第56話 砂賊注意報
「もうすぐ到着ゴリ」
「この先に、複数の砂漠エルフたちの移動都市が集まっているのか……」
移動都市での旅は順調であった。
とはいえ、私たちになにか目標があるわけではない。
『ネットショッピング』で色々と購入したものを楽しみながら、新婚生活を楽しんでいるだけだ。
「タロウさん、『あーーーん』してください」
「次は私だ。こっちのブドウも美味しいぞ」
「あーーーん。このブドウは皮も柔らかくて美味しいな。種もないし」
「タロウさんの世界の、農作物の品種改良技術は進んでいますね」
「バート王国では手に入らないだろうな」
「この世界だと、出来のいい作物の種を採って、次に栽培して、またできのいい作物の種を採り、の繰り返しか?」
「基本的にはそうなんですけど、それすらしないところも多いですね。余裕がないので」
「兄の政策で、とにかく麦を作れ、だからな。果物では戦の際に兵糧にならないし、保存性にも問題があると考えたわけだ」
この世界の農作物って、ほぼ原種のままなんだよな。
だから、果物なんてあまり甘くなかったりする。
砂漠エルフたちが、『ネットショッピング』で販売している果物に熱中するのが理解できるわけだ。
「タロウ様、砂漠エルフたちの移動都市が見えてきましたよ。凄い数です」
城の上層部にある部屋で寝ころびながら、順番にブドウを食べさせてもらうという、いかにも新婚さんがやりそうなことをしていたのだが、とある地点にフラウが集合した多数の移動都市を確認し、私に報告してきた。
「沢山? げっ! 多すぎだろう!」
どう数えても、移動都市の数は三十を超えていた。
しかも、この前交易して別れたばかりのキリンさん族の移動都市まで見える。
唯一ドームを装備しているので、見覚えがあってすぐにわかった。
「果物、もっと沢山購入しておこうっと」
「ですね」
「砂漠エルフというのは、本当に果物が好きなのだな」
集合地点に到着すると、そこにはキリンさん族の族長であるビタール殿と、数十名の砂漠エルフたちが待ち構えていた。
全員、移動都市の主、族長だと思われる。
「久しいな、カトゥー族長よ」
「言うほど、そんなに久しぶりでもないような……それにしても、多いですね」
この地点は、移動都市で生活している砂漠エルフたちの集合場所なのだそうだ。
近くに寄ったらここに向かうと、大抵数個の移動都市がいるので、交流や交易を行う。
そんな場所らしい。
「我らも、こんなに大勢が一度に集まった経験はないのだが、いい噂とは広がるのが早いな」
「ビタール族長から話は聞いたぞ。人間にして、ゴリさんタウンの主となったカトゥー族長よ。ワシは、カバさん族の族長ユーライだ」
「俺は、ウサぴょん族の主、ウィーラーだ」
「私は、シマウマ族の主、ゲットーです」
次々と自己紹介されるが、砂漠エルフってどうしてみんな部族名が幼稚園のクラス名みたいなんだろう。
答えは聞くまでもなく、移動都市を管理する電子妖精の種類からきているのだろうけど。
「交易ですが、果物を用意しました」
他のものを用意するよりも、果物が一番喜ばれるからというわけだ。
あとは、果実酒やジュースを割る炭酸水か。
ビタール族長から教えられたようで、みんな炭酸水を所望してきた。
「神貨と魔法薬を払うので、我らの移動都市にもドームを!」
「薬草が効率よく作れるようになれば、もっと果物が手に入るな」
「果実酒もだ!」
「果汁を炭酸水で割ると、美味しくてサッパリして最高だな」
「是非、頼むよ」
「わかりました」
私たちは、移動都市を管理する電子妖精の性能アップと……実際にやるのは、ゴリマッチョだけど……砂漠エルフたちとの交易で大量の神貨と魔法薬を手に入れることに成功した。
魔法薬は必要なのだけど、こんなに在庫があっても四人じゃ使いきれないだろうな。
「我らの移動都市にもドームができたぞ!」
「水代が大幅に削減でき、農作物も薬草も干からびて駄目になることもなくなる」
「薬草作りが捗るな」
「さすれば、もっとカトゥー族長から果物を買えるぞ」
「それはいいな」
全部で数百億イードルク分の果物、果汁、果実酒、炭酸水が売れてしまった。
砂漠エルフの果物好きには驚くばかりだ。
「タロウ殿、魔法薬も在庫過多だな。人間のオアシスに売りに行くしかないか」
「そうだな。オールドタウンとシップタウンで売るか」
あそこなら需要も多く、きっと魔法薬も高く売れるはずだ。
「しかしながら、これからオールドタウン方面に戻るのは危ないかもしれないな」
私たちがこれからのことについて相談していると、シマウマ族の主、ゲットー殿が声をかけてきた。
「危険? 名付きの砂獣でも出たのですか?」
「いや、かなり大規模な砂賊が出るそうで、我らが一度にこんなに集まった理由の一つに、その方面は危険なので行かない方がいいという話になっていたからだ」
砂賊かぁ……。
うちの場合、四人しか人がいないから余計に危険かも。
「砂漠エルフで被害に遭った者は一人もいないんだが、念のためというわけだ。我らは電子妖精を介してこの手の危険情報を交換し合うし、移動都市は砂流船よりも大きい。被害に遭いにくいというのもあるんだがな」
「電子妖精同士って連絡を取り合えるのですか?」
「知らなかったのか? だからここに来られたと思っていたのだが……。カトゥー族長のところの電子妖精は、キリンさんタウンの電子妖精と接触している。だから、このポイントに来る移動都市の数を知っていたはずだ」
考えてみたら、うちの売り物に果物があることや、ゴリマッチョに電子妖精の性能アップができることも、キリンマンから他の電子妖精たち経由で伝わらないと、短期間でこれだけの移動都市が集まるわけがない。
「カトゥー族長のところは、人間が管理していて人口も少ない。今大暴れしている砂賊『アイシャ大船団』には注意した方がいい」
「砂賊の大船団ですか?」
「なんでも、船団長のアイシャという若い女性がとにかく強いらしい。オアシスの生活は厳しく、とても閉鎖的だ。そこに居づらくなったような者たちを集め、数十隻の船団で商人たちを脅して荷や金を奪うそうだ」
「女性の砂賊ですか」
物語とかだとよくありそうだが、その人はよほど優秀なのだろうな。
ああいう荒くれとか、アウトローの集団のリーダーを女性が務めるのは難しいからな。
女性ならではの危険もあるのだから。
「本人は、えらく優秀なハンターだったそうだ。わずか数か月でここまでの大砂賊にのし上がるんだから指導者としても優秀なんだろう。その代わり……」
「その代わりなんです?」
「いやな……我々砂漠エルフからすれば、アイシャはかなりの美女なんだが、人間からすれば『最強のドブス砂賊』、『襲われた商人の目が腐る』、『積み荷と金を奪われ、挙句にドブスを見せられ二重の不幸』とか言われていてな……」
「ええ……」
噂の砂賊について話をしているゲットー殿も、私も段々と居た堪れない気持ちになってきた。
砂賊は犯罪者集団だというのに、つい同情してしまうのだ。
「彼女たちは大金持ちの商人の船しか襲わないし、人を殺したり傷つけたりもしない。団員たちも、人口が増えすぎて養えないからオアシスを出ていけと言われたような連中だったり、アイシャと同じく容姿で散々バカにされ、故郷を出たなんて女性もいる。同情的な意見もあるんだよ」
義賊みたいなものなのか?
でも、盗みはよくないと思う。
大商人にしたって、全員が阿漕な手で稼いでいるわけでもないのだから。
「我ら砂漠エルフは一度も襲われていないんだが、念のため様子見でここに集まったんだ。電子妖精の性能アップと果物が買えるから。あんたらは気をつけた方がいいぞ」
「でも、私たちの情報なんて漏れているのですか?」
「わからん。我々は漏らしていないが、たとえばアイシャの船団がカトゥー族長の移動都市を偵察したら、人がいないのなんてすぐにわかるではないか。奪おうとするかもしれない。あいつら、本拠地が欲しいだろうからな」
「そうですか」
最悪そうなっても、私たちは船が一隻あればな。
『ネットショッピング』で買い物をすれば生きていけるのだから。
ゴリマッチョは怒るかもしれないけど。
「というわけです。カトゥー族長、お気をつけて」
「そうですね。注意しておきます」
ゴリマッチョによる電子妖精の性能アップだが、一晩で終了した。
なんでも、一度にやるのなら電子妖精が一人でも一万人でも同じ時間で終わるそうだ。
「リンクするゴリ。バナナがあれば大丈夫ゴリ」
ゴリマッチョは、三百七十キロのバナナを貪り食いながら、砂漠エルフたちの電子妖精の性能アップ作業を終えた。
なお、やっぱり他の移動都市の電子妖精たちはみんな動物だった。
まさに、動物園シリーズというわけだ。
このポイントに集まっていた移動都市にはドームが装備され、族長たちはみんな喜んでいた。
「本当に気をつけてくれよ」
「我らは、砂獣狩りの強化と魔法薬の生産量アップを果たし、必ずやまた果物を買いに来るからな」
よほど『ネットショッピング』経由で購入できる果物が気に入ったらしい。
私たちは、くれぐれも砂賊に気をつけるようにと念を押されながら、彼らと別れたのであった。
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