第104話 分裂と対峙
「オールドタウンの西部、南部にあるオアシスの主たち、独立領主たちですが、全員が『南西諸部族連合』への帰属を認めました」
「サンダー将軍、ご苦労であった。はい、褒美。部下たちの分も用意したので、ちゃんと配ってくれ」
「いやあ、この『高級ウィスキー』はたまりませんなぁ。みんなこれを楽しみにしていたのですよ」
オールドタウンに攻め込んだ王様が逃げ出してから一ヵ月ほど。
軍勢を整えたサンダー将軍は、どこの国にも属していないバート王国領西部、南部の独立領主たちを『南西諸部族連合』に所属させることに成功した。
これにより、水源が枯れたシップランドを境に、北部、東部を有するバート王国と、西部、南部を有する『南西諸部族連合』による二大勢力が睨み合うことが決定する。
「カトゥー大族長、今ならシップランドを落とせますが……」
「あそこは、バート王国に持たせていた方がいいだろう」
以前は、『ドル箱中継貿易地』であったシップランドであったが、水源の枯渇、バート王国領と『南西諸部族連合』領との交易途絶により、その価値を失ってしまった。
以前の繁栄ぶりを示すかのように多くの建物や港は残ってるが、船が行き来しないシップランドなど無価値である。
バート王国は国威の関係もあってシップランドを維持しているが、水すら他のオアシスから運び込まなければいけない拠点となったので、数百名の駐留軍しかいないと報告を受けた。
ここをバート王国が領有すればするほど負担になるし、逆に私たちがここを奪うと負担になってしまう。
このまま放置するに限るのだ。
「カトゥー大族長は軍人の経験はないと聞きましたが、よくわかっていらっしゃいますな」
「単純に『腹が減っては戦ができぬ』だよ。水源が枯れたのが痛いよなぁ……。オアシスとしても維持できないんだから」
「もっとも、シップランドが無力化したせいで、独立領主たちはすぐに降りましたけど」
彼らは、シップランドを介してバート王国と交易をしていた。
ところが今はそれができなくなり、自給自足で得られるもの以外は『南西諸部族連合』を経由して入手しなければならなくなった。
彼らが降るのは必然だったのだ。
ただ、生まれながらにそのオアシスに籠ってお山の大将を気取っていた領主たちもいて、彼らとは戦闘になってしまったそうだ。
もっとも、彼らが動員できる兵力などたかが知れていて、サンダー将軍指揮の軍勢を見た途端、領民主体の兵たちはすぐに戦意を喪失してしまったそうだけど。
逆らった領主とその家族は捕らえられ、国外に追放となった。
バート王国の王都に行くしかないが、あの王様が彼らをどう遇するかはわからない。
「バート王国が輸出していたものは、『南西諸部族連合』で代替可能なのか?」
「特に問題はないです。むしろ、以前よりも多くの種類と量を輸出できますよ。砂漠エルフたちは技術力があるので」
元々砂漠エルフたちには、移動都市を稼働状態に持っていけるほどの技術力がある。
『南西諸部族連合』は多くの国土を緑化し、海もあるから、様々な産品を輸出できるようになった。
シップランドがなくなっても、従属した元独立領主たちも困らないはずだ。
「バート王国の市場は惜しい気がしますけどね」
「それなら問題ない」
「そうなのか? シュタイン国務大臣」
「国家同士が争っていても、商人たちの交易が止められないことなんてよくあるからな」
「密輸か」
「儲かるからいいではないか」
実は、私は週に一度、『拠点移動』でバート王国の商人たちに『ネットショッピング』で購入した品を転売することをやめていなかった。
シップランドの崩壊と、オールドタウンから逃げ帰った王様が『南西諸部族連合』の打倒宣言を出したことにより、『荷を運ぶのは命がけなのです』と言って何倍にも価格を釣り上げたが、彼らはそれでも購入してくれた。
一度いい品を経験してしまうと、そう簡単に粗悪品に戻れないというわけだ。
バート王国の貴族や金持ちは以前と変わらず相変わらず贅沢品を購入し、値段が上がった分国内の発展と軍備増強を妨げるわけだ。
そのせいか、バート王国内では徐々にデフレが進行しつつあった。
グレートデザートでは、砂獣を倒した時に手に入る神貨がもっとも信用のある貨幣であった。
密輸の際、私たちは神貨しか受け取らないので、ハンターたちが砂獣を倒しても倒しても貨幣量は増えない。
貨幣量を増やすため、バート王国によるハンターたちへの増税は続いており、実力のあるハンターは『南西諸部族連合』に逃げ込んでくることが多かった。
そうなるとますます貨幣の供給が減ってしまい、ようやく手に入れた神貨は、私から贅沢品を購入するために使ってしまう。
これでは、バート王国は痩せ衰える一方であった。
「なかなかにエグい手ですな」
「しかしながら、そのくらいしないとバート王国に勝てないから」
『南西諸部族連合』は新興国家だ。
砂漠エルフたちと人間で主導権争いがないわけでもないし、同じ人間にしても、旧シップランド閥とオールドタウン閥との権力争いも始まっている。
従属はしたが、元独立領主たちからも目が離せない。
人口の問題もあり、まともに全軍でぶつかれば負ける可能性が高いのだから。
「そこまでおわかりいただけているのなら」
「バート国王は、人の話を聞かないですからな」
「おいおい、我らの大族長を試している場合ではないぞ。オールドタウンと各オアシスとの輸送・交通網の構築で砂流船を沢山使うので、今度は浮遊船の量産に支障が出てしまった。忙しい忙しい」
ネルソン運輸大臣が入ってきて、サンダー将軍とシュタイン国務大臣に仕事をしろと愚痴ってきた。
私を試している場合ではないと。
「陛下は、奥様たちと仲良くしていてください。まずは一日でも早くお子をお願いします」
「ネルソン運輸大臣は、姑みたいだな」
「後継者がいなければ、この国は将来崩壊してしまうので。シップランド閥、オールドタウン閥、旧独立領主閥、砂漠エルフ閥と。寄せ集めの新興国家の悲哀ですが、この国は四つの足がある状態なのです。それも、どの足も自分たちだけが大きくなろうとして困ってしまいます。大族長にお子が生まれないと、この『南西諸部族連合』はそれぞれに後継者を立て、四つに分かれて内戦状態に陥ってしまうでしょう」
「わかったよ」
私はともかく、みんな若いからそんなに焦らなくてもいいと思うけど。
三人の話を聞いてから屋敷に戻ると、ララベルたちはなぜかタコ焼きを焼いていた。
『ネットショッピング』でタコ焼き機と材料を頼まれたので購入はしたが、まさかすぐに調理を始めるとは。
「上手くいかないものだな」
「それだと駄目だよ。まずはちゃんと鉄板に油を塗らないと。新品のタコ焼き機の鉄板は、余計に生地がつきやすいから」
私は、ララベルの代わりにタコ焼きを焼き始めた。
私は関西人ではないのだが、大学時代にタコ焼き屋でアルバイトをした経験があったので、たこ焼きを焼けたのだ。
「油を塗った鉄板に生地を均等に入れ、タコ、天カス、紅ショウガも入れる。焼けてきたらこうやって『クルリ』とひっくり返す。手首の動きが重要だ」
「上手だな、タロウ殿は」
「お店の人みたいですね」
「昔、焼いてたんだ。学生時代のアルバイトで」
「タロウさんの世界の学生って、学業の合間に働くんですね。家庭教師ではなくて」
バート王国にも大学があるそうだが、まず金持ちの家の子供しか入れないので、アルバイトはしないらしい。
稀に貧しい家の子供が地元の有力者や貴族の支援を受けて入学することもあるが、彼らのアルバイトは家庭教師のみ。
大学入学を目指す金持ちの家の子供たちを教えるのだそうだ。
当たり前だが、タコ焼きは焼かないらしい。
「そうなのか。丸く焼けたらこれを皿に載せ、ソース、マヨネーズ、青海苔、カツオブシをかければ完成だ。味変で、ポン酢と大根おろしとネギとかをかけてもいい。タコの代わりに餅を入れたり、肉や魚を入れたり、バナナを入れて生クリームとチョコレートソースをかけるのもいいな」
「バナナと言えばゴリを呼んでゴリ」
「なんか見たことない食べ物なの」
「美味しそうですね」
「もっと色々と焼こうか」
異世界に召喚され、成り行きでララベルたちと結婚したり、移動都市を手に入れてそこのAIのゴリラと知り合い、海の精霊二人が仲間になったり、砂漠エルフやサンダー将軍、シュタイン国務大臣、ネルソン運輸大臣たちから一国の主に祭り上げられたけど。
今は毎日色々とあって楽しいので、これはこれでいいのだと思う。
将来、あの王様と決着を着けなければいけないのだが、それには時間がかかりそうな気もするし、今日は楽しくタコ焼きパーティーをしても構わないであろう。
大族長という柄でもないけど、なんとかやっていこうと思う。
私はもう一人ではないのだから。
「陛下」
「用意しておけよ」
「はっ!」
ええいっ!
ララベルに、ミュウに、『変革者』めが!
オールドタウンを電光石火で占領するという、俺の軍事作戦を台無しにしやがって!
おかげで俺の言うことをよく聞く精鋭たちに大きな犠牲が出てしまった。
シップランドは占領したままだが、あそこは維持しているだけで大赤字だ。
実質領土は広がって国威は上がったのでトントンであろうが、俺に反抗する大貴族や王族たちがうるさい。
俺のミスをあげつらい、俺の王としての力を形骸化しようとしているのだ。
どうせお前たちに任せても、内に篭り、無駄に贅沢をし、無意味な仲間割れして派閥闘争を続けるだけだろうが。
生意気にも、王である俺に対し『これまでの軍事作戦に対する費用対効果の悪さ』を糾弾するそうなので、先に手を打たせてもらった。
事前に俺の子飼いの兵たちを伏せておき、俺に文句を言う連中を皆殺しにしてやろう。
ついでに領地と爵位と財貨もすべて没収だ。
代わりに俺の子飼いたちを代官として送り出し、王が大きな力を持つ新生バート王国が完成するのだ。
戦争での出費は、お前らの財貨で補ってやる。
強いバート王国のためだ。
喜んであの世に行くがいいさ。
「陛下! 此度の出兵ですが、シップランドは水源が枯れていて価値がなく、オールドタウンの軍勢を壊滅させたはいいものの、その後の占領作戦に失敗して大損害を出したとか」
「先日の、ウォーターシティーの時もそうです!」
「我ら貴族たちの反対を無視し、勝手に兵を出して、王国の財政は悪化するばかりではないですか」
「我らに許可もなく、兵を出すなどあり得ませんぞ!」
相変わらず、古い考えに染まった老害たちだ。
王とは、お前ら貴族のお飾りではないのだ!
そもそもお前らに任せていたら、バート王国はまったく豊かにならぬではないか。
だから俺が……まあいい。
どうせお前らは、それをあの世で見守ることになる。
王国の財政問題?
そんなものはすぐに解決するさ。
お前らのすべてを奪ってな。
「陛下! 聞いていらっしゃるのですか?」
「ああ、聞いているよ」
「そうですか……。ならば!」
「聞いているからこそ、俺はこの国の将来を憂慮しておる。この国は古いものを捨て去り、新しくならなければな。そのためにも、無駄は排除しなければいけないのだ」
「陛下?」
「お前らは、ただ貴族の家に生まれただけで貴族になれた無能だ。民たちから取った税で贅沢することしか考えられない寄生虫でもある」
「陛下! 代々バート王国の藩屏である我らに対し、そのような悪口は許されませんぞ!」
「実際に無能であろう。証拠もある」
「なにを証拠に? 陛下こそ、財政を傾ける出兵のみではないですか! 陛下こそ無能なのでは?」
「「「「「そうだ! そうだ!」」」」」
「お前らは、王である俺に対し敬意の欠片もない。これでは国は割れるばかり。だから俺は色々と手を打ったんだが、それに気がつかないからお前らは無能なのだ。もう顔も見たくない」
「陛下、なにを?」
「あの世で楽しく暮らせ。そこで無駄な贅沢をする分には、俺も文句はないぞ。すぐに無駄飯食らいの邪魔な家族も後を追わせてやるからな」
「「「「「「「「「「陛下!」」」」」」」」」」
「ああ、お前らの命乞いなど聞いている暇はないのでな。死ね!」
さて、これで邪魔なゴミの始末も終わった。
こいつらの領地にはもう軍勢を向かわせているから、すぐに制圧できるであろう。
『変革者』め!
一度俺を出し抜いたくらいで調子に乗りやがって!
必ずや、お前の首を獲ってやる!
覚悟しておくのだな。
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