第101話 決意

『というわけでして、シップランド近郊で待ち伏せと包囲を受けたオールドタウン自治軍は、ほぼ壊滅してしまいました。いくら優れたハンター揃いでも、十重二十重に包囲殲滅戦を強いられてしまえば……。その後、バート王国軍の一部精鋭がオールドタウンを目指しており、このままでは占領されるのも時間も問題かと……同盟国の誼で救援をお願いします。オールドタウンが占領されてしまえば、あなた方も不利になると思いますが……』


「わかりました……」


 思わぬ不運に見舞われてしまった。

 まさかオールドタウンが勝手に軍勢を出し、王都に撤退しようとしていたバート王国軍主力部隊を追撃しようとして、逆に壊滅的な損害を受けてしまうとは……。

 壊滅したオールドタウン自治軍には、追撃攻勢に積極的であった評議員たちも多数いて、ほぼ全員が討ち死にしてしまったらしい。

 オールドタウンを運営する評議会の議員が半数以上死んでしまい、完全に機能不全になったオールドタウンから、魔法通信で悲鳴のような救援要請が届いていた。


「なにもしなければこんなことにならなかったのだぞ! どうして少数で追撃など! シップランドの水源が枯れた事実も伝えていたではないか!」


 あまりにも無謀な行動で自滅してしまったオールドタウンの評議会に対し、ララベルは激高していた。

 確かに、『余計な仕事を増やしてくれたな!』状態だから、私だって怒りたいのを我慢しているくらいなのだから。

 でも、大族長である私が怒ると色々と不都合があるから、代わりにララベルが怒ってくれたのだ。

 こういう時、本当にララベルがいてくれてよかったと思える瞬間であった。


「新しい評議会議員を選出しないのですか?」


「あのぅ……それが、誰も立候補しなかったので」


「今評議会議員になっても、バート王国軍にオールドタウンが占領されたら縛り首ですからね」


 ミュウの指摘したことは正しいのであろう。

 今評議会議員になるのはリスクでしかないと、商人たち自身が思っているのだと。


「残った議員たちでなんとかしてくれないかな?」


「なんとかできるような連中だったら、タロウに悲鳴のような救援要請は出さないんじゃねえ?」


「ですよねぇ……」


 アイシャの指摘どおり、今オールドタウンに残っている議員たちは小心者ばかりなのであろう。

 元々商人なので、今回の追撃戦に参加する勇気がなかった。

 もしくは、出兵について行った議員たちは、シップランドから王都に撤退する王国軍を後背から襲って確実に大勝利し、評議会内で圧倒的な力を得るつもりだったとか?

 その夢は、見事幻に終わったわけだが。


「タロウ様、助けに行くのですか?」


「行くしかないだろうな」


 水が枯れたシップランドと違い、オールドタウンをバート王国軍に占領されるとこちらが辛い。

 とにかく守りきるしかないのだ。

 たとえ、うちの国の領土でなくても。


「緊急事態だ。『拠点移動』を駆使してサンダー将軍たちをオールドタウンに送るしかないな……」


 というわけで、私はサンダー将軍が鍛えた兵士たちを『拠点移動』でオールドタウンに送り始めた。

 一回に二十人くらいしか送れないが、元々うちは少数精鋭で兵数もそんなに多くない。

 兵員の輸送は、三日ほどで終わってしまった。


「おおっ! カトゥー大族長様がこんなに早くいらっしゃるとは!」


「オールドタウンの住民は、『南西諸部族連合』からの援軍を見て勇気づけられておりますぞ」


「(……この人たち大丈夫なんでしょうか? 自分の国なのに……)」


 ミュウが不安に思うのも無理はない。

 彼らはオールドタウンを支配する評議会議員のはずなのに、援軍でしかない私たちに頼りきりなのだから。

 住民たちも、私たちに安堵したのは事実だが、評議員たちの頼りなさにも呆れているように見えた。

 大物議員たちは、ほぼ全員がバート王国軍によって殺されてしまったのであろう。


「なんで軍勢に参加したんだ? 大物議員たちは」


「貴族も王族もそうだが、偉い人間が自ら最前線で戦うというのは、それだけで支持を得られるからな。私の場合、大規模な砂獣狩りで前線に立つと、兄から『どっちが砂獣なのかわからん』と言われていたが……」


「心が痛いから、後ろのはいらない!」


「でもタロウさん、私もララベル様と一緒に同じことを言われていましたよ。『間違えて魔法を放つから、あまり前に出るな』とか」


「討伐後、元婚約者から『砂獣の残党だ!』とか言われてな」


「冗談なのか、本気なのか、よくわからないんですよね」


「……もういいから!」


 ララベルたちのことはさておき。

 まあ言っても、元々大商人で年寄りも多かった評議員たちが、自ら剣を振るい、魔法を使ったとも思えない。

 そこにいただけで、しかも軍事に詳しくないのに、『今はこちらに勢いがある!』という意味不明な根拠に従ってバート王国軍に挑み負けてしまった。

 そのせいでオールドタウンが苦境に陥ってしまったので、住民たちからすれば『余計なことを……』となるわけだ。

 残っている評議員たちにはそれほど力もなく、住民たちからしても、大物議員たちと違って不信の目を向けやすいのであろう。


「勝てば、大物議員たちの権力は絶対のものとなっていたのか」


「オールドタウンは、評議員に任命された商人たちが自治を行う都市国家だ。財と権力を握れれば、これほど有利なことはない」


 考えようによっては、王様以上の力を得られるわけか。

 彼らはその欲に抗えず、ろくに軍事的な知識もないのに軍勢を指揮してしまった。

 そして無残に敗退してしまったわけだ。


「欲とは怖いものだな」


「言い返す言葉もありません……」


 私たちにすべてを見透かされているからであろう。

 評議員たちは、まるで『青菜に塩』のごとく萎れていた。


「とにかくも、評議会が機能しないことにはどうにもなりませんよ。急ぎ、議会を招集してください」


 私たちは、別の国の人間で軍勢なのだ。

 オールドタウン防衛の指揮は、評議会でと、評議員たちに言い聞かせた。


「それが……」


「現時点では、評議会を開けないのです」


「どういうことです?」


 オールドタウンの危機なのに、防衛戦で指揮を執る評議会が議会を開けない。

 そんなバカな話があっていいものなのか?


「オールドタウンの評議会は、合計十二名で構成されています」


「議会を開くには、三分の二以上の議員の参加が必要です」


「ところが、今生き残っている議員の数は五名しかいません」


「さらに言うと、私たち五名は下から五人なので、私たちがあれこれ言っても無駄というか……」


「そこまでの力がないんです」


「つまり、死んだ七名はオールドタウンでトップ七に入る権力者であったと?」


「そういうことになります」


 生き残っている議員が定数の三分の二以下なので、評議会を開けない。

 つまり防衛戦の指揮が執れない。

 急遽私たちを呼んだのも、正確に言えば彼らの独断であった。


「すぐに議員を補充できないのか?」


「それが……」


「当主死亡で、評議員どころではない商会が多く……」


「あえて評議員になることを拒否する新当主もいまして……」


「後継者争いになっているところもあり……」


「つまり、これ以上評議員は増えないと?」


「もう少し待っていただければ……」


 それを待っていたら、評議員が決まる前にオールドタウンがバート王国軍に占領されてしまうのに……。

 一度大きく崩れるとこうもガタガタになってしまうのは、日本の規模の大きな会社と同じだな。

 オールドタウンの評議会議員の選抜方法は、他の議員たちの推薦だそうだ。

 日本みたいに、民主的に選挙で選ぶということはない。

 オールドタウンで上位にいる、規模の大きな商会の当主が任じられる。

 議員が死去すると、ほぼ死んだ議員の後継者、次の商会の当主が任じられるそうだ。

 ところが、当主が亡くなった商会すべてが、いきなり当主を失ったので混乱して議員になるどころではない。

 今の状況だとオールドタウンがバート王国軍に占領される可能性が高いので、今さら議員になどなりたくない。

 最悪なのは、死んだ当主が跡継ぎを指名していなかったので、後継者争いが始まってしまったところであろう。

 理由は様々だが、このままでは議会すら開けないという状況に変わりはなかった。


「じゃあ、あなた方五名で議会を運営すればいい。緊急事態なので仕方がないだろう」


 ララベルは、今いる議員たちだけで対応すればいいと彼らに詰め寄った。


「私たちには荷が重過ぎます」


「実は、私たちも議員を辞めようかと……」


「元々我々は人数合わせで、議会の運営は、討ち死にしてしまった評議員たちの仕事だったんです」


「彼らの失態の後始末を我々が、というのは酷い話ですよ」


 これは駄目だ。

 上役が全滅してパニックになり、とりあえず私たちを呼んだが、そのあとなにをしていいのかわからないのであろう。

 彼らは商人なので、敵軍の迎撃などは専門外ですといった表情をしている。

 できれば今すぐ議員を辞め、ここを占領したバート王国軍によって戦犯扱いされるのを避けたい意図があるようだ。


「タロウ殿?」


「もう仕方がない……」


 このまま見捨ててゴリさんタウンに帰るという選択肢もあるのだが、もしそれをしてしまうと、オールドタウンを吸収したバート王国が、比較的早期に『南西諸部族連合』にちょっかいを出してくる可能性があった。

 評議員たちが責任を放棄したのであれば、『南西諸部族連合』が先にオールドタウンを支配下に置き、バート王国領を二分してあの王様に対応するしかないのだ。


「どうしてこうなったのやら……」


 もうこうなったら、あの王様とケリをつけるしかないな。

 彼は私が生きていることを知ったら、必ず殺そうとするはずだ。

 私も無抵抗で殺されるなんて嫌なので、少なくとも彼は殺さなければいけないだろう。

 情けをかけて許したところで、あの手の人間が改心するとも思えない。

 余計に逆恨みして、意地でも私を殺そうとするはずだ。

 私は人を殴った経験もないというのに……。

 この世界に召喚されてしまったことで背負った、私の宿業なのかもしれない。


「ララベル、悪いがお兄さんと私、どちらかが死ななければ決着しないようだ」


「ならば私は、愛する旦那様を助けるのみ。積年の恨みもあり、この剣で兄の体を貫くことがあったとしても、あとで墓でも作ってやろう」


「私もララベル様と同意見です。あの陛下が死んでも悲しくはないですね」


「顔も見たことないですし、どうせ私を見てもドブス呼ばわりでしょうから」


「ララベルとミュウは知己なので躊躇いがあるだろうから、もしもの時はオレが因果を背負うさ」


「すまないな、みんな」


「というか、タロウ殿と兄、天秤にかけるほど兄に好意などないからな」


「視界に入らなければいいですけど、入った以上は排除ですよ。その過程で死んでしまっても仕方がないですね」


「これまでの状況を考えると、あの王様がガンなような気もしますし」


「だよな。あいつがいなければ平和なんだから。死んだ方がいい人間って本当にいるんだな」


 予想どおりというか、あの王様は人気ないよな。

 極近しい人たちには、とてもいい王様なのかもしれないけど。


「タロウ殿、時間が惜しい」


「今のうちなら、まだ準備できるか。では評議会のみなさん。このまま拘束させてただきます」


「仕方がないですな」


「「「「……」」」」


 私たちが捕らえると言っているのに、評議員たちは安堵の表情を浮かべていた。

 元から彼らだけでは、オールドタウンの防衛など不可能だったのだ。


「サンダー将軍!」


「はっ!」


「オールドタウンの占領を命じる。協力者を増やしながら頼む」


「了解しました。カトゥー大族長はどうします?」


「シュタイン国務大臣を呼んでこよう。オールドタウンの統治を頼まないと」


 一度決断したからには、あとはもう動くだけだ。

 私は、サンダー将軍にオールドタウンの占領を命じた。

 そしてその足でゴリさんタウンにいるシュタイン国務大臣を呼び出し、拘束したはずの評議員たちにも協力させ、オールドタウンの暫定統治を始める。

 さらに次の日には、オールドタウンが『南西諸部族連合』に参加するという文書に残っていた評議員たちが調印。

 オールドタウンは、バート王国軍の前に『南西諸部族連合』によって併合される形となった。


「真実を知ったら、あの兄のことなので激高するだろうな」


「怒るだけで終わるよう、迎撃準備を整えないと」


「私たちの動きに、兄はまったく気がついていない。そもそも死んだと思われているからな。兄の侵攻作戦は、たまたまオールドタウンの評議会がポカをして、軍勢を壊滅させてしまったことにある。バート王国軍はスピード優先で、補給にも問題があるので軍勢の数も少ない。オールドタウンを防衛するための軍勢を展開できれば、十分我らに勝算はある」


 バート王国軍によるオールドタウン侵攻は、今のうちならばろくに防戦ができないという前提の元、あの王様が即決したことだ。

 元より、水不足、食料不足でオールドタウン侵攻を延期していたくらいなのだから、バート王国軍の数は少ない。

 堅実に防衛すれば、バート王国軍は勝手に自滅するはずだ。

 無理に敵を殲滅する必要すらない。

 補給切れを誘えばいいのだから。


「サンダー将軍なら大丈夫だと思いますよ」


 多分、私たちの軍勢で阻止戦を張るだけで勝てるはずだ。

 さらに、オールドタウン防衛で残っていた者たちと、戦死せず逃げ込めた者たちも再編できれば防衛はもっと楽になるはず。

 そして、サンダー将軍にはそれができる能力があった。


「急ぎ戦力を再編して、オールドタウンの前で防衛線を張ろう」


 バート王国軍の侵攻までもう少し時間があるが、十分というわけではない。

 急ぎ、防戦の準備を整えることとしよう。

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