第39話 討伐生活

「思っていた以上にデカイな!」


「なるほど。噂には聞いていたが、本当にすべて砂でできているのだな」


「でも、中級ハンター推奨の砂獣なので、そこまで強くないそうです」


「矢は、効果あるのでしょうか?」




 早速翌日から、様子見がてらサンドゴーレムのダンジョンに潜ることにした。

 オールドタウンの東側、巨大岩山の斜面に多数入り口があるダンジョンの入り口には、すべて番号が書かれたプレートが設置されている。

 ダンジョンの入り口はすべて同じような作りなので、ハンターが間違えないようにしているのだ。


 サンドゴーレムのダンジョン番号は『二十五番』。 

 かなり古くに見つかったダンジョンなのだが、ハンターたちには不人気であり、誰も潜らないことで有名だそうだ。

 確かに、ダンジョンの入り口に他のハンターの姿は一人もいなかった。 

 隣接しているダンジョンに潜る予定のハンターたちが、私たちを珍獣でも見るかのような目で見ていたのを思い出す。

 狭い入り口から中に入ると、そこには広大な空間が広がっており、確かにダンジョン内は岩山の内部ではなく、別の空間であることが確認できる。

 このダンジョンを作った人がいるはずだが、まずは探求心よりもサンドゴーレムだ。

 とは言っても、サンドゴーレムはすぐに見つかった。

 全高三メートルほど。

 砂山型の砂獣が赤く光る大きな目で私たちを見つけると、ゆっくりと這いずってくる。

 足がないのと、砂でできているせいか、その歩みはかなり遅かった。


「ミュウ、資料によると物理攻撃が効かなそうだが、そんなに強くないという話は本当か?」


「ええ、サンドゴーレムは『水』、『氷』系の魔法に弱いので。見ていてください」


 ミュウが『水流』の魔法をサンドゴーレムにぶつけると、サンドゴーレムは簡単に崩れ去ってしまった。

 元に戻ろうにも、水を吸ってしまった砂は重くなって動かない。

 やはり砂なので、水には弱いというわけか。


「あっでも、最後に忘れずにこれをしないと」


 ミュウは、崩れ去ってから水に濡れて固まったサンドゴーレムのところに向かい、砂の中に混じっていたサッカーボール大の赤く光る光球を、用意した棒で叩き割る。

 すると、サンドゴーレムは完全に消え去ってしまった。


「コアを破壊しないと、すぐに砂が集まって回復してしまうのです。ですが、水で濡れると回復に時間がかかります」


 水に濡れた砂が重くなり、コアの周囲に集まりにくくなるからだ。


「風の魔法で吹き飛ばすとサンドゴーレムの回復が早いので、それはやらない方がいいですね」


「コアが無事なら、周囲の砂を風で吹き飛ばした程度でしかないわけか」


「ほぼノーダメージです」


 砂を風で吹き飛ばした程度だと、すぐに回復してしまうわけか。

 逆に火も、砂が融解する温度まで上げないと回復を阻害できない。

 水が一番効率がいいわけだ。


「タロウさん、サンドゴーレムってコスト的にどうですか?」


「ええと……微妙?」


 倒した砂獣の素材も消えてイードルクに変換されるのは、ネットショッピングの運営者が素材を買い取っているからだと私は推論した。

 サンドゴーレムはほぼ砂なのでなんの役に立つのか疑問だったが、よくサンドゴーレムの砂を見ると、コンクリートの材料に使える可能性が高かった。

 サンドゴーレムの素材込みで一体五万イードルクというのは、中級の砂獣としては安いと言わざるを得ないが、弱いのでこのくらいが妥当と言えなくもなかった。


「要は、コアを破壊すればいい。コアは、サンドゴーレムの目の間の下に埋まっている。こうすればいい」


 さすがはララベル。

 彼女は、サンドゴーレムを縦真っ二つに切り裂いた。

 ちょうど目の間から二分割されたので、コアも完全に破壊され、サンドゴーレムは消えてしまった。

 

「目の間ですね!」


 パーティに加入したばかりだが、実は私よりもハンター歴が長いフラウも、放った矢が正確にサンドゴーレムの目と目の間を貫き、コアの破壊によりサンドゴーレムは消えてしまった。


「こうかな?」


 私も、槍でサンドゴーレムの目と目の間を貫く。

 すると、サンドゴーレムはそのまま消えてしまった。


「私はもう中級者扱いなのかな?」


「タロウ殿は、中級の中では強い方だな。だから、サンドゴーレムにもそう苦戦しないはずだ」


「これまで、地道に努力してきた甲斐がありましたね」


「そうなのかな?」


 これまでこういうことに縁がなかったせいか、自分がどれくらい強いか客観的に判断できないので、ララベルとミュウの評価はありがたかった。


「今日は、夕方までサンドゴーレム狩りといくか」


「そうだな」


「任せてください」


「沢山倒しますね」


 私たちは途中昼食を挟みながら、夕方まで多くのサンドゴーレムを狩ることに成功したのであった。




「素材はゼロだけど、実入りはそう悪くないかな」


「マグロのサシミは美味しいな。私は、脂の乗りでいうとチュウトロくらいがちょうどいいな」


「私は、ヅケがサッパリしていて美味しいです」


「ネギトロをご飯に乗せると最高ですね」




 討伐は無事に終わり、私たちはひとまず確保した宿に宿泊していた。

 綺麗な割に宿泊費が安いので、これはお値段以上と見ていいだろう。

 その代わり素泊まりなのだが、すでに『ネットショッピング』で様々な食材や料理を購入している身としては、この世界の食事よりも『ネットショッピング』で購入した食材を調理することが多かった。

 事前に解凍して『異次元倉庫』に仕舞ってあったクロ本マグロ以下、厳選された海の幸とご飯、味噌汁が本当に美味しい。

 これを味わってしまうと、もうこの世界の料理には戻れないな。

 当然例外はあるけど。


「タロウ様、デザートはアイスですけど、何味がいいですか?」


「私はバニラで」


「タロウ様は、バニラアイスが好きですね」


「アイスの基本だからね」


「チョコ味も美味しいと思うが」


「私はストロベリー味で」


「メロン味も美味しいですよ」


 デザートまで堪能した私たちは、今日の討伐について反省会を始めた。

 まずは、サンドゴーレムは本当に討伐効率がいいかである。


「弱いので、数は稼げますね。その分、一体ごとの報酬が低いですけど」


 今日一日で千体以上倒したので、五千万イードルク超えの収入があったが、他のもっと金になる砂獣が出るダンジョンに変更するという手もあるな。

 サンドゴーレムは弱いので楽なのだけど。


「ララベルはどう思う?」


「レベルが上がりにくいのが難点だな」


「それはあるな」


 結構沢山倒したにもかかわらず、私たちはほとんどレベルが上がっていなかった。

 サンドゴーレムは経験値も低いようだ。

 せいぜい、初級レベルの砂獣よりも経験値が高いくらいか。


「我らは故郷も身分も捨て、自由に生きると決めた身。なればこそ、誰も助けてはくれない。のたれ死ぬ自由もあるがゆえに、強くなっておいて損はないだろう」


「おおっ! ララベル様は厳しいですね。正しくもありますけど」


「だが、正論ではある」


「タロウ殿もそう思うであろう?」


 問題があるとすれば、私が生きていることがあの王様に知られた時だな。

 バート王国が軍勢を差し向ける余裕はないと思うが、暗殺者くらいなら送り込みかねない。

 強くなっておいて損はないかなと思う。


「私も頑張って強くなります」


「となると、他のダンジョンがいいのかな?」


「明日、資料を確認してみよう」


 そして翌日。

 私たちは、四百五十六番のダンジョンの入り口にいた。

 朝一番でダンジョンに関する資料を確認した結果、サンドゴーレムのダンジョンと同じく人気はないが、経験値は得られそうなダンジョンを見つけたのだ。


「スカルヤドカリの巣だそうです。簡単に説明すると、粗大ゴミを住処にする巨大なヤドカリの砂獣ですね」


 普通のヤドカリは水辺に住み、空いている貝殻に入り込んで住処とする。

 ところがスカルヤドカリは、粗大ゴミを住処とする砂獣だそうだ。


「粗大ゴミ?」


 この世界に、現代地球ほど大量の粗大ゴミなど出るのであろうか?

 でも、巨大というのは、普通のヤドカリに比べれば巨大という意味で、実はそんなに大きくないかもしれない。


 と思っていたら……。


「デカイなぁ……しかもあれは……」


 スカルヤドカリは、明らかに戦車の外殻のようなものに入り込んでいた。

 この世界に戦車?

 いや、きっと古代文明の遺跡なのだと思う。

 地球の戦車とは違って、なぜか派手な黄色に塗られているのが特徴的であった。

 アニメなどで、悪の組織が使っていそうな色とデザインの戦車みたいだ。


「砲は死んでるよな?」


 生身の人間が戦車砲で撃たれたら、木っ端微塵にされてしまうからな。

 念のため、私たちは砲口の正面には立たなかった。


「古代文明の品だとして、錆びもせず、よく外殻の塗装が残っているよな」


 少なくとも数千年前の品なので、塗装が残っていること自体があり得ないはずなのだ。

 錆びるなり、朽ちるなりしているのが普通なのだから。


「スカルヤドカリは寿命で死なない砂獣で、ああやって住処にしているものが朽ちないよう、定期的に体液を塗っているのです」


 スカルヤドカリの体液を塗ると、その品の経年劣化が防げるそうだ。

 そのため、スカルヤドカリの体液には一定の需要があるらしい。


「その割には、誰も討伐に来ないな」


「他のダンジョンでも小さいのが出ますし、体液に同じ効果があるもっと弱い砂獣もいるので」


 それなら、そっちの弱い方の砂獣を倒して手に入れた方が効率いいのか。


「食べられるのかな?」


「不味いらしいですよ。ゴミ臭くて」


 サンドスコーピオンのようにカニ系の味はせず、肉は臭くて不味いそうだ。

 名前からして不味そうだからな。


「デカくて強いので、経験値は沢山入りますよ。素材は、殻に需要があるくらいですけど」


 スカルヤドカリの外殻は硬いので、加工して様々な品の装甲材などに利用するそうだ。

 ただ、やはりそれほど高く売れるものでもないそうだ。

 スクラップ扱いなんだと思う。


「なにより、サンドゴーレムなど目ではないほど強いんですよね」


「大丈夫かな?」


 無理をして怪我人でも出ると大変だからな。

 無茶はしない方が賢明であろう。


「ご安心を、タロウ殿。このララベル、容姿は醜いが剣においてバート王国において右に出るものなし。ご覧いただこう、我が剣の舞を」


 そう言うと、ララベルは剣を抜いて戦車の外殻を住処にしているスカルヤドカリに斬りかかった。

 その一連の動きは半ば芸術的であり、ララベルの美しさと合わせて神秘的でもあった。

 剣は一流、剣技は超一流で、彼女の踊るような攻撃のあと、戦車スカルヤドカリはサイコロ状に切り刻まれ、すぐに消えてしまった。


 あれだけ均等に切り刻まれれば、どんな生物でも生きていられないはずだ。


「我が妻ながら美しい……」


「そう言ってくれるのはタロウ殿だけだな。兄は、薄汚いドブスが舞う殺戮劇は、見ると目が腐ると散々に言ってくれたが」


「ええ……」


 美醜の価値観が違うがゆえの悲劇であったが、相変わらず実に妹に酷いことを言う兄である。


「他の誰が、なにを言うと気にするな。私はララベルが美しいと思っているのだから」


「改めてそう言われると照れるな。タロウ殿が嘘を言っていないのは、私がとっくに女であることで証明できるというもの」


 夫婦なので当然そういうこともしているが、この世界だとララベルは『顔を隠してくれないと勃つものも勃たない』ドブスである。

 そんな彼女を普通に抱ける私は、やはり変わり者、美醜の価値観が逆な者としか思えないというわけだ。

 この世界基準だと、私はかなりの博愛主義者か究極のブス専ということにある。

 当然私にそんな自覚はなく、むしろ元の世界では知り合いにもなれない絶世の美女を妻にできた幸せな男であった。

 それに、ララベルは性格もいいからな。

 散々周囲からバカにされても、無人のオアシスに転封されるまで、バート王国のために砂獣を退治し続けたのだから。


 私なら、とっくに国を捨てていたであろう。


「今はただ、私たちが自由に暮らせればいい。そのためにも、スカルヤドカリは経験値稼ぎにちょうどいいようだ」


 確かに、古代文明の遺産である戦車の外殻を纏った巨大なヤドカリはとても硬く、経験値も高かった。

 さすがに、戦車砲をぶっ放してはこなかったけど。

 装甲の風化は体液で防げても、武器を取扱うのは不可能だったということだ。


「ミュウ、お前もいけるだろう?」


「任せてください、ララベル様」


 次に、ミュウがスカルヤドカリを倒すことになった。


「まあ、非常にベタな手ですけどね」


 ミュウは長い氷の槍を魔法で作ると、それをスカルヤドカリの急所に深く突き刺した。

 スカルヤドカリが私たちを攻撃する時には、被っている戦車や、金属などから顔を出さねばならず、そこを狙ったというわけだ。


「ヤドカリや、カニの急所は目の間ですので」


 ミュウの魔法のコントロールは完璧で、目の間に氷の槍を刺されたスカルヤドカリは一撃で死に至ってその姿を消してしまった。

 

「うわっ! 金になるな」


 スカルヤドカリ自体がドロップする神貨が高いのか、被っている戦車や車、金属部品を体液でつなぎ合せたものがイードルクに変換されると高価なのか?

 よくわからないが、スカルヤドカリ一匹で三百万イードルクは美味しいと言えた。


「では、私も!」


 新入りとはいえ、砂獣狩り慣れしているフラウは、やはり一撃で矢をスカルヤドカリの目に間に当てることに成功した。

 いくらスカルヤドカリが強い砂獣でも、急所を突かれたらどうにもならない。

 やはり、一瞬で消え去ってしまった。


「じゃあ、次は私が」


「それは駄目だ、タロウ殿」


「駄目ですよ、タロウさん」


「駄目です、タロウ様」


 私も槍でスカルヤドカリを倒そうとしたのだが、ララベルたちに止められてしまった。


「近接戦闘は危険だ」


「ララベルはやっているじゃないか」


「私は生まれも持った剣の才能と身体能力を持ち、レベルアップによってそれを大幅に増やし、砂獣退治で多くの戦果をあげてきた。当然相応の努力もしたが、やはり生まれつきの才能というものは大きいと思う」


「私には戦闘の才能がないと?」


「一定以上の水準にはあるが、それは変革者がゆえの補正と思われる。少なくとも現時点では、スカルヤドカリと戦わない方がいいと思う」


 つまり、今の私ではスカルヤドカリを倒せない。

 もしくは倒せなくもないが、とても危険だとララベルは判断したようだ。


「ミュウの魔法、フラウの弓のように遠距離から攻撃できる手段がなければ、私はタロウ殿の戦闘を許可できない」


 私は、レベルの割に戦闘力がないというわけか。

 その分『異次元倉庫』と『ネットショッピング』という特殊なスキルがあるが、強い砂獣との近接戦闘はやめた方がいいレベルなのか。


「中途半端なのか……私は……」


 そりゃあ、『異次元倉庫』と『ネットショッピング』を会得する前の私が王様から失望されるわけだ。

 完全な後方支援要員なのだから。


「だが、中級までの砂獣ならものともしないし、タロウ殿の能力は貴重だ」


「夫婦とは、お互いの欠けたところを補うものですよ。無理をなさらずに」


「私もいますから」


「じゃあ、任せようかな」


 そこは素早く意識を切り替えよう。

 その後、三人は大活躍して多くのスカルヤドカリを退治した。

 古代文明の遺産というか残存物と共に消えてしまったけど、代わりに多額のイードルクが手に入ったのでよしとしよう。

 私は考古学者ではないので、別に戦車の残骸やの古い金属の塊に興味などないのだから。


「ふう、今日はこんなものだな」


「夕食楽しみですね」


「私、すぐに作ります」


「今日は『ネットショッピング』で購入して済まそう。みんな疲れているから」


 フラウは未成年なので、無理をさせない方がいいだろう。

 それに、『ネットショッピング』ならすぐに食べられるものも購入できる。

 大金が手に入ったので、少しくらい贅沢しても構わないであろう。


 多くのスカルヤドカリを倒した私たちは、どんなご馳走を食べようか考えながら、宿へと戻るのであった。

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