第38話 オールドタウン
「ララベルたちは、フードを被るのか?」
「私たちはこの容姿なのでな。そのまま歩くと、どうでもいい陰口を叩く奴らもいる。王都では、私は一応王女なので配慮する者が大半だが、ここは実質別国だ」
「無用な軋轢を避ける知恵ですよ」
「この世界の悪いところだな」
無事オールドタウンの港に到着した私たちは、船を預けてから下船した。
まずは町の様子をでも見て回ろうという話になったのだが、誰に言われたでもなくララベルたちは大きめのフードを被って顔を隠していた。
そのまま町中を歩くと、あまりに酷い容姿なのでバカにする奴が出るのを防ぐためだという。
酷い話だと思うのと同時に、私はちょっと違和感というか疑問を感じ始めていた。
日本の町中で、そこまで露骨に女性の容姿について罵る奴などいない。
ララベルたちが、この世界だとなかなかお目にかかれないドブスという扱いだが、それにしても反応が強すぎる。
もしかすると、この世界全体、もしかしたらバート王国領内のみかもしれないが、なにか特別なバイアスがかかっているのではないのか?
それとも、この世界はこう言っては失礼だが、現代日本に比べれば未開な部分も多い。
モラルの低さから、容姿の悪い女性を公にバカにしても問題がない風潮があるのか?
どちらにしても、ちょっと留意しておいた方がいいのかもしれない。
「タロウ殿、私たちに降りかかる理不尽に憤ってくれるのは嬉しいが、これも無用な軋轢を避けるためだ」
「そうですとも。私たちはいつも、タロウさんから『綺麗だ』と言って愛してもらえるので、このくらい全然問題ないですよ。ただ、周囲にいる虫たちの羽音がうるさいので、それを防ぐためです」
「そうか」
やはり、この世界はちょっとおかしいな。
『変革者』召喚の件も含めて、なにか秘密があるような気がしてきた。
それがなんなのか……まずは自分たちのことを考えよう。
「……」
「どうした? フラウ」
「新婚っていいですね。私も結婚したいです」
「まだ早いんじゃないか? フラウは十二だから」
「うーーーっ、あと三年ですか。長いです」
そうか。
フラウも、成人になれば結婚するかもしれないのか。
彼女はどんな人と結婚するのであろうか?
「タロウ殿、では行こうか」
「タロウさん、まずは町の中心部にある評議会場と、ハンター協会オールドタウン支部に向かいましょう。とても古い建物なので観光地としても有名ですし、ハンターがダンジョンに潜る際には事前登録が必要だそうです」
「ミュウは詳しいんだな」
「オールドタウンのダンジョンに潜ったことがある王都在住のハンターから聞いたんですけどね」
「私、外の町って初めてです」
私たちは、四人で船を降りて町の中心部へと向かった。
さすがはダンジョンの町、ハンターが集まる一獲千金の町と言うべきか、町のメイン通りには多くの人たちが出歩いていた。
やはりハンターが多く、他にも新婚旅行中と思われる身形のいい男女の姿もある。
他のオアシスに新婚旅行に来られるのだから、お金はあって当然なのか。
ただ、夫であろう男性が連れている女性が……彼は美女を奥さんにして鼻高々なんだろうけど……。
「多くの店、カジノ、ホテルもいかにも高級なところが多いな」
「稼いだハンターの懐は緩む。彼らも討伐と節制ばかりしていてはストレスが溜まってしまう。彼らの金目当ての商売も多く、そこに観光旅行客も集まるというわけだ」
はっきり言って、バート王国の王都よりも栄えている。
あの王様がこのオールドタウンを占領して支配下に置くのは難しいような気がした。
「あと、フード姿の女性が多いな……あっ!」
「タロウさん、どうかしましたか?」
「あの人、耳が長いね」
これは、私が子供の頃から学生時代まで愛用していたゲームやラノベによく出てくる『エルフ』という種族なのではないだろうか?
フードを被っているとはいえ、空想の産物が目の前にいるのでつい驚いてしまったのだ。
「タロウ様の世界だと、エルフは空想上の種族なのだそうです。前に見た本にも出ていました」
「なるほど。この世界では、『砂漠エルフ』はそう珍しい存在ではありませんよ。この世界で女性が一番醜い種族と言われていますけど」
「そうなんだ……」
そうか。
この世界だと、美しいはずのエルフが醜いという扱いになるのか……。
でも、男性は醜いと言われない……やはりどこかおかしいよな。
「エルフの女性は例外なく全員が醜く、まるで鶏ガラのように痩せているので、忌避する人間が多いのです。そのため、人間との混在地では私たちと同じくフード姿の人が多いですね」
ララベルたちと同じく、無用な陰口や軋轢を避けるためというわけか。
「やっぱり、長生きなのかな?」
「エルフが長生きですか? 人間と同じですよ。体が細いので敏捷性に優れ、頭脳明晰な者が多く、手先が器用で、魔法が得意な者が多いです。その分力はなく、体がそれほど頑丈ではないというわけです」
「タロウ殿の言う長寿のエルフとは、『森エルフ』のことであろう? 古に滅んだとも、この世界のわずかに残った森に少数が隠れ住んでいるとも言われている。事実はわからないが……」
私が思い描くエルフは、『森エルフ』というのか。
滅んだか、少数が隠れ住んでいる可能性があると。
なにかの要因で、寿命が人間と同じくらいの『砂漠エルフ』が主流になってしまったらしい。
「ハンター業や交易で、人間の住むオアシスに姿を見せるエルフの他に、オアシスに村を作るエルフや、古代の遺産、『移動都市』に生活の拠点を置き、そこで暮らすエルフも多いとか」
「このオールドタウンよりも西の砂漠に、いくつかの移動都市があると聞く。たまに魔法薬などの特産品を交易しているそうだが。他の国でも、かなりの数の移動都市が稼働中だと聞くな」
移動都市とは、大昔に滅んだ古代文明の遺産だそうだ。
魔力で動くそうで、以前はすべてが完全に停止状態だったものを、人間にオアシスを追われた砂漠エルフたちが辿り着き、独自の技術で稼働させることに成功したのだと、ララベルが教えてくれた。
「移動都市、ロマンがあっていいな」
「タロウ殿も、ロマンを求める男子であったか」
あと、小さいものでも手に入れば、そこで暮らすのも悪くない。
船上での生活だと、気楽でも色々不便なのは事実だからだ。
「移動都市ですか? 今でも、かなりの数が停止状態で、砂漠のあちこちに残っているとは聞きます。状態が悪くて、砂漠エルフでも再稼働は無理だと判断して、放置されているものが多いと聞きますけど……」
「いつか手に入ったらいいなという話で、今はオールドタウン観光を楽しもう」
「それもそうですね」
それから俺たちは、かなり古いと思われる評議会場を見学し、その前の広場で購入した果汁水を飲んだりしながらダラダラとした時間を過ごした。
「冷たい果汁水は体に染み渡るな」
「氷系の魔法が使える人が、簡単に稼げる仕事ですね。ただ、魔力が多い魔法使いは、砂獣の討伐をした方が稼げますけど」
この世界に冷蔵庫がないわけではないが、非常に高価で庶民には手に入りにくい。
そこで、氷系の魔法が使える人が、冷たい水やジュース、かき氷を販売するのはよくある商売だそうだ。
この世界の大半が砂漠であり、とても暑いので、どこでも比較的数を売りやすい商品なのだそうだ。
逆に、温かい飲み物はそれほど売れないそうだが。
「ハンター協会の建物は、評議会場の隣……あれか」
「手続き自体は簡単に終わりますよ。なにしろハンターが多いので」
ミュウの言うとおり、手続きは数分で終わってしまった。
ダンジョンに潜る許可証に名前を記載するだけだからだ。
しかも、別に偽名でも構わないという。
「潜るダンジョンですが、隣の資料室で情報を確認されてからの方がいいと思います。ハンター自身が、自分に一番合うダンジョンに潜っていただくためです」
弱いのに強い砂獣ばかり出るダンジョンに潜ったり、ミュウのような氷魔法の名手が、寒さに強い砂獣ばかり出るダンジョンに潜るのは危険だからか。
事前にちゃんと、どのダンジョンに潜るか確認することが大切であると。
「無茶して死ぬと損ですしね」
「そういうことです」
と、俺たちに説明してくれた受付嬢は、この世界の基準でいうと美女だった。
どの世界でも、受付には綺麗な女性を置く傾向があるというわけだ。
私から見ると失礼ながらかなり違和感を覚えるのだが、この世界でララベルのような女性を置くと、これは別の意味で軋轢があるからなぁ……。
「隣の資料室で、ダンジョンの情報を見てみましょう」
ミュウに促されて資料室へと向かい、そこでぶ厚いダンジョン図鑑という本を借りた。
「ぶ厚いなぁ……」
「毎年何個か新しいダンジョンが見つかるので、段々とぶ厚くなっているそうです」
「その未発見のダンジョンが見つかるって話なんだけど、それっておかしくないか?」
いくらオールドタウンが栄えているオアシスとはいえ、そんなに沢山のダンジョンが見つかるほどスペースに余裕があるとは思えないのだが。
「それはですね。各ダンジョン内部は、別の空間に繋がっているからなのです。タロウさんは、オールドタウンの東側にある巨大な岩山を確認しましたよね?」
「あった。大きな岩山だったな」
「その岩山の斜面でダンジョンの入り口は発掘されます。ですが、ダンジョンの内部は、岩山の内部にはないのです。別の空間に繋がっているので、毎年新しいダンジョンの入り口が見つかるというわけです」
「なるほど、別空間に繋がっているからなのか」
岩山の斜面で見つかるのは、あくまでもダンジョンの入り口のみというわけか。
だから、発掘されていない岩山の斜面から定期的に新しいダンジョンの入り口が見つかると。
「これら、新しく見つかったダンジョンのデータがこの本に記載されているわけです」
ちょっとペラペラとページを捲ってみると、詳細な地図や出現する砂獣の種類などが書かれていた。
初心者向けのダンジョン、中級者向け、上級者向け、特殊な素材が欲しい時に潜るダンジョンなど。
データはとてもよく整理されていた。
「ダンジョンによって、人気・不人気の差も大きいんだな」
現時点で見つかったダンジョンの数は千を超える。
多くのハンターたちが詰めかけるものから、不人気すぎて誰も入らないダンジョンまで。
ダンジョン人気ランキングまで書かれているのも面白かった。
「人気のないダンジョンでよくないかな?」
俺たちのパーティの場合、砂獣を倒すと素材が残らない。
というか、勝手にイードルクに変換されてしまう。
他のハンターたちに見られるのもどうかと思うからだ。
「それはありますね。じゃあ、このサンドゴーレムしか出ないダンジョンでいいでしょう」
オールドタウンのダンジョンに生息する砂獣の中には、サンドゴーレムのように生物の枠から外れたモンスターのような種類も多いそうだ。
サンドゴーレムは文字通り砂のゴーレムなので、倒すと砂が手に入る。
砂漠で砂を手に入れたところで誰も買い取ってくれず、ドロップする神貨もその強さの割には少ないので、誰もサンドゴレームのダンジョンには入らないと、本には書かれていた。
「ハズレダンジョン扱いなのか。じゃあ、そこでハンター業を始めてみるか」
「それがいいな」
「いいと思います」
「私は、タロウ様の命に従うのみです」
ララベルたちも私の意見に賛同し、まずはサンドゴーレムのダンジョンに潜ることを決めたのであった。
「あっ、でもその前に……」
「観光だな」
「観光ですね」
「観光楽しみです」
夕方、定宿を決めるまで、私たちは存分にオールドタウン観光を楽しむのであった。
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