第35話 イケニエは、美人が選ばれるのが相場?

「水ですか? 代金さえいただければ、ちゃんと補給しますよ」


「なんかえらく簡素な対応だなぁ……」


「心ここにあらずというか、なにかあったんでしょうかね?」





 到着したリトルウォーターヴィレッジは、とても小さなオアシスであった。

 泉の横に船をつけるスペースがあり、そこで水の補給を頼むと、中年男性が特にこちらに話しかけるでもなく、淡々と水を補給し、私たちから水の代金を貰って終了となった。


「船も少ないですね」


「あの、なにかあったのですか?」


「それが、久々に『大アリジゴク』が隣に巣を作ってな。困ってるんだ」


 なんでも、リトルウォーターヴィレッジに隣接するように、巨大なアリジゴクが巣を作ってしまい、船があまり近寄らなくなってしまったらしい。

 どうりで、他に水を補給している船がいないわけだ。


「別にここで補給しなくても、オールドタウンがあるからな。うちは商売あがったりなんだ」


 水源の水を船に補給するくらいしか産業がないリトルウォーターヴィレッジでは、それを妨害する砂獣は大災害に等しい災厄というわけだ。


「ミュウは、大アリジゴクを知っているか?」


「円錐型の巣を掘り、落ちてくる獲物を食らう砂獣だというくらいです。小さな虫にも同じような種類がいるそうですが、当然砂漠にはいないですね」


 この世界でも、砂漠ではない場所に小さなアリジゴクは存在するようだ。

 今問題になっているのは、砂獣扱いの化け物の方であったが。


「餌は、アリじゃないよね?」


「落ちてくるものなら、なんでもだそうです」


 巨大なアリジゴクなだけに、さすがに餌がアリだけでは足りないのか。

 そういえば、ここ世界に来てからアリ型の砂獣って見たことないな。 


「じゃあ、討伐されるまでは大変ですね」


「それだけじゃなく、アレは餌不足になると巣から上がってきて、オアシスを襲うこともあるんだよ。村に被害が出るかもしれないなら、みんな戦々恐々さ」


 砂獣ともなると、アリジゴクも大胆な行動を取るんだな。

 自分で掘った巣から出てくるなんて。


「んなもんで、イケニエの相談をしている」


「イケニエですか? ハンターを頼めばいいのでは?」


 イケニエってことは、人を巣に落とすってことのはず……。

 いや、さすがにそれはないか。

 家畜でも落とすのであろう。

 でも、この世界において家畜は貴重な存在。

 その辺で砂大トカゲか、他の弱い砂獣を捕まえてきた方が手間もコストもかからないか。


「家畜を用意するんですか? もしくは、生きた砂獣とか?」


「なんでそんな面倒なことを。家畜は貴重だし、このリトルウォーターヴィレッジでは、人をイケニエに捧げると早く大アリジゴクがいなくなるっていう言い伝えがあるんだ」


 オアシスの水を補給に来る船以外、あまり外部の人間は来ない小さな村なので、イケニエなんて古臭い風習が残っているのであろうか?

 いくら現代日本よりも人権意識が低いとはいえ、人間をイケニエにするのはよくないであろう。


「そんなもんで、今、イケニエの選定中だな」


「そうですか……」


 このオアシスの人たちは、大アリジゴクがオアシスの近くに巣を作ったら、人間をイケニエに捧げる風習になんら疑問を持っていなかった。

 昔からそう決まっており、あまり外部の人間が来ないのもあって、誰もおかしいと思わなかったのであろう。

 『そんなバカな!』と思うかもしれないが、どんなに酷い風習でも古くからの決まりなのでこれを頑なに守り、中止するなんてとんでもないと言う人たちがいるのは、こういう村では珍しい話でもなかった。

 昔に決められたことを変えるというのは、実は案外難しいことなのだ。


「一杯なにか飲める場所はないのかい?」


「あるよ。酒場だが、水や軽食も出る」


「じゃあ、利用させてもらおうかな」


「お金を落としてくれる客は大歓迎だね。なにしろ、大アリジゴクのせいで水を補給する客すらほとんど来ないんだから」


 人間をイケニエにするのは、やはりよくないと思う。

 大アリジゴクが討伐可能なら倒してしまうことにして、その前に様子を探りに私たちはリトルウォーターヴィレッジへと上陸するのであった。





「タロウ殿、大きい巣だな」


「ここに落ちたら、中心部にいる大アリジゴクに体液をチューチュー吸われてしまうわけか」


「虫のアリジゴクとは違って、大アリジゴクは獲物をバリバリと食べてしまうそうです」


「怖いな」





 早速大アリジゴクを確認するため、リトルウォーターヴィレッジに隣接する現場へと向かったのだが、砂漠に作られた巣は直径五十メートルほどもある巨大なものであった。

 私たちが穴の中心を見ると、そこからはアリジゴク特有のアゴにある二本の牙が飛び出していた。

 牙の大きさから見て、大アリジゴクは全長が二十メートルほどあるはずだ。


「ララベル、倒せそうか?」


「大丈夫だと思う。大アリジゴクは、それほど強い砂獣ではないからな」


「そうなんだ……ミュウも?」


「それほど強くはないですからね。大アリジゴクは」


 戦闘に関しては、ララベルとミュウは男前だよな。

 私は全然駄目だ。

 勝てる気がしない。


「私とミュウは、レベルが高いからな」


 確かに、この二人に匹敵するレベルを持つハンターは滅多にいないはずだ。

 その最大の理由が、島流しの前は『その顔を見ていると不愉快になるので、なるべく外で砂獣を倒していろ』と王様に言われたからで、島流しのあとは『特にすることもないので、ゲーム感覚でレベルを上げていた』と言うのだから、オッサンとしては物悲しくなってしまうのだが。


「大アリジゴクなんて、名付きにも入っていないですからね。普通の砂獣でいえば中の上ってところですよ」


「じゃあ、どうしてハンターに駆除を依頼しないんだ?」


「お金がないんだろうな」


 オールドタウンで水を補給すると混んで嫌という船に水を補給するくらいしか産業がないので、大アリジゴクの駆除をハンターに依頼するお金がないというわけか。

 

「ここが魅力的な狩場ならいいのだが、大アリジゴクの他は、大砂トカゲくらいしかいないからな。周辺に魅力的な狩場が多く、一獲千金が狙えるダンジョンもあるオールドタウンに、多くのハンターたちは集まるという寸法だ」


「なるほど」


 大アリジゴク一匹のため、わざわざここに来る強いハンターはいないのか。

 大砂トカゲ専門の弱いハンターでは、逆立ちしても大アリジゴクには勝てないから、駆除依頼を出せないのであろう。

 当然、リトルウォーターヴィレッジの住民で大アリジゴクに勝てる者などいないわけで、だからイケニエ云々の話になったのであろう。

 そんな話をしながら砂穴を覗き込んでいると、そこに数十名の住民たちがこちらにやってきた。

 彼らは一瞬だけ怪訝そうな表情で私たちを見てから、同じく巣穴の中を覗き込んだ。


「いなくなるわけがないか……」


「とにかく場所が悪すぎる」


「そうだな。このリトルウォーターヴィレッジに寄ろうとした船から見えてしまうので、ほとんどの船が水を補給せずに通り過ぎてしまうのだ」


「水代の減収が痛いぞ」


 リトルウォーターヴィレッジは数少ない住民たちの食料を生産するのが精一杯で、あとは水を売るくらいしか産業がない。

 大アリジゴクの巣を見た船に寄港を躊躇されてしまうと、短期間でも死活問題なのであろう。


「心苦しいが、イケニエしかないかな?」


「しかしだな。それは最後の手段だろう」


「五十年前も苦渋の選択でイケニエを捧げたと、死んだ祖父さんが言ってたぞ」


「(ミュウ、本当にイケニエなんて効果あるのか?)」


「(たまたまじゃないですか? 大アリジゴクが去った時期と重なっただけで)」


「(大アリジゴクも羽化はするんだよな?)」


「(しますよ。タロウさんは博識ですね。虫のアリジゴクは、北方にしか生息していないのに)」


 私がいた世界にもアリジゴクがいるから、それで知っていただけだ。


「(羽化して大カゲロウになると、これも飛べるので厄介な砂獣ですね)」


「(でも、そんなに沢山羽化できるものなのか?)」


 確か、虫のアリジゴクはサナギになってカゲロウに羽化するまで一ヵ月ほどかかったはず。

 いくら強い大アリジゴクでも、一ヵ月もサナギの状態だと他の砂獣たちに襲われてしまうような気がするのだ。


「(砂獣の大アリジゴクは一日で羽化してしまいます。だから、イケニエの効果があると誤解しているんでしょうね)」


 ただ羽化していなくなってしまっただけなのに、ここの住民たちはイケニエに効果があると誤解しているわけか。

 別に、イケニエなんて捧げなくても勝手にいなくなるのに……。

 大アリジゴクが巣を作って暫くしてからイケニエを選出して捧げるので、それがちょうど大アリジゴクの羽化と同じ時期と重なっただけというわけだ。

 とはいえ、それをここにいる住民たちに言っても無意味な気がする。


「イケニエかぁ……美しい娘を選ばないとな」


「そうだな」


「待ってください!」


 住民たちがイケニエについて相談していると、そこに一人の少女が飛び込むようにして現れた。

 年齢は、中学生くらいか?

 ライトグリーンの髪をツインテールにした愛らしい少女であったが、これは私の判断基準。

 この世界だと、ララベルとミュウに匹敵するドブスという評価を与えられるはずだ。


「あのっ! 私がイケニエになります!」


 なんと、あの年齢で自らイケニエに志願するという。

 郷土愛が強いのか?

 それとも、なにか他の理由があってのことなのか?

 どちらにしても、日本ではあり得ないことであった。


「フラウ、お前がイケニエになるというのか?」


「はい。私には身寄りもないので……」


 あの年で、彼女には親もいないのか。

 つまり孤児ということになるが、こんな小さな田舎のオアシスでは暮らしにくいのかもしれない。

 もしくは、どうせ身寄りがないからと、彼女にイケニエ役を強制した人物がいるとか?


 それにしても、あの年でイケニエに志願するなんて惨い話だ。

 もし同年代の私なら、絶対に立候補しないはず。


「それはお前の意志か?」


「はい」


「でもなぁ……」


「ああ……」


 少女の決死の覚悟を聞いた住民たちであったが、即答はしなかった。

 どうやら、彼女をイケニエにするのを躊躇っているようだ。

 身寄りがないので可哀想だと思ったのか?

 もしくは、私はもう一つ理由があると思っていた。


 そして私の考えを補強するかのように、もう一人の少女も飛び込むように話に加わってくる。

 彼女の容姿は……この世界なら絶世の美少女扱いである。 

 とてもよく成長していて、歩く度に足が砂地にめり込んでいる。


 普通の地面なら、『ドシン!』、『ドシン!』と足音が響きそうな逞しさであった。


「私がイケニエに志願します」


「セーラ、お前もか?」


「はいっ! このリトルウォーターヴィレッジの危機ですから。それに、フラウでは無理でしょう」


「セーラ、私には無理ってどういう?」


「言わなきゃわからない? あんたみたいなドブス! 大アリジゴクの方からお断り! 大きな迷惑だってことよ! イケニエは、美しい乙女じゃないと駄目なのよ!」


 言いたいことはわかる。

 どの世界でも、イケニエは美しい乙女と相場が決まっているものだからだ。

 ただ、もしここが地球ならイケニエに選ばれるのはフラウという少女のはずだ。


 彼女がイケニエとして大アリジゴクに捧げられる。

 絵面としては、彼女の美しさと相まって悲劇ぶりが助長される展開だ。


 だが、セーラという少女が自分こそがイケニエに相応しいと立候補しているのを見て、私の心の中に言いようのない理不尽な怒りが湧いてきた。

 この世界では彼女の言っていることは正しいのだが、私にはまったく正しくないからだ。


「大体、フラウのような骨女なんて大アリジゴクも嫌がるわよ。食べる所がないじゃない。イケニエは、私のようにふくよかな者でないとね」


「でも、イケニエって死んじゃうから。セーラには家族がいるじゃない」


「そんなの関係ないわ! 私はイケニエに相応しいほど美しいのよ! 大アリジゴクだって、イケニエを選ぶ権利くらいあると思うわ!」


 セーラという少女もフラウという少女の同年代に見えるが、その横幅は倍以上あるように見えた。

 確かに、大アリジゴクも食べ甲斐があるかもしれないな。

 脂ばかりで美味しくないと言うかもしれないが……。


 悲劇の少女を気取りたい年齢なのかもしれない。

 この世界の常識ではセーラという少女の方が美しく、イケニエに相応しいのも事実だ。

 だが、とにかく私は腹が立って仕方がないのだ。

 理不尽な怒りだと自分でも理解しているんだが、私は自分こそイケニエに相応しいとドヤ顔で言うセーラという少女を、一発ぶん殴りたくなってきた。

 

 そして、声を大にして言いたい。

 『お前の方が、圧倒的にイケニエに相応しくないから!』と。


 殴れないし、言えないけど。

 私もいい年をした大人なので。


「(私の気持ち、誰にも理解してもらえないんだろうなぁ……)」


「(タロウさんは、フラウという少女の方がイケニエに相応しいと思っているわけですね)」


「(思っているけど、イケニエはよくないよな、やっぱり)すみません」


 これ以上、住民たちの話し合いを聞いていると私の理性と忍耐が崩壊してしまいそうなので、急ぎ彼らに声をかけた。


「水を補給した船の方々か?」


「はい。大アリジゴクですけど、我々で退治しますけど。あっ、我々はハンターでもあるので」


「あんたら、大アリジゴクに勝てるのか?」


「勿論」


「そんなに苦戦しないと思います」


 先に声をかけておいてなんだが、私が大アリジゴクに勝てるかどうかはわからない。

 だが、ララベルとミュウなら余裕というわけだ。


「依頼料は、そんなに出せないんだが……」


「別にいらないですよ」


 ハンターに特定の砂獣の討伐依頼を出すと、当然依頼料はかかる。

 私たちは、今回それはいらないと住民たちに説明した。

 ハンターがオアシスの外に出て砂獣退治をする普段の討伐では、依頼料などかからないからだ。


 私たちがたまたま大アリジゴクと遭遇し、それを倒したという体(てい)にすれば問題ないからだ。


「本当にいいんですか? 大アリジゴクは、ろくな素材が獲れないじゃないか」


「ミュウ、そうなのか?」


「顎にある二本の牙くらいですね。あとはゴミです。肥料にはできるのかな?」


 砂獣を倒せばその強さに応じて神貨は手に入るが、素材は砂獣の種類による。

 基本的に強くて大きい砂獣の素材は貴重で高価とされるが、この前の虚無やこの大アリジゴクのように素材に大して価値がないものも存在するのだ。

 虚無の場合、これまでに呑み込んでいたお宝などが換金されてああなったようだけど。


 得られる神貨は多いが、素材が手に入らない分割安とも言え、依頼料を出さないと討伐を引き受けないハンターが多いのが現実であった。


 使用目的がない素材を集めて肥料の原料にすることもあるが、肥料はそれほど高く売れないし、作るのに時間と手間がかかる。

 安く買い叩かれるので、大アリジゴクの討伐を依頼料なしで引き受ける私たちは特異な存在というわけだ。


「(どうせ私たちは素材を得られないから、後始末に手間がかからないのもいいですね)」


 もう一つ、これだけ人の住む場所に近い位置にいる砂獣の死体を放置できないという事情もあった。

 それを食べようと、サンドウォームなどの他の砂獣が寄ってきてしまうからだ。

 つまり討伐を引き受けるということは、死体の処理も引き受けなければならない。

 さらに割に合わないので、依頼料は高額になってしまう。

 これが、人の住む場所から離れた場所なら、使える素材だけ取って死体を放置しても問題はないのだが。


「(我々なら、倒した砂獣は消えてしまうからな)」


 そのあと、討伐報酬が勝手にイードルクに変換されて入金される。

 さらにララベルとミュウが言うには、入金されるイードルクの金額がドロップする神貨よりもかなり多いらしい。

 どうやら、勝手に素材分も換金してくれるようだ。

 それなら倒すだけで後処理は不要なので、大アリジゴクの討伐依頼料を貰わなくてもさほど問題はなかった。


「それでは頼みます、で、いつから?」


「我々は特殊な方法で、極めて効率的に大アリジゴクを倒す方法を用いるので安く討伐できるのです。ですが、それは夜間に行わないといけません。ついでに言うと飯のタネで他人には知られたくないですし、危ないので、我々以外の人間はご遠慮いただきたい」


「はあ……わかりました」


 リトルウォーターヴィレッジの住民は、私からの要求を受け入れた。

 多少胡散臭いと思ったようだが、これも秘密を隠すためだ。

 私が倒した砂獣が消えてしまうという情報が、なにかのタイミングでバート王国に漏れると困ってしまうので。


 彼らは、我々が大言壮語を吐いて夜中に逃げるのではないかと思ったようだが、元々依頼報酬もない仕事なのだ。

 もし逃げられても状況が悪化するわけでもない。

 それに気がつき、なにも言わなかった。


「イケニエを出さずに済んでよかった」


「セーラは、このリトルウォーターヴィレッジ一の美人だからなぁ」


「あたら美しく若い花を散らせずに済んだのは幸いだ」


 住民たちはみんな喜んでいた。

 セーラというリトルウォーターヴィレッジ一の美少女も……自分が一番の美少女だという自負からイケニエに立候補はしたが、死なずに済んでホッとしたようだ。


 ただ、私は一つだけ気になっていた。

 それは、フラウというリトルウォーターヴィレッジ一のドブスな少女……私には可憐な美少女にしか見えないが……浮かない顔をしていることをだ。


「(早く討伐を終わらせるか……)」


 これも私がオッサンなせいであろうか?

 少し胸騒ぎがしたので、私はララベルとミュウに相談して大アリジゴクの討伐を早める決意をしたのであった。

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