第99話 シップランド戦役後
「タロウ殿、随分とこのゴリさんタウンの夜は寒くなくなったな。とはいえ、まだ鍋が美味しい季節」
「ええ、寒くなくなったとはいえ、『ネットショッピング』で購入した『お取り寄せ特選フグ鍋セット』は美味しいですね」
「タロウ様、フグはさっぱりしていて美味しいですね」
「煮えた野菜にも、フグの出汁が染みていて、しみじみ美味しい」
「タロウ、早く雑炊を作ろうぜ」
シップランドを巡る戦争は終わった。
この戦いの勝敗だが、シップランドはバート王国の手に落ちて正式に直轄地となったので、表面的に見ればバート王国の勝利であろう。
だが、シップランドはすでに水脈が枯れている。
あそこを維持するのに、ウォーターシティーと同じくバート王国の負担は増えるであろう。
損益や領地の統治効率を考えると負けなのだが、バート王国の実効支配領域が広がったのは事実であり、自分の国の領地が広がり、戦争に勝利できたことであの王様を支持する国民は増えたらしい。
増税の不人気を誤魔化すくらいには。
もっとも、このままでは減税も叶わず、じきに化けの皮が剥がれて支持率は落ちるだろう。
その前に、オールドタウンに攻め込んで誤魔化すかもしれないが。
商人たちから徴発した砂流船と魔法箱の件もある。
多くの船が傷つき、魔法箱は私たちに奪われ、さらに船の方はシップランドへの補給があるので、徴発の期間を延ばすそうだ。
商人たちからの怨嗟の声が聞こえそうだ。
なににしても、暫くはあの王様も大人しくなるだろう。
私たちはゴリさんタウンにある屋敷に戻り、この日は夜ベランダに出てフグ鍋を食べていた。
グレートデザートは砂漠世界なので、夜はとても寒い。
凍え死ぬ人もいるくらいだから、相当な寒さなのだ。
ところが、海が復活した『南西諸部族連合』は違う。
極南海の周辺領域には十本の世界樹が植えられ、砂漠の砂は私が『ネットショッピング』のゴミ箱機能ですべて捨ててしまった。
そこに、世界樹のおかげで復活した水源だの、河川などができ、私が『ネットショッピング』で購入した土や腐葉土が敷かれ、多くの植物が植えられ、砂漠エルフたちが農業を。
シップランドから移住してきた人たちは、畜産業を始めた。
その辺は、人間と砂漠エルフとで上手く住み分けているようだ。
『南西諸部族連合』は、外縁部以外ほとんど砂漠がない国に生まれ変わりつつあった。
そのため、夜は寒くなく涼しくなったわけだ。
戦争も終わったので、私たちは豪華な夕食をとっていた。
とはいえ、一国の王と妻たちにしてはささやかな贅沢だと思う。
フグ鍋は接待くらいでしか食べられなかった贅沢品なので、元はしがないサラリーマンである私からすれば十分に贅沢をしているのだけど。
『ネットショッピング』で、価格を気にせず高いフグ鍋セットを、それも複数購入できてしまう。
この世界に来てよかったな。
「フグも野菜も食べ終わったら、ここに水で洗ったご飯を入れて雑炊を作る。ご飯の量と残った汁の量を計算し、お湯を足すことも忘れてはいけない」
フグ鍋の締めと言えば雑炊だ。
他の鍋と違い、うどんやラーメン、ましてや餅などであってはならない。
もう一度言う。
フグ鍋の締めは雑炊なのだ。
「タロウさん、こだわりますね」
「これも、美味しい締めのフグ雑炊を食べるためだから。フグの出汁の味を殺さない程度に、塩気も足す。ここは、『ネットショッピング』で購入した天然岩塩で味付けをしよう」
「タロウ、ピンク色の岩塩なんだな」
「モンゴル産の岩塩さ」
グレートデザートを探せば、似たような性質の岩塩があるかもしれないな。
それにしては、モンゴル産のピンク色の岩塩は商人たちにえらく人気だけど。
色がいいのかな?
「ほどよく煮えたら、ここに溶いた卵を入れて少し蓋をします」
「タロウ様、ワクワクしますね」
卵が固くなりすぎるとよくないので、すぐに火を止めて完成だ。
「各々自由によそい、あとはお好みで刻みアサツキとモミジオロシを入れて食べる」
フグの出汁がタップリの雑炊は最高だな。
「タロウ様、刻みアサツキは鍋に直接入れないんですね」
「各々好みがあるから。雑炊に沢山あさつきを振りかけたい人もいれば、逆に苦手な人もいる。モミジオロシもだ」
「私は辛いから少しでいいです」
「オレは、このモミジオロシってのは辛くて好きだぜ」
「私は、あさつきもモミジオロシもたっぷりで」
「フグとは不思議な魚だ。上品でしみじみ美味しい。もし貴族たちが知ったら、こぞって購入するだろうな。タロウ殿の世界でも高級品のようだから」
「そのうち販売するかな」
みんなでフグ雑炊を楽しんだあとは、それぞれ自由にデザートを楽しみ、私たちは久しぶりに豪華な食事を満喫したのであった。
「カトゥー大族長、移住者の割り振りや新生活への移行、ゴリマッチョ殿と一緒に行なっている『ヘイヘイ』の登録も順調です」
「砂流船は、領地外縁部や他領との交易や移動のみに使うしかないですな。ミュウ殿が砂漠エルフの技術者たちと共同開発した浮遊船の方が急速に普及しつつある。あとは海の水上船か。素材をカトゥー大族長から提供してもらっているので、建造計画に遅れは出ていません」
「シップランド子爵家の家臣たちが軍幹部に転職してくれたのと、シップランドからの移住者の中からもハンターの志願者が多いので、警備隊の編成と訓練は順調です。一年くらいなにもないといいですな」
「すでにオールドタウン及び、バート王国に属していないオアシスの主たちとの交易を拡大、強化しました。『南西諸部族連合』の産物はよく売れるので、とても儲かっております」
シュタイン国務大臣、ネルソン運輸大臣、サンダー将軍、シップランド商務大臣の報告を受けるが、特に問題はなさそうだ。
結局のところ、バート王国には暫く大人しくしてほしいというのが本音なのだ。
「現状、オールドタウンへの出兵など夢物語のレベルであろう?」
「常識的に考えるとそうなのですが、あの王様は突拍子もないことを始めると言いますか……」
「普通なら考えられない無茶をする。だからバート王国の領土は拡大したな。あまりよくわかっていない国民たちの支持もある」
「ゆえに、彼はもう止まれません。その動きを止めた時が彼の終わりなのですから」
「であろうな」
「もっとも、動き続けても破綻するリスクは高いですね。なにかの偶然で大化けするかもしれませんけど」
シュタイン国務大臣の考えに、警備隊の手伝いをすることが多いララベルが大きく頷いた。
あの王様の無茶は、バート王国がこれまで蓄えてきた余裕を消費して実行されているからな。
支配領域は大幅に拡大して国威は上がったが、実質は伴っていないのだから。
「オールドタウンか……」
「あそこを落とされると、我々もちょっと辛いですね。あそこにはダンジョンや地下遺跡が沢山ありますから」
水源もそう都合よく枯れないだろうし、とはいえ今のところは国内の開発に専念するしかないか。
「あとは、いかにバート王国から富を奪って足を引っ張るかにかかっています」
「そういうのは得意かも」
戦闘にはそんなに自信がないが、『変革者』ならではの策がある。
私たちは報告を聞き終わると、そのまま『拠点移動』でバート王国領内へと向かうのであった。
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