうですよ、ズルイです」


 アイシャとミュウの言い分もわからなくはないが、これは私たちの油断だったな。


「『エスケープジュエル』があると、なかなか彼を倒せないかもしれないな」


「タロウさん、そんな都合のいいアイテムが多用できるわけがないです。確か、『エスケープジュエル』は三回使うと壊れると聞きますから」


 使用回数に制限があるのか。

 効果からすれば当たり前か。


「あと二回か?」


「そういうことになりますね。代々のバート王国の王様で『エスケープジュエル』を使った記録がないのです」


 これまで戦争なんてしてこなかったし、大きな政変に巻き込まれた記録もないので、あの『エスケープジュエル』はあと二回使える公算が高いわけか。


「タロウ殿、詰めが甘いばかりに兄を逃がしてしまった。すまない」


「ララベル、この件に関してはみんなの責任だ。彼のことだから、必ず力を蓄えて私たちを殺そうとするだろうし、『南西諸部族連合』の併合を目指すはず」


「急ぎ、バート王国に対抗できる『国』が必要か……」


「そういうことになるな。王が逃げたんだ。まだ戦っている連中には降伏を促してくれ」


「わかった、タロウ殿の判断は正しい」


 私たちは防衛ラインの形成に成功し、バート王国軍オールドタウン攻略軍に勝利した。

 バート王は一人で逃走し、生き残った敵軍もすべて降伏したので、これにてオールドタウンの防衛に成功したことが確定する。

 同時に、オールドタウンは『南西諸部族連合』に併合されることが正式に決まり、以後自称バート王国領では二つの国家が対立する時代が始まったのであった。

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