第81話 焦土作戦? 火事場泥棒?

「ミュウ、これは速くていいな」


「うむ、砂獣が追いつけないほどの速度が出るとはな」


「でもララベル様、燃費が心配ですね」


「スピードが出るのはいいけど、燃費もへったくれもないな」


「今回はちょっと急ぐので、魔動機関を並列に二つ装着し、タロウさんの膨大な魔力を常時補充することにより、短い時間で『ウォーターシティー』に到着するわけです。もっとも、こんな無茶は今回だけですけどね」




 中央海がなくなり、海底の岩盤が露出したままの乾いた岩場を、ミュウが特別改造した空中船で爆走していく。

 目的地は、以前は中央海の真ん中にあり、この海の主導権を巡って各国が火花を散らすなか、中継地として大きな力を持っていた商人たちが治める都市国家『ウォーターシティー』であった。

 ウォーターシティーは、ついに海の精霊であるマリリンから愛想を尽かされ、枯れてしまった中央海の中心部にあった。

 わずか一晩で海が完全に消えてしまう。

 海に住む生物がまったくいなくなり、中央海での漁業が不可能になった時も大打撃であったが、今回はそれ以上の大打撃であった。


 中継貿易地としてのウォーターシティーは、今、完全に機能停止に陥っている。

 多数の水上船は動くことすらままならず、では枯れた海の跡を砂流船で動けるのかといえば、中央海の海底は砂地ではないので不可能であった。

 各国の港町も同じで、ウォーターシティーへの定期便があるバート王国の港町リススも、漁業とウォーターシティーとの貿易がなくなり、恐ろしいまでの不景気に襲われていた。


 そんななか、私たちがどうしてウォーターシティーを目指すのか?

 それは、シップランドのガルシア商会から来た報告のせいであった。




『はあ? バート王国がウォーターシティーの占領を狙っているですか?』


『そうなのです。これまで各国に莫大な富をもたらしていた中央海がいきなり干上がり、教会は新しい海の精霊様の銅像を建てる準備をしていましたけど、意味はなくなりましたね。勝手な理論で前の海の精霊は駄目なので、自分たちがデザインした新しい海の精霊の銅像を建てれば大丈夫などと言って寄付金を集めていましたけど、中央海があの様なので大恥をかいたようです。そんななか、リススを不景気のどん底に落とされたバート王国が、民衆の支持を得るためにウォーターシティーを狙うわけです。あそこはこれまで中継地として大いに栄えてきました。蓄えは多いわけです』


 先にシップランドに『拠点移動』で向かってタラントさんから話を聞くと、あの王様はウォーターシティーがこれまで貯め込んだ富を奪い、自身が王として戦争に勝利し、民衆の支持を得るのが目的で出兵を準備していると教えてくれた。


『勝てるのですか? バート王国は』


『少数でも、軍勢が辿り着ければ勝ちですよ。あそこは島なので人口も少なく、軍備なんてほとんどないので』


 さらに複数の国が利用する中継地であったため、逆に軍備を強化してしまうと、各国の警戒を招くとウォーターシティーを運営する商人たちは考えたようだ。

 今となっては、軍備不足のせいで風前の灯火なわけだが……。

 

『それで、私たちになにをしろと?』


『いえね。あそこはもう終わりです。ウォーターシティーを運営する評議会の議員たちは、バート王国が攻め込むと知って逃げ出し始めたそうで、水上船はそのまま放置です。まさか、持ち出すこともできませんからね。そういえば、カトゥー大族長は水上船がご入用とか? ちょっとした情報提供ですよ』



 以上のようなやり取りがあり、私たちが試作空中船で急ぎウォーターシティーまで駆けつけると、各国の貿易を中継して栄華を誇っていたウォーターシティーには、すでに閑古鳥が鳴いていた。

 海が枯れてしまったため、港には大小様々な水上船が放置されたままとなっており、人もまばらにしかいなかった。

 港に上陸した私たちは、大きな荷物を背負った若い男性に声をかけた。


「あのぅ……」


「なんだい? オッサン」


「ウォーターシティーの住民は、すでに逃げ出す準備を始めているのか?」


「それどころか、もう半分以上が逃げ出したよ。特に金がある連中はな。バート王国が、もはやなんの価値もないこのウォーターシティーを狙っていると聞くじゃないか。ウォーターシティーには軍備なんてほとんどないから勝ち目なんてない。財産を奪われるから、とっくに逃げ出したよ」


「逃げ出したって……水上船は動けないから、港に放置しているのでは? どうやって逃げ出すのだ?」


「金持ち連中は魔法技術を齧っているハンターに依頼して、持っている船の中から小さめのやつ一隻に複数の魔導機関を取り付け、そこに所持している魔法箱をすべて載せて逃げ出したのさ。すべての資産を持っては逃げられないが、残って全部奪われるよりもマシって寸法さ。庶民たちも金を出し合って護衛のハンターを雇い、徒歩で逃げ出し始めている。バート王国以外の国の港町に逃げ込めれば、とりあえずは安泰なんじゃないのかな。辿り着ければだがね」


 若者は、ララベルの問いにそう答えた。

 乾いた海では水上船を使えず、砂流船も岩の上では走れない。

 この世界では、人を乗せる家畜がほとんど存在しない。

 ラクダが極少数いるが、中央海が枯れるまでウォーターシティーにラクダなんて必要なかった。

 そこで金持ちたちは、所持していた船の中から小さめの一隻ないし数隻に、ミュウが施したような改造を雇った魔法技術持ちに行わせ、所持している魔法箱に価値の高いものを詰め込んでから船に積み込み、とっくにリスス以外の港に逃げ込んだそうだ。

 ウォーターシティーを運営する評議員たちがこの様なので、庶民たちも荷物を纏めて逃げ出したらしく、だから町全体が閑散としているのであろう。

 もっとも、徒歩で逃げ出した庶民たちが乾いた海を渡って港町に辿り着けるかどうかはわからない。

 元々が乾いた海なので砂獣はほとんどいないが、ゼロではないし、それでもハンターが護衛についているから……グレートデザートの気候だと、弱い老人や女性、子供から倒れていくかもしれない。

 彼らは徒歩なので、水や食料もそれほど持ち出せないだろうからだ。


「逃げ出すにしても、ろくな準備もしないでだと無謀なのでは?」


「とはいえ、残っていたらバート王国軍にみんな略奪されてしまう。女性は危ないし、子供は奴隷として売り飛ばされるかもしれない。ハンターへの護衛料を出し合って、集団で逃げ出したよ」


 バート王国軍はあまり行儀がよくないというか、多分戦争になればどこの国の軍隊も同じなのだと思う。

 特に諸侯軍の方が数が多く余裕がないので、戦争では略奪しないとやっていけないのであろう。

 そうでなくても、砂漠だらけで補給が難しいのだから。


「じゃあ、俺も逃げるから。あんたらも早めに逃げた方がいいぞ」


 若い男性は、リススがある方向の反対側、北を目指して数十名の住民たちとウォーターシティーを出て行ってしまった。


「タロウさん、船員さんもいませんね」


「水がない場所に置かれた水上船なんて、動かせないから意味がないからね。船で逃げ出せない以上、船は置いていくしかない」


 多数ある大型船の類は、商人たちが持っていた交易船のはずだ。

 大きいのでまさか持って逃げるわけにもいかず、すべて放棄されたのであろう。

 ただ、即席の浮かぶ空中船を作るためであろう。

 船には必ず装備されていた魔導機関が、すべて取り外されていた。

 木製の船体に、魔導機関。

 どちらも高価だが、比較的嵩が張らず、魔法箱に仕舞いやすい魔導機関のみが外され、持ち出されたのであろう。

 売れば結構なお金になるからな。


「木製の船体が勿体ないですね、タロウ様」


「タラントさんは、船ならここにあるよって情報提供してくれたんだな。水上船を操る砂漠エルフたちが喜ぶぜ。持ち帰れればだけど」


「それは大丈夫」


 私の『異次元倉庫』だが、レベルアップの影響で大分容量も上がっていた。

 ウォーターシティーに到着したので『拠点移動』を併用すれば、放置された船体を全部運び出せるはずだ。


「火事場泥棒だな。これは」


「彼らが捨てて行ったものだから、窃盗には当たらないんじゃないですか?」


「そういう考え方もあるか。バート王国軍が来るまでに回収しよう」


 ミュウの言い分になるほどと思いながら、私たちは船体回収を始める。

 そんなわけで、私は放置された船体を片っ端から『異次元倉庫』に仕舞い、容量が一杯になったらゴリさんタウンに戻り、港に船を浮かべていった。


「おおっ! 大型船ばかりですね。これはありがたい」


「魔導機関は、我々からすれば木製の船体よりも調達が楽なのでありがたいです。早速、新しい魔導機関を取り付けますよ」


「希望者を訓練して、なるべく多くの船を使えるようにする予定です」


 多くの移動都市が海岸沿いに置かれて港の役割も果たしているので、これからは市場船を用いた交易や人の移動が活発になるであろう。

 木材の関係でそう簡単に大型船を作れず、さすがに『ネットショッピング』では販売しておらず困っていたのだが、まさに渡りに船といった感じだ。

 砂漠エルフの船乗りたちは、ゴリさんタウンの港に運ばれた大型船を見て大喜びし、早速チェックを始めていた。


「船はこんなものかな?」


「もう人っ子一人いないのか……兄がいくら綺麗事を言っても、軍勢なんてものは占領地で悪さをするもの。逃げ出して当然だが、あのウォーターシティーがなぁ……」


 商人たちが議会を運営して治めていたにも関わらず、海が枯れるまで周辺の王政国家が手を出せないほど繁栄していたのに。

 逃げ出した彼らも、まさか海の精霊がドブス扱いされることに嫌気をさし、新しくできた極南海に引っ越したなんて夢にも思わないはずだ。

 でも自業自得なんだよなぁ……。


「ララベルは、ウォーターシティーを知っているんだ」


「随分と羽振りはよかったと聞く。今ではゴーストタウンだが……」


 どんな町でも、国でも。

 滅ぶ時は、こんな風に意外と呆気ないのかもしれないな。


「タロウ様、倉庫に沢山品がありますよ」


「本当だ」


 船がないと大量の荷を運べないので、必要な量の水、食料、あとは財貨や宝石などが最優先されたのであろう。

 倉庫には多くの荷が残っていた。

 少し盗まれた形跡もあるが、盗んだ連中も徒歩で逃げ出さなければいけないので、倉庫に積んである荷はそれほど減っていなかった。


「いくら魔法箱があるとはいえ、持ち出せる荷の量には限度があるので、安いものはこのまま放置されているのか……これも貰っていこう」


「捨てていったものを回収しても、窃盗じゃないですからね」


 ミュウの言い分は正しい。

 他にも、ウォーターシティーの各所で住民たちが残していったものも回収していき、ゴリさんタウンに運び込んだ。


「なるほど。タラント殿は、シップランドのためにバート王国を消耗させたいようだな」


「焦土作戦みたいなものだな」


 確かに海を失ったウォーターシティーに戦略的な価値はないが、バート王国が攻め取ればあの王様の権威は上がる。

 少なくとも国内の支持は上がるだろう。

 だから彼は、無理をしてでもウォーターシティーを攻め落とすことを決断した。

 海が枯れて船が動けないので、豊かだったウォーターシティーには物資が多く残っている。

 出兵への不満を唱える貴族たちに対しては、これを分配すること約束して兵を出させたのであろう。


「ところが、タロウ殿がみんな運び出してしまった。ここにはなにもない」


「町は残っているけどね」


「海は枯れ、陸の孤島と化したウォーターシティーに価値などない。この島の水源では、養える人数に限度があるからな。貿易の中継地点という旨味が消えてしまえば、ここはただの小さなオアシスなのさ。もっとも、兄からすれば他国を攻め落として占領したという事実が大切なのであろうが」


 しかし、軍勢が辿り着いてみれば、そこにはなんの物資も残っていない。

 水が出るが、ウォーターシティーは食料の生産量が非常に少なく、辿り着いたバート王国軍がまずすることは補給の申請であろう。

 タラント殿は船体を餌に私たちに恩を売りつつ、ソフト版焦土作戦をあの王様に仕掛けたわけだ。


「ウォーターシティーは得たが、これはバート王国にとって大きな負担となるはず。諸侯軍を出した貴族たちに褒賞を出さないわけにもいかず、なるほど。これで、シップランドへの侵攻準備を遅らせるわけだな」


「さすがは凄腕の商人。凄いことを考えるな」


「グレートデザートでは、戦争なんて滅多にない。砂獣退治で忙しいからな。だが、もし戦争をするとなれば補給に協力してくれる商人の意見はよく聞かねばな。現地調達だけでは、占領したオアシスで軍勢が干からびることもあるのだ」


 この厳しい環境のせいで戦争が滅多にないというのも皮肉といえば皮肉であった。

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