第82話 戦勝?
「これでもういいかな?」
すでに住民は一人も残っておらず、残された船体、持ち出せるすべての物を回収し終えたウォーターシティーはまさしくゴーストタウンと化していた。
「さすがに、屋敷や港は持ち出せないか」
「タロウ様、『ゴミ箱』で捨ててしまえばいいのでは? 少しはお金になりますよ」
「フラウ、それはかえってよくないかもしれない」
運び出せない町のインフラ、家屋敷など。
『ゴミ箱』に捨てれば少々のイードルクは得られるだろうが、それはかえってバート王国の利になる可能性があった。
「残した方がいいのですか?」
「町のインフラが丸々残っていれば、これを利用したくなるのが人の感情だからね」
「ウォーターシティーは金持ちだったから、庶民の家でもかなり豪華だものな。再利用したくなるのが人情ってな。更地に戻してしまうと、かえって損切りしやすいだろう」
アイシャの言うとおりだと思う。
あえて整備された町を残していけば、ここを占領したバート王国はこれを再利用しようとする。
自国の港町であるリススは、中央海が枯れた影響で不景気の真っただ中なので、職がない人たちのウォーターシティーへの移住や、町が自立できるまで国が金を出して景気対策を行うはずだ。
「完全に更地になっていれば、かえって諦めがつく。そうなればバート王国も金を出さない。軍備に回してシップランドへの圧力が強まる。これはよくない。欲張りすぎは駄目というわけだ」
いくら豪華な家屋敷でも、こんなものはウォーターシティーが無価値になった時点で、素材分の価値しかない。
過疎の村に建っている豪華な屋敷を誇るようなものだろう。
「でも、バート王国の人間もそういう風に考えるのでは?」
「考えない人がいるのさ」
ミュウは上流階級の出身なだけあって、王都に住む地方の小さなオアシス出身者の心情が理解できないようだ。
彼らがウォーターシティーに到着した時、必ずこの豪華な家屋敷に目を奪われる。
ここに住みたいと思う。
しかも捨てていった家屋敷なので安く手に入るか、もしかしたら無料だと思えば欲が出るであろう。
バート王国側も、町が残っているのであれば支配を既成事実化したいはずだ。
直轄地が増えるというのもあり、これは王様の力を増すのに利用できるからだ。
「だけど、水上船で交易ができない陸の孤島なので、その維持には国家予算からの持ち出しが多くなるはずだ」
それにもう一つ。
豪華な家屋敷は、相応の維持費がかかる。
一度取って予算がついてしまえば、後にこれを放棄するのは難しい。
ウォーターシティーは、現代日本でもよくある『負動産』の塊としてバート王国の体力を奪っていくのだ。
「ウォーターシティーの維持費用も加わり、また金がないので増税となれば、庶民たちの不満も増す。バート王国の景気も悪くなる」
『南西諸部族連合』は時間を稼げる。
極点付近も支配下に置いたせいで他国とも国境を接したが、他国はバート王国の比ではない距離の砂漠を遠征しないと我が国に辿り着けない。
為政者たちがバート王国ほど意識高い系ではないので、無茶はしないというのもあった。
現に彼らは、ウォーターシティーにまったく手を出していないのだから。
「陸の孤島とはいえ、他国を征服した事実で己の権威を増すため、貧乏になっていくのか。あの兄らしい」
「この手の誘惑には抗いがたいよね。特に、成り立てでなにか実績を得て権力基盤を強化したい為政者にとっては」
「タロウ殿は、兄の考えがよくわかるのだな。さすがは、大族長になるだけのことはある」
「利の形は人それぞれ。他の国なら損切り確定のウォーターシティーでも、あの王様からすれば宝の山に見えるかもしれないってわけだ」
海が枯れる前のウォーターシティーなら、欲しがらない国はないと思う。
だから各国が牽制し合い、それがウォーターシティーの独立を保てていた理由の一つでもあったのだから。
多分、他国でもウォーターシティーの占領案は出ていたはずだ。
今は陸の孤島にある限界集落みたいなものなので、まずバート王国以外どこも欲しがらないと思うけど。
「持ち出せそうな物資や品は全部集めたし、もう撤収でいいかな? そういえば、リススから集結したバート王国軍がここに辿り着くのにはどれほどかかるんだろう?」
「水上船は当然として、砂流船も動かせませんからね。時間のかかる苦難の遠征になるでしょうね」
回収できるものはすべて回収し終わったので、私たちは『拠点移動』でゴリさんタウンへと戻った。
魔導機関は外されていたが大小多数の船体は回収できたので、砂漠エルフたちは魔導機関だけ搭載し直せばいいと喜んで作業を続けており、じきに極南海は中央海以上に海運が盛んになるはずだ。
「ビタール族長、これは世界樹の苗木ということでいいのでしょうか?」
「ウォーターシティーの金満家が手に入れていたようですね。ですが、置いて行ったとは」
ウォーターシティーで評議会議長を務めていた大商人の屋敷から一本の苗木が見つかり、ビタール族長に見せたら世界樹であると教えてくれた。
まさか、世界樹の苗を置いて行くとは思わなかった。
「珍しいものなので高価ということになっていますけど、普通の人間に育てられるわけもなく、好事家しか欲しがらないので、相場はあってないものと聞いています。宝石や金、神貨の持ち出しを優先したのでしょう」
「なるほど。これも候補地に植樹しますか」
「ええ、豊かな大地が増えますとも」
見つかった世界樹と合わせ、合計で七本の世界樹が『南西諸部族連合』の領内に植えられ、徐々に砂漠ではない土の大地が復活、移動都市から移住して世界樹の上に住み、近隣の大地を耕して生活する砂漠エルフたちが増え続けた。
「開発は順調だけど、世界樹を完全に成長させるのに必要な肥料と水の経費が、七本で千五百億イードルク。自然は尊いものなんだな」
ビタール族長と協議して、『南西諸部族連合』に居を置く移動都市は大族長である私に分担金を納めることになったが、まさか世界樹を植えた開拓地からいきなりを税を取るわけにもいかず、これまでの交易と、名付きを含めた砂獣退治で稼いでいなかったら資金がショートするところであった。
「いまだ我が国の実情はよく知られていませんが、広大な海と、世界樹を中心とした土の大地があるため、他国に狙われる危険が増えました。今は時間が欲しいですね」
「となると、バート王国の王様がウォーターシティーを占領して悦に入っているのは好都合なのか」
「はい。シップランドからの情報では、いまだリススを出た軍勢はウォーターシティーに辿り着いていないとか……。船を使えないので、少数の軍勢による遠征に作戦が変更になったそうで。占領、維持には金も物資もかかるので、タラント殿の提案は最善だったわけです」
「でも、ウォーターシティーの占領に成功すれば、ひとまず王様の支持が上がるな」
この世界には、ネットもテレビもラジオも新聞もない。
ウォーターシティーを占領したという情報がバート王国の住民に流れれば、きっと大喜びのはずだ。
占領後のウォーターシティーが赤字を垂れ流す厄介者だとしても、それがわかるのは大分あと。
あの王様からすれば、とりあえず得をしたと見ることができる。
「そのあとが地獄でしょうけど。また増税があるでしょうね。バート王国は」
出兵にかかった費用に、無人都市と化したウォーターシティーの維持もあるのか。
家屋敷とインフラは残っているから、新しい人を移住させればいいが、ウォーターシティーは島だったので食料生産が期待できない。
挙句に、海が枯れたので水上船による輸送もできない。
放棄するつもりなら元々攻めないわけで、他国が不良債権だと思って手を出さなかったウォーターシティーの領有で、バート王国はかなりの赤字を出すであろう。
「目的は達成したのかな?」
「でしょうな。それにしても、シップランド一の大商会ガルシア商会の当主殿はなかなかの切れ者ですな。一兵も動かすことなく、バート王国の国力を削ぎ落とし続けている」
確かに、あれが商人の戦い方なのかと、ただ感心する次第だ。
「とはいえ、彼の策謀もカトゥー大族長がいなければ、これほどの効果を発揮しなかったはずです。さすがは、我らの大族長」
「実感ないけどね」
「いえ、下手に戦闘力のみに長けた『変革者』などよりも、なかなかに厄介なのがカトゥー大族長ですとも。領地の整備を急がせます」
報告を終えると、ビタール族長は恭しく頭を下げてから私の元を去った。
「タロウ殿は、『南西諸部族連合』の大族長として認められたようだな」
「私は別に、お飾りのままでいいのだけどね」
「それでは、兄にそこを突かれるかもしれない。油断すべきではないと思う」
「そうかもしれないけど、ララベルのお兄さんはどこに向かっているんだろうね?」
「それが、実の妹の私にもわからないのだ。変な暴走をしなければいいが……」
それから一週間後、バート王国軍は、枯れた中央海の真ん中にある交易中継都市ウォーターシティーの占領に成功した。
その時にはすでに無人で、略奪で得られる財貨を期待していたバート王国軍の貴族士官たちと、諸侯軍の連中をガッカリさせることになる。
その後、豪華な家屋敷やインフラがまるまる残っているウォーターシティーは直轄地とされ、移住者が送り込まれたが、水上船が使えない陸の孤島のため、バート王国はその維持で大きな赤字を出す羽目になるのであった。
豪華な屋敷に住めると勇んで移住した人たちも、すでに中継交易地でなくなった陸の孤島ウォーターシティーへの移住を大いに後悔することとなるのであった。
どの世界でも、夢の移住生活なんてそうそうないよね。
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