第80話 真相
「タロウさん、まさか極点にこんな地下空間があるとは思いませんでしたね」
「しかも、この地下空間は人工的に作られたものとしか思えない。ポールを建てたのみではなかったんだな」
「いくら『変革者』でも、これほどの規模の地下遺跡をこんな場所に作れるものかな? 沢山人を引き連れて建設すれば目立つから、記録に残る可能性が高いはずだ。タロウ殿、もしかしたら古代文明の遺産かもしれないぞ」
「それにしては中途半端な古さだな。砂漠エルフたちが再稼働させた移動都市とは違って、人の手が入っていない古代文明の遺産がこんなに新しいわけがない。ところがそう新しいものでもなく、作られてから数百年ほど経ったような感じだ」
「『変革者』なら不可能ではないのか?」
「わざわざこんなところまでご苦労なことだぜ。いくら砂賊でも、極点になんて行かないぜ。獲物がいないのと、こんななにもないところにわざわざ時間をかけて行かないからなんだけどな。ましてや、地下にこんな空間を建設するなんてあり得ねえよ」
「でも、実際にあるけどね」
「世の中には、酔狂な人がいるもんだ。『変革者』だから余裕があったのか?」
「私に聞かれても……」
極点の中心部に建つポール下に巨大な地下空間を発見した私たちは、それが人の手によって作られたことを確認した。
砂漠エルフたちが言っていた、『極点にはなにかある』は事実だったのだ。
最初は古代文明の遺跡かと思ったが、どうも見た感じ年代が合わない。
古いが、精々数百年前のものといった感じだ。
ところが、極南海が復活するまでは極点へ向かうとなると、オアシス一つ、人っ子一人いない広大な砂漠を横断しなければ到着できなかった。
数百年前に極点に辿り着き、わざわざそこに巨大な地下遺跡を建設した人物とはいったい何者なのであろうか?
「調べればわかるかな?」
「それしかあるまい。潜ろう、タロウ殿」
というわけで、私たちによる地下遺跡探索が始まった。
「でもタロウ様。なにもないですね」
「まあ、そうだね」
探索といってもこの地下遺跡、巨大な地下空間ではあるのだが、なにか置いてあるわけでもないので、すぐに隅々まで調べ切れてしまった。
実は、地下シェルターとか?
「ツルツルの石の壁に、床に、天井。人工物ですけど、他はなにもなしです」
フラウもなにも見つけられなかったようだ。
造りは頑丈だが、装飾や備品などがまっったくない質素な造りで、お宝は期待できそうになかった。
「これを作った奴の目的がわからないな。未完成なんじゃないのか?」
「唯一あったのは、この姿見かぁ……」
地下遺跡は、ただ巨大な地下室を作ってみましたといった感じの作りで、他にはなにも置いてなかった。
装飾すらなく、いったいなんの目的でここが作られたのか、私たちは首を捻ってしまったのだ。
唯一あった備品として、大きな姿見が壁にかけられており、これがこの地下遺跡探索の成果だとすれば、今回の極点探索は失敗かもしれない。
「姿写しか。大きいな……」
ララベルは大きな姿見に自分が写ると、咄嗟に鏡の前から移動してしまった。
「どうしたんだ? ララベル」
ただの鏡に見えて、実はそれに自分の姿を映した人に呪いをかけるとか?
ララベルは、その罠に気がついた?
「そんな気配は感じないな。タロウ殿、私は単純に鏡が苦手なのだ。以前、兄に言われてな。『お前は鏡に映るな。鏡が割れる』と」
「ああ、それは私もよく言われていました。鏡は高価なのだから、お前のような者が映るなってよく言われましたね」
「うちのオアシスで、村長が大きな鏡を買った時、みんな珍しいので自分の姿を映してはしゃいでいたのですが、私だけ『鏡が割れる』って言われて姿を映させてもらえませんでした」
「それ、オレも家族や元婚約者から同じことを言われたんだけど。いくらオレたちがドブスでも、鏡は割れないと思うけどな。タロウもそう思うだろう?」
「いや、それはないでしょうに……」
なんか、ララベルたちの会話を聞いていたら心が痛くなってきた。
私からすれば、この世界の美人たちこそ鏡に映ると鏡が割れてしまいそうな印象なんだけど……。
そういうことを言うのはよくないので、口に出しては言わないけど。
「この鏡は、横幅が広いな」
「正式な『美人映し』ですね」
「鏡に、そんな名称や基準があるんだ……」
ララベルとミュウが暮らしていた環境下ではあちこちに置かれていただろうから、よく知っているのであろう。
「高級で高品質な鏡の俗称みたいなものだ。美人映しは、美人の全身を隈なく映すから、とても高価なのだ」
「安い鏡だと、美人の全体が映らないですからね。美しい体をすべて映せない鏡は、素材もケチっているので安い鏡という扱いになります」
「そうなんだ……」
それって、この世界の美人はとても太っているので、鏡の横幅を広くしないと体全体が映らないからなのであろう。
世界が変われば常識も変わるものだ。
「これがお宝なんですか?」
「いや、いくら横幅が広い鏡が高いとはいえ、お宝とまでとは行かないだろう。極点にポールを建て、地下遺跡を作る方が圧倒的に金がかかるんだから。なあ、タロウ」
「そうだね」
お宝は別のどこかに隠してあるか、もしくはこの地下遺跡が作られた目的が、お宝を隠すためではないという可能性の方が高い。
「タロウさん、ビタール族長のお話を覚えていますか? その名が残っていない偉大な『変革者』の話を」
「もしかして!」
「その可能性はあります」
この世界の人間の女性のみ、美醜の基準が逆である理由。
それは、大昔に大活躍した『変革者』が自分の妻をバカにされたので、復讐で女性の美醜の判断を逆に感じてしまう装置を設置し、発動させたからだ。
しかもその装置は、今もどこかで動き続けていると。
「これなのかな?」
「可能性は高いですね」
私たちの視線は、一斉に鏡に向かった。
『ううむ、バレたか』
「「「「「えっ!」」」」」
突然、鏡の中から老人と思しき声が聞こえ、私たちは驚きの声をあげてしまった。
『同類よ。鏡を覗き込んでみるがいい』
「はあ……」
言われるがままに私が鏡を覗き込むと、そこには地味な色のローブを着た老人が、それも日本人らしき人物が立っていた。
「ワシは、今からおよそ五百年前、このグレートデザートに召喚された『変革者』である伊藤久仁雄(いとう くにお)と言う。そなたは?」
「加藤太郎です」
久しぶりにフルネームで本名を名乗ったな。
今の私の名乗りは、ターロー・カトゥーなのだから。
「日本人ですよね?」
『そうだ。ワシとお主は同類だな。ああ、あらかじめ言っておくが、ワシはもうとっくに死んでおるからな。この鏡を作るにあたって、この鏡に辿り着いた者にその機能やら作った事情を説明できるよう、疑似人格を残したわけだ。疑似人格とはいえ、それなりに自分が死んだあとのこの世界のことも情報収集しているので、まったくの無知ではない』
さすがは、この世界の魔法技術や魔道具の基礎を作った人物なだけはあるな。
もの凄い技術力だ。
『そなた、随分と面食いじゃな。四人も美女を従えて』
「成り行きですよ。とはいえ、私は果報者でしょうな」
もしあの王様に『変革者』として優遇されていたら、まったく好みではない女性と強引に結婚させられていたかもしれないのだから。
『ワシのことは少しは知っているのかな? そこのお嬢さん方からすれば、ワシほど憎い者はいないであろう。鏡を破壊すればいい』
やはりこの鏡は、人間の女性の美醜の判断を逆にする魔道具だったのか。
そして、その装置の説明をさせるために古の『変革者』伊藤久仁雄は、自分の人格を模したAIのようなものを残していったのだと。
『ワシがこの装置を作ったばかりに、お嬢さん方は本当なら絶世の美女、美少女と男性たちからチヤホヤされるところを、散々ドブスだとバカにされてきた。美しくない女性をバカにする風潮は、この世界がいまだ野蛮だからなので、ワシのせいではないけどな』
「鏡を破壊すると、元に戻るのか?」
『戻る。この鏡こそが、人間の女性の美醜の判断を逆にしている魔道具なのだから。ワシの渾身の作だ』
人間の女性の美醜の判断が、私と同じになる。
ララベルたちが美しいと判断され、今美しいと言われている女性たちが今度はバカにされるようになる。
世界は違えど、この五百年で上流階級や金持ちほど、今の美醜の判断に対応してきた。
美しい女性との婚姻を重ね、今のこの世界で綺麗だとされる女性ほど上流階級にいる確率が高いという。
地球でも、王様や貴族の一族には美女が多い。
なぜならその方が政略結婚では得だからと、綺麗な女性とばかり婚姻を重ねるからだ。
鏡を破壊すれば、それが一瞬にして逆になる。
グレートデザートは大きく混乱するだろうな。
『ワシは、この世界で妻と出会った。いきなり召喚されて気落ちしていたワシによくしてくれてな。だからワシは彼女に惚れて妻になってもらった。ところが次第にワシが功績を挙げていくと、貴族だの王族だの大商人だのが『妻を美しい人に変えた方がいい』と、さも親切ぶって言ってくるのだ。人を勝手にこの世界に召喚した下種共のくせに、親切心を見せるとは笑わせる。だからだよ』
誰も来ないであろう極点の地下に、この鏡を設置したわけか。
確かにここなら、そう簡単に人は来ないだろうな。
『もうとうの昔に、ワシと妻は死んでいるのでな。別にもうこの魔道具は必要ないのだ。ワシは妻と幸せな夫婦生活を送るという、極めて個人的な理由のためにこの魔道具を作って世界を混乱させたのだ。死ぬまでこの魔道具が作動し続けたから、もう十分に役割を果たした』
すでに自分も奥さんも死んでしまっている以上、この鏡がどうなろうと知ったことではないわけだ。
自分と奥さんのためのみに、世界の法則を変えてしまった。
酷い話ではあるが、私も彼と同じ立場なら、やはり鏡を作ってしまったかもしれない。
「この鏡を破壊すると、私が美女という扱いになるのか」
『そうだ。嬉しかろう? もはやワシの体がこの世になく、お嬢さんに復讐されてあげることもできない。せめてこの鏡を叩き割り、これからは美しいと世間から称賛され続けて生きればいい』
「……無用だな。少なくとも、私はこのままでいい」
『この鏡を壊さないだと!』
ララベルからのまさかの返答に、AIっぽい伊藤久仁雄も驚きを隠せなかったようだ。
大きな声を張り上げていた。
「この鏡を破壊すれば、私は世の人間の男性たちから『美しい』とチヤホヤされるかもしれない。さぞや男性からモテるであろうな」
『嬉しかろう?』
「いや、別に嬉しくはないな。これまで散々バカにされてきた連中に言い寄られても、気持ち悪いだけだ。イライラして斬ってしまうかもしれない」
「私も魔法で凍らせるかもしれません」
「弓の標的にするかも」
「穴だらけにしてやるぜ」
ララベルの意見に、ミュウたちも賛同した。
彼女とまったく同じ意見のようだ。
「確かに、つい最近まで私は不幸だったのかもしれない。だが、その不遇の時代があったればこそ、私はタロウ殿と知り合えた。結婚して妻となれた。今さら他の男たちにチヤホヤされても意味がないどころか迷惑だ」
「私もそうですね。私ももう人妻なので」
「これまで散々バカにしてきた人たちにチヤホヤされても嬉しくないどころか、逆に怪しいと感じてしまいますよ。私もタロウ様という婚約者がいるので必要ないです」
「別にこのままで問題ないよな。タロウがいるから、変な男たちに迫られても迷惑だぜ。オレの貞操は安くないんだよ」
ララベルたちは、鏡を破壊する必要などないどころか、逆にそんなことをされたら迷惑だと断言した。
「それに、私は自分が醜くなるので嫌です」
『醜くなる? お嬢ちゃん、それはどういうことだ?』
「私は、小さくて閉鎖的なオアシスで生まれました。そこでは、醜い私はいつも同じ年の綺麗な子にバカにされ、周囲の男性たちもそんな美しい彼女をチヤホヤし、そのせいで彼女はますます性格が悪くなっていきました。もし私が今綺麗だと言われ続けたら、彼女と同じく醜い女性をバカにして、段々と性格が歪んでいくかもしれません。私は、セーラのようになりたくないんです」
「そうだな。私もそれはしまいと思っても、実際にそうなったら、過去に自分がどんな目に遭ったのかも忘れ、今度は醜いと言われるようになった女性たちをバカにし始めるかもしれない。夫にそういう醜い自分を見せたくない」
「これまでの評価が正反対になるわけですからね。仕返しも兼ねてもっと激しくやるかもしれません。そんなことをして、タロウさんに愛想を尽かされるのは嫌です」
「オレも、そういう醜い部分をタロウに見られたくないな。どうせオレたちはバート王国ではいらない者扱いされた連中や、砂漠エルフたちと暮らしているんだ。ろくに交流していない連中になにを言われても気にしないさ」
いい子たちだな。
私は、彼女たちを奥さんにしてよかったと心からそう思った。
『……そうか。お主はいい奥さんたちと出会えたのだな』
「はい、助けられてばかりです」
『そうか……。ならば鏡はこのままにしておくがいい。実は、人間の女性の美醜の判断を逆にする魔道具は、外のポール、広大な地下空間、鏡の三点セットなのだ。どれが壊れても機能が停止する。ワシ以外では修理もできぬから、いつかこの装置は壊れるだろうが……』
ということは、このまま放置でいいのか。
近い将来、魔道具が壊れて人間の女性の美醜の判断が元に戻るかもしれないが、私たちからすればどっちでも同じことなのだから。
「極点には他になにもないようだし、戻ろうか?」
「そうだな」
「賛成です」
「タロウ様、早く戻ってなにか美味しいものでも食べましょう」
「オレもお腹が減ったな。もう戻ろうぜ」
『ワシは、後世の人間に事実を伝える役割を終えた。これにて消えさせてもらう。もう二度と会うコトモナイダロウ。サラバだ……』
最後にそう言い残すと、伊藤久仁雄の姿は鏡の中から消えてしまった。
彼はきっと、自分の死後にこの鏡が破壊されることを願っていたのであろう。
だが、予想に反してララベルたちは鏡の破壊を望まなかった。
それでもその理由に納得できたので、もう二度と姿を見せないと宣言したのだと思う。
こうして、極点の探索は終了した。
極点は小さな島として残り、場所も場所なので誰も住まず、以降もずっと無人島のままであった。
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