第100話 商売繁盛と悪運

「とても安いじゃないか。全部くれ」


「毎度あり」


「次はいつ来てくれるんだ?」


「なるべく急ぎますけど、何分あちこち注文が多いのですよ」


「だろうな。貴族連中がシップランドを攻め落としたと意気揚々だが、物価が上がってどうしようもねえ。魔法箱の徴発で輸送コストが増加したし、貴族たちは自分の贅沢のために税を増やしやがった」


「それは大変ですね」


「だから、安い品は大歓迎だよ」




 私たちは、バート王国の王都から少し離れた町で商人たちに商品を売り捌いていた。

 『ネットショッピング』で購入した食料、酒、砂糖、調味料、香料、お菓子、お茶、コーヒーなどだ。

 飲み食いすれば消えてしまう品で、この世界にもある物のみに限定している。

 シップランド維持のために大型砂流船と魔法箱が大量に徴発されたままのため、バート王国領内では物価が大幅に上がっていた。

 船不足からくる輸送料の上昇に、王国の増税も続いている。

 そして、大貴族たちに贅沢品を大量に売り捌いたおかげであろう。

 出兵を拒否したので課せられた分担金の支払いもあり、金がなくなった大貴族たちも一斉に税を上げたのだ。

 そこで、私たちが地元の中小規模商人たちに次々と商品を安く売り始めた。

 『拠点移動』であちこちに移動し、さも船と魔法箱で荷を持ってきたかのように見せかけ、一日に何ヵ所もオアシスを回る。

 商品は面白いように売れた。

 彼らは地元にその商品を販売して利益を得て、また私たちから商品を購入する

 商品はすべて飲み食いすれば消えてしまうものばかり。

 効率的にバート王国内から金を抜けた。

 金を抜けば抜くほどバート王国の税収が下がるので、シップランドの維持がますます難しくなる。

 オールドタウンに目を向けるまでの時間を稼げるわけだ。


「そして、得たお金はイードルクに変換する。これで『ネットショッピング』で買い物して、これを転売して……。ああ、国内の開発にも使ってるけど」


 大量の砂を『ゴミ箱』に捨て終わり、『ネットショッピング』で購入できる園芸土や土壌改良剤、肥料、野菜や植物の種子や苗はよく売れた。

 『南西諸部族連合』からはあっという間に砂漠がなくなり、同時に砂獣も消えてしまったので、ハンターたちやサンダー将軍が訓練中の警備隊は、定期的に砂漠まで遠征して砂獣を倒し、神貨を得るようになっていた。


「カトゥー大族長と奥方様たちではないですか。我々になにかご用でも?」


「久々に、砂獣狩りをしてレベル上げでもしようと思ってな」


「ララベル様たちがですか? 必要かな?」


 サンダー将軍の疑問もわからなくはない。

 ララベルもミュウもすでにレベル七百を超えており、ハンターとしては頂点に近かったからだ。

 フラウもレベル三百を超えているし、アイシャも六百を超えている。


「タロウ殿のためだ。スキルの強化だな」


「なるほど」


 私のレベルも大分上がったが、肝心の戦闘力は伸び悩んでいるというか、元から才能がないのであろう。

 それでも、ハンターで言うと上位の方らしい。

 ララベルたちとのレベリングのおかげで、高レベルだからであろう。

 レベルが上がれば魔力も上がるし、『異次元倉庫』の収納量も上がる。

 実は、それが一番の目的であった。


「カトゥー大族長も大変ですな」


「そうかな?」


 内政はシュタイン国務大臣たちに、軍備はサンダー将軍に。

 普段はバート王国領内に『拠点移動』の魔法で飛んで食料や酒、嗜好品を売りまくり、たまにこうやって砂獣退治をし、あとはララベルたちと通販生活しているだけだが。


「いやあ、俺は奥さん一人でも大変なので」


「慣れるとそうでもないかな?」


 私もこの世界に来るまでは、奥さんが複数いるなんて想像もできなかったけど。

 逆に、サンダー将軍やシュタイン男爵の奥さんが一人の方が珍しい事案なのだから。

 砂獣と戦えるハンターは男性が圧倒的に多く、しかも死亡率が高い。

 普通に働いていても熱射病で死ぬ人が地球よりも多く、医療水準も高価な魔法薬が使える貴族や金持ちはともかく、平民は低いので子供の、特に男性の死亡率は高かった。

 当然女性が余るので、余裕がある人は複数奥さんを持つのが常識だったのだ。


「ララベル様たちは仲がいいからいいですよ。貴族の奥さん同士なんて、仲が悪い家の方が多いんですから」


 跡継ぎ争いなどで揉めるケースが多く、だから余った子弟を王国軍や役所などに押し込むケースが増えて、平民で優秀な人たちが押し出される事案が多かったのか。


「カトゥー大族長たちは仲良くしてくださいよ。俺たちの生活の安定のために。話は変わりますが、この戦法はいいですな」


 砂獣でも、砂大トカゲなどの比較的弱い種類にしか通用しないが、事前に追い込むポイントに金属製の杭を大量に打ち込み、そこに追い込んでから槍の投擲、弓矢、魔法などで仕留めて犠牲を減らす戦法を実行していた。

 しかも私をパーティに入れているので、警備隊により多数の砂獣が倒されても死体は消えてしまって、解体をしなくて済む。

 イードルクに換算されてしまうので、討伐に参加したハンターや兵士たちにはあとで報酬を渡し、ゴリさんタウンの商店で買い物できるようにしていた。

 ここには『ネットショッピング』で購入した品が置かれているので、みんな王都やシップランドで売っている品よりも種類と品質がいいと大喜びしていた。

 実は、砂大トカゲの肉よりも鶏肉の方が人気があるのだ。

 味は似たようなものだと思うけど、砂大トカゲは脂分が少ないので少しパサパサするからかもしれない。


「集団戦の訓練になるし、狩れば狩るほど、ゴリさんタウンの店で沢山品物が買えるのはいいですな。俺は酒の品質が圧倒的にいいので気に入っていますよ」


 サンダー将軍は、『ネットショッピング』で購入できる酒を気に入っていた。

 これがある限り、この国に留まる価値があるとまで言い放つくらいだ。


「みんな酒好きが多いですからね」


 『ネットショッピング』経由で購入できる酒により、警備隊の忠誠心と練度は高いそうだ。

 そんなんでいいのかと思わなくもないけど、裏切られるよりはマシだと思う。


「今日も沢山狩って、みんなが酒を買えるようにしないと」


 酒のおかげか。

 この日も順調に砂獣を狩ることに成功し、私のレベルも大分……とまではいかないが、『異次元倉庫』の容量は上がったみたいなので、これからも定期的に砂獣狩りは続けなければ。





「どうだ? 井戸は掘れそうか?」


「陛下、水脈が完全に枯れておりますれば……シップランド維持は、水源があるウォーターシティーよりも遥かに困難です。放棄した方が……」


「そんなことができるか!」




 まったく。

 ほとんど戦いもなく……大半の住民たちは逃げ遂せ、百人ほど残って抵抗していた自称トレスト男爵とその一族を焼き払ったくらいで戦闘がなかったのはよかったが、我が軍は補給艦隊を襲うゲリラ部隊への対処で疲弊し、実はシップランドの水源が枯れていた事実が判明したことによって大きく士気を落としていた。

 略奪ができなかったというのも辛い。

 悪く言う奴は多いが、略奪でもさせなければ兵士たちのモラルを保てないのだから、これは仕方がないことなのだ。

 その代わり、住民たちに手を出すことは禁止していたが……なにも残っていなかったシップランドでそんな許可を出しても意味はなかったな。

 なんら褒美を得られなかった、兵士たちの士気の低下の方が問題だ。

 仕方がないのでなんとか国庫から捻出して褒美を配ったが、大した額でもないので士気を回復させられなかった。


 そしてなにより、水の問題があった。

 毎日商人たちが売りに来るし、そう高価というわけでもない。

 だが、数万の兵士たちが消費する水なのだ。

 その量は尋常ではなく、毎日大金が飛んでいく。

 その代金のため、さらに苦しい補給事情により、砂獣ばかり狩るようになっていた。

 個々の兵士たちのレベルは上がっているので必ずしも悪いことばかりではないのだが、犠牲者がゼロというわけにはいかない。

 戦争よりも、砂獣狩りで出る犠牲者の方が多い有り様なのだ。


「オールドタウンには届かないか……」


「どうしても水の問題が……。さらに、これまで深く探れなかった南西部に……」


「あの海はなんなのだ!」


 バート王国のみならず、各国は中央海を失って苦しんでいるというのに、突然南に広大な海が出現し、さらにそこは砂漠エルフたちの国になっていたなどと!

 元より、その土地は我らバート王国の領土だと言うのに!


「オールドタウンよりも、海を制圧する方が先かな?」


 さらに探らせると、グレートデザート中の砂漠エルフたちが集まり、その勢力は侮れないものになっているという。

 お情けで住まわせてやっている、醜い砂漠エルフのくせに生意気な!

 しかも大げさに、『南西諸部族連合』などという国名まで名乗りおって!

 まあよかろう。

 一応お飾りでカトゥー大族長なる国主がいるらしいが、愚かで醜い砂漠エルフたちは下級種族なので、これまで部族ごとに別れて住んでいた。

 国などという高度なものを運営できるわけがない。

 先祖の名残か、世界樹を育てる方法を知ったようで、『南西諸部族連合』は海と緑に溢れる土地となった。

 これまで、我がバート王国の国土を不法占拠したことは許せないが、素直に出て行くのであれば命だけは助けてやろう。


「しかしながら、砂漠エルフたちが不法占拠した土地は、オールドタウンよりも距離があり、大軍で攻めるには水の問題が……。しかも、シップランドの連中が逃げ込んで防衛に手を貸しているそうで」


「今の我が軍では落とせぬのか」


「はい」


 俺が王になってから、バート王国の国土は大きく広がった。

 それなのに、国内には邪魔な奴らが多すぎる。

 俺に反抗的な大貴族たち、オールドタウン、バート王国に臣従していない独立領主たち、そして『南西諸部族連合』という新興国家の存在。



「さらに軍備を整える必要があるな。一旦王都に戻るか……」


 とにかくも、バート王国はシップランドの占領には成功した。

 有名な中継貿易地を実効支配したのだ。

 国威が十分に得られた。

 ここはなるべく低コストで維持してオールドタウン侵攻の足がかりとし、まずは国内を固めるか……。


「俺に反抗的な大貴族たちはどうだ?」


「相変わらず、贅沢に耽っているとか」


「やはりクズ共だな。処分するか……。戻るぞ!」


 バート王国の実効支配領域は広がったが、やはり国内で俺に逆らう大貴族たちが邪魔だな。

 今後足を引っ張られかねない。

 一旦戻って、連中を処分することにしよう。


「シップランドは任せたぞ」


「お任せください」


 俺に逆らう大貴族たちや王族を処分し、従順で使える者たちのみを上にあげ、真に強いバート王国を作らなければ。

 使えたが、見るに堪えない容姿をしていた我が妹ララベル。

 追放したオアシスが枯れ、従者である魔法使いと共にどこかに逐電したか、乾き死にしたか、それとも砂獣に食われたか。

 それと、冴えなくて使えないハズレ『変革者』もいたな。

 アレは殺したから、もう数年待って新しいのを召喚すればよかろう。

 少なくともアレよりはマシなのが召喚されるはずで、俺の役に立ってくれるであろう。


「さて、戻るか……「陛下!」」


「どうかしたのか?」


 突然俺の取り巻きの一人が、転がり込むように入って来た。

 なにか緊急事態が起こったものと思われる。


「オールドタウンが、このシップランドに攻めて来ます!」


「はあ? 連中は正気か?」


 兵数では向こうが圧倒的に不利なのに、どうして向こうから攻めてくる?

 俺が言うのもなんだが、今のシップランドをオールドタウンが取っても重荷でしかないだろうに。


「議会でそう決まったようです」


「守銭奴であることしか売りがないオールドタウンの評議会議員たちが、いきなり好戦的に……追撃でもかける腹か?」


「かもしれません。我々の動きを探る間諜が残っているのでしょう」


 シップランド占領時に大分始末したのだが、まだ残っていたか。

 連中の意図は、一部守備戦力を残して撤退する我らを後背から襲って大打撃を与え、次にオールドタウンに侵攻してくる時期を遅らせるためであろう。

 いかにも、銭勘定しか出来ない商人たちが考えそうな、非常に浅はかな手だ。

 お前らはオアシスの統治などせず、ただ税を納めていた方が幸せであっただろうに。


「陛下?」


「せっかく向こうがミスをしたのだ。せいぜい派手に歓迎してやるさ」


 逆に、バート王国軍がオールドタウンのハンター傭兵主体の軍勢に大打撃を与えられれば……少数精鋭なら、そのあとオールドタウンを占領できるな。

 向こうについてしまえば、水も物資も得られるのだから。


「銭に塗れた汚い商人たちが、生半可な知識で軍事に手を出すからこうなる。可能な限り、連中を一人も逃がすな」


「畏まりました」


 シップランドは幻の要衝と化したが、オールドタウンなら国土のすべてを実効支配する拠点として使える。

 まさか、向こうからそのチャンスがやってくるとはな。

 せいぜい利用させてもらおうか。

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